No | 118503 | |
著者(漢字) | 木村,聡貴 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キムラ,トシタカ | |
標題(和) | ヒトの筋弛緩に関する随意性および反射性神経制御メカニズム | |
標題(洋) | Volitional and reflexive neural control mechanisms of muscle relaxation in humans | |
報告番号 | 118503 | |
報告番号 | 甲18503 | |
学位授与日 | 2003.07.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第447号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | はじめに 我々ヒトの身体運動は関節まわりに生じる力(トルク)によって表出される。ゆえに、適切なトルクを発揮するためには、その関節まわりで適切に筋を活動させなければならない。日ごろ、我々は頻繁に筋活動の増減、すなわち筋収縮と筋弛緩を繰り返している。このことは、筋収縮だけでなく、筋弛緩もまた身体運動に重要な役割を果たすことを意味している。しかしながら、多くの先行研究は、筋弛緩に着目していない。これは、筋弛緩が単純な運動出力の“低下”と捉えられているからかもしれない。しかしながら、近年のいくつかの研究は、筋弛緩が単なる“脱促通”過程ではないことを示唆している。本研究では、それらの研究とは異なる手法を用いて、以下に示す5つの実験を行い、筋弛緩に関する神経制御メカニズムについて検討した。得られた結果は次のとおりである。 上肢筋における筋収縮・弛緩期の皮質脊髄経路の興奮性 健常成人8名を被検者として、等尺性肘関節屈曲トルクを漸進的に増減させる課題を行わせた(目標振幅 0-15%MVC、収縮速度 0.33, 0.17, 0.08Hzの各条件)。また、一定トルクを持続的に発揮する課題も行わせた。上腕二頭筋、腕橈骨筋(主働筋)および上腕三頭筋(拮抗筋)から表面筋電位(EMG)を導出した。それぞれの課題時に、頭部運動野上に経頭蓋磁気刺激(TMS, 安静閾値の110%強度)を与え、それによって筋に誘発される電位(MEP)の振幅値を算出した。漸増減課題時には、TMSをトルクの上昇期(収縮期)と減少期(弛緩期)の各々について、5つのトルクレベルで加えた(1周期に1回)。また、持続課題時にも、同等範囲の5つの収縮レベルでTMSを加えた。なお、収縮期-弛緩期間のMEPの差は、ヒステリシスインデックス(HI)を定義して定量化した。その結果、同等トルク発揮時の筋活動量は、主働筋・拮抗筋ともに、収縮期に比べて弛緩筋に低下した。さらに、同等筋活動量あたりの主働筋のMEPも弛緩期に低下した。また、(HIの比較より)その程度は収縮速度が増すほど増大した。一方、持続的収縮時との比較では、MEPは弛緩期でより増大し、収縮期でより低下した。以上の結果より、そもそもトルクあたりの筋活動量は弛緩期に減少すること、またそのときの皮質脊髄経路(運動野から脊髄に至る運動出力経路全体)の興奮性(賦活度合い)は弛緩期で低下していることが示された。 下肢筋における筋収縮・弛緩期の皮質脊髄経路の興奮性 本実験では、(1)と同様の実験を下肢筋について実施した。すなわち、被検者6名は、等尺性足関節底屈トルクを周期的に増減させた(目標振幅 0-15%MVC、収縮速度 0.33Hz)。このとき、収縮期と弛緩期の各々について、3つの位相でTMSを加えた(安静閾値の110%強度)。ヒラメ筋、腓腹筋(主働筋)および前脛骨筋(拮抗筋)からEMGを導出した。その結果、同等トルクあたりの主働筋の筋活動量は、収縮期に比べて弛緩期で減少した。また、同等筋活動量あたりの主働筋MEPも、弛緩期で低下した。なお、これらの結果は、トルク、筋活動およびMEPの間に存在する時間差を考慮してもなお示された(すなわち、単純な時間差を反映している訳ではない)。これらの結果は上肢筋で得られた結果と同じであり、したがって、筋収縮・弛緩期の皮質脊髄路興奮性の調節に上肢・下肢による違いはないことが示唆された。また、拮抗筋のMEPを評価したところ、筋活動量は弛緩期でより低下しているにも関わらず、MEPは弛緩期で有意に増大した。よって、拮抗筋の皮質脊髄経路の興奮性は、主働筋のそれとは逆に、弛緩期で増大していることが示唆された。 筋収縮・弛緩期の脊髄運動ニューロンプールの興奮性 実験(1)および(2)でみられた筋収縮・弛緩に伴う運動出力経路興奮性の調節が、中枢神経系のどのレベルで生じているのかを特定するために、本実験では末梢神経刺激によって得られるHoffmann(H)反射を評価した(n=6)。用いた実験パラダイムは、実験(2)と全く同じであった。その結果、ヒラメ筋で誘発されたH反射は、同等筋活動量において、収縮期に比べて弛緩期で減少した。したがって、筋弛緩期には少なくとも、脊髄運動ニューロンプールの興奮性が収縮期に比べて低下していると考えられた。その機序として、筋紡錘由来のIa群感覚線維が運動ニューロンに投射する終末部に対するシナプス前抑制が、筋弛緩期には増強されている可能性が高いと推察された。 筋収縮・弛緩期の拮抗筋運動経路の興奮性 実験(2)において、拮抗筋(前脛骨筋)の皮質脊髄路興奮性が筋弛緩期に増大することが示されたが、本実験ではヒラメ筋を拮抗筋として、そのH反射とMEPの両方を検討した。そのために、本実験では、被検者は足関節背屈トルクを増減させる課題を行った(n=4)。その他の刺激条件等については、実験(2)および(3)と同様であった。その結果、拮抗筋の筋活動量は筋収縮期に比べて筋弛緩期で小さいにも関わらず、MEPは筋弛緩期で増大する傾向にあった。同様に、拮抗筋のH反射は弛緩期に明らかに増大した。以上のことから、少なくとも、筋弛緩期には脊髄運動ニューロンプールの興奮性は収縮期に比べて高まっていることが示された。この結果は、主働筋における興奮性の低下(実験(3))と逆の関係にあった。このことから、主働筋と拮抗筋の運動ニューロンプールの興奮性は相反的に一括して制御されている可能性が示唆された。 筋収縮・弛緩期の伸張反射応答 これまでの実験は、主に、筋収縮・弛緩期の随意的な神経調節メカニズムを検討するものであった。本研究では、反射系の調節メカニズムを検討するために、筋収縮・弛緩期の伸張反射応答を評価した(n=6)。運動課題は、実験(2)および(3)と同様であった(周期的足関節底屈トルク発揮課題)。伸張反射応答を誘発するために、3種類の速度(設定値 100, 200, 300 degree/sec)の足関節背屈外乱を与えた(振幅 10 degree)。それぞれの刺激は、筋収縮期と弛緩期の各々について、3つのトルクレベルで与えられた。また、本実験では、同じく3つのトルクレベルで、持続的に足関節底屈トルクを発揮する課題も行われた。ヒラメ筋と腓腹筋に誘発された伸張反射応答は、その潜時によって、短潜時反射(SLR)と中潜時反射(MLR)に大別された。その結果、特にヒラメ筋のSLRでは、漸進的トルク発揮課題時の筋収縮期、持続的収縮、筋弛緩期の順で応答が減少した。その程度は、外乱速度が速いほど顕著であった。また、腓腹筋のSLRもまた、筋収縮期に比べて筋弛緩期で減少した。ヒラメ筋のMLRについては、そもそも応答の絶対値も小さく、収縮期-弛緩期間の差は明確ではなかった。以上のことから、特に筋紡錘Ia線維由来の短シナプス性伸張反射は、筋弛緩期の応答が収縮期に比べて低く抑えられていることが示された。なお、このメカニズムの存在は、運動の要求にとって機能的であろう。なぜなら、筋弛緩期の伸張反射の低下は過剰な筋活動の発現を抑え、円滑な筋の弛緩を促すと考えられるからである。 総合的考察 本研究では、運動の力学的出力であるトルク、それを生成する筋活動、さらにその活動を調節する神経系の働きという一連の関係において、筋弛緩時の神経制御メカニズムを検討してきた。その結果、筋収縮・弛緩時に同等のトルク発揮を実現させることに際して、運動系は2つのヒステリシスを有していることが明らかとなった。すなわち、発揮トルクに対する筋活動量のヒステリシス(筋の電気生理学的・力学的ヒステリシス)と、筋活動量に対する運動経路興奮性のヒステリシス(神経性ヒステリシス)である。筋収縮・弛緩時に、中枢神経系は、これら階層的なヒステリシスを適切に実現するように運動指令を調節していると考えられる。 本研究の結果は、少なくとも、主働筋の脊髄運動ニューロンプールの興奮性が筋収縮時に比べて筋弛緩時に低下していることを示した。一方、拮抗筋の運動ニューロンプールの興奮性は、逆に増大していることが示された。この機序としてまず考えられるのは、Ia群線維終末に対するシナプス前抑制である。すなわち、筋弛緩時には、主働筋側の抑制を増強させ、拮抗筋側の抑制を減弱させるという相反的な調節がなされているのであろう。 このような抑制システムは必然的に上位中枢によって制御されていると考えられる。例えば、いくつかの先行研究において、この抑制に対する一次運動野の関与が報告されている。すなわち、筋弛緩時に、主働筋側の抑制を増強させ、拮抗筋側の抑制を弱めるような随意指令は一次運動野の機能と密接に関連していると考えられる。さらにまた、本研究で示された筋弛緩時のMEPの低下には、一次運動野自体の興奮性の低下が関与している可能性もある。一次運動野は筋の収縮や弛緩に応じて、脊髄運動ニューロンプールの興奮性を変調させ、さらに自身の興奮性も変調するように機能しているのかもしれない。その詳細の解明については、今後の課題としたい。 最後に、本研究の結果は、筋の弛緩が、単純な“収縮の裏返し”ではなく、“積極的な抑制過程”であることを示唆している。このことは、運動場面で経験的に指摘されている“脱力”や“リラックス”の重要性に関して、その根拠を与えるものであると考える。 | |
審査要旨 | ヒトは、筋活動の増減、すなわち筋収縮と筋弛緩、をたくみに組み合わせて合目的的な身体運動を行うことによって生活している。しかしながら、ヒトの筋活動メカニズムに関する先行研究の殆どは、筋収縮に関するものであり、筋弛緩についてはあまり着目されてこなかった。しかし、ある種の脳疾患では収縮は異常を示さず弛緩に困難を生じることや、スポーツ動作において非熟練者や心理的動揺時に動作終了後の筋弛緩が緩慢となることなどの臨床事実が最近報告されており、筋弛緩が単なる筋収縮指令の停止に伴う受動的付随現象ではないことが示唆されているが、そのメカニズムは未解明であった。本論文は、筋弛緩に関する神経制御メカニズムに焦点を当てて申請者が行った研究成果をまとめたものである。論文は、第1章に先行研究のレヴューおよび方法論を、第2章から第6章に実験結果を、第7章に総括論議をまとめて構成されている。 得られた実験結果の概要は次のとおりである。 実験1(第2章:上肢筋における筋収縮・弛緩期の皮質脊髄経路の興奮性) 健常成人に、等尺性肘関節屈曲トルクを漸進的に増減させる課題を行わせ、上腕二頭筋、腕橈骨筋(主働筋)および上腕三頭筋(拮抗筋)から表面筋電位(EMG)を導出した。課題遂行中に、頭部運動野上に経頭蓋磁気刺激(TMS)を与え、各筋に発現する誘発筋電位(MEP)を記録した。その結果、同等トルク発揮時の筋活動量は、主働筋、拮抗筋とも、トルク上昇期(収縮期)に比べて減少期(弛緩期)に低下し、さらに、同等筋活動量あたりの主働筋MEPもまた弛緩期に低下するという、二重ヒステリシス現象が明らかとなった。 