学位論文要旨



No 118547
著者(漢字) 竹見(安富),奈津子
著者(英字)
著者(カナ) タケミ(ヤストミ),ナツコ
標題(和) 北半球夏季アジアモンスーン域の主要変動モード : その検出と力学
標題(洋) Detection and dynamics of principal modes of Asian summer monsoon variability
報告番号 118547
報告番号 甲18547
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4411号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高薮,縁
 東京大学 教授 住,明正
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 教授 木本,昌秀
 東京大学 助教授 中村,尚
内容要旨 要旨を表示する

アジアモンスーンの変動は、日本をはじめ東アジアから東南、南アジアまで、広範囲にわたる地域の農業、経済など生活と密接に結び付き、大きな影響をもたらしている。長期間の再解析データが入手可能になった現在、海面水温変動や降水量、風などさまざまな要素からインド/東南/東アジア各地域に卓越するモンスーン変動を解析するなど、過去多くの研究が既になされているが、アジアモンスーン域全体にどのような変動が卓越するかという点に関してはまだ十分な研究がなされていない。

そこで本研究では (1) 夏のアジアモンスーン域に卓越する変動モードを同定し、(2) その主要変動モードの形成・維持の力学を解析することを目的とした。

アジアモンスーン域全体で夏に卓越する主要変動モードを過去の北半球中高緯度の解析手法にならいEOF解析によって求めた。熱帯域の解析ではよくOLRや降水量を相関解析、EOF解析している例が多いが、下層の循環と対流活動の双方の指標にできる水蒸気フラックスの鉛直積分を用いたほうが、領域全体の変動のより高い割合を説明できる主要変動モードが分離できた。

水蒸気フラックスの鉛直積分をEOF解析したときの下層の循環と対流活動の水平分布を図1に示した。第1モード(a)は西太平洋の下層に低気圧性の循環、西太平洋とインドネシア上、南西-北東方向にOLRのピークが形成されている。上層(図は示さない)の収束発散もこの対流活動変動に対応していた。図1(a)中□で示した領域のOLRの時間変動は、相関係数-0.56で変動している。このことから、西太平洋上の循環偏差と対流活動の南北変動を伴う変動を Pacific-Indo dipole と呼ぶことにする。

一方EOF第2モード(図1b)はENSOに関連する赤道上の東西の対流活動変動と Nitta (1987) で指摘されているPJ (Pacific-Japan) パターンの両方の成分をもつ変動モードである。ENSOとPJパターンの変動は相関が低く (0.32) 別の変動であると考えられる。

第2モードはENSOの変動と関係があるので、赤道域の海面水温と高い同時相関をもっているが、第1モードに関してはほとんど有意な相関は見られない。

アジアモンスーンとENSO、PJパターンの関わりについては多くの論文に指摘がある。Pacific-Indo dipole に関しては主に東アジアモンスーンに関する解析の中で同様の循環パターンが図示されている論文はあるが、このパターンがアジアモンスーン域全体で夏に卓越する変動であると指摘したものはなかった。

解析の結果、夏に主要な変動として取り出された Pacific-Indo dipole パターンに着目して、このパターンが形成される力学を考えていくことにする。

パターン形成に関わる要因として(1)海面水温変動(2)夏の気候平均場の力学(インド洋で下層/西風・上層/東風、海洋大陸付近の収束)に関して検討し、このパターンが夏に卓越し、フィリピン付近に循環偏差が形成されるのに寄与するかどうかを解析する。

AGCMに気候値の海面水温を与えて時間積分すると、Pacific-Indo dipole パターンがEOF第1モードとして抽出された。このことから、Pacific-Indo dipole パターンは海面水温変動がなくても卓越する、内部変動であることがわかった。

夏の基本場の特徴的な構造が循環パターン形成に寄与しているのか、もししているのならそれはどのような構造か、ということを線形傾圧モデルを用いて確かめる。東西に一様な基本場に熱源を置くと、線形応答の大きさ・形は緯度のみに依存する。3次元構造をもった基本場の線形応答は、基本場が非一様であるため熱源の位置によって形を変える。

非断熱加熱を熱源としてインド洋から太平洋を含む (40°E-120°W, 15°S-30°N) の領域の各格子点上に置いて線形応答を計算し、EOF解析を行った。応答が基本場に依存していなければ、EOF解析によって統計的に独立な変動が取り出されることはない。図2に線形応答の850hPaの風のEOF第1モードを示した。図1(a)に示した再解析データのEOF第1モードとほぼ対応する、フィリピンの北側に循環が形成されている。影をつけた加熱域はこの循環パターンを形成するのに効果的な熱源の分布で、こちらも南北にピークがあり、観測データの対流活動変動の分布とほぼ対応している。

Pacific-Indo dipole パターンは、非断熱加熱が夏の基本場に与えられたときに、基本場が3次元的に一様でない構造をしているために形成されることが確認できた。

夏の気候平均場の3次元的に一様でない構造の、どの要素が Pacific-Indo dipole パターンを形成するのに重要な役割を果たしているのかを調べた。

フィリピン沖の西太平洋に形成される下層の循環偏差パターンは、対流活動と循環、収束の位置関係から、Gill (1980) による赤道から離れた熱源に対する赤道ロスビー応答であると理解できる。一般的に、上層で東風、下層で西風の鉛直シアがあるとロスビー波は下層に限定的に現れる (Wang and Xie, 1996) ことが指摘されている。また、定常ロスビー波は基本場の東西風が緯度方向に変化するとき、(β-uyy)/u〓0の場合に存在できる。

下層でこの (β-uyy) を計算すると、熱帯・亜熱帯ではインドからインドシナ半島までの西風域で正の値を持つことから、この領域では定常ロスビー波が励起されうる。西風域の東端、すなわちフィリピン付近の西太平洋上では、擾乱が東西に収束する基本場から運動エネルギーを得て成長する (Simmons et al., 1982) ので、この場所で循環偏差パターンが形成される。

また、西太平洋の収束域には気候平均場の水蒸気が多く分布しているので、この位置で循環偏差パターンが形成されて収束が起こることによって、対流活動が活発になり、P-I dipole パターンは強化される。

夏のアジアモンスーン域では、西太平洋とインドネシア付近で対流活動の南北変動とフィリピン付近の西太平洋沖に下層の循環が伴う Pacific-Indo dipole パターンが主要な変動として卓越する。

この変動パターンは、夏の気候平均場が3次元的に非一様な構造をしていることによって形成・維持される内部変動モードであることがわかった。夏に特徴的な下層の西風域で励起される定常ロスビー波は、海洋大陸付近の収束域で、基本場からの運動エネルギー変換によって強化される。西太平洋に形成された循環偏差によって、海洋上に多く分布する下層の水蒸気が収束して対流活動が強まり、Pacific-Indo dipole の南北の対流活動変動も強化される。

水蒸気フラックス鉛直積分の2変数EOF(a)第1、(b)第2モードの水蒸気フラックス(矢印)OLR(影)への回帰。信頼度95%以上で有意な回帰係数の水蒸気フラックスのみ表示。単位はそれぞれm/s・g/g, W/m2。□で囲んだ (150°-155°E, 10°-15°N) と (110°-115°E, 0°-5°N) の説明は本文を参照。

線形傾圧モデルで熱帯域に点熱源を与えたときの線形応答の850hPaU/V成分のEOF第1モードに対する850hPa風ベクトル(矢印)及び加熱率の回帰。信頼度95%以上で有意な水平風の回帰のみ表示。単位はそれぞれm/s、K/s。

審査要旨 要旨を表示する

この論文はアジアモンスーン域の夏季の主要変動モードをデータ解析によって検出し、その形成メカニズムを大気大循環モデルおよび線形応答モデルを利用して明らかにしたものである。

