学位論文要旨



No 118542
著者(漢字) 後藤,友嗣
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,トモツグ
標題(和) 環境効果が銀河進化に及ぼす影響の解明
標題(洋) Environmental Effects on Galaxy Evolution
報告番号 118542
報告番号 甲18542
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4406号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,忠幸
 東京大学 助教授 金行,健治
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 教授 満田,和久
 東京大学 助教授 土居,守
 東京大学 助教授 山本,智
内容要旨 要旨を表示する

銀河団中では、数百ないし数千の銀河が約 1Mpc 立方の空間に重力的に束縛された状態で存在するが、銀河団中の銀河がフィールドの銀河(銀河団領域以外に存在する銀河)に比べ、その形態(渦巻き型、楕円型等)、星形成率、質量において著しく異なる性質を示すということは、特筆すべき事実である。このことは、これら性質の違いは銀河団中において、フィールドとは明らかに異なる物理が銀河に作用していることを強く示唆する。本研究では、この銀河団という環境が銀河の進化に及ぼす物理作用をスローンデジタルスカイサーベイで得られたデータを手がかりに探求した。

スローンデジタルスカイサーベイ (SDSS) は全天の約4分の1.1万平方度にわたる、撮像及び分光サーベイ観測である。その撮像観測部分は可視5色 (u,g,r,i,z) による限界等級r〜22.2等までのCCD撮像データを生み出す。分光観測部は撮像観測のデータより選ばれたr<17.77等より明るいすべての銀河と、約10万個のr<19.5等より明るい楕円銀河について、分光観測を行う。本研究では主にこの SDSS の撮像及び分光データを解析する。

過去、銀河団銀河の進化についての研究は盛んに行われてきたが、いずれの研究も、中小望遠鏡で観測された近傍の銀河団と、大望遠鏡で観測された遠方の銀河団という質の異なったサンプルを比較し、進化を議論するという本質的な問題を抱えていた。近傍の銀河団サンプルと遠方の銀河団サンプルの抽出が均一でなかったならば、進化の議論は根底から覆る恐れがある。近傍遠方共に同じデータから同じ方法によって検出された銀河団を用いることは進化の議論をする上で不可欠である。過去そのような研究が困難を極めた理由は、偏にそのような大規模かつ均一なデータが存在しなかったからである。本研究では、第3章において色選択法を用いた銀河団検出法を新たに開発し、SDSSのデータに適用することで、過去最大、かつ最も均一な4000個の銀河団のカタログを作成した。その規模のみならず、モンテカルロ法により詳細に決定された選択関数を持つこと、他の銀河団検出法との比較結果が明らかにされていることにおいてこの銀河団カタログは過去に類をみない。本研究ではこの銀河団カタログを主に銀河団銀河の進化の研究に用いるが、宇宙論定数の決定、超銀河団探査等、この銀河団カタログは様々の天文学研究の基礎に用いられることが期待され、現に世界の研究者により利用されている。

第4章ではこの銀河団カタログを用い銀河団銀河の光度関数を明らかにした(図1)。銀河団銀河の光度関数はフィールド銀河のそれに比べて明るく、暗い側の端はより平坦になっていた。また銀河の形態別に分割して銀河団銀河の光度関数を作ってみると、明るい側は早期型銀河が支配的であり、暗い側は渦巻き型銀河が支配的であることがわかった。これら二つの結果は、銀河団の中心部は明るい早期型銀河が支配的であること、それらの銀河はフィールド銀河とは大きく異なる進化をしてきたものと考えて矛盾しない。銀河団銀河の光度関数の研究は過去にも行われてきたが、本研究は過去最大204個の銀河団を用いて統計制度を飛躍的に向上させたこと、銀河団のサンプルを均一に選択したことにおいて画期的である。

第5章では、同じ銀河団カタログを用いて、銀河団中の青い銀河の割合の進化を調べた(図2)。左下のパネルでは静止系g-rの色においてその赤方偏移(z)における楕円銀河よりも0.2等級以上青いものを青い銀河と定義し、その全銀河における割合を縦軸にとってある。実線はメジアンを結んだもので破線は一次式による最善フィットである。各赤方偏移において大きなばらつきがみられるが、高赤方偏移に向けて緩やかな増加傾向があることが見て取れる。左上のパネルではu-r<2.2を青い銀河の定義としているが、同様な増加傾向が見える。これら二つの事実は銀河団の銀河は色を赤く変えて進化していることを物語っている。さらに右側のパネルには形態に敏感な、中心集中度 (右下)、銀河プロファイル (右上) を使って選び出した晩期型銀河の割合をプロットした。どちらのパネルも0<z<0.3の間において、20〜30%の銀河が晩期型から早期型へと形態を変化させていることがわかる。すなわち銀河団銀河はその形態においても、進化していることがわかる。paragraphは514個という過去最大数の銀河団を用いている点、さらに、それらの銀河団は遠方のものも近傍のものも同じ望遠鏡のデータから同じ銀河団検出法で見つけられたものである点において、過去の研究を凌駕している。

これら銀河団銀河の進化の原因についてさらなる手がかりが図3から得られる。図3では、青い/晩期型銀河の割合から赤方偏移依存性を取り除き、第2のパラメタを探るべく銀河団のリッチネスに対してプロットしてある。わずかながらりッチネスの大きい銀河団では青い/晩期型銀河の割合が少ないことが見て取れる。この結果は物理的示唆に富んでおり、ラムプレッシャーによる剥ぎ取りはリッチな銀河団においてほど強いことは理論的によく知られているので、観測結果はラムプレッシャーによる剥ぎ取り起因と考えて矛盾しない。

第6章では、この銀河団銀河の進化の様子を詳しく調べるために、SDSS の分光データを用いて近傍の銀河についてその形態と環境 (銀河団中心からの距離)の関係を調べた(図4)。銀河団中心距離を調べる際に分光データを用いて背景銀河の混入を防いでいる点、銀河の形態分類を測光パラメタによる客観的な方法で行っている点において図4の結果は過去の研究で疑問視された点を払拭している。図4から、ビリアル半径の2倍以遠では形態と環境の間に相関関係がなくなることがわかる。これは銀河団銀河の形態進化を担う物理現象はビリアル半径の2倍以遠の環境では作用しないことを示している。ビリアル半径の0.3〜2倍の銀河団周辺領域では、SO銀河 (-0.8<Tauto<0.1) の割合が急上昇し、逆にSc銀河 (1.0<Tauto) の割合が銀河団中心部に向けて下がっている。我々の銀河分類は Tauto パラメタに依っているが、このパラメタが銀河の形状を現すよい指標であるとすると、これはSc銀河が銀河団から何らかの作用を受けてSO銀河へと形態を変えていることを示唆している。第7章では、渦巻き構造をその形態に持ちながら星形成を全く行っていない不活性渦巻き銀河と呼ばれるという特殊な銀河の環境を調べたところ、これらの不活性渦巻き銀河は、銀河団周辺領域に選択的に存在することを発見した(図5)。不活性渦巻き銀河の環境を調べた研究は本研究以前にはなかったため、その存在環境を特定した意義は大きい。これら不活性渦巻き銀河は、力学的構造を変えることなく静かに星形成を止めたと推察される。過去提案されていたような重力的相互作用では銀河の渦巻き構造が破壊されてしまうために、本研究の観測結果を説明できない。最後に、ビリアル半径の0.3倍以内の銀河団中心部領域では、楕円銀河の割合が急激に上昇し、SO銀河の割合は今度は減少している。これは銀河団周辺部とは別の物理作用がこれらの領域で支配的であることを示唆している。さらにz〜0.5のハッブル宇宙望遠鏡のデータの再解析により(paragraph)、z〜0.5の時代にすでに多くの楕円銀河が銀河団中心に存在することが見つかったが、これらの楕円銀河は古くz〜1まで遡って見つかっており、銀河団中心の楕円銀河はより古い過去に銀河-銀河相互作用等を通し、形成されたものと推察される。

第8章では、得られたすべての観測結果を説明すべく、銀河団にフィールドから降着する渦巻き銀河について以下のようなシナリオを提案する。フィールド銀河は銀河団中心まで約2ビリアル半径の距離に至るまでは銀河団からの作用を受けない(図4)。ビリアル半径の2〜0.3倍の銀河団周辺部においては、主として銀河団中の高温ガスからの作用(ラムプレッシャーによる剥ぎ取り, ガスの蒸発等)を受ける。この作用により銀河は星形成の源であるガスを剥ぎ取られ、その星形成率を下げる。円盤部は星が年をとるにつれて次第に暗くなり、渦巻き銀河はその形態をScからSOへと徐々に変えていく。この進化の過程の途中にあるのが、渦巻き形態を保ちながら星形成を全く行っていない不活性渦巻き銀河である(図5)。よりリッチな銀河団に青い銀河が少ないという傾向も(図3)、高温ガスの作用がリッチな銀河団においてより強いことを考慮すると自然に説明される。最後にビリアル半径の0.3倍以内では、銀河同士の相対速度が大きくなっているため、効率的な衝突・合体が頻繁に起こることは難しいと思われる。この領域にある明るい楕円銀河 (図1) は古く銀河団形成初期にすでに形成されていたと思われる(paragraph)。

この様に、本研究では SDSS の良質かつ大規模なデータを詳細に解析することにより、過去の研究が陥りがちであった現象の有無の議論から脱却し、銀河団銀河の進化を支配する物理的メカニズムにまで一歩踏み込んだ知見が得られた。

なお、Appendix では、長く銀河団環境に起因するとされてきたポストスターバースト銀河について詳細な解析を行い、その起源が銀河団環境ではなく、どの環境でも起こりうる伴銀河との重力相互作用にあることを発見した。銀河団環境とポストスターバースト銀河は直接関係しないことが示されたので、結果は本編でなく Appendix にまとめることとした。

銀河団銀河の光度関数。実線は Schechter 関数のfit、点線はフィールド銀河の光度関数。

赤方偏移の関数としての銀河団中の青い/渦巻き銀河の割合。実線はmedian値を結んだもの、点線は直線fit。

銀河団のRichnessの関数としての、青い/渦巻き銀河の割合。赤方偏移依存性は図2を利用して除去してある。実線はmedian値を結んだもの。

銀河団中心距離の関数としての、各形態別銀河の割合。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は9章からなり、第1章は、銀河の進化や銀河団との関係についてのこれまでの観測や理解、問題点のまとめ、第2章は、本論文の元となったスローンデジタルスカイサーベイ (SDSS) の概要、第3章は、新しく開発した、銀河団検出方法とそれにもとづく銀河団カタログの解説、第4章はこのカタログを用いて求めた光度関数、第5章は、銀河団中の青い銀河の割合の進化、第6章は、銀河団の中の銀河の形状と銀河団中心からの距離の関係、第7章は、不活性渦巻き銀河の環境を調べ、それぞれの章においてその意味するところを議論している。第8章で、第4章から第7章までで得た観測結果をまとめ、全体を統一的に議論しており、第9章において、論文を結論づけている。

銀河団中では、数百ないし数千の銀河が約1メガパーセク立方の空間に重力的に束縛的な状態で存在する。この銀河団の中の銀河が、銀河団の外の銀河(フィールド銀河)に比べ、その形態、星形成率、質量において、著しく異なる性質を持つ。この事実は、銀河団中において、何らかの作用が銀河に対して及ぼされていることとなり非常に興味深い。本論文は、SDSSという、全天の約4分の1をカバーする大規模撮像、分光観測データを元に、銀河団環境が銀河の形状の違いや進化におよぼす影響を研究するものである。

これまでの、銀河団銀河の進化の研究は盛んに行われてきたが、いずれの研究も、かぎられた数のサンプルに頼っており、サンプルの抽出も均一なものではないなど、不十分であった。本研究では、独自の手法で銀河団を検出することで、過去最大、かつ最も均一な4000個の銀河団カタログを作成した。このカタログは、その規模のみならず、モンテカルロ法により詳細に決定された選択関数を持つ事、他の銀河団検出法との比較結果が明らかにされていることにおいて、過去に類をみない。求めた銀河団銀河の光度関数は、フィールド銀河のそれに比べて明るく、暗い側ではより平たんになっている。また、明るい側は、楕円銀河が、暗い側は渦巻き銀河が支配的である。これらから、銀河団の中心部では、明るい早期型銀河が支配的であること、また、それらが、フィールド銀河とは大きく異なる進化をしてきたと考えて矛盾はない。

遠方の銀河団ほど、銀河団中の青い銀河の割合が高い傾向がある事 (Butcher-Oemler Effect)、また形態をとっても、0<z<0.3の間において、20から30%の銀河が、晩期型から早期型へと形態を変化させている。またわずかながら、リッチネスの大きい銀河では、青い、晩期型の銀河の割合が少ない事がわかる。

近傍の銀河について、その形態と銀河団中心からの距離の関係を調べることにより、ビリアル半径の2倍より遠方では、形態と環境の間に相関関係がなくなることがわかる。一方で、ビリアル半径の0.3から2倍の銀河団周辺領域ではSO銀河の割合が急上昇し、逆にSc銀河の割合が銀河団中心部に向けてさがっている。これはこの領域で、銀河団からの高温ガスからの作用(Ram-pressure stripping, strangulation, evaporationなど) を受け、この作用によって、その星生成率を下げることで解釈できる。よりリッチな銀河団に青い銀河が少ないという傾向も高温ガスによる作用が、リッチな銀河団になるほど強くなることを考慮すれば、自然に説明される。ビリアル半径の0.3倍よりも内側では、銀河の機械的な分類方法などによって、影響を受ける可能性があるが、楕円銀河の割合が急激に上昇している事を示唆する結果がでている、これは、銀河団の周辺とは違った物理作用が働いていることを示唆するものである。

このように、本研究では、SDSSという過去最大の銀河観測のデータを、独自な方法で解析することにより、少ないサンプルに頼らざるを得なかったこれまでとは質的に異なる、銀河団中の銀河の進化や発展の様(さま)に切り込むことに成功し、銀河団銀河の進化を支配する物理的メカニズムに一歩踏み込むような知見を得ている。

なお、本論文第3章から第7章は、関口真木氏、岡村定矩氏、Bahcall, Neta A. 氏などとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク