学位論文要旨



No 118496
著者(漢字) 和田,由美子
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,ユミコ
標題(和) ラオス・ルアンプラバン県の焼畑農業を中心とした土地利用変化モデルに関する研究
標題(洋) Study and Development of a Land use/cover change Model with focus on Shifting Cultivation in Luangprabang Province Lao P. D. R.
報告番号 118496
報告番号 甲18496
学位授与日 2003.07.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5566号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 小池,俊雄
 国連大学 教授 HERATH,A. Srikanta
内容要旨 要旨を表示する

<対象地域の概要>

東南アジア地域では中国の雲南省、タイ北部、インドネシアのカリマンタン島など広い範囲で焼畑農業が行われている。なかでも国境をタイ、中国、ベトナムなどと接しているラオスでは北部を中心として主食である米(主としてもち米)の栽培を焼畑の陸稲栽培に依存している。一方、ラオスには国土の53%(1993年)を占める広大な森林が残されており、豊かな緑を有する国である。しかし近年ラオスでは、

1986年以降チンタナカーン・マイ(新思考)のもと経済開放路線をとるようになり、換金作物の栽培や余剰作物売買など農村にも徐々に貨幣経済が浸透しつつあること

土地分配政策により、あいまいであった土地利用がある程度規定されつつあり、その政策によって焼畑地、休閑地、保護林、保全林などが決められため、限られた面積のなかで焼畑を行う必然性が生じるようになってきたこと

人口の増加により食料需要が高まっていること

売電による外貨獲得のためにダム建設予定地の森林伐採が大規模に行われていることなどから今後大きく森林を取り巻く土地利用の変化が予想される地域である。

<研究対象地域及び目的>

焼畑が森林に及ぼす影響は、国際社会、政府、地域住民といった異なるレベルで様々な利害関係が影響しあって形成している問題であるため、ラオスの焼畑地の70%が分布している北部のなかでも最も焼畑が多いルアンプラバン県を研究対象地域として、 1)地を取り巻くプロセスを調査・整理・分析し、焼畑が拡大するプロセスを空間モデルにより表現し、 2) 上記モデルにより焼畑の拡大や空間分布の変化の再現を試みる事を目的とした。

<現地調査>

ラオスにおける現地調査は2000年11月1日に首都のヴィエンチャンに到着し、11月16日までの日程でルアンプラバンでの聞き取り調査及びヴィエンチャンでのデータ収集を行った。聞き取り調査はルアンプラバン市を拠点にして、シングン郡内Nam Khan流域の12の村にて人口動態、栽培面積・収穫量及び収入等に関して聞き取り調査を行い、その結果をモデルに反映させた。

<モデルの概要>

本研究ではいくつかの村落の集合体である「村落クラスター」エージェントを構築し、村落クラスターを基本単位として焼畑地域の選択や休閑期間の決定などを行うモデルを構築した。また土地・環境条件は500mグリッドを用いて表現した。グリットセルのサイズに関して実際には100mグリッド程度の解像度がないと焼畑の分布は正確に表現できないものの、利用可能な地形データなどが限られていることから、500kmグリットを採用した。尚、モデル化の対象となる作付け作物としては米(灌漑水田、天水田、陸稲(焼畑))とその他の穀物類(トウモロコシを代表値として用いた)を対象としている。

モデルは米の需要と供給のバランスを中心に作成した。これは貨幣経済が浸透しつつあるが、依然として相互扶助や物々交換の習慣が残っており、農村での米不足が毎年起こっているという状況から主食である米の確保が人々の生活大きな位置を占めているためである。モデルは土地利用決定モジュールを中心として灌漑水田・天水田モジュール、焼畑モジュール、農業収入モジュール及び人口/移住モジュールの5つのモジュールから構成され、ある年の土地利用を決定は、前年の土地利用をもとにそれぞれのモジュールによって計算された情報から、エージェント行動が決まり、その年の土地利用が決定される。この繰り返しにより経年的な土地利用変化シミュレーションをおこない、1989年の土地利用図を修正してベースマップとして利用し、ルアンプラバン県について500mのグリットサイズで1990年から1999年の土地利用変化のシミュレーションを行った。