実験2(第3章:下肢筋における筋収縮・弛緩期の皮質脊髄経路の興奮性) 実験1と同様の実験を下肢について実施した。すなわち、等尺性足関節底屈トルクを周期的に増減させ、ヒラメ筋、腓腹筋(主働筋)および前脛骨筋(拮抗筋)からEMG及びMEPを導出した。その結果、上肢と同様、同等トルクあたりの主働筋活動量は、収縮期に比べて筋弛緩期で減少し、かつ同等筋活動量あたりの主働筋MEPも、弛緩期で低下した。さらにまた、拮抗筋のMEPは主働筋とは逆に弛緩期に有意に増大したことから、拮抗筋の皮質脊髄経路の興奮性は、弛緩期で増大していることが示された。 実験3(第4章:筋収縮・弛緩期の脊髄運動ニューロンプールの興奮性) 中枢神経系における筋収縮・弛緩に伴う運動出力経路興奮性の調節部位を特定するために、実験2と同じ設定で、脊髄運動ニューロンプールの興奮性の指標であるH(Hoffmann)反射を記録した。その結果、主働筋であるヒラメ筋のH反射が、同等筋活動量に対して、収縮期より弛緩期で減少したことから、筋弛緩期には、α運動ニューロンに単シナプス接続するIa求心性ニューロン終末がシナプス前抑制を受けていることが明らかとなった。 実験4(第5章:筋収縮・弛緩期の拮抗筋運動経路の興奮性) 本実験では、実験2でみられた拮抗筋(前脛骨筋)の皮質脊髄路興奮性が筋弛緩期に増大するという知見を、実験2で主働筋であったヒラメ筋を拮抗筋とする課題動作(足関節背屈トルク増減課題)によって検証した。その結果、拮抗筋では、MEP、H反射は筋弛緩期に明らかに増大した。このことは、主働筋と拮抗筋の運動ニューロンプールの興奮性が相反的一括制御を受けている可能性を示唆するものである。 実験5(第6章:筋収縮・弛緩期の伸張反射応答) 本実験では、前記と同様の足底屈筋を主働筋とした漸進的トルク増減課題を行わせ、その遂行中に実際に足背屈外乱による筋伸張刺激を加えて伸張反射を誘発させた。伸張反射応答は、その潜時によって、短潜時反射(SLR)と中潜時反射(MLR)に大別されるが、特にSLRはヒラメ筋、腓腹筋とも、筋収縮期に比べて弛緩期に応答強度が減弱した。以上のことから、特に筋紡錘Ia線維由来の短潜時伸張反射は、筋弛緩期において収縮期に比べて低く抑えられていることが示された。 以上の実験結果は、運動の力学的出力であるトルク、それを生成する筋活動、さらにその活動を調節する脳・神経系の働きという一連の関係において、中枢神経系は、発揮トルクに対する筋活動量のヒステリシス(筋の電気生理学的・力学的ヒステリシス)と、筋活動量に対する運動経路興奮性のヒステリシス(神経性ヒステリシス)という階層的ヒステリシスを適切に実現するように運動指令を調節していることを示している。 本研究の結果は、筋の弛緩が、単純な“収縮の自然消滅”ではなく、“積極的な随意的抑制過程”であることを示唆している。このことは、スポーツなどの運動場面で経験的に指摘されている“脱力”や“リラックス”の重要性に関する科学的根拠を与えるものである。さらにまた、弛緩期にIa求心性ニューロンがシナプス前抑制を受けることによって伸張反射が抑制されるという反射制御メカニズムの存在は、筋弛緩初期の筋内直列弾性要素の解放に伴う筋紡錘伸張による伸張反射発現という、弛緩を阻害する筋活動の発現を抑え、円滑な筋の弛緩を促すという意味で、機能的に重要であると考えられる。 これらの成果はすべて申請者のオリジナルな発見であり、その発見事実は学術業績として極めて有意義であると認められる。よって、本審査委員会は、本論文は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。 | |
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