学位論文要旨



No 118548
著者(漢字) 高藤,尚人
著者(英字)
著者(カナ) タカフジ,ナオト
標題(和) 融解鉄とシリケイトペロブスカイト間の化学反応と濡れの振る舞い
標題(洋) Chemical reaction and wetting behavior between molten iron and silicate perovskite
報告番号 118548
報告番号 甲18548
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4412号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 講師 船守,展正
 東京大学 助教授 阿部,豊
 東京工業大学 教授 高橋,栄一
 東京工業大学 助教授 廣瀬,敬
内容要旨 要旨を表示する

コンドライト中の金属成分とシリケイト成分の分離と移動プロセス(いわゆるcore formation)は、その後に生成するマントルや核の組成に大きな影響を与える。その、core formation の物理メカニズムの一つに”濡れ”(permeable flow)がある。過去にも、溶融鉄とマントル構成鉱物間の”濡れ”に関する研究は数多く行われてきた(e. g. Shannon & Agee, 1996, 1998)。しかし、溶融鉄とマントル構成鉱物間は“濡れない”関係である事が下部マントル最上部の条件まで明らかにされてきた。しかし、溶融鉄とシリケイトが反応することにより溶融鉄中に酸素やシリコンなどが溶解する事を明らかなってきている(Ito et al, 1995)。軽元素は、金属の表面張力を下げる働きがある事が知られているため、より地球深部では濡れる可能性がある。本実験では、まずその可能性を調べた。また、溶融鉄と下部マントル構成鉱物(ペロブスカイト)間では、反応により反応生成相が生じる事が報告されている。Knittle and Jeanloz. (1989, 91)及び Goarant et al, (1992)は、下部マントルの最上部(〜23GPa)から最下部マントル(〜135GPa)の条件下で、溶融鉄とシリケイトペロブスカイトが反応して、SiO2, (Fe, Mg)xO, FexSiy が反応生成相として鉄とペロブスカイトの境界に生成する事を報告した。しかし、最近になってHillgren and Boehler (1998)は、そのような反応生成相は、DAC中に含まれる湿気成分(H2O)が還元剤及び酸化剤に働いたため生成したと主張した。彼等は、Ar雰囲気下100度で完全に湿気成分を除去してから、溶融鉄とシリケイトの反応関係を調べたところ100万気圧までそのような反応生成相は生じなかったと報告している。その後、安定した加熱ができるマルチアンビル装置やX線と組み合わせた高圧実験でも反応相は報告されていない(Shannon and Agee, 1998, Saxena et al, 2001)。このように、下部マントル条件下での溶融鉄とシリケイト間の反応関係は徐々に明らかになってきてはいるが、溶融鉄中へのシリコン及び酸素の溶解量に関してはまだ定量性にかける。このため、本研究では溶融鉄中に溶け込むシリコン及び酸素の溶解量を広く下部マントル条件下で定量的に決定する事も試みた。

出発試料には、鉄粉末(99.9% purity)と(Mg0.9, Fe0.1)SiO3もしくは(Mg0.8, Fe0.2)SiO3組成のゲル及びMgSiO3組成の結晶との混合物(8:92 in weight)を使用した。高温高圧実験装置には、マルチアンビル装置とレーザー加熱式ダイアモンドアンビル装置を使用した。実験条件は、圧力は25から78万気圧,温度は2500から3200Kの範囲で行った。回収試料の2面角の測定は、透過電子顕微鏡を用いて行った。また、溶融鉄中のシリコンの定量分析には、エネルギー分散型検出器を使用した。また、酸素の定量分析には、EPMA及び電子エネルギー損失分光検出器を用いた。

従来の研究同様、下部マントル最上部条件(〜25万気圧)では、溶融鉄とペロブスカイトは濡れない(〜93度)関係にある事が確かめられた。しかし、圧力が増加するにつれ2面角の値は減少した。37万気圧,3000Kの条件下で、〜63度、46万気圧,3000Kの条件下で〜51度を示し、この条件から濡れる事を確かめた。

分析の結果、溶融鉄中へのシリコン及び酸素の溶解量は圧力、温度の増加とともに顕著に上昇した。シリコン及び酸素の溶解量は、圧力25, 46, 78万気圧下でそれぞれ〜0.3, 〜1, 7, 〜3.3wt%及び〜0.7, 〜3.3, 〜5.6wt%であった。

46万気圧,3000Kの条件下で溶融鉄とペロブスカイト間の2面角は60度を下回った。2面角の値が60度よりも下回ったので、溶融鉄はどのような体積比率を持っていてもペロブスカイト間を濡れて分離できる。このことにより、従来まではシリケイトも融けなければ、鉄成分とシリケイト成分は分離できなかったが、シリケイトが融けない領域でも分離が可能になった。

外核には、軽元素が含まれており純鉄に比べて10%程度密度が低くなっている事が知られている(Birch 1952)。最近、Poirier (1994), Anderson and Isaak (2002)等は、鉄および鉄合金の高温高圧下での状態方程式と地震波(PREM)の密度データを組み合わせて外核の密度欠損は酸素がそれぞれ9.0, 5.6wt%溶融鉄中に溶け込んでいれば説明できると報告した。本研究では、溶融鉄とペロブスカイトが反応する事により78万気圧条件下で約5.6wt%の酸素が溶融鉄に入っている。溶融鉄とペロブスカイトが反応する場としては、core formation 時と核-マントル境界がある。この反応によって外核の密度欠損が説明できる可能性がある。さらに、この反応は溶融鉄に圧力78万気圧下でシリコンを約3.3wt%溶かし込む。仮に、地球がコンドライト組成からなる物質からできており、かつ上部マントルと下部マントルが同じペリドタイト組成ならば、外核中にシリコンが3.5から7.3wt%のシリコンが入っている必要があると報告されている(Ringwood 1975, Allegre et al. 1995)。この溶融鉄とペロブスカイトの反応は、コンドライト組成とペリドタイト組成の差を埋める役割を果たしているのかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、超高圧下における溶融鉄と珪酸塩鉱物との反応および濡れ角に関する実験的研究と地球中心核における質量欠損の原因に関する研究報告である。本論文は5章から構成されている。1章は中心核形成過程の研究に関するレヴューであり、超高圧・高温における濡れ角および溶融鉄中における酸素の溶解度を実験的に決定することが重要であり、本研究の趣旨であることを示した。第2章ではマルチアンビル型の超高圧実験装置およびダイアモンド対向アンビル型の超高圧実験装置に関する説明と実験方法に関する記載を行い、第3章で実験結果に関する報告を行っている。実験試料は鉄粉末、Feを含むMgSiO3組成の混合物を用い、実験条件は25-78Gpa、2500-3200Kの範囲でおこなった。実験結果は透過電子顕微鏡およびEPMAおよび透過分析電子顕微鏡をもちいて分析された。

分析の結果は溶融鉄へのシリコンおよび酸素の溶解量が圧力・温度の増加により著しく増加し、78万気圧ではシリコンで3.3%、酸素で5.6%に達した。また、超微細で2面角の測定を行い46万気圧から臨界点60度を下回ることを見出した。

これらの実験結果は従来ないもので、重要な発見であるとともに、地球形成の重要問題である中心核形成の過程に関する問題をとく重要な鍵となっている。そのため、第4章ではマントルから中心核の鉄を分離する過程が高圧における2面角が60度以下になることによって深部で浸透流として融解鉄が中心核に流れたことを議論した。

また、第4章で次のようなことが議論された。中心核が純鉄に比較して軽元素が含まれることによる質量欠損が10%に及ぶことが明らかになっている。このことを高温・高圧下におけるペロブスカイトと融解鉄が化学反応することによって融解鉄に酸素とシリコンが溶解することにより説明することができた。最後に第5章では全体のまとめを行っている。

なお、本論文の3章の一部は広瀬敬、小野重明、三留正則、XVFangfang, 坂東義雄との共同研究であるが論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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