No | 118494 | |
著者(漢字) | 伊東(伊澤),清子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イトウ(イザワ),キヨコ | |
標題(和) | 新規モノクローナル抗体を用いたコモンマーモセット (common marmoset) CD34陽性細胞の分離および造血能についての検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 118494 | |
報告番号 | 甲18494 | |
学位授与日 | 2003.07.16 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2205号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 新規遺伝子治療法の開発を行っていく上で、ベクターおよび遺伝子導入細胞などの安全性を確認するための体内(in vivo)実験系は不可欠なものである。従来、モデル実験動物としては、主にマウスが用いられているが、マウスで得られた結果がヒトでの臨床結果に反映されない事も多い。これはヒトとマウスの生物学的な種差、すなわち遺伝学的背景の違いによるためだと考えられる。さらにヒトに近縁な実験用動物としては、ヒヒ(英名 : baboon、学名 : Papio cynocephalus)やマカク属であるアカゲザル(英名 : Rhesus monkey、学名 : Macaca mulatta)やカニクイザル(英名 : Crab-eating、学名 : Macaca fascicularis)などが主に古くから研究に利用されてきた。しかしこれらの霊長類は大型(マカク属の場合で3〜10kg)であり、また施設の確保や専門的な取り扱い技術の取得が必要である等、通常の研究施設内で使用するためには困難な点が多く、一般的な前臨床試験動物として普及するには至っていない。そこでこれら大型霊長類に代わる動物として近年注目されているのが、コモンマーモセット(英名 : Common marmoset、学名 : Callithrix jacchus)である。コモンマーモセットは既に国内に繁殖集団があるため安定した供給が可能であり、大型動物と比べて比較的小型(200-400g)で取り扱い易い。当研究部でも、最終的には造血前駆細胞を利用した血液疾患のための前臨床試験モデルとして利用していくことを目的に、本動物の血液学的・免疫学的な基礎実験を行ってきた。コモンマーモセットに関する血液学的な研究はとしては、これまでに末梢血球細胞の抗原が一部の抗ヒト白血球抗体に対して反応することは報告されていた。当研究部ではさらに、ヒトIL-3, GM-CSF, EPO, TPOなどのサイトカインに反応して、ヒトの細胞と同様に in vitro でコロニーを形成する造血前駆細胞が存在すること、ヒトサイトカインの in vivo 投与により末梢血中に造血前駆細胞を動員することが可能であり、末梢血造血前駆細胞移植への可能性を示した。またコモンマーモセットの主要組織適合複合体遺伝子の解析法を確立し、自家移植だけではなく、ドナーとレシピエントを選択した同種造血幹細胞移植モデルとしての可能性も示した。 このようにコモンマーモセットの前臨床移植モデルとしての有用性を示してきたが、血液学的疾患モデルを作出する場合、あるいは血球系の細胞を治療の標的とする場合には造血再構築能をもつ細胞の分離が必要となる。ヒトでは造血幹〜前駆細胞にCD34抗原が発現していると考えられており、純化CD34陽性細胞による造血再構築は臨床的にも確認されている。しかしコモンマーモセットに関しては前述のように、ヒトのサイトカインとの反応性を利用して in vitro でのコロニーアッセイは可能なものの、造血前駆細胞の性状あるいは分離法は報告されていない。大型霊長類ではヒトのCD34に対する抗体を用いた造血前駆細胞の分離が行なわれているが、コモンマーモセット造血前駆細胞を物理的に認識する抗体はこれまで報告されていない。このような背景のもと、本研究では、CD34分子がコモンマーモセットでも造血前駆細胞マーカーになると考え、新たに抗コモンマーモセットCD34モノクローナル(MoAb)抗体を作製してコモンマーモセットのCD34陽性細胞を分離し、造血前駆細胞としての能力を有するかどうかの検討を行った。 まず、MoAbを作製するための抗原蛋白質を得るために、コモンマーモセットCD34をコードするcDNAのクローニングを行った。既に報告されているヒトおよびマウスのCD34 cDNA間で高い相同性をもつ領域よりプライマーを設定しRT-PCRを行い、得られた断片のシークエンス情報より新たに設定したプライマーを用いて5'RACEおよび3'RACEを行い、コモンマーモセットCD34 cDNAの翻訳領域のクローニングに成功した。遺伝子配列を既知のCD34遺伝子と比較した結果、ヒトと89%、マウスと74%の相同性が認められ、特に膜貫通領域および細胞内領域では3者間で高く保存されていた。また推測されるアミノ酸配列をヒトCD34抗原と比較した場合、細胞外領域での糖鎖付加部位数やシステイン残基の位置が強く保存されており、2者間での高次構造の類似性が示唆された。 次にコモンマーモセットCD34 cDNAの翻訳領域を発現させ、蛋白質レベルでの解析を行った結果、ヒトなどで報告されているCD34とほぼ同様の分子量約120kDaの膜蛋白質として存在し、N-glycosidaseと反応性をしめす多数の糖鎖が付加していることが確認された。この蛋白質を一過的に発現させた細胞を抗原としてマウスを免疫し、抗コモンマーモセットCD34 MoAb(MA24)を得ることに成功した。本抗体が認識しているコモンマーモセットCD34のエピトープは未確認であるが、ヒトや大形霊長類であるアカゲザルやカニクザルとの造血前駆細胞とは反応性を示さず、種特異的部位を認識している可能性が示唆された。 本抗体と反応するコモンマーモセット骨髄細胞中のCD34陽性細胞が実際に多分化能をもつ造血前駆細胞としての性質を有するかを調べるため、in vitroおよびin vivoでの検討を行った。コロニーアッセイの結果から、赤芽球コロニー(BFU-E)、顆粒球・マクロファージコロニー(CFU-GM)、混合コロニー(CFU-Mix、CFU-GEMM)の形成が認められ、CD34陰性細胞と比較して高いコロニー形成能をもつことが示された。またマウスストローマHESS-5細胞との共培養では、CD20陽性のリンパ球系細胞への分化が認められた。NOD/SCIDマウスを用いたin vivoアッセイでは、ヒトCD抗体を用いた解析の結果、コモンマーモセットCD34陽性細胞を移植したマウスの末梢血および骨髄細胞において、コモンマーモセットの分化抗原マーカーを呈する細胞(CD2, CD4陽性のリンパ球系細胞、CD11bおよびCD14陽性の骨髄球系細胞)の存在が示された。一方、コントロールとしてCD34陰性細胞を移植したマウスではこれらの細胞は検出されなかった。移植後のマウス体内におけるコモンマーモセット細胞の存在については、PCRを用いてさらに高感度な解析を行ったが、やはりCD34陽性細胞を移植したマウスにのみマーモセットの細胞が存在することが示された。この結果より、移植マウスの末梢血中や骨髄細胞中で検出された分化抗原を呈するマーモセット細胞は、CD34陰性細胞ではなくCD34陽性細胞から由来していることが示唆された。さらに我々はMA24抗体を用いて、コモンマーモセットへのヒトサイトカインの投与によって末梢血中へCD34陽性細胞が動員されていることを明らかにした。 一方で、CD34陽性細胞を移植したマウスはGVHDの症状の発症によって早期に死亡し、その脾臓や肝臓組織においてコモンマーモセットCD2陽性細胞の浸潤が認められた。上述したように、マウス体内で認められたマーモセット細胞はCD34陽性細胞から分化した細胞であると考えている。しかし、多分化能を有するCD34陽性細胞から分化したCD2陽性(T)細胞がマウスにおいてGVHDを発症させるということは、免疫学的に矛盾が生じる。そこで我々はコモンマーモセットのCD34陽性細胞分画中に既に分化したT細胞が存在するのではないかと考え、ヒトではT細胞関連抗原として幅広く発現しているCD2に対する抗体を用いて、CD34陽性細胞中におけるCD2陽性細胞の割合について検討を行った。その結果、コモンマーモセットのCD34陽性分画の94-98%がCD2を共発現していることが確認された。ヒトの場合、CD34陽性細胞はNK/T前駆細胞であることが報告されているが、本研究の結果よりコモンマーモセットのCD34(/CD2)陽性細胞は多分化能をもつことが示されている。これにより、浸潤細胞の由来については、マーモセット細胞へ使用可能なヒトCD抗体が限定されているという問題により実証できなかったが、マーモセットではCD2抗原がヒトの場合と異なる発現パターンをもつという新たな知見が得られた。現時点でのこれ以上の詳細な検討は困難であったが、今後コモンマーモセットを前臨床モデルとして用いていくためにはヒトのCD34陽性細胞との違いについて詳細な検討を行う必要があり、そのためにはヒトCD抗体が認識しているマーモセット細胞の性質を明確にすることや、新たなマーモセットCD抗体の作製が急務であると考えられた。 以上のように、本研究では、コモンマーモセットCD34陽性細胞はヒトやマウスと同様に多分化能をもつ造血前駆細胞であることを明らかにし、新たに作製した抗体を用いて本動物の造血前駆細胞を分離することに初めて成功した。さらに検討を必要とする課題点はいくつか残されているが、今後コモンマーモセットを前臨床試験動物として利用していくための重要な基礎的条件が付与されたものと考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究では、造血前駆細胞を利用した血液疾患のための前臨床試験モデルとして、小型霊長類コモンマーモセットを利用していくことを最終目的に、そのための基礎研究として本動物の造血前駆細胞を分離することを目的とした研究を行った。