学位論文要旨



No 118546
著者(漢字) 建部,洋晶
著者(英字)
著者(カナ) タテベ,ヒロアキ
標題(和) 親潮の南下と循環境界を横切る輸送に関する数値的研究
標題(洋) Numerical studies on the Oyashio southward intrusion and associated cross-gyre transport
報告番号 118546
報告番号 甲18546
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4410号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 教授 遠藤,昌宏
 東京大学 助教授 中村,尚
 東京大学 助教授 安田,一郎
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

北太平洋亜熱帯循環域に広く分布する北太平洋中層水は、密度26.8σθを中心とする塩分極小で特徴付けられる水塊であり、オホーツク海水の影響を強く受けている事が知られている。オホーツク海における密度躍層深度は、隣接する北太平洋に比べて大きく、千島列島を境として、水塊の特徴は大きく異なる。密度躍層深度は、惑星流体の運動を支配する渦位と結びついた物理量であり、オホーツク海水は低渦位の性質を示す。観測及び非静水圧の潮汐数値モデルを用いた研究からは、「千島列島間の海峡における、潮流に伴う強い鉛直混合」と「オホーツク海北部における、結氷に伴う陸棚高密度水の沈降」とが、オホーツク海水の形成に深く関わっている事が示唆されている。

オホーツク海水は、千島列島間の海峡を通って北太平洋へと流出した後、比較的渦位の高い西部亜寒帯循環系水と混合し、親潮水へと変質する。親潮水は、その水塊特性により大きく2種類に分類される。1つはオホーツク海水の特徴を反映した北海道沿岸付近に分布する親潮水であり、もう一つは、オホーツク海水と西部亜寒帯循環系水との中間の性質を示す、より沖合いに分布する親潮水である。沖合い親潮水は、風成循環境界を越えて北海道付近まで南下した後、亜寒帯域へと戻って行く。一方、北海道沿岸付近の親潮水は、亜寒帯前線を越えて更に南下し、黒潮続流域とその北側に位置する混合水域へと輸送される。そして、黒潮系水との混合を経て、亜熱帯海域に広く分布する北太平洋中層水へと変質してゆく。

最近の観測結果では、西岸境界流域を経由して亜熱帯域へと流入する、北海道沿岸付近における親潮水の流量は、定常的に3-5Sv (1 S v=106m3/s) 程度存在する事が報告されている。このような、風成循環境界を越える親潮の南下とこれに伴う亜熱帯・亜寒帯間の水塊交換流 (cross-gyre flow) の存在は、従来の風成循環論では理解出来ない。事実、熱塩過程を考慮しない過去の研究においては、水平的/鉛直的に高解像度の数値モデルを使用した場合でさえ、親潮の南下と cross-gyre flow が再現されず、観測と整合的な北太平洋中層水の分布は得られていない。

上記の問題は、海洋大循環モデルにおいてオホーツク海水を再現する事により解決された。オホーツク海水の再現方法には2つある。一つはオホーツク海の温度及び塩分を観測値へと緩和する手法である。もう一つは、結氷及び潮汐混合過程を考慮し、数値モデル内においてオホーツク海水を陽に再現する手法である。潮汐混合過程は、千島列島周辺の鉛直拡散係数を大きく設定する事により表現されている。後者の手法を用いた場合、千島列島周辺における鉛直混合の増加に伴い、深層からの湧昇が約3Sv増加する事が報告されている。これらの手法により、北太平洋における海流構造及び水塊特性のモデリングは大きく進展した。しかし、現段階では数値モデルにおいてオホーツク海水を再現する事の重要性が示唆されているのみであり、親潮の南下及び亜熱帯・亜寒帯間水塊交換とオホーツク海との相互関係は、物理的には解釈されていない。

また、日本沿岸付近における親潮の南限緯度及び流量は、顕著な季節変動を示す事が知られている。これらの季節変動は、定量的な議論がほとんどなされないまま、大規模な風系変動に対する海洋の順圧的な応答として説明されてきた。この理由として、観測データの不足及び数値モデルにおいて現実と整合的な季節変動が再現出来ていない事が挙げられる。

本研究では、簡略化された数値モデルに基づき、風成循環境界を越える平均的な親潮南限緯度の決定機構、及び西岸境界流を通して行われる亜寒帯から亜熱帯への親潮水流入の説明を試みる。その際、千島列島周辺の鉛直混合に伴う深層からの湧昇との関連に着目する。次に、日本沿岸付近における親潮の南限緯度及び流量の季節変動を数値モデルにおいて再現する。そして、表層親潮南限緯度の季節変動の成因を定量的に再考察する。

数値モデル

球面座標系における primitive 鉛直3層及び2.5層モデルを作成し、本研究で使用した。モデル海洋は北太平洋120°E-100°W, 5°-60°Nであり、水平解像度は緯度経度方向とも0.25°である。海底地形データにはETOPO5、風応力にはNCEP/NCARの再解析データから求めた長期平均値及び月毎気候値を用いた。

千島列島周辺での鉛直混合に伴う深層からの湧昇は、次のように導入する。本研究の数値モデルでは、オホーツク海内部の物理過程を考慮せず、中層層厚を観測から得られている年平均気候値へと緩和する事により、オホーツク海水の深い密度躍層を与える。具体的には、オホーツク海において、等密度面を横切る深層から中層への鉛直流速Wr=γ-1 (hobs-h2) を質量保存式へ強制項として加える。ここで、hobs, h2は、観測及びモデル中層層厚であり、γは緩和時間の逆数である。層厚緩和に伴って生じる、オホーツク海における深層からの総湧昇流量は約3Svであり、この値は、海洋大循環モデルや化学トレーサーを用いた観測から得られている湧昇流量 (2〜3Sv) と整合的である。以上のモデル設定の下で、モデル海洋を静止状態から準定常状態に達するまで駆動し、その後の5年間5日毎データを解析に使用した。

結果

平均的な親潮の南下と風成循環境界を横切る親潮流量

オホーツク海において層厚緩和を行った場合、西岸付近において風成循環境界 (42°N) を越える表・中層親潮の南下が再現され、現実と整合的な結果が得られた (図1a)。また、混合水域における中層渦位は、緩和しない場合に比べて小さく、現実と整合的であった。親潮による、西岸境界流域を通過する正味の循環間交換流量は、表・中層でともに約1.5Svであった。この値は、亜寒帯における等密度面を横切る鉛直輸送の、表・中層での収束量とよく一致している。深層からの湧昇に伴う南北流量の増加分は、概ね西岸境界流として亜熱帯へと流入していた。

モデルで示された親潮の南下と深層からの湧昇量の関係は、「Sverdrup 関係の成立下にある内部領域」及び「地衡流の西岸境界流」を仮定した鉛直2.5層の概念モデルを用いて、次のように解釈出来る。尚、風応力分布及び中・深層間の鉛直流速w2は、数値モデルからの既知量として概念モデルに与える。

表・中層における西岸境界流の総南北流量TWBCは、地衡流の式を西岸境界流域 (x=xc〜xw) で東西積分する事により、以下のように表される x=xc, x=xwは、それぞれ西岸境界、西岸境界流域東端のx座標)。

ここで、Dは層厚であり、Dw(Dc)はx=xw(xc) における層厚を表す。g2は中層下部境界面で働く換算重力、fはコリオリパラメータである。TWBC=0となる緯度が親潮の南限緯度であり、式(1)より条件Dc=Dwで与えられる。x=xwにおける層厚Dwは、内部領域における Sverdrup 関係から、〓と表される。ここで、Deは東岸境界x=xeでの層厚,βはコリオリパラメータfの南北傾度, Wekは Ekman pumping 流速、W2は中層の下部境界面を横切る鉛直流速である。

一方、ある緯度yにおける、西岸での層厚Dcは、y以北の質量収支を考慮する事により、次のように書く事が出来る。〓ここで、Txは風応力の東西成分であり、W2はy以北における深層からの総湧昇量である。

等密度面を横切る鉛直流速がない場合、風成循環境界においてDc=Dwとなり、風成循環境界を越えて親潮が南下する事はない。一方、深層からの湧昇W2が存在する場合、式(3)よりDcは増加するので、Dc>Dw,となる。このため、風成循環境界において南向きの地衡流量が生じ、親潮は南下する。また、Dwは概ね風応力分布によって規定されるため、湧昇量W2の増加に伴い、親潮の南限緯度は南へと移動する。

概念モデルの妥当性を示すため、オホーツク海で与える層厚と親潮南限緯度との関係を、鉛直2.5層の数値モデルを用いて調べた。与える層厚を大きくするにつれて、オホーツク海における湧昇量は増加し、結果的に親潮南限緯度は南下した。また、数値モデルから得られた親潮南限緯度と概念モデルから予想される南限緯度とは、よく一致していた(図2)。本研究により、北太平洋中層水の生成に関与する、亜寒帯から亜熱帯への親潮水の定常的な流入過程を説明する仮説が、はじめて提示された。

親潮の南限緯度及び流量の季節変動

風応力を季節変動させた数値実験の結果を述べる。オホーツク海を閉じた実験では、親潮の季節的な流路変動は微弱であった。一方、千島列島周辺において深層からの湧昇を与えた場合、表層における西岸付近の親潮は、春に南下、秋に北上という流路変動を示した(図3)。また、南西向きの親潮流量は、冬・春に多く、夏・秋に少ない。これらの季節変動は、最近の観測結果と整合的であり、数値モデルでの再現に成功したのは本研究が初めてである。

表層における、親潮南限緯度変動の成因を調べた結果、従来の順圧応答による説明に反し、密度境界面深度の変動に伴う傾圧的な流速偏差が支配的な役割を果たしている事が判明した。特に、表層下部境界面深度の変動は、オホーツク海での層厚緩和の有無に関わらず、秋には北東向き、春には南西向き、の偏差流速を北海道及び東北沿岸付近において生成する。層厚緩和の有無により生じる、2実験間の南限緯度季節変動の振幅の違いは、平均的な親潮に対する上記偏差流の相対的な位置及び強さを考慮する事により、次のように説明されうる。

層厚緩和を行った場合、風成循環境界を越えて南下する親潮の年平均南西向き流に対して、秋季の偏差流は逆向きであり、かつ、その大きさは平均流と同程度である。このため、平均流と偏差流とが打ち消し合い、秋季に親潮は循環境界付近まで北退する。一方、オホーツク海を閉じた場合、親潮は年平均場において風成循環境界付近までしか南下しない上に、そこでの平均流は偏差流と比較して大きな流速を持つため、顕著な流路変動には至らない。すなわち、オホーツク海での湧昇の有無に対応する年平均親潮流路の違いが、親潮流路の季節変動の現われ方を左右する。

まとめ

本研究が提示した仮説により、北太平洋中層水の形成に関わる親潮系水塊の日本沿岸を経た亜熱帯への流入は、以下の過程でよく説明できる。千島列島沿岸での鉛直混合に対応する深層からの湧昇が存在する場合、表・中層において鉛直流量が収束するため、亜寒帯から亜熱帯へ風成循環境界を横切る輸送が生成される。同時に、湧昇の存在は日本沿岸の岸沿い層厚を増加させ、風成循環境界における西岸境界流は南向きとなり、親潮を南下させる。その結果、北太平洋中層水の元となる、亜寒帯域から亜熱帯域への、日本沿岸付近を経由する正味の水塊輸送が生じる。

また、日本沿岸付近における親潮の南限緯度及び流量の季節変動を数値モデルにおいて再現し、特に表層親潮南限緯度の季節変動の成因に着目した考察を行った。オホーツク海を閉じた場合には、風応力を季節変動させているにも拘らず、日本沿岸付近における現実的な親潮南限緯度変動は得られなかった。一方、千島列島周辺での深層からの湧昇を与えた場合には、観測と整合的な親潮南限緯度及び流量の季節変動が再現された。本研究の数値モデルにおいては、従来の順圧的な応答による説明とは異なり、等密度面深度の季節変動に起因する傾圧的な流速変動により、南限緯度変動が生じていた。

本研究により、千島列島周辺での潮流による海水の強い鉛直混合とこれに伴う深層からの湧昇は、平均場/季節場の両面における親潮の流路形態に対して、重要な役割を果たしている可能性が示された。

表層平均圧力場。実線は正値、破線は負値を示す。等値線は地衝流流線を表す。

親潮南限緯度vs W2 (42°N以北)。ο(Δ)は、鉛直2.5層 (3層) の数値モデルから得られた南限緯度、*(+)は、概念モデルから予想される南限緯度をそれぞれ表す。

オホーツク海における中層層厚緩和を考慮した場合の、季節毎表層圧力場。図中の黒丸は、日本沿岸付近における親潮の南限緯度を示す。

審査要旨 要旨を表示する

低温かつ低塩分のオホーツク海水は、千島列島間の海峡を通って北太平洋へと流出した後、西部亜寒帯循環水と混合し親潮水へと変質していく。このオホーツク海水の特徴を強く反映した千島列島沿岸付近の親潮水は、大規模な風系によって決まる風成循環境界を越えて南下し、北太平洋亜熱帯循環域に広く分布する北太平洋中層水の形成・維持に関わっていく。しかしながら、このような風成循環境界を越える親潮の南下とこれに伴う亜熱帯域と亜寒帯域との水塊交換の存在は、従来の風成循環理論では説明することができていない。また、この日本沿岸付近における親潮の流量およびその南限緯度は、顕著な季節変動を示すことが知られているが、これを大規模な風系変動に対する海洋の順圧的な応答によるものとする従来の解釈では、観測事実と整合的な議論を展開することができない。本論文では、簡略化された数値モデルおよび概念モデルを併用することによって、西岸境界流を通して行われる亜寒帯域から亜熱帯域への親潮水の流入がいかなる機構のもとにおこるのか、そして、この風成循環境界を越える親潮の南限緯度がどのようにして決定されるのかを力学的に明らかにした。さらに、日本沿岸付近における親潮の流量の季節変動を簡略化された数値モデル内で再現するとともに、その結果の解析から、親潮の南限緯度の季節変動の成因を定量的に明らかにした。

本論文は4つの章と付録から成立している。まず、第1章は導入部であり、北太平洋中層水、および、その起源水であるオホーツク海水の形成。維持に関する観測事実、その気候変動・生態系への重要性、従来の数値モデリングにおける問題点などが紹介されるとともに、親潮による亜熱帯.亜寒帯間水塊交換に関する現在の知見、および、本論文の内容と目的が述べられている。

第2章では、従来の海洋観測および海洋大循環モデルに基づく研究結果を考慮して概念モデルが構築され、これに基づいて、風成循環境界を越える親潮の南下とこれに伴う亜熱帯域と亜寒帯域間の水塊交換を説明する仮説が提示されている。さらに、鉛直3層の数値モデルを用いたパラメータ実験によって、この概念モデルの妥当性に関する検証が行われている。過去の観測、および、海洋大循環モデルの結果によると、千島列島付近において、強い潮流混合に起因する深層からの湧昇流の存在が示唆されている。この湧昇流の存在により、表・中層において鉛直流量が収束するため、亜寒帯域から亜熱帯域へ風成循環境界を横切る輸送が許される。同時に、湧昇の存在は日本沿岸の等密度面層厚を増加させ、風成循環境界において南向きの地衡流を生成することで、親潮の南下を促進する。この結果、亜寒帯域から亜熱帯域へ、北太平洋中層水の源となる水塊が輸送されていくことになる。

第3章では、第2章で用いた3層モデルに季節変動する風応力を外力として与えたときの、親潮の流量および南限緯度の変動が調べられている。その結果、千島島周辺の潮汐混合に起因する深層からの湧昇流を考慮すると、日本沿岸付近における親潮の流量およびその南限緯度の季節変動が観測結果と整合的に再現されることが初めて明らかにされた。さらに、この親潮の南限緯度の季節変動の成因を考察した結果、従来の大規模な風系変動に対する海洋の順圧的な応答による説明とは異なり、等密度面深度の季節変動に起因する傾圧的な流速変動によって、南限緯度の変動が生じるという、全く新たな知見を得ることに成功した。

第4章では、本論文のまとめと今後の課題が述べられている。また、付録として、すでに学術雑誌に掲載されている論文が1編収録されている。この論文では、親潮水が黒潮水と混合することで北太平洋中層水へと変質していく領域として知られる黒潮続流に焦点があてられ、その季節変動が、海面高度データに基づいて明らかにされている。

以上述べてきたように、本論文は海洋物理および海洋物質循環の見地から、北太平洋亜熱帯循環における水塊形成に関する研究に大きく貢献したもので、学位論文として十分な水準に達していると判断できる。なお、本論文の第2章、第3章、および付録は、指導教官である安田一郎助教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、その寄与が十分であると判断できる。従って、審査員一同は、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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