学位論文要旨



No 118562
著者(漢字)
著者(英字) Mahadevan,PATHMATHEVAN
著者(カナ) マハデバン,パセマセバン
標題(和) リモートセンシングと水文モデルの統合化による陸面データ同化スキームの開発
標題(洋) Development of Land Data Assimilation Scheme by Integrating Remote Sensing and Hydrological Modeling
報告番号 118562
報告番号 甲18562
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5581号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 助教授 楊,大文
 生産技術研究所 助教授 沖,大幹
 気候システム研究センター 教授 木本,昌秀
内容要旨 要旨を表示する

全球気候モデルにおいて地表面物理量,特に影響が長期に渡って持続する土壌水分に関して正確な初期値を与えることは,気候予測および水文過程の予測精度を大いに向上させる可能性を秘めている.長期に持続する記憶効果のため,ある時間における土壌含水量とその空間分布は,その時刻だけでなく,将来の気候状況にも影響を与える.以上のような背景のもと,初期値の改良と,リモートセンシングと現地観測によって得られたデータを用いた土壌水分,土壌温度の鉛直分布,植生変数,フラックス推定のため,1次元変分法を用いた陸面データ同化手法(One-Dimensional Variational Land Data Assimilation Scheme;1DVAR-LDAS)の開発を行った.

本研究では主としてデータ同化手法の作成に取り組んだ.データ同化は,急速な衛星情報の高度化と,衛星情報の継続的な入手が可能であるという運用状況に適した効率的な手法である.現況のデータ同化手法は非常に高速で効率的ではあるが,データ同化の効果は予報時間のうちに失われてしまうために,非常に適しているとは言い難い.本研究では,原理的には現況で運用されている手法より適していると考えられる,変分法を用いたデータ同化手法を採用した.また,費用関数の最小化には従来傾度法が主として用いられてきたが,本研究では新しくデータ同化に焼きなまし法(simulated annealing)を採用した.

土壌からの温度放射は,マイクロ波周波数帯において測定可能な含水量と関連しているため,マイクロ波放射の測定は土壌水分推定に適したリモートセンシングツールとなる.広域に及ぶデータ取得が可能な宇宙からの観測は,空間分布とそのプロセスの時間変化の研究に最適といえる.TRMM/TMIの利用やADEOS-II/AMSRとAQUA/AMSR-Eを組み合わせての活用は,大気陸面相互作用の日変化の研究において重要な役割を果たすものと考えられる.マイクロ波による土壌水分算定の基礎は,液体である水と乾燥した土壌の誘電特性の差に基づいている.水の大きな誘電率は,電磁場に応じた水分子の電気双極子の配列に起因している.

本研究におけるデータ同化手法では,受動的マイクロ波リモートセンシングによる輝度温度の観測値を陸面モデル(Land Surface Scheme;LSS)であるSimple Biosphere Model2(SiB2)と同化している.陸面モデルをモデルオペレーターとして用い,放射伝達方程式(Radiative Transfer Model;RTM)をオブザベーションオペレーターとして用いた.本アルゴリズムでは,Very Fast Simulated Annealing(VFSA)という発見的最適化手法を採用し,特別なモデルを用いることなく費用関数の最小化が可能である.VFSAは費用関数全体における最小値やピーク値の発見に際して,非線形性や非連続性に起因する見落としをなくすことができる.

また,陸面予報向上のための1次元変分法よるデータ同化手法の利用可能性の検討を行った.第一に,GEWEX Asian Monsoon Experiment(GAME)で行われたチベット高原におけるメソスケールでの現地観測によって得られたデータを用いて,大規模領域への適用を行った.その結果,モデル化の観点から,データ同化手法の実現のために解決すべきいくつかの重要な課題が示唆された;(1)異なる陸面状況下に対する信頼できるRTMの重要性,(2)地表面不均一性と大規模な衛星観測に起因する誤差,(3)地表水の水平2次元流動.

上記の結果を受け,放射伝達方程式の改良と,均一な場所での1DVAR-LDASの検証を行うために,(a)東京大学千葉実験場における異なる裸地面,(b)SMEX02における異なる植生状況という2ケースに関して地上設置型マイクロ波放射計による観測を行った.1DVAR-LDASと放射伝達方程式の適用と検証の結果,改善された結果が得られたとともに,既知のデータのみを用いたシミュレーションからは得られなかった物理学的な知見を得た.

これら二つの観測ののち,比較的粗い解像度の衛星観測データを用いて,高解像度の地表面変数の空間分布および時間変化を推定するためのダウンスケーリング手法(準 4DVAR-LDAS)を採用した.このモデルでは主に,リモートセンシングの観点から,地表面不均一性の影響の表現,すなわちひとつの観測フットプリント内における地表面不均一性の適切なパラメタリゼーションに重点を置いた.これを,地表面変数のパラメタリゼーションと関連したリモートセンシングにおけるパラメタリゼーション手法の表現の出発点とした.モデルの適用によって,特に衛星観測においては,ダウンスケーリングが重要であることが確認された.

準4DVAR-LDASの開発に続いて,リモートセンシング,数値地理情報,在来型の現地観測,そして様々な気候モデルの出力等のデータを統合して得られた,改善された初期値を用いた,物理法則に基づいたモデルによる,土壌水分,流出,流量,斜面特性やその他の水文量の空間的かつ時間的な分布の推定を行うために,分布型水文モデル(Distributed Hydrological Model:DHM)のLDASへの導入を行った.土壌水分とその空間分布の算定のためには,水平方向の水文プロセスが影響を与えることが知られている.これは1次元SVATモデルではモデル化されていない.この影響は,重力によって表流水や地下水の流れの生じる丘陵地では重要である.観測地が周囲より高くなっている場合,地形の変化は大きく,例えばチベット高原のような寒冷な丘陵地帯では,こうした水平方向のカップリングは土壌水分分布の推定に不可欠であるし,地表面モデルに含まれなければならない.この水平方向の流れの影響を考慮するための手法(準3D-DHM_1DVAR-LDAS)の開発を行った.なお,1DVAR-LDASの適用は寄与の同化ウィンドウの初期値の推定に限った.また,水平方向の流れと本研究のシミュレーションとを組み合わせるために,準3D-DHMによる予測を行った.Mardi流域への適用はデータ同化アルゴリズムの将来的な運用のデザインと実現に関する重要な結論を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,時空間的に均質で物理的に合理性を有した地球水循環データセットの作成と地球水循環予測精度の向上を目指し,低周波数帯の衛星搭載マイクロ波センサと陸面過程モデルとを組み合わせた土壌水分と地温プロファイルのデータ同化手法を開発したものである.

本研究ではまず,一次元の陸面スキーム,放射伝達モデル,最適化手法を組み合わせた陸面データ同化システムを開発した.陸面スキームとしては汎用性が高く,世界の多くの数値予報モデルで利用されているSiB2を,放射伝達モデルは土壌の鉛直プロファイルを考慮できるモデルを用いている.また最適化手法としては,既往の研究で用いられてきたアジョイントモデルやカルマンフィルターなどと異なり,誤差関数の非線形性や連続条件にとらわれずに最小化できるシsimulated annealing法(焼きなまし法)法を用いた点が新しい.この陸面データ同化スキームを熱帯降雨観測衛星(TRMM)に搭載されているマイクロ波放射計(TMI)を用いてチベット高原に適用した結果,初期条件が改善され,土壌水分,地温の推定精度が著しく向上した.

次に,システムの拡張性を検討するため,一次元の陸面スキームでは表しきれない水平方向の水の移動を考慮した準三次元陸面スキームをシステムに導入し,地形による陸水の再配分効果を考慮しうるシステムを開発した.また,計算グリッド内の陸面や大気データの不均一性を表現するために,本システムの同化変数をサブグリッド毎に設定して同化する手法を新たに開発して,いずれもチベット高原に適用して妥当な結果を得た.

また,土壌内での散乱や陸面粗度の影響および植生の影響を定量的に取りいれるために,地上マイクロ波放射計を用いた集中観測実験を,それぞれ千葉,米国アイオワ州で実施し,放射伝達モデルの改良および土壌パラメータに加えて植生温度をも同化する手法を開発し,その有用性を検証した.

以上,本研究は,全球水循環の信頼できるデータセット作成並びに数値予報精度の向上に貢献するところが大きく,その成果は長期的,地球的な水循環変動のより確かな情報を社会に提供して,水災害による被害軽減と水を効率的な利用に資するところが大きく,社会的有用性に富む独創的な研究成果と評価できる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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