<モデルによる現状再現性の評価>

1990年から1999年のモデルのシミュレーション結果、統計データや衛星リモートセンシングによる焼畑分布データとの比較、及び生産性を用いた感度解析において明らかとなった事項を以下にまとめる。

県レベルの集計量(耕作地面積、生産量)を用いたモデルの検証においては、いくつかの項目について過大・過小推計があったもの、傾向はおおむね整合していることがわかった。食料の需給バランスを使って土地利用変化を駆動するというモデルメカニズムで、ルアンプラバン県の農業的な土地利用変化をおおむね説明できると判断できる。衛星リモートセンシングにより焼畑分布の作成された約50km四方の地域(ルアンプラバン市東方を中心)についても、地域全体の集計レベルでは、比較的良好な精度を有しており、これを裏付けていると言える。

しかし、生産性、一人あたりの米需要量などの原単位を合理的、かつ統計データと整合的に設定するという観点から見ると、若干の過大がある。すなわち、これらを改善することで、前述の過大推定、過小推定を改善できる可能性がある。

衛星リモートセンシングから得られた焼畑地分布図を利用した焼畑地の空間分布に関する検証では、500mから1km四方程度のミクロスケールにおいてモデルの説明力はほとんどないものの、5kmから10km四方のほぼ個別村落の大きさに適応するレベルでは比較的高い適合度があることが示された。これは、500m単位といった詳細な焼畑位置を決めるメカニズムはモデルに十分反映されていないものの、村落単位の食糧需給バランスから焼畑地面積を決めていくというメカニズムは、現状を説明する上で有効であり、そのスケールであれば、十分な説明力を有するということを示していると考えられる。500m程度のスケールで焼畑地の位置を予測するためには、より詳細な土地条件の調査やそれと焼畑地選択との関連などをより詳細に分析する必要があるが、5〜10km程度のスケールで十分な場合には、村落の境界線や村落に関する社会経済統計や人口指標データをより詳細に集めることが、説明力の改善には有効であると考えられる。

焼畑耕作の経年的な連続性に関する分析の結果、衛星リモートセンシングによる観測結果からは多少の経年耕作が見られるものの、偶然変動と見なしてもよい程度のオーダーであり、モデルにおける「休閑期間を遵守した一年耕作」ルールと大きくな矛盾しないことがわかった。よりモデルを現実に近づけるためには、上記ルールを厳密には適用せず、確率的に連続耕作が生じたりするようにすることで対応できる。しかし、連続耕作がどのような場所で生じやすいかに関する分析までは今回行うことはできず、今後の課題である。

生産性を用いた感度解析では生産性は面積にはほとんど影響はないが、生産量には大きく影響する事が分かった。よってモデルの精度を上げるためには現在統計データから条件によって生産性を与えているが、地域によって異なる生産性を土壌図や気候データなどを利用してモデルによる推定値を与えること、更に現地調査に夜里土地利用を決定する意思決定について詳細な調査、本当の村落境界線などのデータを収集できればモデルの精度を向上できると考えられる。

<本研究の成果>

本研究の成果を以下にまとめる。

ラオス北部の山岳地域(ルアンプラバン県)を中心に、現地調査を中心に焼畑農業を取り巻く様々な社会条件などを整理し、焼畑を含めた農業的な土地利用が変化するプロセスをモデルによって表現した。モデルは米を中心とした食料の需給バランスが土地利用変化を駆動するというメカニズムを基本としている。また、米の生産が焼畑(陸稲)から生産性の圧倒的に高い河川沿いの天水田、灌漑水田に次第にシフトしていくことを前提としている。

