学位論文要旨



No 118549
著者(漢字) 水野,克哉
著者(英字)
著者(カナ) ミズノ,カツヤ
標題(和) メソ位を内向型ポリピリジンで修飾した新規ポルフィリンおよびそれらの金属錯体の合成と物性
標題(洋) Synthesis and Physical Properties of New Porphyrins with an Introverted Polypyridyl Substituent at the Meso-Position and Their Metal Complexes
報告番号 118549
報告番号 甲18549
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4413号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 小林,昭子
 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 講師 後藤,敬
内容要旨 要旨を表示する

ポルフィリン配位子の特徴として (i) 頑強な平面骨格と (ii) 発達したπ共役系による強い可視光吸収を有している点が挙げられる。これまでに様々な遷移金属錯体が合成され、(i) に関連して、ポルフィリン平面の軸方向の十分な空間を配位場として利用した触媒機能の研究と、4箇所のメソ位およびβ-ピロール位を様々な置換基で修飾することにより、その空間(ポルフィリン骨格周り)の立体的電子的な制御を指向した研究、(ii) に関連して、光(電子移動)反応の中心核として多くの光・電子機能錯体系の構築に用いる研究が行われている。それらの多くは、生物系の機能モデルの研究であると言える。

従来の人工電子移動系を超える機能発現に向けて、遷移金属イオンの集積による多電子系の構築と異種金属の組み合わせによる機能の分担が不可欠である。しかし、異種金属イオンを相互に構造的にも電子的にも連結させるための配位子設計と、錯体生成の際の構造制御は容易ではない。そこで本研究では、ポルフィリン配位子への金属イオン導入をその中心部位に求める従来の既成概念に捕らわれず、メソ位にポリピリジン系の配位子場を設けることで、ポルフィリン平面上に構成されたキャビティー中に金属イオンを配置することにより、異種金属同士が空間的に連動した新しいポルフィリン金属錯体の合成と物性を明らかにすることを目的とした。具体的には、ビピリジン、テルピリジン修飾ポルフィリン3, 4を合成し、ポルフィリンサイト、ポリピリジンサイトのそれぞれおよび両方に金属を導入した錯体5-13を合成し、それらの特異な物性を明らかにした。

新規ポルフィリン配位子およびその金属錯体の合成

2-ホルミル-6, 2'-ビピリジン(1)を、2, 2'-ビピリジンから2工程で、また、6-ホルミルー2, 2':6', 2”-テルピリジン(2)は2-アミノ-6-メチルピリジンから5工程で合成し、Adler 法に従ってビピリジン修飾ポルフィリン(3)を収率17%、テルピリジン修飾ポルフィリン(4)を収率28%で合成した (Scheme 1)。por(H2)terpyRuIIICl3錯体(5)はテルピリジン修飾ポルフィリン(3)から収率86%で合成した (Scheme 2)。

Figure 1に por(H2)terpyRuCl3(5)の電子スペクトルの温度変化を示す。650nmあたりに弱く幅広い吸収が観測され、ポルフィリンカチオンラジカルに由来するものと考えられる。この650nm付近の吸収帯と460nmのMLCT(RuII→テルピリジン部位)の吸収帯が温度の上昇とともに強度が減少していくことがわかった。この変化は可逆的でありこれは高温域ではRuIII-中性ポルフィリンの電子状態がより安定であることを示している。

Figure 2に por(H2)terpyRuCl3 (5) のESRスペクトルを示す。

測定は固体状態、温度7.0Kでおこなった。側鎖テルピリジン部位に導入した low-spin RuIIIによる axial pattern (g1=2.36, g2=2.21, g3=1.85) が観測され、さらにその上に重なるようにポルフィリンカチオンラジカルと帰属できる非常に鋭いシグナル (g=2.00) が観測できた。結論として、por(H2)terpyRuCl3(6)の電子状態は分子内電子移動を介した、RuIII-中性ポルフィリンとRuII-ポルフィリンカチオンラジカルの間での特異な熱平衡にあるものと考えられる (Scheme 3)。

por(H2)bpyCuIICl(OH)錯体(6)はビピリジン修飾ポルフィリン(4)より収率66%で合成した (Scheme 4)。Figure 3にpor(H2)bpyCuIICl(OH)(5)の291KにおけるESRスペクトルを示す。側鎖ビピリジン部位に導入したCuIIイオン(d9)による axial pattern が観測され、銅の核スピン量子数I=3/2に基づく4本の銅微細構造(微細構造定数ACu=19.7mT)のうち2本 (g=2.43, 2.26) がその parallel part に観測された。また、g〃(=2.18)>g (=2.00) であるためCuIIイオンは通常の正方平面型に近い構造をとっていると考えられる。またそれぞれの axial pattern の signal には更にそれぞれ9本の超微細構造が重なっている。これは比較的等価な4つの窒素原子(14N, 核スピン量子数I=1, AN=1.75mT)によるものと予想される。bpyCuIICl2の固体状態におけるESRスペクトルには、CuIIイオンによる por(H2)bpyCuIICl(OH)(6)とよく似た axial pattern が観測されたが、ビピリジル部位の2つの窒素原子による超微細構造は観測されなかった。このことから por(H2)bpyCuIICl(OH)(6)の9本の超微細構造はポルフィリン部位の4つの窒素原子に由来しているものと言える。直接配位結合に関与していないポルフィリン部位の窒素原子の核スピンとのカップリングが観測される理由として考察できることは、por(H2)bpyCuIICl(OH)(6)では、CuIIイオンの不対電子がπ電子系を介してポルフィリン部位上へも分布している特異なスピン状態を取っていることが示唆される。CuIIイオンはポルフィリン部位との空間的な隣接効果によりCuIIイオンのdx2-y2軌道とポルフィリンπ電子系との相互作用が立体的に可能になっているものと考えられる。

更なる金属原子の導入を目的とし、特にテルピリジン修飾ポルフィリン(3)を用いて検討した。はじめにポルフィリン中心へ遷移金属の導入を試み、酢酸塩を用いてμ-{por(Fe)terpy}2O 二核錯体(7),por(Cu)terpy 錯体(8)をそれぞれ76%, 86%の収率で得た (Scheme 5)。μ-{por(Fe)terpy}2O二核錯体(7)についてはRuCl3・3H2O (Scheme 6)を、その他の金属原子についてはpor(H2)terpyRunIIICl3錯体(5)を原料として用いることによってポルフィリン中心へ金属導入を行い、最終目的物である異種金属二核錯体であるμ-{por(Fe)terpyRuIIICl3}2O二核(複核四核)錯体(9), por(Co)terpyRuIIICl3錯体(10),por(Ni)terpyRuIIICl3錯体(11),por(Cu)terpyRuIIICl3錯体(12), por(Zn)terpyRuIIICl3錯体(13)を合成した(Scheme 7)。

【結論】新規ポリピリジン修飾ポルフィリン配位子を合成し、それらへの選択的な金属導入を達成した。特に側鎖ポリピリジル部位にのみ金属が配位した分子において、金属サイトとポルフィリン環の電子相互作用に基づく特異な電子状態を明らかにした。

Temperature-dependent UV-Vis absorption spectral change of por(H2)terpyRuCl3 5 (1.50×10-4M) in benzonitrile between of 20 and 70℃. Inset : the difference in the spectra between 20 and 70℃.

ESR spectrum of por(H2)terpyRuCl3 5 in the solid state at 7.0K.

An ESR spectrum of por(H2)bpyCuCl(OH) 6 in the solid state at room temperature

Temperature-dependent intramolecular electron transfer

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、メソ位を内向型ポリピリジンで修飾した新規ポルフィリンおよびそれらの金属錯体の合成と物性について述べられている。5章からなり、第1章においては、研究の背景および本論文の研究目的、第2章はテルピリジン修飾ポルフィリンおよびそのルテニウム錯体の合成と電子物性、第3章はビピリジン修飾ポルフィリンおよびその銅錯体の合成と磁気物性、第4章は二核錯体の合成とキャラクタリゼーション、第5章では結論として、研究成果のまとめと展望について述べられている。以下それぞれの章の概要を述べる。

第1章では、本論文の研究の基盤となるこれまでの研究の概説として、ポルフィリン(フリーベースおよび金属ポルフィリン)の構造、化学、合成、電気化学的性質についての特徴をまとめ、本研究では、メソ位を内向型ポリピリジンで修飾したポルフィリンおよびそれら金属錯体がユニークな物性および化学的性質を示す可能性をもつ新規な化合物であり、その合成と物性を明らかにすることを目的とすることを述べている。

第2章では、新規テルピリジン修飾ポルフィリン por(H2)terpy およびそのルテニウム錯体 por(H2)terpyRuIIICl3の合成と電子物性について述べている。por(H2)terpy は2-アミノ-6-メチルピリジンから5工程で合成した6-ホルミル-2, 2':6', 2”-テルピリジンから Adler 法に従って合成し、さらにルテニウムを導入して、por(H2)terpyRuIIICl3を得た。por(H2)terpyRuCl3の電子スペクトルの温度変化において、ポルフィリンカチオンラジカルに帰属される幅広い吸収が650nmあたりに観測され、この吸収帯と460nmのMLCT(RuII→テルピリジン部位)の吸収帯が温度上昇とともに強度が減少していくことを見出した。この変化は可逆的であり、高温域でRuIII-中性ポルフィリンの電子状態がより安定であることが示された。por(H2)terpyRuCl3の固体状態、7.0KでのESRスペクトルにおいては、側鎖テルピリジン部位に導入した low-spin RuIII による axial pattern (g1=2.36, g2=2.21, g3=1.85)が観測され、さらにその上に重なるようにポルフィリンカチオンラジカルと帰属できる非常に鋭いシグナル (g=2.00) が観測できた。結論として、por(H2)terpyRuCl3の電子状態は分子内電子移動を介した、RuIII-中性ポルフィリンとRuII-ポルフィリンカチオンラジカルの間での特異な熱平衡にあることを明らかにした。

第3章では、新規ビピリジン修飾ポルフィリンpor(H2)bpyおよびその銅錯体por(H2)bpyCuIICl(OH)の合成と磁気的性質について述べている。por(H2)bpyは上記と同様、2-ホルミル-6, 2'-ビピリジンから合成し、さらに側鎖ビピリジン部位に銅イオンを導入して、por(H2)bpyCuIICl(OH)を得た。por(H2)bpyCuIICl(OH)の291KでのESRスペクトルにおいて、CuIIイオン (d9) による axial pattern が観測され、そのスペクトル解析から、CuIIイオンは通常の正方平面型に近い構造をとっていることを示した。また axial pattern のシグナルにはそれぞれ9本の超微細構造が重なっていたが、bpyCuIICl2のESRスペクトルには、ビピリジル部位の2つの窒素原子による超微細構造は観測されなかったことから por(H2)bpyCuIICl(OH)の9本の超微細構造はポルフィリン部位の比較的等価な4つの窒素原子(14N, 核スピン量子数I=1, AN=1.75mT)に由来しており、この結果からCuIIイオンの不対電子がπ電子系を介してポルフィリン部位上へも分布している特異なスピン状態を取っていることが示唆された。CuIIイオンはポルフィリン部位との空間的な隣接効果によりCuIIイオンのdx2-y2軌道とポルフィリンπ電子系との相互作用が立体的に可能になっているものと考察した。

第4章では、ポルフィリンとポリピリジンサイトへの異種金属原子の導入を目的とした研究結果を述べている。まずポルフィリン中心へ遷移金属の選択的導入により、μ-{por(Fe)terpy}2O, por(Cu)terpy 錯体を得た。次に、μ{por(Fe)terpy}2O二核錯体については terpy 部位へのRuの導入を、その他の金属原子については por(H2)terpyRuIIICl3錯体のポルフィリン中心へ金属導入を行い、異種金属多核錯体、μ-{por(Fe)terpyRuIIICl3}2O(複核四核),por(Co)terpyRuIIICl3, por(Ni)terpyRuIIICl3, por(Cu)terpyRuIIICl3, por(Zn)terpyRuIIICl3の合成に成功した。XPSおよびESRを用いたキャラクタゼーションを行い、金属の酸化状態等について明らかにした。

第5章では、結論として、新規ポリピリジン修飾ポルフィリン配位子を合成し、それらへの選択的な金属導入ができる合成法を確立したこと、特に側鎖ポリピリジル部位にのみ金属が配位した分子において、金属サイトとポルフィリン環の電子相互作用に基づく特異な電子状態を明らかにしたことを述べ、今後の研究展開についての考えを付記している。

以上、本論文は、論文提出者が創製したメソ位を内向型ポリピリジンで修飾した新規ポルフィリンの物性において興味深い挙動を見いだし、錯体化学、機能性分子の開発研究におおきなインパクトを与えたオリジナルな研究として評価できる。なお、本論文第2-4章は西原寛、栗原正人、高木繁との共同研究であり、一部は既に学術雑誌として出版されたものであるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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