学位論文要旨



No 118499
著者(漢字) 細田,聡史
著者(英字)
著者(カナ) ホソダ,サトシ
標題(和) CW レーザ推進におけるレーザプラズマの役割
標題(洋)
報告番号 118499
報告番号 甲18499
学位授与日 2003.07.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5569号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 都木,恭一郎
 東京大学 助教授 小紫,公也
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

宇宙ロケット用レーザ推進の構想は、1970年代にKantrowitzらによって提案され、人工衛星の打ち上げ、軌道遷移等の地球近傍の宇宙輸送手段を根本的に変える画期的な宇宙推進であるとして大いに期待され、理論研究が行われてきた。レーザ推進では、ロケットや宇宙機等の飛翔体外部よりエネルギー源としてのレーザ光を導入して高温のプラズマを生成し、推進剤がプラズマによって加熱され、ノズルを通して排気される(図1)。この過程で推力が発生するわけであるが、電気推進と同様に通常の化学推進ロケットに比べて極めて高い排気ガスの速度が得られる。特に、地上からの打ち上げロケットに適用した場合、推進剤として周囲の空気を利用できるため、推進剤は極めて少量で済み、画期的な宇宙輸送コストの低減が可能になる。しかしながら、このようにレーザ推進が宇宙輸送システムに大きな変革をもたらす推進技術であると期待されながら、現在まであまり研究開発が進んでいない。特に連続的に作動するCWレーザ推進機に関しては実験的研究ほとんど無く、CWレーザ推進機の設計則にあたるものは未だ示されていない。そこでレーザ推進を実現させるための比例則を確立することを目的としてkW級レーザ推進機を試作し、レーザ推進機の基本性能とエネルギー輸送過程を調べるための実験を行ってきた。

これまでの研究から、推進機内に設けた小さなチェンバーにプラズマを閉じ込めたとき、性能が改善されることが確認された。この理由について十分な説明はされていないが、プラズマが推進性能に大きく影響を及ぼすことがこの結果から推測された。

そこで本研究では、まず第1にCWレーザ推進機内部のエネルギー輸送過程を光学測定によって調べてプラズマからの熱伝導や輻射エネルギーを算出し、これらのエネルギーと推進機の性能との相関を明らかにして、CWレーザ推進機の設計則を得ることを目的とする。第2に、レーザプラズマのエネルギー収支の観点から、推進性能の向上方法や推進機の熱損失の低減方法を実験的に実証し、将来の高出力レーザにおける推進機の設計の指針を与えることを目的とする。

実験装置と測定原理

実験装置は大別してレーザ発振器、レーザ光学系、レーザ推進機、光学測定系、性能測定系及びデータ収集系の6つに分けられる。本論文ではプラズマを維持する領域の形状が異なる2種類のレーザ推進機を用い、それぞれを推進機モデルIとモデルIIと呼んでいる。それぞれの推進機は次のような特徴を持っており、その目的に応じて使い分けられる。推進機モデルIはプラズマ生成部の流路断面積が広く、プラズマ維持が容易であるため、プラズマの基本的な特性を理解する目的において主に使用される。また推進機モデルIIはプラズマ生成部の流路断面積が狭く推進性能が高いため、推進性能やエネルギー収支の測定に使用される。それぞれの推進機のプラズマ生成部は石英ガラスに変更可能で、内部のプラズマの様子を観察できる。

推進剤にはアルゴンを使用し、プレナム圧が2〜10気圧の範囲内で実験を行った。実験時の作動条件は推進剤質量流量が0.594~1.189g/s、レーザパワーが600Wから1000Wとした。光学測定時には可視化部の石英ガラスへの熱負荷を考慮して、レーザパワーを600Wから800Wまでの範囲で実験を行った。

本研究では推進機内のプラズマの温度場診断のために、新たに光学測定系を構築した。新しい光学系は主に分光器、高速CCDカメラおよび高速フォトディテクターなどから成る。高速フォトディテクターによりプラズマの発光をモニターして、これをトリガ信号として他のセンサを駆動することで、プラズマの状態の変化に対して再現性のよいデータを得ることができる。プラズマの温度場は空間的に大きく変化することから、空間全体の情報を得るためには二次元的な温度測定が必要になる。本研究では分光器によるプラズマの最高温度の一次元的な測定と、逆アーベル変換を施したCCDカメラによる二次元的な発光強度分布を測定し、位置を変えたラレンツの方法によってそれぞれを関係付けて計算することで、比較的容易に二次元の温度分布を測定する方法を確立した。

推進機の性能と推進機におけるエネルギー収支の測定は、これまでに確立されたスラストスタンドと性能測定系を用いて行った。この性能測定系により推進機の推力、プレナム圧力、熱損失および推進機下流へ透過する未吸収レーザ損失を測定した。また本研究では、推進機外部への未吸収レーザ損失をより詳細に評価するために、推進機上流へ反射する未吸収レーザ損失の測定方法を新たに確立した。これは推進機上流のレーザ光軸上に反射率2%のビームスプリッターを挿入し、推進機から乱反射してきたレーザをビームスプリッターで反射してカロリーメータに導入して測定するという方法である。

プラズマの特性と推進機におけるエネルギー収支

推進機モデルIIにおけるプラズマの二次元温度分布測定の結果、焦点の上流に中心が18000K程度の高温の領域が確認された。また温度分布は推進機壁面方向に対して急激に減少している様子が見られた。プラズマは10000K程度まで局所熱平衡条件が成立しており、この範囲における密度分布がSahaの式から見積もられた。得られた温度及び密度分布からプラズマにおける輻射損失の割合を計算した。大気圧のアルゴンにおける輻射エネルギーは制動放射の近似式によって精度良く与えられるためこれを用いて計算した結果、投入したレーザパワーに対して40〜50%が輻射エネルギーとして損失していることが分かった。推進機全体での熱損失が40〜60%程度であることを考慮すると、推進機の熱損失に対しては制動放射が支配的なプラズマが生成されていることが明らかになった。

また推進機の推力発生機構の一部である推進剤の加熱については、CFDによる解析から高温のプラズマからの熱伝導による加熱が支配的になることが示唆されている。これは大部分の流れが直接プラズマを通過して加熱されずに周囲を迂回するように流れるためである。そこで得られた温度分布から半径方向への準一次元的な熱伝導を考慮してこれを計算した。熱伝導における熱伝導率はプラズマにおける電離の影響を考慮して計算した。この結果、投入されたレーザパワーに対して20〜30%程度のエネルギーが熱伝導によって推進剤に与えられていることが分かった。推進性能測定による推進機の得られる最大のエネルギー変換効率、すなわち推進剤の加熱効率は約30〜40%であり、このことから推進剤の加熱機構として熱伝導が支配的なプラズマが生成されていることが明らかになった。

また逆制動放射を仮定したプラズマにおけるレーザの吸収効率を温度及び密度分布から計算した結果は約80〜90%であった。これは未吸収レーザ損失の測定の結果がせいぜい10%程度であったことを考えるとおよそ妥当なものと考えられる。推進機モデルIIはこのように非常に高いレーザの吸収効率を達成しており、この結果として他の研究機関の推進機と比較して投入されるレーザパワーが1桁低いにもかかわらずプラズマの維持が可能となっている。

プラズマ生成部の幾何形状の変化による性能変化

推進機モデルIとモデルIIの推進性能を比較すると、推進機モデルIIはエネルギー変換効率について2倍ほどモデルIより高い。それぞれの推進機内部の温度分布を比較すると、推進機モデルIIではモデルIと比較してより高温で、かつ温度勾配の大きいプラズマが生成されていることが分かった。この結果として推進機モデルIIではプラズマから推進剤への熱伝導が促進され、高い推進性能を達成している。

このような温度分布が生成された理由としては、プラズマ生成部の流路断面積の変化に以下の2つの効果があるためと思われる。第一の効果としては温度分布の狭窄化である。すなわち流路断面積を減少することで低温の壁面がプラズマに近づき、この結果として温度分布がより急峻になる。第二の効果としてはレーザに対するプラズマの相対位置の変化である。LSC(Laser-Supported Combustion)波の理論によれば、プラズマの維持される位置の流速はレーザのパワー密度と相関があることが示されており、流速を速めるとプラズマはより高いレーザパワー密度で維持されることが分かっている。レーザパワー密度はレーザ焦点に近づくほど高く、この結果として流路が狭く流速の狭い推進機モデルIIではより焦点の近くでプラズマが維持される。プラズマが焦点に近づくほどレーザのビーム径はプラズマの直径に近づき、このプラズマの直径をレーザビームの直径で除した代表値が大きくなるほどレーザの吸収効率は上昇することが測定により確認された。この結果として焦点付近で維持されたプラズマには大量のレーザが投入されるため、より高温のプラズマが生成されることになる。

以上2つの効果により推進機モデルIIでは熱伝達が促進されたプラズマが生成されたものと考えられ、この結果よりプラズマ生成部を狭める、流速を増やすことで推進性能が改善できることが示された。

プラズマの幾何形状の変化による性能改善

推進機の性能に支配的であるプラズマから推進剤への熱伝導の量はプラズマの表面積、温度勾配および熱伝導率によって決定される。そこでプラズマの表面積に注目して、レーザビームを分割してそれぞれのビームに対して複数のプラズマを生成することでプラズマの表面積を増加させる方法を試みた。本研究では、推進機内部の流れの軸対称性を考慮して、複焦点のレンズを用いることで軸方向に複数の焦点を持つビーム光学系を構築した。

実験の結果、推進機のプレナム圧と投入されるレーザパワーが一定以上となったとき軸方向に分割されたマルチLSPが観測された。このマルチLSPが観察された時の推進性能を従来の推進機のものと比較すると明らかな推進性能の向上が見られた。CCDカメラによってプラズマの外輪線の表面積を測定すると、マルチLSPでは表面積が急激に上昇したことが確認された。よって、レーザビームの光学幾何形状を変化させることで熱伝導が促進されるプラズマが生成できることが示された。

結論

レーザ推進機内のプラズマの温度分布測定および推進機における推進性能測定の結果から、推進機の熱損失に対しては制動放射が支配的なプラズマが、また推進剤の加熱機構として熱伝導が支配的なプラズマが生成されていることが明らかになった。また推進機モデルIIのプラズマにおけるレーザの吸収効率は約80〜90%と非常に高いレーザの吸収効率を達成しており、この結果として他の研究機関の推進機と比較して投入されるレーザパワーが1桁低いにもかかわらずプラズマの維持が可能となっていることが分かった。

推進機モデルIIの推進性能が良い理由としては、プラズマ生成部を狭めて流速を増やすことで温度分布の狭窄化と、レーザビーム径の減少による吸収効率の増加によって熱伝達が促進されたプラズマが生成されたためであることが明らかになった。

レーザビームの光学幾何形状を変化させることで表面積の大きな複数のプラズマが生成され、推進剤への熱伝導が促進されて推進性能が向上させられることが示された。

CWレーザ推進の推進原理

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)細田聡史提出の論文は「CWレーザ推進におけるレーザプラズマの役割」と題し、7章より成っている。

宇宙ロケット用レーザ推進の構想は、1970年代に米国カントロヴィッツ博士によって提案され、人工衛星の打ち上げ、軌道遷移等の地球近傍の宇宙輸送手段を根本的に変える画期的な宇宙推進であるとして大いに期待され理論研究が行われてきた。特にCW(continuous wave)レーザ推進では、ロケットや宇宙機等の飛翔体の外部よりエネルギー源としてのレーザ光を連続的に導入して、高温のプラズマを生成し、推進剤がプラズマによって加熱され、ノズルを通して排出される。この過程で推力が発生するわけであるが、電気推進と同様に通常の化学推進に比べて極めて高い排気ガス速度が得られる。特に、地上からの打ち上げロケットに適用した場合、推進剤として周囲の空気を利用できるため、推進剤は極めて少量ですみ、画期的な宇宙輸送コストの低減が可能になる。しかしながら、このようにレーザ推進が宇宙輸送システムに大きな変革をもたらす推進技術であると期待されながら、現在まで研究開発が進んでおらず、レーザプラズマの特性やエネルギーの輸送過程等の内部現象について明らかにされていない。

著者は本研究で、最初にレーザ推進機内部のプラズマの状態を光学測定によって調べてプラズマからの熱伝導や輻射エネルギーを算出し、これらのエネルギーと推進機の性能との相関を明らかにしている。またレーザプラズマのエネルギー収支の観点から、推進性能の向上方法や推進機の熱損失の低減方法を実験的に実証し、将来の高出力レーザにおける推進機の設計の指針を与えている。

第1章は序論である。本研究の背景、すなわち宇宙推進にとってCWレーザ推進の必要性、有効性を論じ、本研究の目的と意義を述べている。

第2章においては、本研究における実験装置および計測方法について説明されている。実験装置は主にレーザ発振器、レーザ光学系、レーザ推進機、光学計測系、推力測定系、およびそれらのデータ収集系から構成される。レーザ光学系では推進機の性能向上のため2種類のレーザの集光レンズを設計試作している。また光学計測系ではレーザプラズマの観測と温度測定のために構築した計測システムを説明している。これらの装置についてその仕様、較正方法およびその測定方法についても説明している。

第3章はCWレーザ推進機のエネルギー収支を実測した結果について述べている。推進機の推進性能、熱損失及び推進機を透過した未吸収のレーザパワーをそれぞれ測定し、推進機へ投入されたレーザパワーが推力発生に至る過程でのエネルギー配分を調べている。その結果、プラズマが維持される領域が狭くなるよう改良を施した推進機において、推進性能が向上し、また推進機における未吸収レーザパワーを減少させることができたと述べている。

第4章ではレーザプラズマの観察及び診断結果について、その原理を含めて詳細に述べている。発光分光法によりレーザプラズマの二次元的な温度分布が測定され、この結果プラズマが維持される領域を狭くした時、より高温の温度分布となることが示された。

また、この温度分布よりプラズマから推進剤への伝熱量、輻射量およびレーザの吸収量が求められ、プラズマにおけるエネルギー収支が明らかになった。

第5章は推進機のエネルギー収支とプラズマのエネルギー収支の相関について述べている。プラズマからの熱伝導が推進機のエネルギー変換効率に、またプラズマからの輻射が推進機の熱損失にそれぞれ大きく影響することが示されている。プラズマからの熱伝導の割合は、プラズマ近傍の流速が増加してプラズマがレーザパワー密度の大きい位置に接近することで改善されることが確認された。これはプラズマを維持する領域を狭くすることで推進機の性能が向上することの主たる原因であると説明できる。

第6章では、推進性能の改善のもう一つの方法について述べている。ここではレーザビームを分割して推進機に投入することで複数のプラズマを生成した。この結果、プラズマの表面積を増加させることにより、プラズマから推進剤へのエネルギー伝達を高め、推進性能を改善できることを示した。

第7章は結論であり、本研究で得られた結果を要約している。

以上要するに、本論文では推進機の性能に対するレーザプラズマの役割をプラズマのエネルギー収支から明らかにし、推進性能の向上への指針を実験的に示したものであり、その成果は宇宙推進工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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