まず1章は序説にあてられ、過去のアジアモンスーンの変動に関する研究をレビューしている。特に年々変動の研究においては固定した地点の情報をインデックスとした研究が多くその地点の選び方に任意性が残ったことを指摘し、この研究において主要変動モードを解析から示す意義を述べている。

2章では、主成分解析を主体として、アジアモンスーン域の6-8月の月平均値による主要変動モードの検出を行った。過去の研究では通常外向き長波放射量 (OLR) が解析変数として用いられてきた。ここで水蒸気フラックスを解析変数とすることによって、OLRでは統計的にひとつしか取り出せなかった独立な主要変動モードが2つ検出できることを明らかにした。2つの主要モードの構造と変動特性を詳しく調べた結果、第1モードはフィリピン沖の西太平洋に顕著な低気圧性の水蒸気フラックス循環、および、西太平洋上とインドネシア上とに逆符号の対流偏差を伴う特性を持ち、顕著に卓越するモードであった。これを Pacific-Indo dipole mode と名づけた。第2モードは、過去に示された (Nitta, 1986, 87) PJパターンと呼ばれるテレコネクションパターンおよびENSOに伴う偏差パターンとを合わせもっていた。時系列解析等により、この2つの変動は、基本的にはお互いに独立なものが第2主成分として混合して現れていることを示しENSO-PJ mixed mode と名づけた。また、2つのモードはOLRや下層風などの他の変数においても顕著で、季節的には夏季に卓越すること、および、このモードを励起するような海面水温の変動は伴っていないことも明らかにした。

上記2つの主要モードは、月平均値の解析によるゆっくりしたモードとして検出されたが、付録においては日平均値の解析結果も示し、日平均値による主要変動モードも上記2つに基本的には類似したモードが検出できたこと、また、それらのモードは、夏季のアジアモンスーン域の季節内振動の動きを示すことを明らかにし、今後の研究につながる課題を明らかにした。

第3章では、第2章で検出した主要変動モードのうち、特に顕著であった Pacific-Indo Dipole Mode の形成力学を、数値モデル実験を利用して解明した。まず、このモードの形成におけるSSTの役割を調べるため、気候値のSSTを境界条件とした大気大循環モデル (CCSR/NIES AGCM T42, L20) によりシミュレートされたデータを用いた解析を行った結果、SSTによる強制なしで、第1主要モードが卓越することが示された。つまり、Pacific-Indo dipole モードは、大気の内部モードであることが示唆された訳である。これを確かめるために線形応答モデル実験を行った。実験は、線形応答モデルに夏季の大気基本場を与え、熱帯域の各グリッドに点熱源を強制することによって、夏季の大気基本場に特徴的な応答パターンを調べるというもので、たいへんユニークな手法である。その結果、Pacific-Indo dipole モードに特徴的なフィリピン沖西太平洋の下層低気圧性循環は、夏季の大気循環の特性による熱帯域の対流強制に対する応答であることが示された。このメカニズムを詳しく調べたところ以下のメカニズムが示唆された。まず夏季モンスーンに伴う強い下層西風ジェットにより、インド洋から海洋大陸域にかけβ値の分布が変形を受けるため定常ロスビー波が生起されやすくなる。ジェットの端のフィリピン海付近は西風ジェットと貿易風との収束域に当たり、東西風収束の効果で擾乱の運動エネルギーが励起される。これによって、集約的にフィリピン沖の西太平洋に低気圧性の循環が形成されることを示した。

以上の研究は、これまで固定地点でのインデックスを用いての研究が多かったアジアモンスーンの変動を主要変動モードという視点から整理し、なぜそのようなモードが卓越するのかについて力学的に明らかにした意味で重要であり、アジアモンスーン域の気象に関する研究に主要な貢献をするものと思われる。そして気象学に新しい知見をあたえ、気象学の発展に大きく寄与したと判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク