学位論文要旨



No 118558
著者(漢字)
著者(英字) El-Kashif,Khaled Farouk
著者(カナ) エルカシフ,カーレッド ファロウク
標題(和) コンクリートの時間依存圧縮変形と耐力以後の構造軟化挙動
標題(洋) Time-Dependent Compressive Deformation of Concrete and Post-Peak Structural Softening
報告番号 118558
報告番号 甲18558
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5577号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 阿部,雅人
 東京大学 助教授 松本,高志
 東京大学 講師 石田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

大変形領域でのコンクリート構造の残存性能と崩壊過程の詳細なシミュレーションは,耐震性能設計の実現と既存社会基盤施設の維持管理に大きな貢献を果たすものと期待される。高度な数値解析法とひび割れ近傍の材料非線形性の解明によって,最大耐力以後の軟化挙動を数値モデルで再現することが可能となってきた。この場合,構成材料に変形と破壊の局所化が伴う結果,たとえ構造体が一定の変位速度を受ける状況にあったとしても,各部位で材料の受ける時間とひずみ履歴は破壊近傍で大きく変動する。部材強度以後の荷重−変位関係に顕著な時間効果が見られることからも,コンクリート複合材料の構成則に時間依存性を組み込み,構造体と構成材料の損傷の両者に時間依存性を考慮できる一般化された高次の破壊追跡法を開発することが必要である。本研究は大ひずみ領域の塑性と損傷に関する時間依存型構成則を提案し,構造破壊以後の軟化挙動解析法の大幅な精度向上を実現することを目的としたものである。

時間依存性を考慮したコンクリート複合材料構成則の研究では,低応力域の数年〜数十年レベルでの長期クリープ変形を対象としたものと,マイクロ〜ミリ秒単位の衝撃荷重を念頭においた高ひずみ速度域での材料構成則が代表的である。前者は社会基盤の寿命推定と維持管理に関わるものであり,後者は衝撃荷重に対する構造安全解析に関するものである。しかし,静的な荷重下での構造強度以後の挙動追跡には,大ひずみ領域で数秒〜数分オーダーの時間依存性を記述する構成則が必要となる。本研究はこの時間−ひずみ領域に対して高い精度と合理性を有する材料構成則の開発を行った点に特色がある。軟化解析では載荷と除荷の両履歴に対して時間依存性を考慮することが不可欠であるため,塑性変形と損傷(残存弾性剛性)に現れるひずみ経路依存性と時間依存性を分離する実験方法を新たに考案し,履歴依存型の塑性と損傷速度の抽出と構成則による記述に成功した。

応力状態は主として1軸圧縮に焦点を当てたものであるが,これを3次元横拘束状態に対しても一般化をはかり,拘束条件下での塑性と損傷の進展則から全応力−全ひずみに対する時間履歴構成則を導出した。定式化された構成則は,系統的に載荷履歴を変化させた約40パターンの1軸載荷実験結果から検証がなされ,硬化から軟化領域に至る全ひずみ域で高い精度を有していることが確認された(図1)。

定式化された軟化領域の時間依存型構成則を,2次元多方向固定ひび割れモデルに基づくRC構成則に組み込むとともに,梁−柱部材のための3次元fiber構造モデルに組み込んだ。これにより、2次元ならびに3次元的な幾何構造を有する社会基盤施設の厳密な構造応答解析を,荷重の時間経路依存性を考慮可能なシステムにまで機能向上させることができた。材料試験で再現した時間履歴と比較して,より広範で多様な時間履歴が構造体中の構成材料に展開することから,本研究で開発した構成則を組み込んだ非線形応答解析を実構造物の破壊シュミレーションに適用し,実験結果から部材レベルでの検証を実施した。曲げ圧縮破壊モードを呈するRC梁の耐力以後の荷重-変位関係と圧縮部位のひずみ履歴を,一定変位速度載荷実験から求め,解析と実験との比較を行った結果,最大耐力までの挙動のみならず,耐力以後の軟化挙動と時間依存性を高精度で追跡可能であることを示した(図2)。また,拘束鋼材を配置した部材実験と解析から,時間依存型構成則は拘束鋼材を配置した部材解析の精度向上により大きく貢献することが判明した。

多方向にひび割れを受ける構造として,耐震壁の高速および低速度交番載荷実験結果を用いて,提案された弾塑性破壊型コンクリート構成則の信頼性を検証した。繰り返し荷重を受ける構造物の復元力特性は,繰り返し数とともに耐荷力を徐々に失うが,これは主として時間の経過に伴う塑性と損傷の進展によるものであり,応力ひずみの折り返し点効果(純粋な繰り返し効果)は殆ど構造応答には寄与していないことを実証することに成功した。

