学位論文要旨



No 118500
著者(漢字) 酒匂,信匡
著者(英字)
著者(カナ) サコウ,ノブタダ
標題(和) 不確定な熱環境条件における超小型衛星の熱設計法に関する研究
標題(洋)
報告番号 118500
報告番号 甲18500
学位授与日 2003.07.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5570号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 稲谷,芳文
 東京大学 教授 川口,淳一郎
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

長期間開発、高コスト、高信頼度の従来の大型衛星に対して、近年超小型衛星という新しいタイプの衛星が台頭してきている。

一般に衛星はその重量により

表1.1のように分類される。この1kg以下に区分けされる超小型衛星は, 主に以下のような特徴を持つ。●代表寸法は10cm 程度 構成要素が少なくシンプルなため開発期間が1,2 年と短い●ミッションライフは一年程度●インターフェースが少なくなり10 数人と少人数でも作成できる●開発コストが打ち上げ費用込みで数百万円と安い●打ち上げは大型衛星打ち上げ時の余剰重量を利用 そのため、大学の研究室レベルでの教育目的や新開発技術の高速宇宙実証として超小型衛星の開発が世界中で盛んになってきた。ISSL においてもCubeSat と呼ばれる超小型の人工衛星が開発された。

しかし衛星開発の過程において、超小型衛星は従来の大型衛星にない問題を持つことが判明した。●重量バス機器分で重量の大半を占めてしまう。●容積構造重量を下げるため高密度の機器実装がなされる。●電力通信など衛星サイズに依存しない消費電力機器がある一方、発生電力は少なくなるので、電力は不足。●熱設計上記の条件から熱設計困難●構造代表寸法が小さいため、固有振動数が高くなり構造強度は強い。 また、打ち上げが大型衛星と相乗りであるため

打ち上げ軌道不定

相乗りのメインの衛星が変更されると小型衛星の投入軌道もそれに伴い変更される。また、衛星の衛星からの分離条件が不明あるいは不定である。

任意の軌道に対応

打ち上げる機会をできるだけ増やすために任意の軌道に投入できるように設計する要望がある。衛星をあらかじめ製作しておき、打ち上げ機会が訪れるのを待つためである。

このように超小型衛星は大型衛星と異なるため、超小型衛星用の独自の設計法の確立が必要になった。

特に熱設計は超小型衛星で利用できる重量, 電力, 空間といったリソースの大半は衛星機能に割かれてしまい、機能維持のためには十分なリソースがない。そのため熱制御のための自由度が取れない。また、軌道の不定性より姿勢制御を行ったとしても熱入出に対して不確定性が残り、衛星の置かれる熱環境が不明なため熱設計は極めて困難なものである。

そこで次に列挙する点に着目して超小型人工衛星の熱設計に関する研究を行った。

1. 不確定な熱環境条件に対応:投入軌道が不定, あるいは姿勢の不定性から衛星が晒される熱環境条件が不確定がある状態で設計する。2. リソースの節約:熱制御に許される重量、電力は極めて小さいため効率的な設計を行う。

また、実際にin-house で作成し超小型衛星に搭載してゆくことを視野にいれて、少ない費用で安全に作成できるような機材を検討する。

超小型衛星の熱設計上の問題点

軌道条件

打ち上げの時期, 投入軌道要素が事前には不明であるため、衛星の置かれる熱環境条件に関して定まらない。そのため、すべてのとりうる条件に関して対応する必要がある。逆に幅広い環境条件に対応することで打ち上げの機会の拡大につながる。

設計自由度:

受動的熱制御デバイスも適用できる範囲が狭く、能動的熱制御デバイスは搭載とその使用は困難であるため設計の自由度が極端に不足している。そこで、相転移式蓄熱材の利用を提案する。物質の相転移時の潜熱を利用し、機器の見かけの熱容量を増大させる働きをもつ。小型衛星の投入される低軌道の熱サイクル下においてはその熱変動幅を抑圧する効果を持つ。また、実際にin-houseで開発し超小型衛星に搭載することを視野に入れた、取り扱いやすい蓄熱材を候補として採用。

熱環境のモデル化

超小型衛星の投入される軌道は不定であるが、諸条件により低軌道に限定される。そのうち、衛星にとって高温最悪軌道と低温最悪軌道が求まり、その2軌道において機器の許容温度範囲を逸脱しなければ他の場合も許容されることが示された。

超小型衛星のモデル化

熱数学モデルには節点法を用いる。熱制御デバイスのモデル化には実際の超小型衛星をベースに値を決めた。

このモデルを用いて、使用する熱制御デバイスのリソースが最も少なくなうように熱設計手法の最適化を行う。最適化の手法は修正パウエル法を用いる。初期段階では設計自由度は60次元あるためこれを一度に最適化にかけるのは計算量の増加を招く。そこで、衛星の姿勢条件によってアプリオリに設計自由度の最適化が可能であることを示し数値的に最適化する自由度を大幅に削減した。

熱設計指針の提示

超小型衛星の熱設計はそれが太陽指向制御を行うか否かで2つに分かれる。

太陽指向時における最適化は、最適設計を行う軌道と姿勢が一意に定まるので残っている自由パラメータを数値的に最適化することができる。その結果より蓄熱材とさらに必要になる電力の関係が求められた。そこから、電力供給源の方式により熱制御デバイスに必要な最小重量が導き出される流れを示した。モデル衛星の場合、基本的に蓄熱材ではなく太陽電池パドルを使用したほうが軽量に済むが、ボディマウントセルの発電効率が向上した場合蓄熱材の使用が有利になる場合があることが確認された。

非太陽指向の場合, 数値計算を用いて最悪必要電力を最小化することが現実的でない。そこで、ヒューリスティックに蓄熱材を配置する面積則を求め、これに基づき蓄熱材を配置すればよい制御性能を示すことが求められた。その結果より蓄熱材とさらに必要になる電力の関係が算出できる。そこから、電力供給源の方式により熱制御デバイスに必要な最小重量が導き出される流れを示した。非太陽指向の場合は太陽方向不定のため、追加電力を得るペナルティが大きく、いずれの場合においても蓄熱材を用いると熱制御デバイスの重量最小化が行えることがわかり、蓄熱材の有効性が確認された。

熱設計の適応事例

上記の熱設計を実際に適応した結果を記載

表1.1:人工衛星重量区分

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)酒匂信匡提出の論文は、「不確定な熱環境条件における超小型衛星の熱設計法に関する研究」と題し、全8章と補遺からなっている。

50kg程度以下の小型・超小型衛星は、従来の衛星とは異なり,迅速かつ安価な宇宙実証手段や新しい宇宙ビジネスの可能性を開くものとして,近年,宇宙開発機関,ベンチャー会社あるいは大学を中心に、世界中で競って製作・打ち上げされるようになってきた。特に大学においては,これらの衛星は宇宙工学教育の優れた題材であり,また,多くの学生のアイデアによる新規技術の芽を発掘する場として重要な貢献を果たしている。

小型・超小型衛星は,電力・重量・容積などのリソースが厳しい点,低コスト化のために民生品を使わざるを得ない点,また,開発期間が短くいわゆるウォーターフロー型の開発プロセスを踏むことが困難な点などから,従来の衛星とは異なる設計論が要求されている。特に,熱設計においては,ピギーバック打ち上げからくる軌道条件の不確定性や熱制御自由度が極端に少ないことなど,小型・超小型衛星に特有の制約条件から,その設計は非常に困難になっており,それは特に10kg程度以下の超小型衛星で顕著である。これらに対しては,各衛星ごとに独自の設計手法が取られているが,許容温度範囲の広い部品を使用するしか手がないなど限界があり,汎用的で効果的な設計法がいまだ確立されていないのが現状である。

本論文では、10kg程度以下の超小型衛星の熱設計における特徴を環境の不確定性と設計の自由度の少なさという2点で整理し,その制約の中でも効果的に熱設計を行える手法を提案することを目的としている。まず設計自由度の不足に対しては、新たに相転移式蓄熱材の使用を提案し、実験によりその熱設計上のモデル化を行っている。その結果,蓄熱材は,少ない重量でも熱変動の幅を効果的に下げることができ,不足している自由度を補えることを示した。続いて、外部熱環境条件の不確定性の要因を解析し、熱設計時に考慮すべき最悪環境条件を導出することにより不確定性を削減することができることを示した。また,超小型衛星といえども,熱設計の自由度は60を超え,それを同時最適化することは計算負荷や解のグローバルな最適性の点で問題が多いことを示し,それに対しては超小型衛星の熱的特徴を効果的に利用することで、自由度を逐次的に最適化できることを示した。最後に,以上の基礎的な検討を統合する形で超小型衛星の統合的な熱設計手法を提案し,1kgおよび3kg級の超小型衛星の設計に適用して,最適性と計算負荷のバランスの点で優れた手法であることが示されている。

第1章は序論であり、大型衛星の持つ問題点への解の一つとして,小型・超小型衛星が開発されている現状を概観している。超小型衛星の意義と有効性を示すと共にその設計上の困難な点、とりわけ熱設計に関する問題を提起して、研究の目的を明確にしている。

第2章は、従来の衛星と比較して、超小型衛星の熱設計上の特徴を,外部熱環境条件の不確定性と設計の自由度の欠如の2点で整理している。設計自由度の不足を補うために相転移式蓄熱材の使用を提案し、その軌道上における効果を示している。それを含めて超小型衛星でも利用可能な設計自由度のまとめを行っている。

第3章は、外部熱環境の不確定性を考察している。超小型衛星の熱環境の不確定性は軌道と姿勢の2要因からなっていることを示し,詳細な解析ののち,超小型衛星の実際的な制約条件を考慮してこの不確定性を削減する手法を提案している。

第4章は、本論文で提案している蓄熱材の有効性を確認し熱的モデル化を行うための実験とその成果について記載している。特に蓄熱材とそれを接合する部分との熱的接合がそれほど強くなくとも蓄熱材の効果が十分にあることが示され,それをもとに蓄熱材を搭載する実際的な方法を提案している。

第5章では、設計論の基礎になるべき超小型衛星の熱的特徴が解析されている。修正パウエル法を用いた全設計自由度の同時最適化を行うのは,解の大域性と計算負荷の点で問題があるのに対し,超小型衛星の熱的な特徴を利用することで、個々の自由度に対して逐次的に最適な設定ができることを示した。特に,それらの設定の妥当性を解析的に証明していることが重要な貢献である。

第6章では、前章までに考察された基礎論を元にして、超小型衛星の統合的な熱設計手法を,衛星の太陽に対する姿勢条件により3つに大別して提案している。

第7章では、提案する熱設計法を,全自由度の同時最適化および人間の行うようなヒューリスティックな手法と比較し,ここで提案する手法が最適性と計算時間のバランスの取れた優れた手法であることを示している。

補遺では、修正パウエル法を熱設計に適用するアルゴリズム、一般的な相転移式蓄熱材の種類と性質、超小型衛星の代表例であるCubeSat XIの熱設計事例が説明されている。

以上を要するに、本論文は超小型衛星の持つ熱設計上の特徴,つまり不確定な熱環境条件と設計自由度の不足の問題に対し,詳細な解析による不確定性削減方法と相転移式蓄熱材の利用を提案し,また,超小型衛星の熱的特徴を利用した逐次的な熱設計法により実際的な時間で最適に近い熱設計を得ることができることを示すことにより,従来,統一的な熱設計手法のなかった超小型衛星の分野に効果的な設計論をもたらしたものであり、衛星工学,宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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