学位論文要旨



No 118518
著者(漢字) 宇都,正哲
著者(英字)
著者(カナ) ウト,マサアキ
標題(和) 居住者行動に着目した住宅市場の定量的分析
標題(洋)
報告番号 118518
報告番号 甲18518
学位授与日 2003.09.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5571号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
内容要旨 要旨を表示する

我が国の住宅政策は、歴史的な転換点にある。住宅・宅地審議会の答申では、成熟社会における政策課題として、「市場の重視」、「ストックの重視」が標榜されている。そのなかでも良質な住宅ストック・居住環境への再生、既存ストック循環型市場の整備による持続可能な居住水準向上システムの構築、少子・高齢社会に対応した「安心居住システム」の確立、ストック重視、市場重視の住宅政策体系を支える計画体系の再編、まちづくりと連動した職住近接やゆとりある居住空間実現に資する宅地供給、「所有」から「利用」へのニーズの転換に伴う消費者・生活者の住宅宅地の取得等への支援、良質なストック形成と既存ストックの再生・循環が基本的な政策方向として示されている。また、都市計画中央審議会の答申では、今は歴史的な転換点との認識が示され、『我が国の人口のピークが間近に迫る中、都市の拡張テンポの低下、郊外の自然を保全する動きの高まりがみられる。一方、都市の内部には解決すべき問題が数多く残されているとともに空洞化など新たな問題が出てきている。「都市化社会」から「都市型社会」への移行に伴い、都市の拡張への対応に追われるのでなく都市の中へと目を向け直して「都市の再構築」を推進すべき時期に立ち至っている』との記述がある。

本研究は、このような政策の転換期において、住宅政策に関する客観的かつ合理的な理論構築に資するため、現在議論されている重要な政策課題について、客観的かつ合理的な制度提案や実態の解明を大きく3つのテーマに絞って行っている。その際に、本研究では、居住者行動に着目した住宅市場の定量的な分析を行っている。居住者行動に着目した理由としては、住宅市場をよりミクロなレベルで把握するためには、実際の居住者の行動を観察し、分析する必要があると考えたためである。

第一のテーマは、住宅政策に関連した公営住宅の応益的な家賃設定の手法についてである。法改正に伴い1998年から全国一律の家賃設定方式が導入されたが、応募行動を考慮した効用関数による、より合理的な家賃設定についての制度提案を行っている。第二のテーマは、住宅政策に関連した住み替え構造の実態解明である。住宅ストックの有効活用が重要な政策課題となっているが、その前提となる実際の住み替え構造については、十分な解明が試みられていない。そこで、CHAID理論のアルゴリズムを援用した世帯の住み替え実態の構造化を試みている。第三のテーマは、住宅政策に関連した土地利用遷移の実態解明である。市町村マスタープラン策定の進展とともに、よりミクロなレベルでの土地利用政策は重要な政策課題となっているが、地価や周辺地域の状況がどのように土地利用遷移に影響を与えるのか、明示的に分析された研究は希少である。本研究では、それらの諸要因が一定の閾値をもって土地利用遷移に作用している実態をロジスティック回帰モデルを利用して説明しようと試みている。

本論文は、全5章から構成されている。第1章は、「本研究の全体フレーム」として、住宅政策に関する課題の整理とともに、本研究の位置付けを行っている。第2章は、「応募行動を考慮した公営住宅の応益家賃体系」であり、住宅政策に関連した公営住宅の家賃設定問題を取り上げている。第3章は、「住宅ストックと居住世帯のミスマッチ現象」であり、第2章と同様に住宅政策に関連した住み替え構造の実態を解明している。第4章は、「地価及び周辺地域の状況と土地利用遷移の関係」であり、住宅政策に関連したよりミクロなレベルにおける土地利用遷移の実態を解明している。第5章は、「結論」であり、3つのテーマによる分析をベースとした住宅市場の定量的分析の成果と住宅政策へのインプリケーションの可能性を論じている。また、最後に今後の研究課題をとりまとめている。

以下では、本論文の主な内容にあたる、第2章〜第4章における内容を要約している。第2章の「応募行動を考慮した公営住宅の応益家賃体系」では、住宅政策に関連した公営住宅の応益的な家賃設定の手法についての分析を行っている。公営住宅の家賃設定については、応能応益的な家賃体系への転換が図られているが、本研究の視点は、応益性の評価を「応募」という入居希望者の実際の行動から効用概念を用いて定量的に推定しようとするものである。その結果、政策的に定められた家賃算定式では、老朽度と規模について、約4:10のウエイトで評価しているのに対し、実際の応募データを使った期待効用モデルで計算すると、約7:10のウエイトであった。つまり、実際の応募者は応益性として老朽度要因を政策的な家賃算定式よりも高く評価していることが分かった。今後の応益的家賃設定について、本研究の成果を取り入れるとすれば、応益要因に対するウエイト付けをすることで、現行制度より適切かつ合理的な応益家賃の体系を構築することができるものと考える。

第3章の「住宅ストックと居住世帯のミスマッチ現象」では、住宅政策に関連した住み替え構造の実態解明に関する分析を行っている。住宅ストックと実際の居住世帯の間には、広さに関するミスマッチ現象が指摘されており、既存ストックを有効活用する視点からみると、世帯規模に応じた住宅ストックへの住み替えを促進することがミスマッチ解消のひとつの処方箋と考えられる。しなしながら、実際の住み替え行動は十分に把握されておらず、ミスマッチ解消に向けた住み替え促進を行うにも、どの世帯属性に対して、どのような施策が有効であるかの根拠に乏しかった。そこで、本研究では、実際の住み替え行動を構造化することで、住み替え促進を行う際にターゲットとなりうる世帯像を明確化した。CHAID理論を援用した分析の結果、量的にはダウンサイジング世帯全体の1割程度ではあるが、持家から持家へのダウンサイジングで高齢単身者もしくは夫婦という世帯規模が縮小したあとの世帯が、小規模世帯による広い住宅から狭い住宅への住み替えであり、ミスマッチ解消に資する住み替え行動を行っていることが分かった。またその際には、戸建住宅から共同住宅への住み替えが非常に多くなっている。ただし、広さ的には3〜5人世帯向け住宅(39〜66m2)への住み替えが多いため、小規模世帯であっても極端に狭い住宅へは住み替えない傾向がうかがえた。広さのミスマッチを解消する手段としては、高齢者単身や夫婦といったリタイアメント後の世帯による戸建住宅から共同住宅への住み替えを支援することがひとつの方向性として考えられるであろうし、これらの世帯に対しては、一定の広さを持つ高質で老後を安心して生活できる共同住宅をいかに確保するかも重要な政策課題と考えられる。

第4章の「地価及び周辺地域の状況と土地利用遷移の関係」では、住宅政策に関連した土地利用遷移の実態解明の分析を行っている。市町村マスタープラン策定の進展等により、よりミクロなレベルでの住宅地利用の実態把握は、重要な政策課題となっている。そこで、本研究は、土地所有者が地価動向、交通条件、地域特性、法規制等の諸要因をどのように受け止め、その結果どのような土地利用遷移を起こしているのかという点に着目し、概ね小学校区程度の広がりを持つ1kmメッシュデータを用いて、明示的に諸要因の閾値を織り込んだ土地利用遷移モデルで定量的に分析した。その結果、都心部の土地利用遷移については、地価格差と地域特性に一定の閾値の存在が認められた。具体的には、地価格差の場合、住宅地から商業地への遷移では、閾値を越えると土地利用遷移確率が低くなる傾向が見られた。この結果は、我が国では地価格差がいくらあっても土地利用を変化させない特異点が多くあることを示していると考えられる。地域特性の場合、1kmメッシュの住居系土地利用が31%の閾値を割込むと商業・業務用途への土地利用遷移が急激に加速する結果となった。この結果は、都心部で住宅地が成立する必要最低限の条件とも捉えられ、都心居住を推進するための一つの客観的な数値を示している。

最後に本研究における課題と今後研究をすすめる上での方向性について述べておく。ひとつには、定量的アプローチの精緻化である。定量的なアプローチは、客観的かつ合理的な手法ではあるが、結果を導出するまでにいくつかの仮定条件を設定する必要がある。政策的にはしばしばこの仮定条件が現実的でないと批判され、政策的に用いられない要因ともなっている。そのため、本研究で定式化したモデルも一つの到達点ではあるものの、まだまだ進化の余地が大きいものと考えている。

ふたつには、政策的に活用可能な実用水準までのレベルアップである。本研究では政策提言というよりは実態解明に力点をおいた内容となっている。実態解明にも重要な価値があると思うが、住宅政策への貢献を考えると、実態解明をベースとした政策のあり方を積極的に提言していく水準にまでレベルアップすることが求められよう。

審査要旨 要旨を表示する

住宅・宅地審議会及び都市計画中央審議会の答申でも指摘されているように、現在は我が国の住宅政策の転換点である。本研究は、このような政策の転換期において、住宅政策に関する客観的かつ合理的な理論構築に資するため、現在議論されている重要な政策課題について、客観的かつ合理的な知見を得るため、住宅市場における定量的分析を大きく3つのテーマに絞り、居住者行動に着目した分析を行った。

以下では、本論文の主な内容にあたる、第2章〜第4章における内容を要約する。第2章の「応募行動を考慮した公営住宅の応益家賃体系」では、住宅政策に関連した公営住宅の応益的な家賃設定の手法についての分析を行った。公営住宅の家賃設定については、応能応益的な家賃体系への転換が図られているが、本研究の視点は、応益性の評価を「応募」という入居希望者の実際の行動から効用概念を用いて定量的に推定しようとするものである。その結果、政策的に定められた家賃算定式では、老朽度と規模について、約4:10のウエイトで評価しているのに対し、実際の応募データを使った期待効用モデルで計算すると、約7:10のウエイトであった。つまり、実際の応募者は応益性として老朽度要因を政策的な家賃算定式よりも高く評価していることが判明した。今後の公営住宅における応益的家賃設定について、応益要因に対するウエイト付けをすることで、現行制度より適切かつ合理的な応益家賃の体系を構築できることがわかり、運営の改善を求められている公営住宅制度に対して重要な学術的知見を提供した。

第3章の「住宅ストックと居住世帯のミスマッチ現象」では、住宅政策に関連した住み替え構造の実態解明に関する分析を行った。本研究では、実際の住み替え行動を構造化することで、住み替え促進を行う際にターゲットとなりうる世帯像を明らかにした。CHAID理論を援用した分析の結果、量的にはダウンサイジング世帯全体の1割程度ではあるが、持家から持家へのダウンサイジングで世帯規模が縮小したあとの高齢単身者もしくは夫婦世帯が、小規模世帯による広い住宅から狭い住宅への住み替えであり、ミスマッチ解消に資する住み替え行動を行っていることが分かった。ただし、広さ的には3〜5人世帯向け住宅(39〜66m2)への住み替えが多いため、小規模世帯であっても極端に狭い住宅へは住み替えない傾向がうかがえた。広さのミスマッチを解消する手段としては、高齢者単身や夫婦といったリタイアメント後の世帯による戸建住宅から共同住宅への住み替えを支援することがひとつの方向性として考えられる。今後の住宅ストックを活用した居住水準の向上を目指す中で、住宅政策上、重要な知見を提供した。

第4章の「地価及び周辺地域の状況と土地利用遷移の関係」では、住宅政策に関連した土地利用遷移の実態解明の分析を行った。ここでは、土地所有者が地価動向、交通条件、地域特性、法規制等の諸要因をどのように受け止め、その結果どのような土地利用遷移を起こしているのかという点に着目し、概ね小学校区程度の広がりを持つ 1km メッシュデータを用いて、明示的に諸要因の閾値を織り込んだ土地利用遷移モデルで定量的に分析した。その結果、都心部の土地利用遷移については、地価格差と地域特性に一定の閾値の存在が認められた。具体的には、地価格差の場合、住宅地から商業地への遷移では、閾値を越えると土地利用遷移確率が低くなる傾向が見られた。この結果は、我が国では地価格差がいくらあっても土地利用を変化させない特異点が多くあることを示している。地域特性については、1km メッシュの住居系土地利用が31%の閾値を割込むと商業・業務用途への土地利用遷移が急激に加速する結果となった。この結果は、都心部で住宅地が成立する必要最低限の条件とも捉えられ、都心居住を推進するための一つの客観的な数値を示しているとも考えられる。今までの閾値を仮定しない土地利用転換モデルのあり方に対して、実証的に学術的疑問を提示し、モデルのあり方を大きく変えた。

以上のように、本研究は居住者行動に着目した理論的モデルをもとに、住宅市場の傾向を定量的にとらえ、転換期にある住宅政策の指針となる重要な結果を得ており、学位請求論文としてふさわしい学術的貢献を行っている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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