学位論文要旨



No 118497
著者(漢字) 塩出,志乃
著者(英字)
著者(カナ) シオデ,シノ
標題(和) ネットワーク上の空間分析手法とその実装化に関する研究
標題(洋)
報告番号 118497
報告番号 甲18497
学位授与日 2003.07.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5567号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 清水,英範
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は,ネットワーク空間上での空間分析手法を開発すること,及び,手法の実装化を行う方法を提案することである.

従来の空間分析の多くは,空間データは均質な二次元平面上に散らばっていると仮定している.しかし,近年の先端的技術の進歩により,大量且つ高精度のデジタル空間データが取得できるようになり,また,急速な電子情報技術の発達によってコンピュータの処理能力が飛躍的に進歩し,大量のデータをより高速に処理できるようになった.

このようなソフト面としてのデータ整備とハード面としての計算機処理能力の躍進が相俟って,詳細なデータを用いてよりミクロなスケールで空間分析を行うという新たな分析が可能になり,都市空間における詳細なデータを用いて空間分析を行う場合,上記の従来の仮定は再検討が必要になってきた.

都市空間において点データとして表される都市内の店舗,住宅,その他の建築物を表す施設の敷地は道路に沿って立地しており,道路から離れた場所には立地できない.

そもそもポリゴンデータである施設は,その敷地内の一点に置いた代表点を立地点とした点データで表されているが,それらの代表点は必ずしも敷地の重心等の特定の位置に置かれているわけはない.そこで,それぞれの代表点である点データの位置から最も近い道路上の地点を施設の位置であるという仮定を置くと,店舗が立地し得るのは道路空間のみであるということになる.

また従来の仮定のもとでは,施設間の距離はユークリッド距離で計測されてきた.その場合,2点間の距離は,2点を結ぶ直線の長さで与えられる.しかし,現実の都市空間における空間行動的な2点間の距離というのは,徒歩,車,自転車等各種の手段を使った移動による道路網上の経路に沿って計測されており,多くの2点間においてユークリッド距離とネットワーク距離は乖離している.

これらの点を鑑みると,都市空間における比較的狭い領域での分析において,道路ネットワーク上に立地する施設を分析対象とし,且つ,施設間の移動がネットワーク上で行われるならば,空間は平面ではなく,むしろ,ネットワークで表現され,距離はネットワーク距離によって距離を計測する方が現実空間の現象をより正確に記述し,ひいては,対象領域の地理的特性をより的確に分析結果に反映させることに繋がると考えられる.データ,処理能力両方でのミクロスケールの分析をするための環境が整った現在においては,より正確な値を用いて分析することは極めて有効であると言えよう.

また一般に,分析手法は何らかの形で実装して初めて実際に使えるものとなる.そしてこのことは,同時にネットワーク上の空間分析手法にも当てはまる.広く空間分析を行う道具としてGISが一般に普及し,より実用的なツールとなるにつれ,より操作性が高く,多様な分析を行えるツールへの要求が高まっている.ところが現在のGISにおいては,データの取得,管理,表示などのサブシステムに比して分析サブシステムがやや遅れをとっており,空間分析機能の拡充の重要性がこれまで幾度となく強調されてきた.

分析手法の開発と実装は分析手法を汎用性,実用性のあるものにするために必要な2本柱であるが,分析手法の理論的側面と実装段階において実行可能な時間内に行える演算を加味したアルゴリズムは必ずしも一致しない.そこで,上に述べた実装化のニーズに答えるためには,手法の提案と同時に実装化のための方法の開発も必要となってくる.

本研究では,2章から4章にかけて,ネットワーク空間上で行う3つの空間分析手法,及び,実装化の方法を提案した.さらに,実データを用いて,提案した手法をネットワーク空間と平面空間において適用し,それぞれの空間上で行われた分析の結果を比較,検討することによって,ネットワーク上での空間分析の有効性に関する考察を試みた.

2章では,空間分析における代表的手法の一つであるセルカウント法をネットワーク空間へ拡張した.点的施設が立地しているネットワーク上といういわば均質でない領域を「セル」という一定面積の小領域で区切り,各セル毎の事象数をカウントして集計することは,実際の点分布の空間的特徴を正確に記述できない可能性がある.そのような観点から本章では,総延長が一定の連結したサブネットワークを「ネットワーク・セル」と呼び,施設が立地し得るネットワーク上のみでセルの構築を行うことを試み,ネットワーク上で(1)ネットワーク・セルの構築,(2)点の集計,(3)分析,を行う「ネットワーク・セルカウント法」を提案した.

