学位論文要旨



No 118509
著者(漢字) 豊田,信明
著者(英字)
著者(カナ) トヨダ,ノブアキ
標題(和) SAGE法とDNAマイクロアレイ法を利用した包括的新規膜分泌タンパク同定法の開発 : T細胞にてその有効性を検討
標題(洋)
報告番号 118509
報告番号 甲18509
学位授与日 2003.09.03
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2208号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 助教授 中村,哲也
内容要旨 要旨を表示する

受容体、トランスポーター、接着分子、ホルモン、サイトカイン、ケモカインなどの膜タンパクと分泌タンパクを介した細胞間情報伝達は、生体のホメオスターシスや炎症・防御反応の制御において中心的役割を担っている。したがって、新規の膜分泌タンパクを同定することは、さらなる生体反応の分子メカニズムの解明や、疾病の新しい治療法の確立につながる可能性がある。これまでは、膜分泌タンパクの同定にはdifferential display法、random screening法、signal sequence trap法などが利用されてきた。しかしながらこれらの方法は、ある特定の刺激や、特殊な細胞において特異的に発現する膜分泌タンパクをコードしている遺伝子を包括的に同定するには適していない。加えて、differential display法は再現性に乏しいこと、random screening法は多大な時間と労力が必要なこと、signal sequence trap 法は感度の点においてやや難点があることなどの制限がある。そこで、本研究において、私はSAGE法およびDNAマイクロアレイ法という2つの包括的発現遺伝子検索法を組み合わせることによって、新規膜分泌タンパクを包括的に同定する新たな方法の開発を試み、その有用性をT細胞において検討した。

SAGE法は、mRNAの polyA tail にもっとも近いNlaIIIサイト下流10bp(tag と呼ばれている)によってそれぞれの遺伝子を代表させる方法で、既知未知を含め、検索対象としているmRNA population 中の遺伝子発現の定量化を可能とする方法である。SAGE法により、活性化Th1細胞・活性化Th2細胞・resting CD4(+) 細胞のexpression profile を構築した上で、それぞれのライブラリーの発現量情報を比較した。活性化Th1細胞と活性化Th2細胞を比較したとき、活性化Th1細胞に選択的に発現している可能性が高く、かつ機能未知のタンパクをコードしている遺伝子10個を同定した。同様に、活性化Th2細胞に選択的に発現していく可能性の高い1個の機能未知の分子をコードする遺伝子1個を同定した。加えて、活性化Th1細胞と活性化Th2細胞の発現量情報と resting CD4(+) 細胞の発現量情報を比較することにより、T細胞の活性化により選択的に誘導されてくる機能未知の分子をコードする遺伝子20個を同定した。これらT細胞の状態により発現量を大きく変化させる遺伝子のなかから、ショ糖密度勾配超遠心法により分離された膜分画と細胞質分画それぞれに含まれるRNAをDNAマイクロアレイ法を利用して解析することにより膜分泌タンパクを同定した。まず2X107個の抹消血単核細胞(以下PBMC)を4ng/ml IL2存在下に14日間培養し、細胞数を3X108に増殖させた。50μg/mlのPMAと1μg/mlのイオノマイシンを添加して、さらに4時間培養した。そのPBMCを50μMの cycloheximide を加え37℃で10分間培養後、ball-bearing homogenizer で溶解した。ショ糖密度勾配超遠心法にて free ribosome と membrane ribosome を分離したのちそれぞれの分画を採取した。それぞれの分画に含まれるRNAを精製し、T7-RNA polymerase 法によりそれぞれ増幅した。細胞質分画由来の antisense RNAをCy3-dUTPにて、膜分画由来の antisense RNAをCy5-dUTPにてラベリングし、プローブを作成した。

次にDNAマイクロアレイガラススライドの作成について概説する。上記、T細胞のコンディションにより大きく発現量が変化する遺伝子の3'断片を3'RACE法により収集した。また、それら遺伝子のコードするタンパクの細胞内位置情報を推測するためのコントロールとして、すでに細胞内位置が判明している150個の細胞質タンパクをコードする遺伝子および229個の膜分泌タンパクをコードする遺伝子を収集し、これら計410個を含むDNAマイクロアレイガラススライドを作成した。このDNAマイクロアレイガラススライドを自作し、上記プローブをハイブリダイゼーション後、解析した結果、コントロールとして収集した細胞質タンパクをコードする遺伝子のうち80%がCy5/Cy3<1.35の値をもち、膜分泌タンパクをコードする遺伝子のうち80%がCy5/Cy3>1.37の値をもった。その結果Cy5/Cy3>1.37の遺伝子は膜分泌タンパクをコードしている可能性が高いと推測されたので、上記のSAGE法によりスクリーニングされた細胞内位置未知の31個の遺伝子に、この条件を適応した。その結果、活性化Th1細胞の2個、活性化Th2細胞の1個、活性化T細胞の2個の遺伝子がこの条件を満たし、それぞれのT細胞の状態に応じて選択的に誘導されてくる膜分泌タンパクをコードする遺伝子であることが推測された。活性化Th2細胞において選択的に誘導されてくるHs.7718の遺伝子産物は、本研究の解析結果によるとCy5/Cy3=1.73と膜分泌タンパクをコードするに十分なCy5/Cy3比を示していたのにも関わらず、膜貫通部位の存在をSOSUIでは予測できなかった。そこで、さらに5'上流をクローニングした結果、N末にシグナルペプチドをもつタンパクをコードしていることが判明した。また、T細胞の活性化に伴って誘導されてくる遺伝子Hs.182285は現在NCBIの public database にはESTとして3'断片の塩基配列しか登録されていない。そこで実際に膜貫通部位と思われる疎水性領域があるかどうか検証するため、全長の遺伝子配列を決定した。その結果、翻訳されるタンパクには4つの疎水性領域が存在し、膜タンパクであることが推定された。さらに、この2つの遺伝子について、その翻訳産物が実際に膜分泌タンパクであるか実験的検証を行った。Hs.7718の open reding frame(以下ORF)をpTNT vector(Promega)に組み込み、in vitro translation kit を使って、翻訳産物を発現させた。翻訳産物の分子量は106kDaであった。マイクロゾーム存在下にて翻訳後、Proteinase Kにて消化したところ約110kDaの産物が確認されたが、Triton X-100存在下にて消化したところこの分子は完全に消化された。マイクロゾーム存在下、翻訳産物の分子量が大きくなっているのは、Hs.7718産物は内部にN-glycosylation site を持っているためで、糖鎖修飾を受けたためと考えられる。これらの結果は、Hs.7718産物は分泌タンパクであることを示している。また、Hs.182285のORFをpEGFP-C1 vector とpEGFP-N2 vector(ともにclontech)に組み込んだ上で、HEK293細胞に transfect しGFP融合Hs.182285産物を発現させた。GFPタンパクの green signal を、共焦点蛍光顕微鏡で観察したところ、膜部分にGFPのシグナルを確認でき、かつGFPをHs.182285産物のN末またはC末に融合させた物の間で、その細胞内分布に差異は認められなかった。従って、このGFPのシグナルはHs.182285産物の細胞内位置を反映しているものと考えられ、Hs.182285遺伝子産物が膜タンパクであることを示唆している。

まとめると、本研究で示した方法は、単に膜分泌タンパクをコードするだけでなく、刺激に反応して大きく発現が変化する遺伝子を包括的に同定できるシステムであり、加えて、今回の方法は高発現の遺伝子に邪魔されることなく新規の遺伝子を同定できる。この高発現の遺伝子にマスクされて低発現の新規膜分泌タンパクをコードする遺伝子を同定することができないというのは、もっとも基本的な問題であるが、SAGE法により発現遺伝子をスクリーニングすることによって、かなりの程度克服している。また本研究の方法は、いかなる細胞にも応用可能なので、その結果さらなる新規の膜分泌タンパクの同定が可能であり、生体反応の分子メカニズムの解明や新たな治療法の開発に繋がる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

膜・分泌タンパクの中には、受容体、トランスポーター、接着分子、ホルモン、サイトカイン、ケモカインなど生体のホメオスターシスや炎症・防御反応の制御において中心的役割を担っているものが存在する。本研究は、膜・分泌タンパクをコードする遺伝子を、serial analysis of gene expression (SAGE) 法およびDNAマイクロアレイ法という2つの異なる包括的遺伝子発現検索法を組み合わせることにより、効率的に同定する方法を開発した。実験系としては、まず活性化Th1細胞、活性化Th2細胞および resting CD4(+) 細胞の遺伝子発現プロファイルをSAGE法により未知の遺伝子も含め明らかにした後、DNAマイクロアレイ法を利用して、膜・分泌タンパクを同定する方法を採用している。その結果、以下のように各T細胞のサブセットに選択的に発現する膜・分泌タンパクの同定に成功している。

本研究の方法をT細胞に適応した結果、活性化Th1細胞において2個、活性化Th2細胞に1個、活性化T細胞に2個の遺伝子が、各T細胞サブセットにおいて選択的に発現してくる膜・分泌タンパクをコードする遺伝子であることが推測された。

それら5個の遺伝子のうち、活性化Th2細胞において膜・分泌タンパクをコードする遺伝子として予測されたHs.7718は本研究施行時、全長として公的データベース(Gen Bank など)に公開されていた遺伝子配列は、膜・分泌タンパクをコードする遺伝子とはその塩基配列からは予測し得ないものであった。本研究において行われた結果に基づき、さらに5'側の検索を行ったところ、実際はN末にシグナルシークエンスをもつ分泌タンパクであることが示された。

活性化T細胞において、選択的に誘導されてくる遺伝子Hs.182285は、本研究施行時、3'ESTとして数百ベースが報告されているのみであった。この遺伝子の全長の同定を試みたところ、実際に膜貫通部をもつタンパクをコードしていることが示された。

本研究において、膜・分泌タンパクをコードする遺伝子と予測され、かつ本研究施行時、公的データベース上に公開されている塩基配列情報からは膜・分泌タンパクと予測されえない2遺伝子(Hs.7718およびHs.182285)に関しては、それらの遺伝子産物が実際に膜・分泌タンパクであることを実験的に実証している。

以上、本論文はSAGE法およびDNAマイクロアレイ法を応用することにより、生体内においてある特定の状態において発現する未知の膜・分泌タンパクを包括的に同定できる可能性をはじめて示した。本研究は、様々な炎症・防御反応において重要な役割をになう新規の膜・分泌タンパクの発見に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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