学位論文要旨



No 118505
著者(漢字) 神山,裕幸
著者(英字)
著者(カナ) カミヤマ,ヒロユキ
標題(和) トッタベツ深成岩体の岩石学的研究 : 化石マグマ溜りの鉛直断面
標題(洋) Petrology of the Tottabetsu plutonic complex, north Japan : a sub-vertical section of the time-integrated magma chamber
報告番号 118505
報告番号 甲18505
学位授与日 2003.07.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4402号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岩森,光
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 日本大学 教授 高橋,正樹
 東京大学 教授 小屋口,剛博
 東京大学 教授 中田,節也
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

深成岩体の形成は,地殻の形成・発達を担う重要なプロセスである.深成岩体は,マグマ溜りが固化したものであり,マグマ溜りで起こったプロセスの積分情報を持っていると考えられる.火山噴出物は,“活動的”マグマ溜りに由来するものであり,マグマ溜り内部におけるプロセスについての情報をスナップショット的に提供してくれる.一方,そのような“活動的”マグマ溜り本体における物質の運動(対流,固液の分離,マグマ注入,ゼノリスの沈降など)の時間スケールはマグマ溜りの固結の時間スケールに比べて圧倒的に短い.そのため,“活動的”マグマ溜り本体におけるプロセスが凍結して保存され得るのは,マグマ溜りの周縁部ないし底部のマッシュ状部分のみであると考えられる.特に,重力場に支配されたマグマプロセスの記録は,底部のマッシュ状部分とマグマ溜り本体との界面において順次保存されてゆくことになると予想される.苦鉄質層状貫入岩体 (e.g. Wager, 1960) やmafic-silicic layered intrusion (e.g. Wiebe 1993) からの知見は,この可能性を支持している.

マグマプロセスが重力場に支配されて起こっていることから,深成岩体の鉛直(重力)方向のできる限りの大きい断面は,深成岩体の形成プロセスを理解する上で重要である.これまでにも,鉛直方向断面を露出した深成岩体の報告はあるが,いずれも厚さがせいぜい数km程度で露出が不十分であり,深成岩体の形成プロセスの全体像を把握するには不十分であった.

本研究でケーススタディの対象とした中期中新世に活動した日高変成帯トッタベツ深成岩体は,厚さ約10kmに及ぶ,ほぼ完全なマグマ溜り化石の鉛直断面を露出しており(Fig.1),深成岩体の形成プロセスを理解する上で格好のフィールドであるといえる.このような岩体は世界的にみても希であり,そこから得られる知見は,他の露出が不十分な深成岩体の形成史を理解する上にも重要である.このため,本研究では,トッタベツ岩体の内部構造と岩石学的・地球化学的特徴を記載し,そこにおける深成岩体の形成史を解明することを目的とした.

トッタベツ岩体の構成

日高変成帯は衝上して露出した下部〜上部大陸地殻断面であると考えられている.トッタベツ岩体が位置するのは,この地殻断面の中部〜上部に相当する部分であり,岩体は周囲の砂泥質母岩に接触変成作用を与えている.トッタベツ岩体は,層状構造をなしており,最上部の花崗岩体(Zone III:厚さ約1.5km)とその下位の主に閃緑岩類からなるZone II(厚さ約1.5km),さらに下位の主に斑れい岩類からなるZone I(厚さ約7km)に区分される (Fig.1).Zone I・Zone IIでは,結晶作用の進行していたマグマ溜りへの高温高密度マグマ注入を示唆する産状が観察される.一方,Zone IIIは露頭スケールで均質であり,岩体の天井部の母岩との接触部付近に周縁急冷相が存在することを除けば岩相変化に乏しい.また,Zone I, IIでは,数十m規模の砂泥質ブロックが多量に含まれるのに対して,Zone IIIには含まれない.このことは,Zone I, IIの形成プロセスでは,繰り返しストーピングが起こったのに対し,Zone IIIの固結プロセスではストーピングが起こらなかったことを意味する.