ネットワークはその位相構造が複雑であることから,平面上のように一括してセルを構築できない.そのため,ネットワーク・セルカウント法において最も困難なことは,ネットワークを集計単位であるネットワーク・セルに分割する作業である.本章ではまず,対象ネットワークを新しい集計単位であるネットワーク・セルに分割する方法を述べた.次に,ネットワーク・セルを集計単位として,実データを用いて領域内の点を集計するセルカウントの作業を行った.集計結果を用いて行う空間分析では,平面上のセルで行われてきた従来の様々な分析が適用可能となるが,本章では,ランダム性に対する適合度検定,集中度指数の導出,空間自己相関分析の3つの分析を行った.同時に,同じ実データを用いて平面空間においてもセル分割,集計,分析を行い,その結果導出された両空間での結果を用いてネットワーク上におけるセルカウント法の有効性を検討した.その結果,平面空間上では点が立地し得ない空間も集計単位に加えてしまうため,ネットワーク空間上よりも点分布の局所的ばらつきを大きく捉えてしまうこと,また,ネットワーク・セルの方が点分布の空間的連続性を保持できることが明らかとなった.

3章では,空間分析におけるもう一つの代表的手法である距離法に属する分析手法を提案した.点同士の距離をもとに頻繁に行われている分析の一つに点分布の中から集積を探し出すクランプ法がある.従来クランプ法で用いる点同士の距離はユークリッド距離で計測されてきた.しかし,ネットワーク上の点分布を対象とする場合,ネットワークの形状と点の位置によっては,2点間のユークリッド距離とネットワーク距離が大きく乖離する.この場合,現実空間の移動距離においては遠くに立地している点同士を近接点同士の集合,即ち,同一クランプにまとめるということが起こる.このことから本章では,一定のネットワーク距離以内に立地する点の集合である「ネットワーク・クランプ」という概念を用いて点の集塊性を表現することを試みた.

ネットワーク上での点の集塊としては,通り沿いに密集した線状のものから,複数の街区にまたがった面的な商業集積まで様々な規模の多階層な形態が考えられる.本章では,点分布の特徴の中でも大局的な点の集塊性を導出する方法として,特に点分布の多層性に注目し,クランプを規定するネットワーク距離を連続的に変化したときに観測される,規模別クランプの数の変化をもとに点の多層的な集塊性を統計的に検出する手法「ネットワーク可変クランプ法」を提案した.さらに,実データを対象にネットワーク,平面両空間上で可変クランプ法を適用し,ネットワーク可変クランプ法を適用した場合の方が,ネットワーク上の集積,即ち,ネットワーク上で隣立する点的施設の集塊をより明確に捉えられるという結果を導いた.

4章では,ネットワーク上で起る現象の観測値,あるいはネットワーク上に分布する点データの属性値をもとに,ネットワーク上の値が得られていないその他の地点の値を予測する手法である「ネットワーク空間補間」を提案した.

ある地点の値を離散的に予測するとき,近隣に立地する複数の地点の値を用いて補間するという作業が行われる.その際多くの場合,補間点までの距離,あるいは,距離を変数として変換を加えた統計距離を重みとして補間をするという方法がとられる.しかし,ある一定ユークリッド距離以内に立地する近隣点を補間に用いる標本点とすると,ネットワーク上においては近隣でない点を標本点として加えてしまうということが起こる.さらに,補間の重み付けをそれらの近隣点から補間点までのユークリッド距離で行った場合,補間値に何らかの歪みが出る可能性が高い.そこで本章では,比較的狭い領域においてネットワーク上で連続的な値をとる事象の補間においては,ネットワーク上で予測を行うことによって実態をより正確に再現できると考え,補間に用いる観測点の特定,及び,補間に用いる距離の導出にネットワーク距離を用いる空間補間法を提案した.また現実の2データを用いて手法を適用し,Cross Validationによる検証方法を用いてネットワーク上,平面上の両者による補間結果を比較検討した.その結果,補間の精度は,対象ネットワークの形状や対象領域のサイズに大きく影響されることがわかった.特に,対象ネットワークの境界付近にある点については補間値の精度の信頼性が低くなることを確かめた.そこで,境界付近の影響の除去作業を行って再度検証を行った結果,扱った2つの実データ両方においてネットワーク上での補間の方がより実測値に近い補間値が得られた.

最後に5章では結論として,ネットワーク上での現象を対象とする場合,2章から4章にかけて提案した手法が現実をより正確に把握することができる分析方法であるということ,及び今後の研究の方向性を述べた.

審査要旨 要旨を表示する

「ネットワーク上の空間分析手法とその実装化に関する研究」と題した本論文は,従来の研究になかったネットワーク空間上での空間分析手法を新たに提案し、かつその手法を実装化する方法を開発した論文である。本論文は5章構成で成り立っている。

第1章では、従来の空間分析の限界が述べられている。第1に、従来の空間分析の多くが,空間データは2次元平面上に分布していると仮定していることが指摘されている.従来施設間の距離はユークリッド距離で計測されてきたが,現実の都市空間における2点間の距離は,各種の交通手段を用いた移動による道路網上の経路に沿って計測されており,多くの場合ユークリッド距離とネットワーク距離が乖離する.第1章ではこの限界を踏まえ,道路ネットワーク上に立地する施設を分析対象とした場合,空間は平面ではなくネットワークで表現され,距離はネットワーク距離で計測される方が現実空間の現象をより正確に記述することができると述べてられている.

また第2に,分析手法を実用性の高いものにするためには,手法の開発のみでは不十分であることが述べられている.分析手法の理論的側面と実装段階におけるアルゴリズムは必ずしも一致しないため,手法の提案と同時に実装化のための方法の開発が必要であるということが強調されている.

第2章から第4章では,ネットワーク空間上で行う3つの空間分析手法,及び実装化の方法が提案されている.

第2章では,空間分析における代表的手法であるセルカウント法をネットワーク上に拡張したネットワーク・セルカウント法が提案されている.従来のセルカウント法では,平面上でセル(グリッド)を構築してセル毎の事象数を集計するため,道路上に立地する点分布の特徴を正確に記述できないという問題がある.第2章では,この問題点を解決する新しい集計単位として,総延長一定の連結したサブネットワーク(ネットワーク・セル)が提案され,ネットワーク上のみでセル構築を行う手法が述べられている.

手法の適用分析として,ネットワーク・セル,平面セルで点分布を集計し,いくつかの空間分析手法を適用した結果,従来の平面上での分析では点分布の局所的偏りがより大きく捉えられてしまうこと,また,ネットワーク・セルの方が点分布の空間的連続性を保持できるということが明らかにされている.

第3章では,ネットワーク上で点分布の特徴を抽出する手法が提案されている.点同士の距離を用いて点の集積を導出する従来のクランプ法では,点間距離をユークリッド距離で計測しており,現実には離れている点を近接点とする可能性がある.第3章ではこの点を克服する方法として,一定のネットワーク距離以内に立地する点の集合であるネットワーク・クランプが提案されている.その上で,この一定ネットワーク距離を連続的に変化させたときのネットワーク・クランプの規模とその数の変化をもとに,多層的な集塊性を統計的に検出する手法が提案されている.この手法の有用な点は,集積の場所が特定できるということ,また大局的な特徴が抽出できるということであると言える.また適用分析の結果,ネットワーク上で隣立する施設の集塊や連担を平面上での分析より厳密に捉えられるということが明らかにされている.

第4章では,ネットワーク上での補間手法が提案されている.ある地点における値を離散的に予測する場合に,ある一定ユークリッド距離以内に立地する点をサンプル点に用いる従来の方法では,現実には近隣でない点をサンプル点に加えることが起こりうる.また補間点までのユークリッド距離を重みとして補間値の算出に反映させた場合,補間値がさらに実測値と乖離する可能性が高まる.第4章ではこの問題点に注目し,補間に用いる近隣観測点の特定,及び,補間値算出の重みにネットワーク距離を反映させた補間手法が提案されている.また,2種類の実データを用いて検証分析を行った結果,まず対象ネットワークの境界付近では補間の精度が低くなることが確認されている.そこで境界付近の影響の除去作業を行った結果,両データにおいてネットワーク補間の方がより実測値に近い補間値が得られるということが明らかにされている.

第5章では結論として,ネットワーク上での現象を対象とする場合,提案した手法が現実をより正確に把握することができる分析方法であり,その結果,対象領域の地理的特性をより的確に分析結果に反映させることができるということが述べられている.

本論文は,従来にないネットワーク空間上という新しい空間において新たな分析手法を提案したものであり,またその手法を実用的に利用できる手法として確立させたものである.この論文により空間分析の研究に新たな一分野が開かれ,博士論文にふさわしい優秀な論文である.よって本論文を博士(工学)の学位請求論文として合格と認める.

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