学位論文要旨



No 118556
著者(漢字)
著者(英字) Calle,Gabriel Dario
著者(カナ) カジェ,ガブリエル ダリオ
標題(和) 駒場リサーチキャンパスにおける地震観測に基づく地盤・構造システムの動特性の把握
標題(洋) Determination of Dynamic Characteristics of Soil and Structure Systems based on Seismic Observation in Komaba Research Campus
報告番号 118556
報告番号 甲18556
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5575号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 助教授 大井,健一
 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 助教授 阿部,雅人
内容要旨 要旨を表示する

日本,米国,メキシコ,台湾など,地震活動の盛んな地域では強震観測アレーを設置する例が増えている.強震アレーにより記録された地震データは,建物,橋梁,ダムなどの構造物の動的挙動や,地動の地盤特性による影響を調査するのに最も適した根拠となる.とりわけ鉛直アレーデータを解析することで,原位置試験,室内試験では容易に再現されない,広い範囲の荷重条件下における地盤やサイトの挙動の貴重な情報を得ることができる.一方,建物内に設置された地震記録は,それを解析することにより,地震応答特性に関して,他の方法では得られない重要な定量的情報を得ることができる.

最近,東京大学生産技術研究所は,東京都の中心部にある六本木キャンパスから,東京都の中西部に位置する駒場リサーチキャンパスに移転した.この移転に伴い,研究所建物,地表面,ボーリング孔内に,地震計を設置し,地震観測システムを構築した.観測システムは2001年4月より稼働しており,このアレーから得られる観測記録は,サイトの表層地盤の動的特性を推定するほか,地震動分布の空間的相関関係の評価,解析モデルの決定やモデルの妥当性の検証,システム同定手法によるモデル構築などを行なうのにたいへん貴重な観測情報となる.また,この種の観測システムは,構造物の荷重と耐力の特性を応答計測により把握することで構造物の安全性評価にも用いることができる.

地震観測システムの記録に基づき地盤応答解析を実施した.とくに,物理探査により得られた微小ひずみ領域のせん断波速度分布の妥当性について,地震計アレーの地震観測記録とサイトの常時微動記録を用いて調査した.また加速度・速度の最大値の増幅特性,せん断波伝播特性,卓越周期についても分析を行なった.これらの結果は東京都都心のこの地域の地盤応答特性を表すと考えられ,とくに東京層上の堆積層の増幅特性を表す有用なものである.地表とボーリング孔内の地震計間のフーリエスペクトル比に関して,スペクトル特性の分析も行なった.水平方向の直交2方向である周期帯で,アンサンブル平均の伝達関数が異なっていることが明らかとなった.この原因として質量の大きい研究所建物の存在が影響していると考えられる.埋設地震計の深さの範囲に関し,相互相関分析によりせん断波伝達特性を調べたところ,せん断波速度分布の推定結果は物理探査結果との良好な一致が確認された.地盤応答は,地震観測記録と常時微動観測記録のそれぞれの水平/鉛直(H/V)フーリエスペクトル比によっても評価した.その結果,両者の記録に基づくスペクトル比の大まかな形状と卓越周期は一致してはいるものの,地震記録のH/Vスペクトル比のほうが常時微動のそれよりも大きい傾向があった.このスペクトル比の大きさの不一致は,比率で0.45倍から0.6倍程度のものであった.この値は,他の既往の研究とも一致するものである.

研究所建物内の地震計の地震記録を用いて,データ処理,観測記録を再現する解析モデルの決定,システム同定といった一連の解析を行なった.またスペクトル解析を行い,建物基礎と東西各棟最上階の間の伝達関数を推定した.伝達関数の推定結果は個々の地震記録を平滑化した場合とアンサンブル平均をとった場合の2通りで行なった.平滑化はバンド幅0.1 Hzから0.4Hzのパルツェン・ウィンドウを振動数領域に対して用いた.東西2棟の固有周期は,建物階数・形状が異なっているにもかかわらず,比較的似た値となっていた.また,2棟で良く似たモード形状や,2棟が連成したモード形状が地震観測記録で観察された.

線形系の時間領域離散化表現(自己回帰移動平均モデル,ARMAモデル)を導入し,東西2棟の時間不変線形モデルの同定を行なった.同定されたモデルは,固有周期,減衰定数といったモード特性の推定に用いた.常時微動の計測も行い,応答計測値のみに基づく簡易なシステム同定法を用いて,2棟の建物の地震観測記録から得られた動的特性について,推定結果の補完を行なった.建物のモード特性に関しては,地震観測記録と常時微動観測記録のそれぞれから推定された結果は,良好に一致していた.また,常時微動観測に関しては,限られた数の地震計で観測される地震記録と違い,モード形状や,局部的なモードの検出が可能である.

建物の設計図書をもとに,有限要素モデルを構築した.このモデルについて,基礎部で観測された地震記録を用いて動的応答解析を行い,最上階の応答について,シミュレーション結果と観測記録とを比較した.一般に,シミュレーションによるモード特性は,モデルの不正確さ,観測記録の誤差などから,必ずしも一致しない.したがって,両者が一致するように,モデルの改良を行なった.具体的には,地震観測記録,常時微動観測記録の両方から特定されたモード特性に関するパラメータの改良を行なうとともに,応答が一致するようモデルのパラメータの調整を行なった.結果的に得られたモードパラメータの組み合わせを用いた改良有限要素モデルは,この建物に将来加わる荷重に対する応答を調べたり,長期間における建物の健全性のモニタリングをしたりすることに活用可能である.

以上まとめると,東京都中西部の地盤に関し,地震応答解析を行なった.この解析の結果は,サイト周辺の東京都都心部の地盤応答特性,とくに東京層上の堆積層の地盤増幅特性として,有用な知見となりうる.システム同定法を用い,地震記録と常時微動記録に基づき,研究所建物の動的特性を推定した.地震記録と常時微動記録の両者の組み合わせは,この研究所建物のように建物規模が大きく不整形な形状の建物に,わずかの地震計を設置したときに得られる単独の地震記録よりも,はるかに詳細な情報を与え,モード特性の特定に役立つことが示された.研究所建物の東西2棟の有限要素モデルを構築した.このモデルは将来荷重が加わったときの応答を調査したり,建物の健全性をモニタリングしたりする目的で活用可能である.

審査要旨 要旨を表示する

近年,世界各地の地震活動の盛んな地域では,強震動を観測する地震計アレーを設置する例が増えている.強震アレーにより観測された地震データは,建物や橋梁などの構造物の地震時挙動や,地震動の表層地盤による影響を評価するのに際し重要な資料として利用される.鉛直アレーからは,原位置地盤探査や室内試験では容易に再現されない,広い範囲のひずみ条件下における地盤動的挙動の貴重な情報を得ることができる.また,地表面アレーで得られた記録は,地震動の空間変動特性を評価するのに利用される.一方,建物内に設置された地震計による記録は,建物の地震応答特性や地盤-構造物の相互作用に関する定量的な実証データとして重要なものである.東京大学生産技術研究所の駒場リサーチキャンパスに新たに設置された3次元地盤アレーと建物内地震計を組み合わせた地震観測システムは,大規模実構造物の地震時挙動の把握に極めて有効なものと考えられる.

第1章では,この駒場地震観測システムを利用した本研究の目的および背景を述べるとともに,関連文献のレビューを行い,研究の位置づけを明確にしている.

