学位論文要旨



No 118557
著者(漢字) 崔,圭容
著者(英字)
著者(カナ) チョイ,キュ ヨン
標題(和) 複合温度荷重を受ける鉄筋コンクリート引張部材の変形挙動
標題(洋) Deformational Behavior of RC Tension Members subjected to Coupled Thermo-Mechanical Actions
報告番号 118557
報告番号 甲18557
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5576号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 岸,利治
 東京大学 講師 井上,純哉
 東京大学 講師 石田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

社会基盤施設の主要構造形式の一つである鉄筋コンクリート部材の力学的特性の解明と構造安全性,使用性に関する数値評価技術に関して,過去十年で大きな進展をみることができる。構成材料であるコンクリートの高性能化と鋼材の高強度化に対応した材料特性の把握と数値解析への反映も進められ,地震荷重と厳しい鋼材腐食環境を同時に考慮しなければならない場合にも,耐震性能と寿命予測が確度よく求められるようになり,性能向上とコスト縮減の両者に既に貢献を果している。

鉄筋コンクリート構造の応用範囲は近年,高レベル・低レベル放射性廃棄物貯蔵施設や大深度地下施設の建設などにも広がりつつある。温度および湿度に対するコンクリート構造の安定性を鑑みれば,短期性能と構成材料の品質確保に大きな問題は考えにくいが,80度近い常時温度のもとで100年を越える品質確保が,貯蔵施設などを対象とする場合に求められるようになってきた。また,熱源の近傍にある都市地下構造物や高速増殖炉などの施設に適用する場合には,60〜70度の荷重作用のもとで,ひび割れを許容する鉄筋コンクリートの安全設計ならびに耐震設計を行うことが求められる。本研究は,コンクリート中の結晶水逸散に伴うCSHゲル構造が変化しない範囲で,温度履歴を受ける鉄筋コンクリート構造部材の常時および非常時挙動の解析方法と設計の指針を得ることを目的とするものである。

付着特性とひび割れ破壊が構造部材の変形挙動に最も大きな影響を及ぼすことから,本研究では,80度以下の変動温度環境下にある鉄筋コンクリート1次元部材の局所並びに平均挙動の両者に着目して,変動温度条件下での引張載荷実験を実施した。荷重履歴と温度履歴を組み合わせ,ひび割れ発生以後の平均挙動に関するTension-stiffening曲線を高精度で抽出することに成功した。持続応力下でのクリープを,局所および部材全体の両者で測定し,ひび割れの進展にあわせて伝達応力の逓減の特性を,これまでの常温,短期荷重状態のモデルと比較することで,明確にすることができた。

Tension-stiffness曲線は,高温時,常温時,並びに温度変動に対してそれぞれ異なる特性を呈し,導入されるひび割れの間隔や本数は,環境条件とコンクリートの強度,鋼材比によって大きく異なることが確認された。しかし,第一ひび割れ発生時の応力(強度)で伝達引張応力を正規化すると,局所的に大きく異なる現象も平均応力-平均ひずみによるTension-stiffness曲線は,任意の温度経路を経ても,同一の曲線と工学的に仮定できることが判明した。また,高温時の圧縮クリープが大きいことはコンクリート単体の物性として知られているか,ひび割れを含む領域で引張応力を受けている場合には,平均的には殆どクリープ挙動がみられず,たとえ高温持続荷重下においても,鉄筋コンクリートとしては極めて安定性に優れた性能を発揮するものであることが、実験的に示されたのである。これらの事実は,既往の鉄筋コンクリートの数値解析手法を基準とし,環境条件に応じて第一ひび割れ発生応力を正確に予測できれば,それ以後の挙動は、高い精度でTension-stiffness曲線を用いて予測することが可能であることが示された(図1 )。換言すれば,温度履歴,乾燥履歴,持続応力の影響が複雑に関連して、第一ひび割れ強度は決定されるが,以後の挙動は,種々の影響を代表している第一ひび割れ強度で正規化することで,以後の挙動をほぼ正確に,かつ安全側に評価されることが分かった。

平均化されたTension-stiffness特性も,局所的に見れば,温度条件によって大きく異なることも同時に見いだされた。微視的にみて大きな差と現れる現象も,巨視的にみれば安定に転ずる機構を理解する目的で,鉄筋近傍に生成される付着ひび割れ挙動に着目して,考察を行った。あわせて温度履歴を受けるコンクリートの巨視的な剛性と強度の温度依存性,並びに温度履歴依存性について検討を行った。高温環境下では,鉄筋節近傍に発生する付着ひび割れが常温に比較して早期に導入され,鋼材にそったひずみ分布が平滑化する方向に変化すること,これによってコンクリート表面部に導入されるそりと圧縮ひずみが軽減され,ひび割れ本数が変化すること,これらの局所的挙動が相殺されて見かけ上,温度の変動にも関わらず,tension-stiffness曲線はほぼ同一曲線に収束することが見いだされた。高温度における,ひび割れ間のコンクリートの短期クリープがひび割れ幅を小さくし,全体の伸びを加速することが一方で想定されたが,本研究でこの機構は明確に棄却されたことも成果の一つである。鉄筋節の極近傍の局所変形までを陽な形で考慮した非線形有限要素解析をあわせて実施し,高温下での非線形挙動の機構について考察を進めた。鉄筋節近傍の高圧縮状態での非線形性のみならず,付着ひび割れ発生後の破壊エネルギーの設定が,この問題に極めて大きな影響を与えることを,種々の仮想条件を設定して確認を行った。

高温履歴を受ける鉄筋コンクリートの非線形応答解析では,ひび割れ発生時の強度を,その時点における温度の関数で求めることで,以後の付着特性とtension-stiffnessは確定的に規定することができることを明らかにした。微視的機構からの説明には,なお研究を要する事項を,具体的に示すことができた。

湿潤(Wet),乾燥(dry),高温(HT), 常温(NT)とその組み合わせ並びに履歴を変えた場合のコンクリートのTension-stiffness曲線

審査要旨 要旨を表示する

都市の高度化と多様化から,高温履歴と乾燥湿潤を受ける厳しい自然および人工環境に対しても遮蔽機能を有する社会基盤施設の整備が求められつつある。高レベル放射性廃棄物の中間貯蔵に用いるコンクリートキャスクやエネルギー施設の隔壁,タービン等の支持基盤などが挙げられる。これらに対して,ひび割れを許容する鉄筋コンクリートを設計する場合には,ひび割れ以後の付着ならびに鉄筋の自由変形を拘束する機構を総合的に評価して応答解析を行う必要がある。一方,交通基盤に代表されるような既設重要社会基盤の長期性能の予測と維持管理の必要性が益々高まりつつある状況であり,温度・湿度・腐食誘発物質の侵入に代表される環境負荷に対して,構造応答を精度よく求める技術の開発が希求されている。

これらの背景を受け,本研究は環境要因と荷重の複合作用を受ける鉄筋コンクリートの引張変形挙動を実験的に明らかにするとともに,実務設計に反映可能なTension-stiffness型構成則に研究の成果をとりまとめることを目的としたものである。地中大型LNGタンク構造のように,低温域で複合温度荷重を受ける場合,細孔内の凝縮水が固結して安定化するのに対して,高温域では水分の逸散加速とクリープの急激な増加,ひび割れ破壊靱性の変化を伴うため,現象および機構両者に不明な点は依然多い。そこで,本研究では対象温度を,非線形性の強い常温から摂氏90度までとした。

第1章は序論であり,本研究の分析手法の中核をなす概念として,分散ひび割れモデルに立脚したTension-stiffnessモデルとその工学的応用方法を概括し,環境作用を取り入れた一般化モデルへの拡張の方向づけと本研究でカバーする範囲を明確にしている。

第2章では,温度と水分移動の両者が混成する環境下にある無筋コンクリートの圧縮強度と応力ひずみ関係,ならびに単一ひび割れの進展に擁するエネルギーと引張軟化特性について,系統的な実験を行ったものである。巨視的な圧縮強度とひび割れの軟化特性に対して,温度上昇履歴はコンクリート複合体に非回復の損傷を与えるものの,その影響は小さく,圧縮強度の1割程度の応力レベルに留まることが示された。また,乾燥履歴は単一ひび割れの発生応力に有為な影響を与えるが,以後の応力伝達に及ぼす影響は小さいことも実験的に示された。コンクリート単体の力学的特性は,本研究で設定した環境作用の範囲で安定しており,構成材料の強度,剛性,破壊エネルギーといった力学的諸量に大きな履歴特性がないことを確認している。

第3章は,鉄筋コンクリート部材としての複合温度荷重下での引張非線形特性を検討したものである。温度と水分の出入りを制御し,これらの組み合わせ環境を再現して,1軸引張荷重を作用させ,ひび割れの進展と分散による部材長さ変化から,鉄筋コンクリート中のひび割れを含むコンクリートの負担成分のみを極めて高精度に抽出することに成功している。試験体の長さを1m以上に設定することで,製作精度と測定精度の両者を向上させ,温度・湿度は部材中心部と表面部との差を最大4度以内に留めることで,内部自己応力成分を無視できる程度に小さくしたことが,高精度抽出のポイントとなっている。

コンクリート単体では,3章の通り,温度・湿度履歴で引張強度と破壊靱性の変動が僅かな範囲に留まるのに反して,RC中ではひび割れ発生応力は最大7割も低下する場合があること(常温かつ乾燥期間の長い場合),ひび割れ発生以後の残存拘束引張応力と平均ひずみの関係も環境作用と履歴によって大きく影響を受けることが計測された。しかし,第一ひび割れ発生応力を部材中のコンクリートの見かけ強度に設定すれば,ひび割れ以後のtension挙動は,標準状態(常温湿潤)の構成モデルをそのまま準用して,工学的に問題無い精度で評価できることを明らかにしている。すなわち,複合温度荷重下でのひび割れ発生応力を事前に評価することで,RC部材のPost-crack挙動は解析が可能となることが示されたのである。

本章では,さらに微視的機構に立ち戻って,温度履歴と水分履歴の影響について考察している。部材平均ひずみのみならず,ひび割れ間のコンクリートの表面局所ひずみを系統的に計測し,さらに断面貫通したひび割れから蛍光材料を注入し,固化した後で部材を切断し,切断面にあらわれる蛍光面から,内部ひび割れ損傷の空間的位置関係を総合的に検討した。その結果,温度の違いによって,鉄筋近傍から発生するひび割れの分散状態と進展が異なり,周辺コンクリートの変形モードに大きな差が生じていることが見いだされた。しかしながら,空間平均をとれば,いずれも部材長さ方向の平均挙動は初期ひび割れ発生応力で正規化することで,一意的に平均変形は予測可能であることが裏付けられた。

第4章は結論であって,本研究の総括と今後の研究課題の整理を行っている。

本研究は,ひび割れの分散する鉄筋コンクリート部材の平均引張応力-平均ひずみ関係から,付着機構を通じてコンクリートが負担する引張成分を抽出し,温度と乾燥湿潤の異なる環境作用経路に対する応答を,極めて高い精度で測定することに成功した。さらに構造応答解析に組み入れる実用的な方法を提示するに至っている。あわせて,微視的機構に基づく深い考察から,水分逸散・回復,温度変化,荷重作用の複合効果に関する新たな視点を提示した。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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