任意時間ひずみ履歴に対応する応力経路と構成モデルの検証例

拘束鋼材を配置したRC梁の耐力以後の荷重変位関係と数値予測

審査要旨 要旨を表示する

社会基盤施設を構成する主要材料の一つである無機セメント系複合材料は,微細な空隙構造を有する多孔体であること,高剛性の骨材が分散して固結されていること等から,時間に依存するクリープ塑性変形と遅れ損傷が,工業材料の中で相対的に大きいことが知られている。数年に渡る長期の塑性変形に対しては,ナノ-マイクロメータースケールのCSHゲルの変形と空隙内の水分状態に基づくクリープモデルが与えられ,社会基盤施設の長期性能評価に適用されている。一方,マイクロ-ミリメートルスケールの微細ひび割れの進展,骨材と周辺セメント硬化体間のずれや局所的な座屈などに依存する,大変形領域での時間依存性については,定ひずみ/応力条件に限定された研究が主であった。近年,最大耐力以後の構造応答を解析する技術が進展しつつあり,数秒から数分で発現する時間依存性が,耐力以後の挙動に有為な差となって現れることが予見された。ここでは,たとえ一定速度の変形や荷重が与えられたとしても,構成材料にひずみの局所化が展開するために,定ひずみ速度下での構成モデルでは対応できないことは明らかである。以上の背景から,本研究は任意の大ひずみ-時間履歴に対して,残存応力を与えるコンクリート構成則を定式化することを第一の目的とした。さらにこれを既往の2次元,3次元構造応答解析システムに組み入れて,構造強度以後の軟化挙動に現れる時間依存性を多角的に検討することを第二の目的とした。ここでは,複合体内に展開する微小な分散ひび割れの進展に関連する時間依存性を,もっぱら対象した。

第1章は序論であり,既往の時間依存性モデルとそれらの適用範囲を俯瞰し,本研究で目標とする構造軟化領域の解析で求められる,材料構成モデルの要件を明確化することで,本研究の目的と意義および開発の方法について論じている。

第2章では,無拘束一軸状態での短期時間依存性を考慮可能な構成則を導出している。塑性および損傷に対する時間依存性と弾性ひずみ経路依存性を,応力-ひずみを交番させた実験から抽出する方法を提案するとともに,既往の実験結果とあわせて構成モデルの検証を多角的に行った。高応力クリープ経路でのひずみ,ならびにクリープ破壊に至る塑性-損傷速度の特異点を合理的に予測できることが示された。

第3章は,第2章の成果を踏まえて,3軸横拘束下にあるコンクリート構成則まで適用範囲を拡張したものである。拘束の効果は,除荷時の弾性剛性の低下として表される損傷の進展を抑制する形でモデルに取り入れることができることを示している。見かけの拘束効果はこれまでも現象としては良く知られている挙動であるが,時間依存性と経路依存性を本研究で分離した結果,3次元拘束効果は塑性の進展には主たる影響を与えていない,という新たな知見を得ることもできた。

第4章では,一定の高軸力を受け続けるRC構造の非線形クリープ座屈現象を用いて,提案モデルの検証を部材レベルで行ったものである。構造解析手法としては,1次元応力場を前提とするファイバーモデルを採用している。偏心軸圧縮を受けるRC柱の遅れ破壊に至る時間ねならびに終局変位を正確に数値解析できることが示されている。

第5章では,変位を制御したRC梁の終局以後の軟化挙動から,提案モデルの検証を行っている。変位速度を変え,さらに帯鉄筋量で横拘束効果を変えた実験を実施し,曲げ圧縮ひずみの分布と荷重変位関係を,耐力以後の軟化領域で計測することに成功した。横拘束の無いRC構造では,変位速度を大きく変えても荷重変位関係には大きな差は見られず,数値解析でも同様の結果となった。耐力を越えて軟化領域に至ると,変位速度がたとえ遅くとも,変形の局所化が曲げ圧縮領域に展開し,局部的に大きなひずみ速度が展開されるため,終局に至るまでのひずみ速度の大小の影響が払拭されてしまうことが明らかとなった。換言すれば,構造変位速度の如何にかかわらず,大ひずみ速度(100-1000μ/sec)の材料実験から得られた応力ひずみ関係を数値構造解析に適用しても,問題無いことが分かった。一方,横拘束を有するRC構造の軟化解析では,ひずみ速度の影響は,実験・解析ともに最大耐力以後の挙動に有為な差となって現れることが明らかとなった。すなわち,時間効果は横拘束を受ける,より靱性の高いRC構造の解析にこそ,必要とされるものであることが判明した。

第6章では,低サイクル繰り返しを受けるRC耐震壁とRC橋脚部材の解析に,本研究の成果を適用したものである。高応力下での低サイクル繰り返し履歴で変形が加速的に進展することは,現象的に知られた事実であるが,常に時間効果が含まれたものである。本研究で定式化された時間依存構成則を用いることで,純然たる時間依存性を評価することが可能となり,応力の繰り返しによって付加される損傷を逆に抽出することが可能となった。これを損傷の付加進展としてモデル化して構造解析システムに組み入れ,低サイクル劣化を呈する高速および低速載荷実験のシミュレーションを実施し,良好な解析精度を得ることができた。

第7章は結論であって,本研究の総括と今後の研究課題の整理を行っている。

本研究は,コンクリートの応力ひずみ関係に現れる時間依存性のうち,微細ひび割れの進展や局所座屈等に起因する圧縮遅れ塑性と遅れ破壊の定量的評価を可能とした。この知見は,耐震性の高い,横拘束を受けるRC構造の破壊解析と残存性能照査の精度向上に大きく貢献するものである。また, CSHゲルの微小変形に基づくコンクリート複合体の変形を,実験を通じて抽出することが可能となることは,今後の研究をより発展させる基盤となることが期待される。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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