学位論文要旨



No 118508
著者(漢字) 刈間,理介
著者(英字)
著者(カナ) カリマ,リスケ
標題(和) 全反射レーザー蛍光顕微鏡(エバネッセント顕微鏡)を用いた細胞膜におけるlipopoly saccharide (LPS)の分子挙動の解析
標題(洋)
報告番号 118508
報告番号 甲18508
学位授与日 2003.09.03
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2207号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 助教授 小野木,雄三
 東京大学 助教授 井上,和男
内容要旨 要旨を表示する

今日の医療の進歩にも関わらず、いまだに敗血症を合併した症例では高い死亡率を認めている。敗血症の原因としては、細菌感染によるものが全体の85〜90%を占めており、このうちグラム陰性桿菌においては、菌の外膜の構成成分であるLPSが、敗血症の主な原因物質であることが知られてきた。

現在、LPSの受容体としては、GPIアンカー型受容体であるCD14と、細胞内ドメインがIL-1受容体と極めて高いホモロジーをもつTLR4の、ふたつの受容体が知られている。このうち、CD14はLPS結合タンパク(LBP)と複合体を形成したLPSに対し高い親和性を持ち、細胞のLPS感受性を高める働きをしていると考えられている。一方、TLR4はMD2と複合体を形成することで、LPSの刺激を細胞内に伝える機能をもっている。1999年にTLR4がLPSの受容体として明らかになって以来、LPSに対する細胞内シグナル伝達の分子機序がめざましく解明されてきた。しかし、細胞膜におけるLPSの分子挙動には依然として多くの不明な点が残されており、特に、LPSがCD14に結合した後、細胞膜上でどのようにTLR4と相互作用するのか、そしてこの過程にMD2がいかに機能しているのかに関しては、いまだ明らかにはされていない。さらには、近年多くのシグナル伝達系に関与すると考えられている細胞膜のリピドラフトがLPSやその受容体の分子挙動と細胞活性化にいかに関与しているかについても不明である。これらの細胞膜におけるLPSの挙動を解明することは、LPSが細胞を活性化する最初の過程を理解する上で重要であり、LPSによる生体の炎症反応を細胞膜レベルで制御する新しい治療法の開発に寄与する可能性が考えられる。本研究では、これらの問題点を解明する目的で、生体試料の分子挙動をリアルタイムに観察することが可能な光学技術であるエバネッセント顕微鏡(totalinternal reflection microscpope; TIRFM)を用いて、ヒトマクロファージおよびヒトCD14、TLR4、MD2を遺伝子導入し発現させたCHO細胞の細胞膜における、Alexa594蛍光分子で標識したLPS(Alexa594 LPS)の分子挙動の解析をおこなった。

まず、Alexa594 LPSがCD14に特異的に結合するかを検討するために、形質導入していないCHO細胞と、CD14を単独で発現したCHO細胞を用いて、Alexa594 LPS投与後の細胞膜における蛍光像を比較した。その結果、10ng/mlの濃度でAlexa594 LPSを投与すると、Alexa594 LPSの輝点はLBP存在下でCD14を発現した細胞のみに有意に出現していた。このことより、LPSは細胞表面のCD14に特異的に結合し、他の細胞膜の構造物には結合しないものと考えられた。

さらに、溶液中のAlexa594LPSの輝度分布を知るために、洗浄処理したスライドグラスに10ng/mlの濃度のAlexa594LPSを含む溶液をのせ、スライドグラスに付着した輝点の輝度を測定した。その結果、複数個のAlexa594に相当する輝度の高い輝点を多数認めており、10個以上のAlexa594に相当する輝度の高い大きな輝点も観察された。LPSは溶液中で凝集体を形成しやすいことも知られており、ここで観察された特に輝度が高く大きな輝点については、溶液中でLPSが凝集体を形成したものと考えられた。