この際、CD34抗原がヒトやマウスでの造血前駆細胞マーカーであり、さらにヒトでは実際の医療現場でCD34陽性細胞が用いられていることを考慮し、CD34の発現を指標にコモンマーモセットの造血前駆細胞の分離を試みたものであり、下記の結果を得ている。 マーモセットの骨髄細胞で発現しているCD34遺伝子のクローニングをおこなった結果、約1158bpのマーモセットCD34 cDNA翻訳領域が得られ、この配列は386アミノ酸で構成されており、推定される分子量は約37kDaであった。予想されるアミノ酸配列を既知の配列と比較した結果、アミノ酸レベルではヒトと81%、マウスと62%の相同性が認められた。また、特にヒトと比較した場合、細胞外領域での糖鎖付加部位やシステイン残基の位置が強く保存されており、2者間での高次構造の類似性が示唆された。さらに細胞内領域においては、推定される機能部位(プロテインキナーぜC結合部位およびチロシンキナーゼ結合部位)がほぼ完全に保存されており、未だ未解明であるがCD34分子を介したシグナル伝達における役割も保存されているものと考えられた。 クローニングした遺伝子配列をもとにコモンマーモセットCD34を発現させ、蛋白質レベルで解析した結果、分子量は約120kDaであり、多数の糖鎖が付加した膜蛋白質として発現していることが示された。 コモンマーモセットCD34発現細胞を抗原としてマウスの免疫を行い、モノクローナル抗体の作製を行った結果、コモンマーモセットのCD34抗原に対して特異的に反応を示す5クローンのモノクローナル抗体が得られた。これらは全てIgMのアイソタイプを示した。 作製した5クローンのうち、MA24抗体を用いてさらに解析を行った結果、コモンマーモセット骨髄細胞では約0.4-1%、末梢血では0.1%以下の割合でCD34陽性細胞が認められた。しかしヒトや大型霊長類の造血前駆細胞との交叉性は認められなかった。これより、MA24抗体はコモンマーモセットCD34特異的なエピトープを認識していることが示唆された。 コモンマーモセット骨髄細胞から免疫磁気ビーズ法を用いてCD34陽性細胞を分離し、多分化能について検討を行った。In vitro実験を行った結果、コロニーアッセイでは分離前の単画球分画およびCD34陰性分画の細胞と比較して明らかに高いコロニー形成能を示した。また、マウスストローマHESS-5細胞との共培養ではCD20陽性細胞への分化が認められた。さらにNOD/SCIDマウスを用いたin vivo実験を行った結果では、CD34陽性細胞の移植1ヶ月後のマウス体内において、マーモセットの骨髄系およびリンパ球系の分化抗原マーカーを呈する細胞の存在が示された。一方これらの細胞はCD34陰性細胞を移植したマウスからは検出されなかった。1ヶ月後のマウス体内に存在するマーモセット細胞については、PCRを用いた高感度な解析によってもCD34陰性細胞移植マウスからは検出されなかった。これより、移植一ヶ月後のマウスから検出された細胞群はCD34陽性細胞から分化した細胞であることが示唆された。 コモンマーモセットへのヒトサイトカインの投与により、末梢血中に造血前駆細胞が動員されることは、コロニー形成能の比較により示されていたが、本研究では実際にCD34陽性細胞が動員していることをMA24抗体を用いて示した。 CD34陽性細胞を移植したマウスでは、移植1ヶ月後の臓器においてマーモセットCD2陽性細胞の浸潤が認められた。この細胞は分離したCD34陽性細胞分画中に存在するT前駆細胞(CD34/CD2陽性細胞)から由来しているのではないかと推測し、CD34/CD2陽性細胞の存在について検討を行った。その結果、マーモセットのCD34陽性細胞の94-98%がCD2を共発現していることが判明した。これにより、浸潤細胞の由来については、マーモセット細胞へ使用可能なヒトCD抗体が限定されているという問題により実証できなかったが、マーモセットではCD2抗原がヒトの場合と異なる発現パターンをもつという新たな知見が得られた。このようなコモンマーモセットとヒトのCD34陽性細胞の違いについて詳細な検討を行うことは今後の課題であると考えられた。 以上、本研究では、コモンマーモセットCD34抗原はヒトやマウスと同様に多分化能をもつ造血前駆細胞のマーカーであることを明らかにし、新たに作製した抗体を用いて本動物の造血前駆細胞を分離することに初めて成功した。さらに本抗体を用いた解析の結果、コモンマーモセットへのヒトサイトカイン投与により末梢血中へCD34陽性細胞が動員されていることが示された。本研究の結果により、コモンマーモセットの末梢血造血前駆細胞移植モデルとしての有用性が示され、また今後本動物を用いて血液疾患モデルを作製し、前臨床試験動物として利用していくための重要な基礎的条件が付与されたものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |