No | 118511 | |
著者(漢字) | 須並,英二 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スナミ,エイジ | |
標題(和) | 大腸癌血行性転移に関する研究 : 特にマトリックスメタロプロテナーゼを中心として | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 118511 | |
報告番号 | 甲18511 | |
学位授与日 | 2003.09.03 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2210号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 研究の背景と目的 大腸癌は比較的外科的治療効果の高い癌であるが、その治療に際して、最も大きな問題の一つは血行性転移である。癌の血行性転移は複雑なステップを経て成立するとされ、接着因子や増殖因子等多くの因子が関与するとされる。本研究では、大腸癌血行性転移に関与するとされる各種因子の中で、結合組織として癌細胞浸潤の障害となる細胞外マトリックスの破壊に関与するとされるMMPs(マトリックスメタロプロテナーゼ)に着目した。 まず第一に、大腸癌血行性転移にMMP-1が関与するかどうかを明らかにすることを目的とした。次に臨床応用を念頭に、MMPs産生を抑制する物質として、PPARγ Peroxisomal proliferator-activated receptor gamma) のリガンドの一つであるTZD(トログリタゾン)を候補としてとりあげた。PPARγは核内レセプタースーパーファミリーの一種であり、NSAIDsや15-deoxy-△12, 14-prostaglandin J2等のリガンドと結合することにより活性化され標的となる遺伝子の転写調節を制御している。脂質の代謝において重要な役割を果たすとされ、糖尿病の治療薬として市販されていた。ここでは、癌細胞におけるMMPs産生に及ぼすTZDの影響を明らかにし、更に細胞増殖や細胞接着など転移に関連するその他の因子に及ぼすTZDの抗腫瘍効果を明らかにすることを目的とした。 方法および結果 大腸癌血行性転移とマトリックスメタロプロテナーゼの発現に関する検討 1990年から1994年までの5年間に東京大学腫瘍外科にて切除された全大腸癌症例133例を対象とし、抗MMP-1抗体を用いて免疫染色を行った。MMP-1の発現は主として癌細胞の細胞質において様々な程度で認められたが、間質細胞や内皮細胞にも淡く認められた。 高MMP-1発現群は47症例 (35.6%)、低MMP-1発現群は86症例 (64.7%) であり、MMP-1の発現と血行性転移との間に相関が認められたが、深達度、リンパ管侵襲の有無、脈管侵襲の有無、リンパ節転移の有無そして Dukes 分類等の主要な臨床病理学的因子とMMP-1の発現との間には相関は認められなかった。また、これらの主要な臨床病理学的因子およびMMP-1発現が血行性転移に及ぼす危険度を多変量解析により検討したところ、MMP-1発現は独立した危険因子であることが判明した。 大腸癌におけるPPARγの発現の検討 PPARγの発現を Western blotting および Flowcytometry にて検討したところ大腸癌細胞株は、その種類に応じて様々な程度でPPARγを発現していた。今回の検討の中では、HT29,WiDr及び Lovo はPPARγを高発現しており、CaR-1,DLD-1,Colo201,CaCO2においてPPARγ発現はわずかであった。 PPARγ高発現株と低発現株の作製 PPARγ高発現株である大腸癌細胞株HT29を用いて限界希釈法にてクローニングを行い、HT29のクローンを31種類得ることができた。これらの中で clone 3はPPARγ低発現株であり、clone 21はPPARγ高発現株であった。今後の実験には、これら2つのクローンを使用した。 腫瘍細胞の増殖に及ぼすトログリタゾンの影響 各種濃度 (0, 1, 3, 10, 30, 50, 100μM) におけるTZDの大腸癌細胞増殖に対する影響をMTS assay にて検討し、更にその作用が apoptosis によるものかについても検討を加えた。PPARγ高発現株に対する抑制作用は低発現株のそれと比較し、明らかに強力であった。しかし、TZD30μM以下の濃度では、両細胞株ともに有意な増殖抑制は認められなかった。また、細胞増殖抑制効果はアポトーシス細胞死に依存するものでないことが明らかとなった。 腫瘍細胞のマトリックスメタロプロテナーゼ産生に及ぼすトログリタゾンの影響 PPARγ発現量の異なるクローンを用いてTZDによる刺激を行い、癌細胞におけるMMP-7産生量の変化を比較検討したところ、PPARγ高発現株においては93%、PPARγ低発現株においては75%、それぞれ抑制されていた。 その他のMMP-1、MMP-2、MMP-9に関しては、明確な変化は認められなかった。これらの変化は同様の結果が gelatin zymography にても観察された。 腫瘍細胞の細胞外基質接着に及ぼすトログリタゾンの影響 PPARγ高発現株はラミニン、I型コラーゲン、IV型コラーゲンに強く接着したが、TZDの処理によって、これらECMへの接着は濃度依存性に抑制された。 PPARγ低発現株は、ラミニン、I型コラーゲン、IV型コラーゲンに強く(全て80%程度)接着したが、フィブロネクチンに対する接着は弱かった(約10%)。しかし、TZD処理によって、これらECMへの接着はほとんど抑制されなかった。 TZDの作用によりインテグリンの発現量には変化は認められなかった。 まとめ 今回の検討では、多くの大腸癌において癌細胞の細胞質にMMP-1が発現することが免疫染色法により認められた。MMP-1の発現は大腸癌の血行性転移と相関し、その他の臨床病理学的因子とは全く独立した因子であることが明らかとなった。これはMMP-1高発現群が血行性転移の高危険群であることを意味し、MMP-1の発現程度を評価することによって、大腸癌術後のフォローアップをより綿密なものにする必要のある症例、術後抗癌剤をより積極的積極的に投与する必要のある症例等を選別するための基準の一つとして利用できる可能性が示唆された。MMP-1高発現と大腸癌血行性転移の関係については、私が初めて報告した。 また、上記検討からも推測されるよう、MMPを阻害することによって癌の血行性転移を抑制出来ると考えられ、次にMMPsの産生を阻害し、更に実用化の期待できる物質として糖尿病治療の新薬として開発されたPPAR-γアゴニスト(リガンドの一種)であるトリグリタゾン (Troglitazone、TZD) に注目して検討を行った。 大腸癌細胞株におけるPPARγの発現程度は様々であった。TZDによるPPARγ活性化の大腸癌細胞に対する影響について検討を行うため、同種細胞株のPPARγ発現程度の異なるクローンを作製し、それぞれにTZDを作用させ、その影響を検討した。その結果、TZDは濃度依存性に細胞増殖抑制効果を示すと同時にMMP-7産生を明らかに抑制した。また、PPARγ高発現株に限り細胞外基質に対する接着能が明らかに抑制された。 増殖、浸潤、接着といった腫瘍細胞の機能は、癌が発育し、転移していく過程において重要不可欠な機能であるため、これらに対するTZDの抑制作用は癌の発育進展の抑制につながると考えられ、TZDの抗腫瘍薬としての可能性が大いに期待される。現在、副作用の面から販売は中止されているが、副作用のより少ない他のPPARγ agonist を考慮するなど、今後の研究により、PPARγ agonist は新たな制癌物質となる可能性は十分にあると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、大腸癌治療に際して最も大きな問題の一つとなる血行性転移に関与するとされる各種因子の中で、細胞外マトリックスの破壊に関与するとされるマトリックスメタロプロテナーゼ (MMPs) に着目した。 まず第一に、大腸癌血行性転移にMMP-1が関与するかどうかを、次に癌細胞におけるMMPs産生に及ぼすトログリタゾン (TZD) の影響を明らかにし、更に細胞増殖や細胞接着など転移に関連するその他の因子に及ぼすTZDの抗腫瘍効果を明らかにすることを目的とし、以下の結果を得ている。 大腸癌症例133例を対象とし、免疫染色を行い、MMP-1の発現と血行性転移との関係に関して検討したところ、有意な相関が認められたが、深達度、リンパ管侵襲の有無、脈管侵襲の有無、リンパ節転移の有無そして Dukes 分類等の主要な臨床病理学的因子とMMP-1の発現との間には相関は認められなかった。また、MMP-1発現は血行性転移の独立した危険因子であることが判明した。 PPARγの発現を Western blotting および Flowcytometry にて検討したところ大腸癌細胞株は、その種類に応じて様々な程度でPPARγを発現していた。HT29,WiDr及び Lovo はPPARγを高発現しており、CaR-1,DLD-1,Colo201,CaCO2においてPPARγ発現はわずかであった。 大腸癌細胞株HT29を用いてクローニングを行い、HT29のクローンを31種類得ることができた。これらの中で clone 3はPPARγ低発現株であり、clone 21はPPARγ高発現株であった。今後の実験には、これら2つのクローンを使用した。 各種濃度 (0, 1, 3, 10, 30, 50, 100μM) におけるTZDの大腸癌細胞増殖に対する影響をMTS assay にて検討した。PPARγ高発現株に対する抑制作用は低発現株のそれと比較し、明らかに強力であった。 PPARγ発現量の異なるクローンを用いてTZDによる刺激を行い、癌細胞におけるMMP-7産生量の変化を比較検討したところ、PPARγ高発現株においては93%、PPARγ低発現株においては75%、それぞれ抑制されていた。その他のMMP-1、MMP-2、MMP-9に関しては、明確な変化は認められなかった。これらの変化は同様の結果が gelatin zymography にても観察された。 PPARγ高発現株はラミニン、I型コラーゲン、IV型コラーゲンに強く接着したが、TZDの処理によって、これらECMへの接着は濃度依存性に抑制された。PPARγ低発現株は、ラミニン、I型コラーゲン、IV型コラーゲンに強く(全て80%程度)接著したが、フィブロネクチンに対する接着は弱かった(約10%)。しかし、TZD処理によって、これらECMへの接着はほとんど抑制されなかった。 以上、本論文では、MMP-1の発現は大腸癌の血行性転移と相関し、その他の臨床病理学的因子とは全く独立した因子であることが明らかとなった。これにより、MMP-1の発現程度を評価することが、大腸癌術後のフォローアップをより綿密なものにする必要のある症例、術後抗癌剤をより積極的に投与する必要のある症例等を選別するための基準の一つとして利用できる可能性が示唆された。 更に、大腸癌細胞株におけるPPARγの発現を明らかにし、TZDは濃度依存性に細胞増殖抑制効果を示すこと、MMP-7産生を抑制すること、細胞外基質に対する接着能を抑制することを明らかにした。増殖、浸潤、接着といった腫瘍細胞の機能は、癌が発育し、転移していく過程において重要不可欠な機能であるため、これらに対するTZDの抑制作用は癌の発育進展の抑制につながると考えられ、TZDの抗腫瘍薬としての可能性が示した。 これらの点から本論文は学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |