学位論文要旨



No 118543
著者(漢字) 大内,正己
著者(英字)
著者(カナ) オオウチ,マサミ
標題(和) すばるディープフィールドにおける銀河と大規模構造の形成史
標題(洋) Formation History of Galaxies and Large-Scale Structures in the Subaru Deep Fields
報告番号 118543
報告番号 甲18543
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4407号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉井,讓
 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 教授 尾中,敬
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 助教授 須藤,靖
 京都大学 教授 舞原,俊憲
内容要旨 要旨を表示する

大口径望遠鏡の登場で遠方銀河の直接観測が可能となり、銀河とその群れ(構造)からなる「銀河宇宙」がどのように形作られてきたかを観測的に調べられるようになった。しかし従来、こうした観測の対象は赤方偏移z≦3の銀河に限られてきた。一部の観測ではz>3の銀河も対象となったが、そのほとんどはハッブルディープフィールド(HDF)に見られるようなペンシルビームサーベイだった。この為、場所による銀河の性質の非一様性(cosmic variance)と銀河進化との区別がつかなかった上、遠方宇宙で大規模構造のような銀河の空間分布を調べることは不可能だった。この原因は、z>3という超遠方の銀河を検出するだけの「深さ」とそれらを広範囲で調べる為の「広さ」を併せ持った観測が行えなかったことにある。そこで、我々はz>3の銀河と構造の観測を行い「銀河宇宙」の形成および進化をより初期の宇宙から理解しようと考えた。まず、我々は大口径すばる望遠鏡につける可視光広視野カメラ Suprime-Cam (Miyazaki et al. 2002)を開発し、「深さ」と「広さ」を併せ持つ観測を世界に先駆けて可能にした。

第2章では、主にこの Suprime-Cam を用いた観測およびデータ解析について述べる。我々は2000年11月から2001年6月の間に、遠方宇宙の観測に適した「すばるディープフィールド」(SDF; α=13h24m21.4s, δ=+27°29'23")および「すばる/XMMディープフィールド」(SXDF; α=2h18m00.0s, δ=-5°12'00")を撮像観測した。観測はB,V,R,i',z'の5つの広帯域フィルターおよびNB711と呼ぶ狭帯域フィルター(中心波長7126A、波長幅73A)を用い、各1時間から3時間の露出を行った。その結果、i'〜27程度の限界等級をもつ計1200平方分におよぶ領域の多色撮像データを得た。これは HDF に匹敵する限界等級でありながら、その300倍の広さがあり、「深さ」と「広さ」を兼ね備えたこれまでにない巨大な深宇宙撮像データである。

第3章では、この撮像データから遠方銀河のサンプルを作り、サンプルの信頼性について述べる。我々は撮像データから星および近傍銀河を含めおよそ100,000個の天体を検出し、その中から、2色図を使ってz=3.5-5.2にある2556個の Lyman Break Galaxy (LBG) とz=4.9にある87個の Lymanα Emitter(LAE)を選び出した(これらをLBGおよびLAEの測光サンプルと呼ぶ)。LBGは紫外連続光の強い(したがって、Lyman break が顕著に見られる)銀河、LAEはLyman α輝線が強い銀河で、いずれも星形成銀河である。また、測光サンプルの一部の天体を2002年6月にすばる/FOCASで分光して赤方偏移を求めた結果、2色図で推定した赤方偏移はほぼ正しかった。

第4章では、これらの測光サンプルを用いて光度関数を求めた。paragraphは我々が求めた<z>=4.0, 4.7および4.9におけるLBGの光度関数を、文献にあるz=0および3のものと比較したものである。この光度関数から、z=3から4の間には銀河の個数および光度はほとんど変化していないが、z=5では明るい(M<-22;星形成率にして>30M◎ yr-1)の銀河が有意に減っていることがわかった。

第5章では、ダスト減光量を紫外線連続光の傾きから求めたところ、z=4のLBGは平均してE(B-V)=0.15±0.03の減光を受けていることがわかった。この値はz=0の星形成銀河およびz=3のLBGの値と大きな違いはない。

第6章では、光度関数を積分することでz=4〜5の紫外線光度密度を計算した。これと上記のダスト減光量を基に星形成密度および星質量密度の進化をz=5まで求めたところ、星形成密度はz=2〜5にわたってほぼ一定であることがわかった。またz=5の紫外線光度密度から水素電離光子の数を見積もった。その結果、銀河間ガスが電離を保つ為には、z=5のLBGが星形成に伴って作る水素電離光子のうち少なくとも13%以上が銀河外に放出されなくてはならないことがわかった。

第7章では、測光サンプルの銀河の空間分布を調べた。SDFとその北側の領域における追観測からz=4.9におけるLAEが北西から南東に幅20Mpcで50Mpc以上に連なる大規模構造をなしていることを発見した(paragraph)。これは遠方宇宙における大規模構造の初の発見例である。さらに分布を定量的に調べる為、LBGとLAEの天球分布から角度相関関数を計算して相関強度を求めた。得られた相関強度とLBGおよびLAEの赤方偏移分布を元に Limber 逆投影を行うことで3次元におけるLBGとLAEの相関関数の相関長(ro)を求めた。その結果、z=4と5のLBGおよびz=4.9のLAEの相関長は、ro=4.1(±0.2), 5.9(+1.3/-1.7), 6.2(±0.5)h-1Mpcだとわかった。求めたroとこれまでに調べられたlow-z銀河のroおよびモデルが予言するダークマターのroを赤方偏移に対してプロットしたものがparagraphである。ダークマターの相関は high-z ほど弱くなるが、銀河の相関は high-z でもあまり変わらないことがわかった。銀河の相関関数(ξg)とダークマターの相関関数(ξm)の違いをバイアスbg=(ξg/ξm)1/2として定義すると、bgはz>3で3〜5程度であり、high-z ほど大きくなる傾向が見つかった。この傾向は、biased galaxy formation と呼ばれる銀河形成シナリオを支持する。

第8章では、銀河の光度関数および相関強度という両測定量を基にCDMモデル(Sheth & Tormen 1999, Sheth et al. 2001)を介して銀河と構造の形成がどのように行われたかを調べた。ここでは、ある明るさの銀河はある典型的な質量の virialize したダークマターのハロー(ダークハロー)に付随すると仮定する。すると、ある明るさの銀河の相関強度(バイアスbgに対応)から、それらの銀河が付随するダークハローのバイアスが分かり、このバイアスに相当するダークハローの質量がCDMモデルから見積もれる。paragraphは、こうして求めたダークハローの質量に対して、光度関数から求めたz=4 LBGの個数密度をプロットしたものである(これは我々が独自に開発した視覚的理解の方法)。paragraphからz=4のLBGは1011〜1013M◎のダークハローに付随していることがわかった。また明るいLBGほど大質量のダークハローに付随していることがわかった。さらに、LBGの個数密度をCDMモデルの予想するダークハローの個数密度と比較すると、大質量のダークハローには平均して1個のLBGが付随しているのに対し、中質量のダークハロー(1011〜1012M◎)は平均して0.1〜0.3個のLBGしか持たないことがわかった。これはz=4では銀河(星)を持たないダークハローが多数存在するとも解釈できるが、むしろ中質量のダークハローに付随する銀河の一部がたまたま強い星形成を起こし、これにより銀河がLBGとして検出されたと考えるほうが自然だろう。

同様の解析をz=5のLBGおよびz=4.9のLAEに対して行った結果、LBGおよびLAEとも1012M◎程度の質量のダークハローに付随していることがわかった。また、LBGはz=4と同様、ダークハローに平均して0.3個しか付随していないが、LAEはこれらのダークハローに複数個(3個程度)付随していることがわかった。さらに文献にあるz=3の銀河(LBGやK-band selected 銀河、SCUBA source)の個数密度および相関強度を用いて同様の解析を行いz=3の銀河に関して同様の議論を行った。

次にこれらz=3〜5の銀河を持つダークハローは現在どのくらいの質量に成長するかCDMモデルを用いて見積もった。その結果、LBG,LAE,K-selected 銀河およびSCUBA source を持っていたダークハローは、現在(z=0)では3x1013-5x1014M◎程度に成長し、銀河団から銀河群に相当するダークハローになる(取り込まれる)ことがわかった。つまり観測されたz=3〜5の銀河の大部分は現在の銀河団および銀河群の構成銀河の祖先に当たる。また、LAEや暗い(L<L*)LBGはz=3-5から現在まで少なくとも数回は衝突合体を繰り返した可能性がある。

第9章は、以上の結果を踏まえて考察を行う。paragraphにおいてz=3〜5の全てのLBGとSCUBA source は一つの質量-個数密度系列に乗ることから、LBGとSCUBA sourceは同族の銀河と考えられる。またこれらの銀河は定常的ではなくたまに強い星形成を起こしながら星質量を集積してゆく(第8章)。z=5から4に時代が下るにつれ光度が大きい銀河が現れる(第4章)ことから星形成の規模が銀河の規模とともに大きくなるが、星形成の大半は中規模の銀河で行われる為、星形成率密度は大きく変化しない(第6章)。一方で、ダークマターの相関強度は時間とともに増加するがバイアス(bg)は減少するので、銀河分布自体は見かけ上変わらない。そのため発見されたparagraphのような大規模構造がz=4.9にも存在している(第7章)。

論文全体をまとめると、我々は3<z<5における銀河の光度関数および空間分布の進化を観測的に明らかにした。観測で分かった銀河(星)の形成過程を理論(CDMモデル)に基づくダークマターの構造形成と共に考察することで、銀河と構造形成の統一的解釈を提示した。

z=4.0±0.5, z=4.7±0.5およびz=4.9±0.3におけるLBGの光度関数。黒点および白点はそれぞれSDFおよびSXDFで検出されたLBGから求めた測定点で、実線はそれらに最も合う Schechter 関数。点線(鎖線)はz=3のLBG(z=0のUV-selected 銀河)。

発見されたz=4.9におけるLAEが作る大規模構造。黄色丸がLAEの位置を示し、赤線がLAEの天球面上での密度を示す。実線、鎖線、点線の順にδρ/ρ=0,1,2の密度等高線。

zに対する相関長(ro)および銀河-ダークマターバイアス(bg)の進化。黒点および白点が我々が求めたz=4-5のLBGおよびLAEのroとbg(ここで、LBGのroはL>L*のサブサンプルから求めた値)。Low-zの点は文献から得られたもの。点線および鎖線はモデルが予言するダークマターの相関長。実線は Kauffmann et al.(1999)のモデル。

z=4におけるダークハローの質量関数。黒点および太線はLBGの個数密度とLBGが付随するダークハローの質量。細線はCDMモデルの予想するz=4に存在する全てのダークハロー。

z=0におけるダークハローの質量関数。黒点および太線はz=4のLBGが付随していたダークハローの現在(z=0)の質量。赤丸および赤四角はz=5におけるLBGおよびLAEが付随していたダークハローの現在の質量。青丸、青三角、青星印はz=3のLBG,K-selected 銀河およびSCUBA source が付随していたダークハローの現在の質量。細実線がz=0における全ダークハロー、点線がそれに付随する銀河の個数密度(2dFGRSによる)。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はすばる望遠鏡主焦点広視野可視カメラSuprime-Camで取得したかってない規模の多波長可視撮像データから赤方偏移3を越える遠方銀河のサンプルを構築し、銀河の進化の道筋と銀河が集団となって作りだす宇宙の大規模構造の形成過程を新しい観点から議論したものである。

本論文は10章から構成される。第1章では従来の銀河広域サーベイ観測の結果が概説されている。特に、銀河の性質の空間的非一様性と銀河自身の進化を区別するには、従来のサーベイの規模は不充分であることを指摘し、z>3の深さと数十メガパーセクの広さを併せ持つサーベイが必要であるとの認識に立って、本研究の動機づけをおこなっている。

第2章ではSuprime-Camで取得した多波長可視撮像データの解析方法が述べられている。このデータは「すばるディープフィールド」および「すばる/XMMディープフィールド」の天域において、5つのBV Ri'z'広帯域フィルターとNB711狭帯域フィルターで取得されたもので、撮像限界はi'=27等に達し、撮像面積は1200平方分におよんでいる。これは「ハッブルディープフィールド」に匹敵する撮像限界をもちながら、その300倍の広さに相当し、世界的にも比類のない大規模な多波長撮像データとなっている。第3章ではこの撮像データから遠方銀河の測光サンプルを構築する方法が述べられている。ここで検出したおよそ十万個の天体の中から2色図を使って、z=3.5-5.2と推定される2556個の紫外連続光の強い銀河(LBG)と、z=4.9と推定される87個のLyman-α輝線が強い銀河(LAE)を選び出した。これらの天体の一部について分光観測を行い、2色図で推定した赤方偏移が正しいことを確認し、この測光サンプルに基づく星形成銀河の統計的研究に高い信頼性を与えた。

第4章では測光サンプルを用いてz>4のLBGの光度関数を求め、文献にあるz=0と3の光度関数と比較した。その結果、z<4では光度関数はほとんど変化していないが、z=5では明るいM1700A。<-22等のLBGが有意に少ないことを明らかにした。第5章では紫外線連続光の傾きからz=4のLBGのダスト減光量を平均でE(B-V)=0.15±0.03と求め、近傍の星形成銀河およびz=3のLBGの減光量と同程度であるという重要な結論を得た。第6章ではこの減光量を解析に取り入れて、銀河を起源とする紫外線光度密度を計算し、それに基づいて星形成密度はz=2-5にわたってほぼ一定であることを示した。また、銀河間ガスが電離を保つ為には、z=5のLBGから少なくとも13%以上の水素電離光子が銀河外に放出されなくてはならないことを示した。

第7章では測光サンプルの天球分布と赤方偏移分布からLBGとLAEの3次元空間分布を調べた。その結果、z=4.9のLAEが50Mpcにわたって連なっていることを発見し、遠方の大規模構造の存在を世界で初めて確認した。また、z=4-5の銀河の空間相関長は近傍とほとんど変わらないことを示し、この傾向はCDMに基づく銀河と構造形成のシナリオと合致することを指摘した。第8章では遠方銀河をCDMモデルを介してそれらが付随するダークハローの質量と関係づける方法を提唱し、z=4-5の銀河は1011-1013M〓のダークハローに付随することを示した。これらのダークハローは現在では銀河群や銀河団に相当する3×1013-5×1014M〓程度にまで成長することから、大部分の遠方銀河は成長するダークハローに取り込まれ、少なくとも数回は衝突合体を繰り返して、やがて銀河群や銀河団の構成銀河になると解釈した。

第9章では本研究の観測的結果がCDMモデルをz>4で統計的に検証した初めてのものであることを述べている。続いて、その観測結果をCDMモデルに基づいて考察し、統計的に充分な裏づけをもって銀河と構造形成の統一的シナリオを提示した。

第10章は結果の要約である。

以上、本論文はかつてない大規模な遠方銀河の測光サンプルに基づいて、z>4の遠方銀河の光度関数、赤方偏移分布、3次元空間分布を高い精度で決定したものであり、銀河と大規模構造の形成過程を明らかにする上で重要な手がかりとなる数多くの観測事実を新たに導き出した先駆的研究として高く評価できる。なお、本論分の一部は Suprime-Cam 開発チーム(PI:岡村定矩)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、審査員全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認める。

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