第2章では,ボーリング孔内の3深度および自由地表面の3カ所に設置された加速度型地震計の記録を用いて,地盤地震動の解析・評価を行った.まず鉛直アレー記録に基づいて,駒場地点の地震動増幅特性を検討した.加速度・速度の地盤増幅度を最大値とフーリエスペクトルの観点から調べた.地表とボーリング孔内の地震計間のフーリエスペクトル比を計算した結果,水平2方向において,ある周期帯でアンサンブル平均の伝達関数が異なっていることが明らかとなった.この原因として,質量の大きい研究所建物の存在が影響していると考えられる.また,せん断波伝播特性について,とくに物理探査により得られた微小ひずみ領域のせん断波速度分布の妥当性について,地震計アレーの地震観測記録を用いて比較検討した.埋設地震計の深さの範囲に関し,地震観測波形の相互相関分析によりせん断波伝達特性を調べたところ,物理探査結果と良好な一致が得られた.この地盤モデルを用いて重複反射理論による地震応答解析を実施したところ,伝達関数および時刻歴波形ともに,解析結果は実測値をよく再現した.この結果は都心西部台地の典型的な地盤応答特性を表すと考えられ,とくに東京礫層上の堆積層の増幅特性を表すものとして有用なものといえよう.また,地震観測記録と常時微動観測記録のそれぞれの水平/鉛直(H/V)フーリエスペクトル比の比較も行った.その結果,スペクトル比の大まかな形状と卓越周期は一致したが, H/Vスペクトル比の値そのものは,地震記録のほうが常時微動のそれよりも大きい傾向が見られ,この傾向は他の既往の研究とも一致するものであった.

第3章では,研究所建物内の地震計で得られた地震記録のデータ処理を行うとともに,基本的なスペクトル解析を行った.まず,個々の地震記録を平滑化した場合とアンサンブル平均をとった場合の2通りで,建物基礎と東西各棟最上階の間のフーリエスペクトル比を推定した.その結果,東西2棟の建物の固有周期は,建物階数・形状が異なっているにもかかわらず,比較的似た値となっていた.また,2棟で良く似たモード形状や,2方向が連成したモード形状が地震観測記録で観察された.次に,線形系の自己回帰移動平均(ARMAX)モデルを導入し,東西2棟の時間不変線形モデルの同定を行った.同定されたモデルは,固有周期や減衰定数といったモード特性の推定に用いた.

第4章では,東西2棟の建物の3つの断面において,各階の床レベルにおける常時微動の同時観測を行った.この常時微動観測データのみを用いて,Hankelマトリックスと特異値分解法を用いた固有システム再現アルゴリズム(ERA)により,建物の振動モード型と減衰定数の推定を行った.この方法によって,地震記録のスペクトル解析のみでは求めることのできなかったモード形状の推定が可能となり,とくに隣接した振動数における固有振動数の抽出も可能となった.建物のモード特性全般に関しては,地震観測記録と常時微動観測記録のそれぞれから推定された結果は,良好に一致していた.

第5章では,まず建物の設計図書をもとに有限要素モデルを構築した.このモデル用いて,基礎部で観測された地震記録を入力として動的応答解析を行い,最上階の応答について,解析結果と観測記録とを比較した.応答解析によるモード特性は,モデルの不正確さ,観測記録のノイズなどから,一般には実測値と必ずしもよく一致しない.したがって,両者がよく一致するように,有限要素モデルの改良を行なった.具体的には,地震観測記録のフーリエスペクトル比と,常時微動観測記録の固有システム再現アルゴリズムから特定されたモード特性に関するパラメータの改良を行なうとともに,応答が一致するようモデルの質量に関するパラメータの調整を行なった.結果的に得られた改良有限要素モデルは,実地震記録の再現性が向上していることが確認された.したがって,この建物に将来加わる地震外力に対する応答を予測したり,建物のヘルスモニタリングをしたりすることに活用できるものである.

第6章では,本研究で得られた成果をまとめるとともに,今後の課題を提示している.

以上,本研究では,東京大学生産技術研究所駒場リサーチキャンパスに設置された3次元地盤アレーと建物内地震計を組み合わせた地震観測システムによる観測記録を用いて,都心西部台地の地盤応答特性,とくに東京礫層上の堆積層の地盤増幅特性を検討するとともに,システム同定法を用いて,実大規模建物の動的特性を推定した.地震記録と常時微動記録を組み合わせたシステム同定は,規模が大きく不整形な形状の建物に,少数の地震計を設置したときに得られるものよりも,はるかに詳細な情報を与え,モード特性の特定に役立つことが示された.このような研究成果は,構造物の地震時応答や健全性の評価に有意義な情報を与えるものと判断できる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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