モデルシミュレーションを行い、統計データや衛星リモートセンシングから得られた焼畑分布データと付き合わせることで、検証を行った。その結果、以下のようなことがわかった。

県レベルの集計量(面積・生産量)を用いた検証においては過大・過小推定があったものの傾向についてはモデル計算値と統計値とは整合している。食料(米)の需給バランスを基本とする土地利用変化メカニズムが一応の説明力を有していると考えられる。一方、過大・過小推計は生産性原単位の与え方、米やその他作物の消費原単位の与え方などにより改善できると思われ、今後の課題である。

焼畑地の空間分布を衛星リモートセンシングによる焼畑分布図と比較した結果、500mから1kmメッシュのスケールではモデルの説明力は乏しいことがわかった。しかし、より空間的に集計した5kmから10kmメッシュスケール(個々の村落に対応する空間スケール)では高い適合度があることが示された。すなわち、個別の村落レベルでも焼畑を含んだ土地利用の変化は食糧(米)需給バランスをベースとするメカニズムにより、ある程度は説明できることがわかった。

以上モデルの説明力についてまとめると、5km以上のスケールであれば、ケーススタディ対象地域における焼畑の分布をおおむね説明できる。

<今後の課題>

最後に今後の課題は以下のとおりである。

1)土地生産性を空間分布も含めてより正確に推定する。

作付けパターンのより正確な把握し、モデルに反映する。

商品経済の浸透に伴う人々のライフスタイルの変化をモデルに反映する。

人口変化や移住などを検証する。

土地利用を通じた村落の農業活動と環境との相互作用、あるいはインパクトを定量的なシナリオ分析で描く。

審査要旨 要旨を表示する

IGBPなどに代表される地球環境研究の国際プロジェクトの中で、次第に人間活動と自然環境システムとの相互作用が重要な研究テーマとして取り上げられることが多くなってきた。たとえば地球上の植物生態系のうち、人間による影響を受けていないものはきわめてまれであり、多くは絶え間ない人間からの利用圧力の中で変容してきている。そのため現実の陸上生態系のダイナミクスを理解するためには、人間からの利用圧力、その時間・空間的な分布や内容・強度に関して理解を深めることが重要になっている。一方、人間社会も、農業に代表されるように陸上生態系や水循環システムを利用して食料や燃料などを得ている。人間社会の持続可能性を占うためにも人間がどのように陸上生態系を利用し、それに対して陸上生態系がどのように反応するのか、さらに人間がそうした変化にどのように適合してきたのかをできるだけ定量的に理解することが必要となる。

その中にあって土地利用や土地被覆は人間と陸上生態系との一番直截な、目に見えるインターフェースとであり、その変化を定量的に理解し、モデルとして表現することは、人間活動と陸上生態系との相互作用とそのダイナミクスを解明し、将来シナリオを作成する上できわめて重要な手がかりとなる。しかしながら、土地利用の形態はきわめて多様である。先進国での都市拡大過程のように比較的よく研究されている土地利用形態がある一方で、熱帯域の開発途上国における焼畑農業のように地球環境に与える影響がクローズアップされながらも、定量的な分析やモデル化が遅れている分野もある。特に、焼畑農業に関しては、地域研究者や人類学者などによるフィールドサーベイにより、個別事例に関して比較的よく動態やメカニズムなどが記述されている。しかし調査・分析結果は定性的なものにとどまっているケースが多い。その結果、成果や知見が他の地域にどの程度適用できるものなのか不明なことも少なくない。一方、衛星画像を利用して焼畑が空間的、時間的にどのように展開しているのかを定量的に明らかにした研究も行われてきている。時系列な空間的データから主に土地被覆の変化を追うことができ、マルコフ連鎖のように土地利用・被覆の遷移確率を求めることなどもできる。しかしながら、変化の空間的、時間的なパターンの裏側にあるメカニズムを定量的に解明するには至っていない。

本論文は、ラオス(ルアンプラバン県)における焼畑農業をケーススタディとして、現地調査により得られたメカニズムなどに関する知見から、焼畑農業による土地利用の決定を、村落を意志決定主体と見なしたマイクロスケールのモデルとして表現した上でGISで空間的に展開することで、衛星画像などから得られる焼畑の時間的・空間的分布データと結びつけることを可能とした研究である。本論文は、全7章からなっている。

第1章は序論であり、本審査結果報告で既に述べたように焼畑を対象とした土地利用研究の現状を整理し、メカニズムにまで踏み込んだマイクロスケールのモデルの開発と、それを空間的に展開することで、衛星リモートセンシングによる得られる時間的・空間的データとのマッチングし、検証することが重要であることを述べている。第2章「ラオスにおける土地利用の特徴」ではラオスにおける経済・国土開発政策や民族的な背景などを概観し、ラオスにおける土地利用変化、特に焼畑農業の今後の変容を分析・モデル化する上で必要な境界条件、政策条件などを整理している。第3章「ルアンプラバン県における現地調査」では、ルアンプラバン県マハカム河流域における焼畑農業の現地調査結果について述べている。調査対象はマハカム河に沿って点在する村落群であり、中地ラオ族を中心とし、稲作を中心としてほぼ自給自足の生活をおくっている。現地調査では村落における各家計の収支構造、食糧調達の方法、商品経済の浸透状況、土地利用形態に関する意志決定過程、土地利用政策の実態などを調査した。第4章「エージェント概念に基づく土地利用モデルの概要」では、現地調査結果に基づき焼畑農業を中心とする土地利用決定をマイクロスケールで説明するモデルについて、その考え方と全体フレームを提案している。なお現地調査により土地利用を決定する主な意志決定主体は共同体としての村落であることが明らかとなったことから、村落を意志決定主体とするモデルとしている。土地利用決定において商品作物の占める割合はまだ相当小さいことから、村落が食糧収支の改善を目標に土地利用規制、周辺の土地条件、環境条件を考慮し土地利用を決定する過程をモデル化している。自律的に動作するソフトウェアコンポーネントをエージェントと呼ぶことから、それにならって村落エージェントモデルと呼んでいる。第5章「現地調査結果に基づくエージェントモデルの構築」では、現地調査により得られたデータや既往の文献調査、統計資料などを利用して村落エージェントモデルの詳細構造やパラメータ値を決定している。第6章「モデルによる現状再現性の評価」では、上記のモデルをルアンプラバン県全体に適用し、その結果を統計調査データと、一部地域について衛星リモートセンシングから得られた焼畑農地の時間的、空間的な分布データを用いて、現況説明力を評価した結果を述べている。その結果、県全体に関しては良好な説明力が得られた。また、一部地域における空間分布に関する説明力評価においても個別の村落に対応する5km四方程度よりも大きな空間スケールでは良好な結果が得られた。なお、より詳細な空間スケールでは説明力は急激に低下し、本モデルで表現された構造では、焼畑個別の位置を特定するメカニズムまでは十分説明できないことが明らかとなった。第7章は結論であり、本研究で得られた知見と明らかとなった課題を整理している。

以上まとめると、本論文はミクロな現地調査に基づく知見から定量的な土地利用決定モデルを構築し、それをGISを利用して時間的・空間的に拡大することで、衛星リモートセンシングデータなどとの突き合わせを可能にし、熱帯地域の開発途上国における焼畑農業に関する空間モデルを構築している。対象となった地域はラオスの一地域に限られてはいるもののその方法論はさまざまな地域に展開することが可能であると考えられる。また、土地利用を経由して人間社会の変化が生態系に与える影響を空間的分布や強度情報として定量的に推定するための有力なアプローチを提示したことで、人間・環境系のモデリングやシミュレーションに関する知見が一層深まり、持続可能性の定量的な評価手法が大きく前進したと考えられる。

以上から、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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