トッタベツ岩体の形成史

Zone Iの形成プロセスにおいて,結晶作用の進行していたマグマ溜りに苦鉄質マグマが繰り返し注入されたことが,野外の産状から示唆される.すなわち,下位のユニットに対してのみ急冷縁を有するmacrorhythmic unit (Fig. 2, section 1) や細粒の苦鉄質シートと中粒の優白質閃緑岩質キュムレートの薄層との互層 (Fig. 2, section 2) が観察される.注入された苦鉄質マグマは,急冷岩のSr同位体組成および主成分・微量成分元素の特徴から,N-MORB組成をもったマントル由来マグマから,より深部のマグマ溜りで地殻物質の同化作用を伴う分別結晶(AFC)を経て生じたものと推測される.各 macrorhythmic unit とも,マグマの分化を記録しており,これらが,繰り返し起こった苦鉄質マグマ注入と結晶の集積によってマグマ溜りの底部において逐次形成されていったことを示している.苦鉄質シートは枝別れや重複貫入など,シルとして貫入した証拠を示さないことから,繰り返し注入された苦鉄質マグマが,その都度マグマ溜りの底部に定置し,急速に冷却・結晶化したものであると考えられる.優白質閃緑岩質キュムレートはZone I上部で観察される.これら優白質閃緑岩と斑れい岩質のキュムレートは,各主成分・微量成分元素組成について,連続的な組成変化を示すことから,これらの岩石が,注入された苦鉄質マグマからの一連の分別結晶作用(±同化作用)のプロセスで生じたものと解釈される.優白質閃緑岩質キュムレートはAl2O3(<22wt%), Na2O(<5.5%), Zr(<1400ppm)に富み,また,強い正のEu異常と重希土類にenrichしたREEパターンで特徴付けられる.これらの特徴は,Ab成分に富む斜長石とジルコンの集積を反映しており,優白質閃緑岩質キュムレートがジルコンに飽和した珪長質マグマから生じたものであることを示唆する.すなわち,Zone Iの形成プロセスの後期には,マグマ溜り内にジルコンに飽和した珪長質マグマが存在していたものと推測される.

Zone IIは,中間組成の岩石が卓越することで特徴づけられる.Zone IIの中〜下部は,露頭スケールでは岩相変化に乏しい中粒の閃緑岩質のキュムレートからなり,それらは上位のものほどより分化の進んだ組成を示す.これら閃緑岩質のキュムレートは,ジルコンの集積の証拠を欠くことから,Zone Iの形成プロセスでマグマ溜り内に存在していた珪長質マグマから晶出したのではなく新たに注入された,ジルコンに不飽和なマグマから晶出したものであると推測される.すなわち,新たに注入された高密度中間組成マグマが,既存の珪長質マグマを押し上げ,マグマ溜りの底部定置し,閃緑岩質のキュムレートを晶出したものと推測される.Zone II上部では,厚さ3m以下の細粒の閃緑岩質のシートと中粒の優白質閃緑岩質キュムレートの薄層との互層が観察される.Zone II の形成プロセスの後期には,少量の中間組成マグマが,結晶作用の進行していたマグマ溜りに繰り返し注入され,その都度マグマ溜りの底部において急速に冷却・結晶化したことが示唆される.これら閃緑岩類のSr同位体組成および主成分・微量成分元素組成から,Zone IIで注入された中間組成マグマは,N-MORB 組成をもったマントル由来マグマから,より深部のマグマ溜りにおいて,地殻物質の同化作用とその後の分別結晶作用を経て生じたものと推測される.

Zone IIIは,最終的にマグマ溜り内に存在していた珪長質マグマが,高温高密度マグマの注入による熱供給が止んだ後で,冷却・固化した部分であると考えられる,Zone IIIの花崗岩の地球化学的特徴は,それらが,Zone Iのキュムレートを作った分化液とZone IIの閃緑岩質キュムレートを作った分化液との混合物であると考えることで合理的に説明される.すなわち,Zone IIIの花崗岩は,一つのマグマ溜りの進化プロセスの異なるステージで生成された珪長質マグマの混合物であると考えることができる.

まとめ

トッタベツ岩体を構成する3つのゾーン (Zone I, II, III) は,一つのマグマ溜りの進化プロセスの異なるステージで形成されたことが明らかとなった.すなわち,Zone I・Zone IIは開放系マグマ溜りの底部において,高温高密度マグマ注入,ストーピング,キュムレート(沈積物)の堆積によって下位から逐次形成されていった部分であるのに対し,Zone IIIは,Zone I, IIのキュムレートを作ったマグマの分化液が,高温高密度マグマ注入やストーピングが止んだ後で最終的に冷却・固化した部分である.Zcme I・Zone IIで注入されたマグマは,N-MORBマントルに由来し,より深部のマグマ溜りで,地殻物質の同化作用と分別結晶作用を経て生じたと考えられる.

このように,トッタベツ深成岩体は,いわゆる花崗岩体 (Zone III) の底とさらにその深部の情報を提供してくれる.花崗岩体そのものは均質であるが.その深部の情報から,花崗岩体の形成史において複雑な開放系マグマプロセスが起こっており,また,花崗岩が上部マントルー地殻系の分化プロセスの最終産物であることが明らかとなった.多くの花崗岩体が主に形成時の水平方向断面に相当し,深部の露出を欠くことから,トッタベツ深成岩体から得られた知見は,他の花崗岩体の形成史にも適用できる可能性がある.すなわち,一見均質に見える花崗岩体も,開放系マグマ溜りにおける複雑なマグマプロセスを経て形成された可能性を指摘できる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、中期中新世(約17-19Ma)に活動した北海道日高変成帯トッタベツ深成岩体の地質学的、岩石学的な研究に基づき、マグマ溜り内部での玄武岩質マグマの固化・冷却過程、および伴う花崗岩質マグマの成因を議論したものである。特に岩体内部の非対称層状構造および化学・同位体組成変化に注目し、マントルから地表付近にかけてのマグマ供給系の発達過程を統一的に議論している。

深成岩体の構造・成因は、火山の根として、および地球に固有の地殻の生成・発達過程を理解する上で重要である。多くの深成岩体では、その一部しか露出していないが、本研究では、深部に対応するの玄武岩質岩石とより浅部に対応する花崗岩質の部分までが連続的に露出しているまれな地域であり、これらの岩石の成因を統一的に理解することを目的としている。

本論文では、目的(第一章)に続いて、第二章から第三章においてトッタベツ岩体の地質学的な位置づけおよび岩体内部の地質構造に関する研究結果が述べられている。第四章から第六章では、構成鉱物と全岩の化学組成および同位体組成とその空間変化が述べられている。すなわち、トッタベツ深成岩体は、島弧地殻の断面としての日高変成帯の一部であり、その上部(地殻浅部)から変形の卓越する下部(地殻深部)に至る広い範囲にまたがっていること、岩体内部は日高変成帯の伸び方向に並行な4つの帯域(下部に相当する西側から、主に苦鉄質岩石からなるゾーンIa, Ib, 安山岩質岩石のゾーンII, および最上部の花崗岩質のゾーンIII)に分けられることが分かった。特に、ゾーンIには数メートルから数十メートルの、下位のユニットに対してのみ急冷縁を有する層(マクロリズミックユニット)が数多く存在すること、ゾーンIIは安山岩質岩石からなるが、上部に向かってより花崗岩質に変化すること、ゾーンIIIは主に均質な花崗岩質岩石からなることがわかった。さらに、岩石の全岩アイソクロン年代が17-19Maであること、同位体初生値が、N-MORBと周囲の堆積岩との間に分布することがわかった。

第七章ではマクロリズミックユニットの詳細な構造が議論されている。その結果、いずれのユニットも固結前の状態で接していたことが明らかとなった。各ユニット内における岩相変化は連続的であり、(1)底部の急冷岩は上位に向かって徐々に粗粒化し、中粒のはんれい岩に漸移すること、(2)マクロリズミックユニットでは、鉱物および岩石のMg/(Mg+Fe)比およびAn/(An+Ab)比は層の中程で極大値をもつが、Sr同位体比には系統的変化がないことが明らかとなった。

以上の結果に基づき、第八章では、苦鉄質岩石から花崗岩質岩石にいたる全体のマグマの成因および岩体内部の構造の成因が議論される。当時のマグマ溜りに供給される苦鉄質マグマは、中期中新世に起った背弧海盆の拡大にともなって生成されたN-MORB質マグマ由来であり、このマグマが、既存の地殻物質と反応しながら繰り返しマグマ溜りに供給されたと考えられる。マグマの繰り返し注入によって、マグマ溜りは成長するとともに、その底部で分別作用をおこし、生産されたより分化したマグマが上位へと運ばれることによって、岩体内のさまざまなスケールの構造や、幅広い化学組成変化が生じたことが明らかとなった。

本研究では、地質構造、岩石・鉱物の組成空間変化に基づいて、詳細なマグマ注入・分化の時間空間変化の検出に成功し、島弧の地殻構造そのものともいえる苦鉄質から花崗岩質にいたる幅広い化学組成を有する大規模岩体において、物質的な開放系における重力分離・物質分化の詳細が明らかとなった。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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