次に、ヒト末梢血から単球を分離し、MCSF存在下で分化・誘導したヒトマクロファージに、最終濃度10ng/mlのAlexa594LPSと500ng/mlのLBPを投与した際の、細胞に結合したAlexa594LPSの輝点の拡散係数と輝度を解析した。Alexa594LPS投与5分後のマクロファージでは、細胞膜上を速い速度で移動する輝点を認めた。この輝点の時間経過に対する平均二乗変移はほぼ直線的に増加しており、LPSが細胞膜上を自由拡散していることが示された。また、マクロファージに結合したAlexa594LPSの輝点は1〜2分子のAlexa594の輝度に相当するものが多数で、最大でもAlexa594の6分子に相当するものに留まっていた。凝集体を形成したLPSに対しCD14とLBPをともに作用させるとLPSが凝集体から解離するという報告もあり、LPSは溶液中で形成された凝集体のままでは細胞膜のCD14に結合できず、はじめから凝集体を形成していないLPSまたは凝集体から解離したLPSのみが、LBPと複合体を形成した後に細胞膜のCD14に結合するものと考えられた。

マクロファージに結合した輝点の時間経過による変化を検討すると、LPS投与30分後では投与5分後と比較して輝度の高い輝点が増加していたことから、細胞膜に結合したLPSが時間経過とともに集合体を形成しているものと考えられた。また、LPS分子の拡散係数に関して検討すると、輝度の高い輝点においてLPS投与30分後では投与5分後と比較して動きが遅い輝点が増加していた。この結果からは、LPS・CD14複合体が集合体を形成しつつ、細胞膜上の他の分子と相互作用しあうことにより、その細胞膜上での運動速度を低下させている可能性が考えられた。

次に、CHO細胞にヒトCD14のみを単独に発現した場合と、ヒトCD14とヒトTLR4およびヒトMD2を発現した場合で、Alexa594 LPS の分子挙動の変化について検討した。その結果、CD14とともにTLR4・MD2複合体を発現した場合には輝度が高く運動速度の遅い輝点が増加していたのに対して、CD14のみを発現した場合には輝度が高い輝点は認めたが、これらの輝点は運動速度が大きく、細胞膜上で静止いているように見える輝点の出現はきわめて制限されていた。このことより、LPSがCD14に結合し集合体形成したのちに細胞膜上で運動速度を低下させ停止する過程には、TLR4・MD2複合体との相互作用が強く関与しているものと考えられた。しかしながら、CD14のみを発現しTLR4・MD2複合体の発現を伴わない場合でも、Alexa594 分子複数分に相当する輝度の高い輝点が認められたことより、CD14強制発現細胞においては、LPSの集合体形成はTLR4の存在の有無とは無関係に生じるものと考えられた。

さらに、MD2 の発現が LPS の細胞膜における分子挙動に与える影響ついて、ヒトCD14とヒトTLR4のみを発現したCHO細胞とヒトCD14、ヒトTLR4およびヒトMD2複合体を発現しているCHO細胞を用いてAlexa594 LPSの分子挙動を検討した。MD2 遺伝子欠損マウスが致死量の LPS に抵抗性を示し、この遺伝子欠損マウス由来の細胞も LPS に反応性を示さなかったという報告があり、MD2 は生体における LPS 認識機構にきわめて重要なはたらきをしているものと考えられる。しかし、今回のTIRFMを用いたAlexa594 LPS の細胞膜における分子挙動解析では、輝度分布および運動速度の低下と輝点の静止に関して、MD2の発現の有無に伴う LPS の分子挙動にはあきらかな違いは認められなかった。このことから、少なくともヒトCD14とヒトTLR4を強制発現させたCHO細胞においては、ヒトMD2の発現の有無はLPSの分子挙動に影響を与えないものと考えられた。NFκBの活性化をみたルシフェラーゼアッセイでCD14とTLR4のみを発現させたCHO細胞においても、LPSによるNFκBの活性化が認められており、TLR4 が強制発現により多量に細胞膜に発現している状態では、MD2 の発現は必ずしもLPS・CD14複合体とTLR4の相互作用に不可欠なものではないものと考えられた。

近年、コレステロールとスフィンゴ脂質に富む細胞膜の構成領域であるリピドラフトには多くのシグナル伝達物質が会合していることが報告され、リピドラフトに種々のGPIアンカー蛋白が濃縮されていることが知られている。CD14についてもりピドラフトへの局在が示されており、単球系細胞株にmethyl-β-cyclodextrin (MCD) で脱コレステロール処理を加えリピドラフトを壊すと、LPS に対する細胞の反応性が低下することも報告されている。しかし、LPS の細胞刺激の過程で、リピドラフトがいかにLPSの細胞膜における分子挙動に関与しているかについては明らかではない。そこで、MCD で処理をしたヒトマクロファージの LPS の細胞膜における分子挙動の変化を解析し、リピドラフトが細胞膜におけるLPSの分子挙動への関与について検討した。その結果、MCD で前処理したマクロファージでは未処理のマクロファージと比較して輝度の高い輝点の出現が著明に減少していた。この結果から、マクロファージ細胞膜のリピドラフトが LPS・CD14 複合体の集合体形成の場となっていることが示唆された。

最後に、LPSで前処理することにより細胞の LPS 反応性が一定の期間低下する、いわゆる LPS トレランスの状態にある細胞の細胞膜における LPS 分子挙動の変化の有無について、ヒトマクロファージを用いて検討した。この LPS 反応性低下の機序については、近年、OCS1/JAB や IRAK-M などの細胞内の分子が LPS 刺激にともない発現誘導され、これらが阻害分子として作用することにより LPS の細胞活性化を抑制することが明らかにされた。これらの報告からは、LPS トレランスが細胞膜の受容体レベルの変化ではなく、細胞内のシグナル伝達系における変化であると考えられる。今回のTIRFMによる解析でも、LPSで前処理したマクロファージと未処理のマクロファージとの間にAlexa594 LPSの分子挙動に明らかな違いは認められず、LPS トレランスが細胞膜レベルでの変化によるものでないことを強く支持する結果であった。

今回の細胞膜におけるLPSの分子挙動に関するTIRFMを用いた解析により、10ng/mlの濃度ではLPSがCD14に特異的に結合し、細胞膜上を自由拡散しつつ、集合体を形成することが明らかとなった。また、この集合体形成には細胞膜のリピドラフトが強く関わっていることが示唆された。さらに、TLR4・MD2複合体との相互作用が集合体を形成したLPSの細胞膜上の運動速度の低下に関わっていることが推測された。しかし、CHO 細胞で、MD2 発現の有無によりLPSの分子挙動には明らかな変化は認められず、LPS 刺激認識におけるMD2の役割については今後の検討を要するものと考えられた。今後さらに検討を進めることで、LPS による細胞活性化機序を細胞膜レベルでより詳しく理解し、さらにはグラム陰性桿菌感染症における炎症を細胞膜レベルで制御する治療法の開発に寄与できる可能性があるものと考えられる。

また、TIRFMは、その解像度の高さとリアルタイムな観察が可能なことから、生体分子の観察において近年特に注目されてきた光学技術の一つである。しかし過去の報告の多くが、抽出したタンパク質の細胞外での挙動に関する解析や、EGFP などの蛍光タンパクを融合した分子を強制発現させた細胞における観察によるものであった。本研究は、蛍光標識したLPSを用いヒトマクロファージにおける分子挙動を観察するという、より実際の生体現象に近いかたちでTIRFMによる生体分子観測を試み、一定の有意義な知見を得ることができた。このように生体から得た細胞に対し蛍光リガンドや蛍光抗体を投与しTIRFMで分子挙動を解析する手法は、今後の医療の現場においても細胞膜および受容体レベルでの疾患の原因の解明や診断への応用が可能であると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

グラム陰性桿菌感染症においては、菌の外膜の構成成分であるLPSが、生体の免疫反応の惹起に中心的な働きをなしていると考えられている。現在、LPS の受容体としては、GPIアンカー型受容体であるCD14と、細胞内ドメインがIL-1受容体と極めて高いホモロジーをもつTLR4の、2種類の受容体が知られており、このうちTLR4はMD2と複合体を形成することで、LPSの刺激を細胞内に伝える機能を担っている。近年、LPSに対する細胞内シグナル伝達の分子機序はめざましく解明されてきたが、細胞膜におけるLPSおよびその受容体の分子機序には依然として多くの不明な点が残されている。特に、LPSがCD14に結合した後のTLR4との相互作用の分子機序や、この過程におけるMD2の機能に関しては、いまだ明らかにはされていない。本研究では、これらの問題点を解明する目的で、生体試料の分子挙動をリアルタイムに観察することが可能な光学技術であるエバネッセント顕微鏡(total intemal reflection microscpopc;TIRFM)を用いて、ヒトマクロファージおよびヒトCD14、TLR4、MD2 を遺伝子導入し発現させた CHO 細胞の細胞膜における Alexa594 蛍光分子で標識した( Alexa594 LPS)の分子挙動の解析をおこない、下記の結果を得ている。

形質導入していないCHO細胞と、ヒトCD14を単独で発現したCHO細胞を用いて、LPS結合タンパク(LBP)の存在の有無による Alexa594 LPS 投与後の細胞膜における蛍光像を比較することより、LPS は LBP 依存的に細胞表面のCD14に特異的に結合することを示した。さらに、洗浄処理したスライドグラスにAlexa594 LPS溶液を滴下し、ガラス面に付着したAlexa594 LPSの輝点を解析することにより、溶液中ではAlexa594 LPSは多数の凝集体を形成することを示した。さらに、LPSは細胞膜には凝集体の状態では結合できず、凝集体を形成していないLPSおよび凝集体から解離したLPSのみが結合することを示した。

ヒト末梢血から分離・誘導したマクロファージにおいて、Alexa594LPSを投与し細胞膜に結合したAlexa594LPSの輝点の分子挙動を解析することにより、細胞膜に結合した直後のLPSは細胞膜上を自由拡散し、時間依存的に集合体を形成しつつ、細胞膜上での運動速度が低下することが示された。

ヒトCD14のみを単独に発現したCHO細胞と、ヒトCD14とヒトTLR4・MD2を共発現したCHO細胞を用いて、それぞれのAlexa594 LPSの分子挙動を比較検討することにより、ヒトCD14とヒトTLR4・MD2を共発現した細胞では輝度が高く運動速度が遅い輝点の増加を認めたのに対し、CD14のみを発現した場合には輝度が高い輝点は認めるが、運動速度の低下はきわめて制限されていることを示した。この結果より、CD14強制発現細胞においては、LPSの集合体形成はTLR4の存在の有無とは無関係に生じるが、集合体形成したのちに細胞膜上でLPSの運動速度が低下する過程には、TLR4・MD2複合体との相互作用が強く関与していることが示された。

Methyl-β-cyclodextrin (MCD) で脱コレステロール処理を加え細胞膜のリピドラフトを破壊したヒトマクロファージにおけるAlexa594 LPSの分子挙動の変化を解析することにより、MCDで前処理したマクロファージでは未処理のマクロファージと比較して、輝度の高い輝点の出現が著明に減少していることを示した。この結果より、マクロファージ細胞膜のリピドラフトがLPSの集合体形成に関与していることが示された。

LPSで前処理することにより細胞のLPS反応性が低下したLPSトレランスの状態にあるヒトマクロファージの細胞膜でのAlexa594 LPSの分子挙動には、未処理のマクロファージでの分子挙動との有意な違いは認められず、LPS トレランスが生じる原因は細胞膜における変化によるものではないことが示唆された。

以上、本論文はエバネッセント顕微鏡を用いることにより、生きた細胞の細胞膜におけるLPSの分子挙動の旬視化に初めて成功し、多角的な解析を通して有意義な知見を示している。本研究は、グラム陰性棉菌感染症での生体の免疫応答惹起において中心的な働きをなすLPSの細胞活性化機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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