No | 118507 | |
著者(漢字) | 江指,永二 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | エサシ,エイジ | |
標題(和) | 胸腺内マクロファージの起源、分化機構及び機能の解析 | |
標題(洋) | Development and function of thymic macrophages | |
報告番号 | 118507 | |
報告番号 | 甲18507 | |
学位授与日 | 2003.07.31 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4404号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 脊椎動物はウィルスや細菌などの侵入から自己を守るため、食細胞やリンパ球を中心とする複数の防御系(免疫系)を備えている。これらの細胞はすべて骨髄に存在する全能性の造血幹細胞から多段階の分化過程を経て産生される。造血幹細胞は、まずmyeloid系列とlymphoid系列の二つの前駆細胞に分化する。Myeloid系列の前駆細胞は赤血球、顆粒球、血小板、樹状細胞(DC)、マクロファージヘと分化し、lymphoid系列の前駆細胞は、Bリンパ球及びTリンパ球系前駆細胞へと分化する。その後Tリンパ球系前駆細胞は胸腺へと移入し、成熟したT細胞へ分化する。胸腺の構造は皮質と髄質とで構成されており、それらがT細胞の分化や成熟の異なった段階に関与していると考えられている。一般に胸腺構造の構築には胸腺上皮細胞(TEC)とT細胞との相互作用が重要であると考えられているが、比較的研究の進んでいるT細胞とは対照的にTECの機能や分化メカニズムに関しては不明な点が多い。また、胸腺内にはDCやマクロファージ等のT細胞以外の血液細胞も存在しており、これらがT細胞の成熟に寄与していることが示唆されているが、胸腺内での存在比率が著しく低いことや特異的表面抗原が不明なことから、その性質や由来等については不明な点が多い。そこで、私は胸腺におけるTECの発達と胸腺内マクロファージの分化に関する解析を行った。 IL-6ファミリーに属するサイトカインであるオンコスタチンM(OSM)は、マウスの胎仔期から成体期を通して胸腺内で発現が認められており、胸腺内においては主にT細胞により産生される。そこで、OSMが胸腺構造の構築に関与している可能性を考えた。免疫組織染色によりOSM受容体の発現を調べた結果、胸腺内の皮質と髄質の境界領域にその発現が認められた。そこで、OSM存在下で胸腺細胞の初代培養を試みた。すなわち、出生直前の胎仔から胸腺を摘出し、酵素処理で細胞を分散させた後に、OSMの存在下あるいは非存在下で培養したところ、OSM存在下では上皮細胞様の細胞が多数増殖した。さらにOSM受容体遺伝子欠損マウスを用いて解析を行ったところ、野生型のマウスと比較してT細胞の分化は正常に行われているものの、髄質領域の肥大化、髄質中心領域の消失が見られ、OSMの機能欠損により胸腺構造の異常を引き起こす結果が得られた。以上の結果より、OSMは生体内においてTECに直接作用し、胸腺構造の構築に寄与しているものと考えられた。 胸腺におけるT細胞の成熟過程では大量の胸腺細胞がアポトーシスで死滅するが、それらは胸腺内に存在するマクロファージにより貪食されると考えられている。しかし、胸腺内マクロファージの起源及び機能の詳細な解析はなされていなかった。そこでまず、胸腺内に存在するマクロファージの同定を試みた。胎生14.5日目の胸腺を酵素処理により分散させた後、表面抗原をフローサイトメーターを用いて解析した。その結果、マクロファージの画分に、CD4陽性の細胞集団が存在することが分かった。CD4は、骨髄や腹腔内中に存在するマクロファージでは陰性であった。したがって、この細胞集団は胸腺特異的に存在していることが予想された。さらに、胸腺内では、このCD4陽性マクロファージは皮質髄質の境界領域に極在していた。皮質髄質境界領域では多数のT細胞がその分化過程で死滅するため、この領域にはその死細胞をすばやく貪食する細胞の存在が示唆される。CD4陽性のマクロファージはこの領域に存在するため、この死細胞を処理する細胞であり高い貪食能を備えていることが予想された。そこで、胸腺内に存在するCD4陰性マクロファージとCD4陽性マクロファージの死細胞に対する貪食能を比較した。その結果、CD4陽性のマクロファージはCD4陰性のものに比べ非常に高い貪食能を有していることが明らかとなった。さらに、腹腔内に存在するマクロファージを活性化させてもそのような高い貪食能は得られないことから、胸腺内に存在するCD4陽性マクロファージは通常の腹腔内マクロファージ等とは異なる性質・起源を持つことが示唆された。 機能や起源がマクロファージと比較的近い関係にあると考えられているDCはmyeloid系列の前駆細胞に由来すると考えられていたが、胸腺内に存在するDCはlymphoid系列に由来することが示されている。そこで、胸腺内CD4陽性マクロファージもlymphoid系列の前駆細胞に由来する可能性を探った。CD4陽性マクロファージの前駆細胞を検討するために、in vitroでの培養による分化誘導を試みた。しかし、種々のサイトカイン存在下でも、胎生14.5日目の未分化胸腺細胞からCD4陽性のマクロファージを誘導することはできなかった。この結果は、CD4陽性マクロファージは可溶性の因子のみでは誘導されないことを示唆していた。CD4陽性マクロファージは胸腺内において皮質と髄質の境界領域に極在しており、OSM受容体の発現パターンと酷似していることやOSMが上皮細胞の増殖を促進することから、CD4陽性マクロファージの分化におけるOSMと上皮細胞の関与を検討した。そこで、OSM存在下での胸腺細胞の初代培養を行ったところ、OSM依存的に増殖する胸腺由来上皮細胞株(FTEC)が得られた。次に、FTEC細胞株が未分化胸腺細胞からCD4陽性マクロファージへの分化を誘導できるのかを調べるため、共培養実験を行なった。胎生14.5日の未分化胸腺細胞を、OSM、SCF、IL-7存在下でFTEC細胞株と共培養した結果、CD4の強い発現が誘導され、それらの細胞はマクロファージの表現形を示し、強い貪食能を示した。これにより、FTEC細胞株はCD4陽性マクロファージの分化を誘導できることが明らかとなった。OSMが血球に直接作用しないこと、FTEC細胞株の培養上清ではこのような発現誘導が起こらないことから、未分化胸腺細胞と上皮細胞との直接の相互作用がCD4陽性マクロファージの分化誘導に必要であると考えられた。さらに、未分化胸腺細胞からCD4陽性マクロファージへの分化過程を詳細に検討するために、胸腺内に存在する最も未分化なTリンパ球系前駆細胞を単離して共培養実験に用いた。その結果、Tリンパ球系前駆細胞はIL-7存在下でのみFTECとの共培養によりCD4陽性マクロファージヘと分化することが明らかとなった。IL-7はTリンパ球系前駆細胞の生存に必須であることから、CD4陽性マクロファージがTリンパ球系前駆細胞から分化してくることが強く示唆された。以上の結果より、胸腺内CD4陽性マクロファージは、myeloid系列に属する通常のマクロファージとは異なり、lymphoid系列に属することが明らかとなった。 次に、胸腺内マクロファージのCD4の発現について調べた。胸腺内に存在するDCはCD8陽性と言われており、RAG2遺伝子欠損(RAG2-/-)マウスではCD8の発現がみられないことが報告されている。そこで、RAG2-/-マウスにおけるCD4陽性マクロファージの存在を調べた。その結果、RAG2-/-マウスの胸腺ではCD4陽性マクロファージが消失していた。一方、RAG1-/-マウスではCD4陽性マクロファージの存在が確認できた。そこで、それぞれの欠損マウス由来の胸腺細胞がin vitro共培養系においてCD4陽性マクロファージへと分化できるのかを検討した。その結果、RAG1-/-胸腺細胞からは正常にCD4陽性マクロファージが誘導された。しかし、RAG2-/-胸腺細胞はマクロファージヘと分化はするものの、CD4の発現は誘導されなかった。従って、RAG2が胸腺内マクロファージにおけるCD4の発現に必要であることが明らかとなった。 CD4陽性マクロファージはin vitro培養系において、OSM依存性上皮細胞株との相互作用によって誘導される。そこで、CD4陽性マクロファージの分化に対するOSMの生体内での関与を検討した。OSMによるシグナルはIL-6ファミリー共通の受容体であるgp130を通して細胞内に伝わる。そのため、細胞内領域欠損gp130ミュータントマウス(gp130D/D)ではOSMの機能欠損が起きている。このgp130D/Dマウスの胸腺では、CD4陽性マクロファージの著しい減少が認められた。しかし、gp130D/DマウスではIL-6ファミリーサイトカイン全ての機能が欠損しているため、厳密な意味でのOSMの作用解析とはならない。そこで、さらにOSM受容体遺伝子欠損マウスを用いた解析を行ったところ、胎生14.5日においてCD4陽性マクロファージの著しい減少が見られた。このことより、生体内においてもOSMが上皮細胞に作用し、その上皮細胞がCD4陽性マクロファージの分化に寄与していることが示唆された。 以上の結果より、胸腺内CD4陽性マクロファージは上皮細胞との相互作用によりlymphoid系前駆細胞から発達することで、通常のマクロファージとは異なる性質を獲得し、その高い貪食能をもって胸腺内で大量に発生する死滅したT細胞を素早く除去し、自己免疫疾患等の誘発を防いでいる可能性が示された。 | |
審査要旨 | 本論文は、胸線内に存在するCD4陽性マクロファージの発見、その前駆細胞の同定と分化メカニズムの解明、及び胸線上皮細胞の発達について述べられている。序論、実験方法の章に続き、2章にわたり結果、考察が述べられている。 まず始め(第4章)に、IL-6ファミリーに属するサイトカインであるオンコスタチンM(OSM)が胸線構造の構築に関与している可能性について述べられている。免疫組織染色により胸腺内の皮質と髄質の境界領域にOSM受容体の発現が認められ、OSM存在下で胸腺細胞の初代培養を試みると上皮細胞様の細胞が多数増殖する。さらにOSM受容体遺伝子欠損マウスでは、野生型のマウスと比較してT細胞の分化は正常に行われているものの、髄質領域の肥大化、髄質中心領域の消失が見られ、OSMの機能欠損により胸腺構造の異常を引き起こす結果を得ている。以上の結果より、OSMは生体内において胸線上皮細胞に直接作用し、胸腺構造の構築に寄与することを明らかにしている。さらに、OSM依存的な胸線上皮細胞株を樹立し、次の章(第5章)でこの細胞株を用いた解析を行っている。 第5章では、胸線内に存在するマクロファージに着目し研究を行っている。まず胸腺内に存在するマクロファージの同定を試みている。その結果、マクロファージの画分に、CD4陽性の細胞集団が存在することを発見している。このCD4陽性マクロファージは胸腺内において皮質髄質の境界領域に極在している。この領域では多数のT細胞がその分化過程で死滅するため、この領域にはその死細胞をすばやく貪食する細胞の存在が示唆され、実際にCD4陽性マクロファージがCD4陰性のものに比べ非常に高い貪食能を有していることを明らかにしている。腹腔マクロファージを活性化させてもそのような高い貪食能は得られないことから、胸腺内に存在するCD4陽性マクロファージは通常の腹腔内マクロファージ等とは異なる性質・起源を持つことが示唆される。機能や起源がマクロファージと比較的近い関係にあると考えられているDCはmyeloid系列の前駆細胞に由来すると考えられていたが、胸腺内に存在するDCはlymphoid系列に由来することが示されている。そこで、胸腺内CD4陽性マクロファージもlymphoid系列の前駆細胞に由来する可能性を考え、in vitroでの培養による分化誘導を試みている。CD4陽性マクロファージは胸腺内において皮質と髄質の境界領域に極在しており、OSM受容体の発現パターンと酷似していることやOSMが上皮細胞の増殖を促進することから、CD4陽性マクロファージの分化におけるOSMと上皮細胞の関与を検討している。FTEC細胞株と未分化胸線細胞との共培養実験の結果、FTEC細胞株と細胞間相互作用がCD4陽性マクロファージの分化誘導に重要であることを明らかにしている。さらに、未分化胸腺細胞からCD4陽性マクロファージへの分化過程を詳細に検討するために、胸腺内に存在するTリンパ球系前駆細胞を単離して共培養実験を行っている。その結果、Tリンパ球系前駆細胞はIL-7存在下でのみFTECとの共培養によりCD4陽性マクロファージへと分化することが明らかとなり、CD4陽性マクロファージがTリンパ球系前駆細胞から分化してくることが強く示唆されている。以上の結果より、胸腺内CD4陽性マクロファージが、myeloid系列に属する通常のマクロファージとは異なり、lymphoid系列に属することを明らかとしている。さらに、胸腺内マクロファージにおけるCD4の発現について調べ、RAG2-/-マウスの胸腺ではCD4陽性マクロファージが消失し、RAG1-/-マウスにおいてはCD4陽性マクロファージが存在することを発見している。それぞれの欠損マウス由来の胸腺細胞がin vitro共培養系においてCD4陽性マクロファージへと分化できるのかを検討し、RAG2がマクロファージへの分化には作用せずに胸腺内マクロファージにおけるCD4の発現に必要であることを明らかとしている。さらに、CD4陽性マクロファージの分化に対するOSMの生体内での関与も検討している。OSM受容体遺伝子欠損マウスの胸腺においてCD4陽性マクロファージの著しい減少が見られることから、生体内においてもOSMが上皮細胞に作用し、その上皮細胞がCD4陽性マクロファージの分化に寄与している可能性を示唆している。 胸腺は生体内でT細胞の分化成熟がおこる主要な器官であり、胸腺内に存在するDCやマクロファージ等のT細胞以外の血液細胞がその成熟に深く関与していると考えられている。しかし、DCやマクロファージは胸腺内での存在比率が著しく低いことや特異的表面抗原が不明なことから、その性質や由来等については不明な点が多い。 本研究により、胸腺内マクロファージの同定とその分化メカニズムが明らかにされ、胸腺における免疫システムの獲得機構を分子・細胞レベルで解析できる可能性が示された。このように論文提出者の研究は、免疫学の分野に大きく貢献するものと考えられる。 なお、本論文は関口貴志、伊藤寛明、小安重夫、宮島篤との共同研究によるものであるが、論文提出者が主体となり実験及び考察を行ったものであり論文提出者の寄与が十分であると判断し、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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