学位論文要旨



No 118560
著者(漢字)
著者(英字) HAZARIKA,MANZUL KUMAR
著者(カナ) ハザリカ,マンズール クマー
標題(和) リモートセンシングと陸域生態系モデルの結合による純一次生産量の推定
標題(洋) Integration of Remote Sensing with Terrestrial Ecosystem Model to Estimate the Net Primary Productivity
報告番号 118560
報告番号 甲18560
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5579号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 助教授 沖,大幹
内容要旨 要旨を表示する

要旨

純一次生産量(NPP)は、全球炭素循環における最も重要なパラメータの一つである。大気圏・生物圏における炭素循環を構成するプールやフラックスのなかで、NPPは最も大きな部分を占める。温暖化等の環境変動を評価するためには、NPPの分布を様々な時空スケールで評価することが必要となるが、NPPを正確に計測するためには、様々な観測方法やデータセットを統合することが要求される。宇宙からの観測、リモートセンシング技術は、新しいセンサやデータ処理のアルゴリズムの開発において目を見張る進歩を遂げ、現在では、最も重要な植生の生物理学パラメータをほぼリアルタイムに観測することができるようになった。一方、全球スケールでNPPの分布を推定するための生態系プロセスの記述に基づいた生態系モデルの研究も進められている。そのような生態系モデルの一つがSim-CYCLEモデルであり、Sim-CYCLEは、様々な陸域生態系の炭素動態を取り込むモデルである。Sim-CYCLEは、乾物生産理論に基づいて、生態生理学的な知見を単純な植物成長スキームに結合し、個葉レベルから樹冠レベルへのスケールアップを行う。以上のように、リモートセンシングや生態系モデリングは、生態系プロセスを評価するうえで重要な手段となっているが、これまで独立に研究が進められ両者を統合的して生態系プロセスを評価する研究は行われてこなかった。本研究は、全球レベルでのNPP分布を正確にするため、生態系プロセスモデルとリモートセンシングによる観測を結合する手法を開発することを目的とする。

Sim-CYCLEに使われた生物理学的パラメータの中で、最も重要なものの一つが、葉面積指数(LAI)である。LAIは、NPPに最も影響を与えるパラメータで、これまでは土地被覆図と気候パラメータを使って推定されてきた。しかしながら、陸域生態系では、LAIは時間的にもと空間的にも大きく変動するため、このような推定方法では、炭素循環モデルのパラメータとして信頼性の高いデータは得られない。リモートセンシングでは、これらのパラメータの空間的広がりを繰り返して観測することが可能となる。本研究では、生態系モデルとリモートセンシングを結合するために、両者をつなぐパラメータとしてLAIを選び、MODISセンサにより観測されたLAI分布をSim-CYCLEに結合するアルゴリズムを開発した。Sim-CYCLEでは、バイオームタイプ毎に0.5度の空間分解能で植生の状態をシミュレーションする。ここでは、MODIS-LAIをSim-CYCLEモデルに結合するために、Sim-CYCLEによって推定されるLAIをMODIS-LAIと比較し、両者が一致した時点でパラメータの固定、炭素フラックスの計算等を実施するようシミュレーションを行うこととした。まず、シミュレーションの初期条件として、Sim-CYCLEによって推定されたLAIをMODIS-LAIと比較し、植生状況のパラメータを同定した。次に、その初期パラメータに基づいて反復シミュレーションを実施し、反復のたびに、Sim-CYCLEによるLAIとMODIS-LAIを比較し、Sim-CYCLEによるLAIがMODIS-LAIと同じになった時点で、モデルシミュレーションが、実際の地上におけるバイオームの状態を推定できたものとして、その状態での炭素フラックスを計算した。もし、一定回数の反復内にSim-CYCLLEによるLAIがMODIS-LAIと合致しなかった場合、Sim-CYCLEによるLAIをMODIS-LAIにより置き換え、そこから先のシミュレーションを実施して、対応する炭素フラックスを計算する。すなわち、本研究では、全球スケールでの炭素収支のモデルによる推定を行うに際して、モデル(Sim-CYCLE)の初期状態を同定するとともに、シミュレーションの繰り返し計算において植生の境界値を定めるために、リモートセンシングによる観測データ(MODIS-LAI)を利用することにより、より高精度でモデルシミュレーションを行うこととした。MODIS-LAIを拘束条件として利用する本方式によるSim-CYCLEを、MOD- Sim-CYCLEと呼ぶことにする。

MOD-Sim-CYCLE およびSim-CYCLEにより全球でのNPP分布を推定し、その結果を比較した。最も高いNPPは赤道付近に現われ、次に高いNPPは北緯60°付近で発生した。この二つの地域は、それぞれ熱帯と北方林バイオームにあたる。これらの地域において、MOD- Sim-CYCLEによるNPPはSim-CYCLEによるNPPより高い値を示し、リモートセンシング観測によるMODIS-LAI値は、さらに高い値を示した。これは、実際には熱帯林では、乾期においても根による土壌深層水を吸い上げることができるにもかかわらず、モデルシミュレーションでは、根の深さパラメータの制限により、結果として水ストレスを生じて、NPPを下げるように働いたことによるものと考えられる。MOD- Sim-CYCLEで推定されたように、北方林のMOD- Sim-CYCLEシミュレーションで示された高いNPPは、発芽の早期化と生育期間の長期化によるもので、この地域における近年の観測結果と合致している。気候パラメータのみにより、植生の生物理学的パラメータを推定するSim-CYCLEによる炭素循環モデルでは、そのような植生の些細な変化を予測し、正確にNPPを推定することが難しいものと考えられる。熱帯林と北方林バイオーム以外では、南緯30-40°を除いて、MOD- Sim-CYCLEのNPPはSim-CYCLEによるNPPより低い値であった。南緯30-40°では、Sim-CYCLEによるNPPは、MOD- Sim-CYCLEによるものより、かなり高かった。これは、現地調査で得られた検証結果と合致しており、Sim-CYCLEは、オーストリア大陸の砂漠及び乾燥地帯で過大評価したことを示している。

世界の主な生態系におけるLAIとNPPの相対比較を行った結果、各バイオームにおいて、MODIS-LAIとSim-CYCLEによるLAIの間で、大きさと季節性の両方において、違いが観測された。しかし、MOD- Sim-CYCLEでは、季節性を非常に正確に示しており、地上における実際の生物季節学的状態の情報を提供している。

両モデルによるNPP推定結果の検証を、オーストラリアとアメリカ合衆国のGlobal Primary Production Data Initiative (GPPDI)プロジェクトによるフィールド観測データを用いて行った。両国において、観測されたNPPとMOD- Sim-CYCLEのNPPの間には、非常に高い相互関係が見られた。従って、生態系モデルSim-CYCLEと、リモートセンシングデータによるLAIの結合のために、この研究で開発した手法は、全球スケールでNPPを正確に推定できる高い可能性がある。また、本手法は、全球レベルでの炭素収支・循環におけるSource-Sinkアセスメントに利用できるものと期待される。

本論文の第1章では、本研究の背景と目的を述べる。第2章では、文献の論評を記述する。第3章は、Sim-CYCLEモデルと、リモートセンシングデータを結合するための必要な修正を記述する。第4章は、本研究で使われたデータセットの情報とリモートセンシングデータをSim-CYCLEモデルに結合する手順を述べる。第5章では、推定された全球NPPの緯度分布を提示し、世界の主なバイオームにおける生産力の比較する。第6章は、MOD- Sim-CYCLEモデルの結果を、GPPDIプロジェクトのフィールド観測データと比較、検証する。最後に、第7章では、本研究の主な知見を総括し、これからの研究における推奨点を述べる。

審査要旨 要旨を表示する

地球温暖化、砂漠化などの地球規模での気候・環境の変動に伴い、地球上の植生分布や生物生産量がどのように変化するのか、その計測と予測は今日の最も重要な研究課題のひとつである。陸上植物の純一次生産量(NPP)は、全球レベルでの生物生産量や、植物による二酸化炭素吸収量を評価するために不可欠なパラメータであり、地球環境変動を評価するために、その地球規模での計測手法と予測手法の開発が望まれている。

NPPの分布を様々な時空スケールで正確に計測するためには、様々な観測方法やデータセットを統合することが要求される。しかしながら、全地球規模でのNPP等の植物パラメータの計測は、地上調査や計測による観測のみでは不十分であり、人工衛星等を利用した広域観測手法の活用が望まれている。実際、宇宙からの観測、リモートセンシング技術は、新しいセンサやデータ処理のアルゴリズムの開発において目を見張る進歩を遂げ、現在では、NPPや葉面積指数(LAI)など植生の最も重要な生物理学パラメータをほぼリアルタイムに観測することができるようになりつつある。しかしながら、リモートセンシングによるパラメータの評価は、広域の分布計測には大きな力を発揮するものの、将来の予測や、樹種分布の更新にともなう変動の評価などには限界がある。

一方、全球スケールでNPPなどの生態系パラメータ分布を推定するための生態系プロセスの記述に基づいたモデルの研究も進められている。生態系モデルでは、気温や降雨量をパラメータとして、植生種ごとの光合成能や呼吸機能など複雑な機能をモデル化することにより、将来の予測や、樹種の更新などによる変動の評価を行うことが可能であるが、モデルの構造が複雑であり、また、必要とするパラメータが多いことなどのために、現時点では必ずしも精度の高い評価や予測が実現されていない。

以上のように、リモートセンシングや生態系モデリングは、生態系プロセスを評価するうえで重要な手段となっているが、これまでそれぞれ独立に研究が進められ両者を統合的して生態系プロセスを評価する研究は行われてこなかった。本研究は、全球レベルでのNPPなど生態系パラメータ分布の推定を高精度化するために、生態系モデルとリモートセンシングによる観測を結合する手法を開発することを目的とした。ここでは、生態系モデルの一つとしてSim-CYCLEモデルを取り上げ、Sim-CYCLEと、最新の地球観測衛星センサTERRA/MODISからのデータ(LAI)を結合することにより、NPP、LAI2つのパラメータについてモデル予測精度の向上を試みた。地上で実測されたデータをもとにSim-CYCLEのみからの推定と、Sim-CYCLE+MODIS-LAIからの推定結果を比較したところ、後者において推定精度の大幅な向上がみられ、モデルと衛星データの結合の有効性が実証された。

本論文は、以下の7章より構成される。

第1章では、本研究の背景と目的を述べた。

第2章では、過去の研究について文献のサーベイを行い、その要点を記述した。

第3章は、Sim-CYCLEモデルの記述と、リモートセンシングデータを結合するために必要なモデルの更新について記述した。Sim-CYCLEは、様々な陸域生態系の炭素動態を取り込むモデルであり、乾物生産理論に基づいて、生態生理学的な知見を単純な植物成長スキームに結合し、個葉レベルから樹冠レベルへのスケールアップを行う。Sim-CYCLEに使われた生物理学的パラメータの中で、最も重要なものの一つが葉面積指数(LAI)であるが、ここでは、人工衛星データから推定された全球での月別LAI分布データを用いて、LAI分布を拘束条件としてSim-CYCLEを調整するようプログラムの改良を行った。LAIは、NPPに最も影響を与えるパラメータで、これまでは土地被覆図と気候パラメータを使って推定されてきた。しかしながら、陸域生態系では、LAIは時間的にもと空間的にも大きく変動するため、このような推定方法では、炭素循環モデルのパラメータとして信頼性の高いデータは得られない。本研究では、生態系モデルとリモートセンシングを結合するために、両者をつなぐパラメータとしてLAIを選び、MODISセンサにより観測されたLAI分布をSim-CYCLEに結合するアルゴリズムを開発した。

第4章は、本研究で使われたデータセットの情報とリモートセンシングデータをSim-CYCLEモデルに結合する手順を述べた。Sim-CYCLEでは、バイオームタイプ毎に0.5度の空間分解能で植生の状態をシミュレーションする。ここでは、MODIS-LAIをSim-CYCLEモデルに結合するために、Sim-CYCLEによって推定されるLAIをMODIS-LAIと比較し、両者が一致した時点でパラメータの固定、炭素フラックスの計算等を実施するようシミュレーションを行うこととした。すなわち、本研究では、全球スケールでの炭素収支のモデルによる推定を行うに際して、モデル(Sim-CYCLE)の初期状態を同定するとともに、シミュレーションの繰り返し計算において植生の境界値を定めるために、リモートセンシングによる観測データ(MODIS-LAI)を利用することにより、より高精度でモデルシミュレーションを行うこととした(この結果をMOD- Sim-CYCLEと呼ぶ)。

第5章では、世界の主なバイオームタイプを対象として、MOD-Sim-CYCLE およびSim-CYCLEにより全球でのNPP分布を推定し、その結果を比較した。世界の主なバイオームタイプにおけるLAIとNPPの相対比較を行った結果、各バイオームにおいて、MODIS-LAIとSim-CYCLEによるLAIの間で、大きさと季節性の両方において、違いが観測された。比較の結果、MOD- Sim-CYCLEでは、季節性を非常に正確に示しており、地上における実際の生物季節学的状態の情報を提供していることが示された。

第6章では、MOD- Sim-CYCLEモデルおよびSim-CYCLEモデルの推定結果を、地上で観測された実測データと比較して検証した。地上観測による検証データとして、オーストラリアとアメリカ合衆国のGlobal Primary Production Data Initiative (GPPDI)プロジェクトによるフィールド観測データを用いた。両国において、観測されたNPPとMOD- Sim-CYCLEのNPPの間には、非常に高い相互関係が見られた。生態系モデルSim-CYCLEのみからのNPPよりも高い相関を示したことから、本研究で開発したリモートセンシングLAIと生態系モデルとの結合による推定手法は、全球スケールでNPPを正確に推定するための有効な手段となるものと期待される。

最後に、第7章では、本研究の主な知見を総括し、今後の研究における改善点を述べた。

本論文は

・これまでそれぞれ単独に開発されてきた陸域生態系モデルと、衛星からの観測(リモートセンシング)を結合する手法を開発したこと、

・その結果、モデル予測の結果を衛星観測による実測データにあわせこむことより、モデル予測の精度を向上させたこと、に独創性を有する。また、今後の生態系モデル開発の方向性を示した点も高く評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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