学位論文要旨



No 118517
著者(漢字) 菊地,一佳
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,カズヨシ
標題(和) Madden-Julian振動の伝播特性に関するデータ解析研究
標題(洋)
報告番号 118517
報告番号 甲18517
学位授与日 2003.09.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4405号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木本,昌秀
 東京大学 教授 住,明正
 東京大学 助教授 新野,宏
 東京大学 助教授 升本,順夫
 東京大学 助教授 高薮,縁
内容要旨 要旨を表示する

Madden-Julian 振動(MJO)は赤道域で最も卓越する大気擾乱の一つである。明確な定義は存在しないが、東西波数1-3という大きな水平規模を持った対流と循環の東進、30-90日という周期性によって特徴付けられる。またインド夏季モンスーンの活発・不活発との関係性、ENSO (El Nino and the Southern Oscillation) の開始・終息との関係性などが指摘されており、多くの気象研究者の注目を浴びてきた。しかし、MJO自身の伝播特性については十分に分かっているとはいい難い。そこで本研究ではMJOの伝播特性に関する全体的な理解を深めるために、主にデータ解析によって研究を行った。

まず、MJOの振幅が一年を通して最も強く、東進伝播が最も卓越する北半球冬季の伝播特性について、西半球、東半球にそれぞれ焦点をあてて研究を行った。この時期、MJOに伴う大気擾乱は東半球ではケルビン波・ロスビー波結合モードの構造を持ち約6ms-1で進むが、西半球ではケルビン波の構造を持った擾乱が対流圏上層を約10-15ms-1で伝わることが知られている。

まず西半球を伝わる擾乱の伝播特性及び次のイベントとの関係性について、MJOに伴う水蒸気変動に特に着目して調べた。コンポジット解析の結果、対流圏上層を周回する擾乱に同期して可降水量正偏差も赤道域を周回していることが分かった。赤道域を周回する同様な擾乱は対流圏全層の東西風、1000hPaのジオポテンシャルなどの大気場にも見られた。1000hPaジオポテンシャルを除く大気場及び可降水量場の擾乱は西半球を平均約20ms-1で東進していた。さらにこの擾乱の構造を詳しく見ると、約20ms-1で進む波束の中に約30-40ms-1で東進する速い擾乱が見られた。この擾乱は第一傾圧の鉛直構造をもっていた。位相速度、鉛直構造などから第一傾圧モードの自由ケルビン波であることが推測された。また、西半球を横断する可降水量正偏差はケルビン波の境界層摩擦収束によって生成されることが示唆された。このケルビン波に伴う可降水量正偏差が西部インド洋に達した数日後に大西洋から西部インド洋にかけて次のMJOサイクルの一部としての対流偏差が現れた。以上の結果は、北半球冬季には東進するケルビン波によってMJOサイクルが維持されていることを示唆するものである。

次に、同じく北半球冬季の今度は東半球での伝播特性に関して研究を行った。前述したように東半球では対流と対流により強制されたケルビン波・ロスビー波応答が結合しながらゆっくりと東進する。このケルビン波応答の境界層摩擦収束によって対流組織の東には、境界層収束、すなわち水蒸気収束があり可降水量蓄積が深い対流に先行して起こる。このような領域における水蒸気の蓄積と対流活動発達との関係を調べるために、対流発達の詳細な様子を、高解像度雲データであるGMS赤外等価黒体温度(IR TBB)ヒストグラムデータを用いて、TOGA COARE集中観測期間について調べた。また、同観測期間中の高層観測データも合わせて使用した。

その結果、TBBヒストグラム及び高層観測データともに整合的な対流発達の様子が得られた。すなわち、MJOに伴う対流発達過程は3つの安定層(貿易風逆転層、融解層高度の安定層、対流圏界面)によって特徴付けられる3種類の雲(層積雲、雄大積雲、積乱雲)の発達によって構成されていることがわかった。

結局、MJOに伴う雲組織のライフサイクルは、以下の5つのステージからなっていた。1)抑制期 : 対流活動が非常に抑制される、2)層積雲発達期(2-3日): 対流活動はある程度活発化するが、ほとんどの雲が貿易風逆転層の高さで成長を抑えられる、3)発達期(3-4日): 多くの雲が融解層まで発達し、散発的に対流圏界面まで発達する雲が発生する、4)成熟期(4-5日): 雲が大規模に組織化し、アンビル雲を形成、5)衰退期 : 雲の組織化がくずれ衰退していく上層雲がみられる。以上の結果は東半球でのMJOの東進機構を考える上で、大気成層の効果を考慮する必要があることを示唆している。

最後に、季節によって異なるMJOの伝播特性について調べた。北半球冬季には赤道域を東進する対流活動が支配的であるのに対し、北半球夏季にはそのような対流活動に加えインド洋、西部太平洋上で北・北西進する対流組織を伴う。このような季節による伝播特性の違いに対する理解を深めるために、観測データ及び簡単なモデルによって北半球夏季と冬季のMJOの伝播特性について比較・検証を行った。

観測及びモデルは整合的な結果を示し、赤道上の大規模な対流活動による加熱に対する大気の応答特性が季節によって異なることが示唆された。つまり、赤道上の大気加熱に対して、北半球夏季には対流圏下層の大気擾乱はケルビン波応答と北半球側で比較的強いロスビー波応答という構造をとった。一方、同様な加熱に対して北半球冬季の対流圏下層大気擾乱は比較的強いケルビン波応答と赤道対称で弱いロスビー波応答の結合という構造をもっていた。

観測データの解析により、このような応答特性の違いに対応した可降水量増加率の違いが見られた。両季節において可降水量蓄積と対流発達との結ぶつきは非常に強く、可降水量蓄積が対流活動の移動に常に先行していることから、大気の応答特性によって生じる可降水量蓄積の空間構造の違いがMJOの伝播特性の季節変化をもたらしていると考えられた。

このように季節によって異なる大気の応答特性が生じる理由を詳しく調べた結果、対流圏下層で見られる加熱に対する応答特性の違いは同高度での東西風南北シアーに起因していることが示唆された。つまり、対流圏下層で東西風南北シアーの少ない北半球冬季には、加熱に対してケルビン波応答が強く現れ、ロスビー波応答は比較的弱いのに対し、モンスーン循環によってシアーの大きい北半球夏季にはケルビン波応答に加え、シアーの大きい北半球側でロスビー波応答強く現れる。その結果、両季節ともにある程度強いケルビン波応答を伴い、両季節共通の東進という性質を示すが、対流組織の北進は東西風南北シアーの強い北半球夏季に限られる。

審査要旨 要旨を表示する

Madden-Julian 振動(MJO)は、熱帯大気中に発見されたもっとも顕著な大規模大気現象の一つで、対流雲の塊(クラウドクラスター)を伴う数万kmスケールの循環偏差が赤道に沿って40日-70日程度のゆっくりした速度で地球を一周する。1970年代初めに発見されて以降、多くの気象学者の注目を集め、研究が行われてきたが、未だに未解明の部分の多い現象である。申請者は近年充実してきた全球再解析データや衛星観測データ等を用いて Maedden-Julian 振動の主として伝播特性に注目して研究を行った。

まず、第1章においてこれまでの膨大な研究結果をレビューし、MJOの伝播特性についての問題点を整理した。これまでに提唱された理論のどれも観測される伝播特性や擾乱の構造について十分な説明を与えるものではない。そこで申請者は、以下の3つの課題に注目することとした。(1)赤道に沿っての東進がもっとも卓越する北半球冬季について、対流と循環とのカップリングが強い東半球とそうでない西半球の伝播特性、擾乱の3次元構造の違い、および、西半球から東半球への継続性について、(2)同じく北半球冬季の東半球において、MJOの東進に伴う対流活動の詳細な変化の記述、そして、(3)北半球夏季においてインド洋で見られる北進傾向のメカニズムについて、である。

第2章において、本研究で用いたデータとその処理方法について説明した後、第3章においては、北半球冬季において赤道域を一周して東進するMJOの水平・鉛直構造を全球格子点データと衛星可降水量データ等を用いて記述した。とくに対流と循環場のカップリングの弱い西半球でも有意なシグナルが取り出されるよう注意が払われた。その結果、東半球ではケルビン波・ロスビー波結合モード、西半球ではケルビン波の構造を持つ擾乱が、それぞれ6m/s、20m/sという位相速度をもって東進伝播するというこれまでの知見が確認された上、詳細な吟味により、西半球での伝播には30-40m/sの速い成分とアフリカ大陸上の山岳による阻害効果が関与していることがわかった。また、本研究のもっとも重要な発見の一つとして、大気水蒸気量(可降水量)の偏差が西半球でも明白に東進していることが見出された。この可降水量偏差はケルビン波に伴う赤道上での境界層収束によって説明され、大気が相対的に乾燥している西半球ではこの可降水量偏差は深い対流には至らないものの、海面水温が高いインド洋に達すると深い対流を発生させるとし、西半球から東半球への擾乱の継続的伝播に対する一つの説明を与えた。

第4章においては、解像度の高い衛星ヒストグラムデータとTOGA-COARE集中観測プロジェクトの高層観測データを用いて、対流と循環のカップリングの強い西太平洋暖水域においてMJOに伴う対流が鉛直方向にどのような段階を経て発達するかを詳細に記述した。その結果、まず、前章の結果を確認する形で対流の本格的な発達の前に境界層での水蒸気収束があることが見出され、さらに、その後の対流の発達は、雲頂高度情報のデータを用いて、明白な3段階に分かれることが示された。第1段階の「抑制期」には水蒸気収束はあっても境界層直上の貿易風逆転層で対流は抑制される。その後の「発達期」になると貿易風逆転が弱まり、より高い対流雲が発達してくるが、氷結融解が起こり、安定層の存在する0℃レベル付近で頭打ちになっている。しかし、徐々にこの層を破って圏界面に達する雲が増え、やがて広大なかなとこ雲を伴う深い対流雲群からなる「成熟期」を迎える。MJO内の対流システムにおけるこのような階層構造の発見は、今後の研究の進展に大きな影響を与えるものと評価できる。

さらに申請者は第5章において、従前より現象論的には知られていた夏季インド洋上でのMJOに伴う対流システムの北進傾向について、時差合成図と力学的な解析によって一つの説明を与えた。それは、インドに向かうモンスーン西風に伴う基本場の渦度勾配により惑星ベータ効果が変更を受け、赤道上の対流偏差に対するロスビー応答が北半球側で大きくなる。ロスビー応答に伴う境界層収束が水蒸気の蓄積〜鉛直成層不安定化をもたらし北半球側での対流を増進させる、というものである。全球を巡る東進が顕著でない北半球夏季のMJOについては数多くの疑問が残されているが、本研究の結果はそれらの一つに光明を与えるものである。

以上のように本研究の成果は、気象学、ことに熱帯気象の研究に重要な貢献を為すものと判断する。

なお、本論文の一部は高藪 縁との共同研究であるが、論文提出者が主体になって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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