学位論文要旨



No 118519
著者(漢字) 坂本,高秀
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,タカヒデ
標題(和) 光ファイバの非線形光学効果を用いた全光学的再生中継器に関する研究
標題(洋)
報告番号 118519
報告番号 甲18519
学位授与日 2003.09.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5572号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨 要旨を表示する

<研究の背景及び目的>

将来の超高速フォトニックネットワークにおいて、全光信号処理技術は必須技術である。特に光領域で光信号を時間多重する光時分割多重(OTDM)方式では、中継器において全光学的に光信号を再生する超高速全光再生中継技術の開発が大きな課題である。この全光再生中継器を実現するためには、光3R(Retiming,Reshaping,Regenerating)機能と呼ばれる機能を実現する必要がある。光3R機能を持った中継器は、光タイミング抽出回路、全光ゲート回路及び光識別回路を組み合わせた回路で構成できる。中でも全光ゲートは、全光再生中継器には欠かせない回路であり、種々の全光ゲートを基盤とした全光再生中継器の研究が進められている。全光ゲートは主に、三次の非線形光学効果を利用して作製される。現在の研究動向では、半導体光増幅器や光ファイバ等を非線形媒質として利用した全光ゲートが有望である。しかしながら前者は、キャリア緩和時間に律束されゲート速度の高速化には限界がある。一方光ファイバの非線形光学効果の応答時間は非常に短く、超高速全光ゲート作製を潜在的に可能とする。

そこで本研究では、光ファイバ内の非線形光学効果に着目し、光3R機能を持った全光再生中継器を開発する。特に高繰り返し信号光に対する信号再生技術は課題が多く、その解決策を探る。

<研究内容の概論>

全光再生中継器の雑音抑圧理論

全光再生中継器の持つ重要な機能の一つに、光識別回路を用いた雑音抑圧機能がある。この機能により、光信号の再生が行われRegenerating機能が実現されると考えられる。しかしながら雑音抑圧機構のメカニズム及びそのシステム的メリットは明らかになっていない。本研究では、雑音のモーメント解析により、全光再生中継器の雑音抑圧理論を明らかにする。

光ファイバ型超高速光ゲートの設計論

光ファイバを用いた全光ゲートには、相互位相変調や四光波混合を利用したものがあり、構成は多岐にわたる。個別の方式による全光ゲートの開発は進められているものの、設計論・速度限界に関する体系的な議論は不十分である。いずれの場合も、全光ゲートの基本構成は、三次の非線形光学媒質、制御光・信号光を波長多重する多重回路及び出力光を波長分離する分離回路の三部分によりなり、共通の設計指針が適用可能と考えられる。本研究では、このモデルの下で光ファイバ型全光ゲートの設計理論を明らかにし、その速度限界について議論する。

非線形干渉計型光ゲートによる信号再生技術

非線形干渉計型ゲートは、正弦波型の光伝達特性を持つため、光識別特性を持った全光ゲートである。光ファイバを用いて温度ドリフト等に対して安定な非線形干渉計ゲートを作製するには、非線形ループミラーのように干渉計の二光路を共通化した構成をとる必要がある。しかし非線形ファイバループミラーは、制御光が対向光に対して誘起する相互位相変調がクロストークをもたらすという本質的な問題を抱える。光3R中継器のために必要な、高繰り返し信号光を用いた全光ゲート動作は、従来不可能であると考えられてきた。本研究では、ループミラー内の偏波制御法及び位相シフト法を提案する。対向クロストークを抑制することにより従来のゲート速度限界が打破できることを、理論的・実験的に実証する。

四光波混合型光ゲートによる信号再生技術

光ファイバ中の四光波混合過程において生じる光パラメトリック利得は、ポンプ光減衰や四光波間の位相不整合に伴い、飽和特性を持つ。この現象を用いれば光リミッタや光識別回路の作製が可能である。しかし一般に、信号光に対する飽和強度は大きく、高繰り返し信号光への適用は難しい。本研究では、光ファイバ中の分散スロープを利用すれば、飽和強度の低い四光波混合器型光リミッタが作製できることを提案し、その設計方針を明らかにする。またこの設計の下でRZ光パルスを用いた利得クランプ型の光リミッタを実現すれば、波形整形機能を持った全光ゲートが作製できることを提案し、実験的に実証する。

ピークホールド型光位相同期ループによる光タイミング再生技術

全光ゲートを動作させるためには、信号光パルス列からクロックを抽出し、タイミング同期をとる必要がある。光乗算器を用いた光位相同期ループを用いれば、タイミングジッタを有する光信号パルス列からクロックが抽出できる。位相比較器に全光ゲートを用いるため、高繰り返し信号光からのクロック抽出が可能となる。信号光パルスにより波形再生用の全光ゲートを駆動し、再生したクロックパルスに対しての矩形ゲート窓を開けば、信号光パルス列に対するRetiming機能が実現できる。しかしこの構成では、信号光-クロック光パルス列間の位相差にオフセットをもたらすため、光位相比較器と波形再生用ゲートを別回路にする必要が生じる。それに対し、ピークホールド型位相同期ループを用いればこの位相差を零にすることができ、二つの全光ゲートを共通化できるので全光再生中継器の構成が簡易になる。本研究では、四光波混合型器を用いたピークホールド型位相同期ループを作製し、光タイミング再生機能を実証する。

<まとめ>

本研究では、光3R機能を持った全光再生中継器に必要な要素技術を、光ファイバの非線形光学効果を用いて開発し、超高速全光再生中継技術実現への道筋を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は光ファイバの非線形光学効果を用いた全光学的再生中継器に関する研究と題し,7章からなる。

光増幅中継を用いた光伝送システムでは,伝送に伴い信号波形の劣化や光増幅器雑音がアナログ的に蓄積されるので,伝送速度や伝送距離が大きく制限される。光伝送システムのさらなる高速化や長距離化をはかるには,光領域で信号を再生中継する技術の開発が不可欠と考えられる。本研究では,光ファイバ内の非線形光学効果に着目し,全光再生中継器の設計理論を確立するとともに,光ファイバ非線形干渉計および四光波混合を用いた新しい全光再生中継器を開発することを目指す。

第1章は序論である。光伝送システムおよび光ファイバを用いた全光信号処理技術の概略を述べた後,全光再生中継の必要性について論じる。さらに全光再生中継の基本構成をまとめている。

第2章は全光再生中継器の雑音抑圧理論を論じている。全光再生中継器の持つ重要な機能の一つに,光識別回路を用いた雑音抑圧機能がある。この機能により光信号の再生が行われる。しかしながら雑音抑圧機構のメカニズムおよびそのシステム的メリットは明らかになっていない。本章では,雑音のモーメント解析により全光再生中継器の雑音抑圧理論を展開し,これらの問題を解決する。

第3章は超高速全光ゲートの設計理論を展開する。光ファイバを用いた全光ゲートは相互位相変調や四光波混合を利用したものなど,その構成は多岐にわたる。個別の方式による全光ゲートの開発は進められているものの,設計論,速度限界に関する体系的な議論は不十分である。本章では,共通のモデルの下で光ファイバ型全光ゲートの設計理論を明らかにし,その速度限界について議論する

第4章では非線形干渉計を用いた信号再生技術を開発する。非線形干渉計型ゲートは,正弦波型の光伝達特性を持つため,光識別特性を持った全光ゲートとなる。光ファイバを用いて温度ドリフト等に対して安定な非線形干渉計ゲートを作製するには,非線形ループミラーのように干渉計の二光路を共通化した構成をとる必要がある。しかし非線形ファイバループミラーは,制御光が対向光に対して誘起する相互位相変調がクロストークをもたらすという本質的な問題を抱える。これに対して本研究では,この問題を解決するためにループミラー内での対向位相シフト法を提案する。この方法により対向クロストークを抑制すれば,従来のゲート速度限界が打破できることを理論的・実験的に実証する。

第5章は四光波混合器を用いた信号再生技術と題し,四光波混合型光ゲートによる信号再生技術の開発について論じる。光ファイバ中の四光波混合過程において生じる光パラメトリック利得は,ポンプ光減衰や四光波間の位相不整合に伴い,飽和特性を持つ。この現象を用いれば,光リミッタや光識別回路の作製が可能である。しかし一般に信号光に対する飽和強度は大きく,高繰り返し信号光への適用は難しい。本研究では,光ファイバ中の分散スロープを利用すれば飽和強度の低い四光波混合器型光リミッタが作製できることを提案し,その設計方針を明らかにする。またこの設計の下でRZ光パルスを用いた利得クランプ型の光リミッタを実現すれば,波形整形機能を持った全光ゲートが作製できることを提案し,これを実験的に実証する。

第6章は光信号位相同期ループを用いた光タイミング再生技術と題し,ピークホールド型光信号位相同期ループによる光タイミング再生について述べる。全光ゲートを動作させるためには,信号光パルス列からクロックを抽出し,タイミング同期をとる必要がある。本研究では,信号パルスとクロックの間に位相差を生じない位相同期ループを提案し,光タイミング再生機能を実証する。これにより,一つの光ゲートでタイミング再生と光スイッチングが可能となった。

第7章は本論文の結論である。本研究の意義を整理し,今後の展望についても考察する。

以上のように本研究では,全光再生中継器の雑音抑圧理論および光ファイバを用いた全光再生中継器の設計理論を展開するとともに,新しい構成の非線形干渉計を用いた信号再生技術,四光波混合器を用いた信号再生技術,位相同期ループを用いた光タイミング再生技術を開発し,全光学的な超高速信号再生機能を実証した。将来の超高速全光再生中継技術実現への道筋を示したものであり,電子工学への貢献が多大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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