学位論文要旨



No 118564
著者(漢字)
著者(英字) MAYORCA ARELLANO,JULISA PAOLA
著者(カナ) マヨルカ アレジャノ,ユリサパオラ
標題(和) 地震多発地域の無補強組積造建物の耐震補強対策法に関する研究
標題(洋) STRENGTHENING OF UNREINFORCED MASONRY STRUCTURES IN EARTHQUAKE PRONE REGIONS
報告番号 118564
報告番号 甲18564
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5583号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 中埜,良昭
 東京大学 助教授 阿部,雅人
内容要旨 要旨を表示する

組積造構造物(masonry)は、木造構造物とともに最も古くから現在まで使われている構造形式である。世界中で様々な形態の組積造が使われているが、発展途上国では、無補強の組積造構造物が一般に広く普及している。世界の人口の30%(約18億人)もの人々が、釜で焼かずに天日に干しただけの著しく強度の低いレンガ(アドベと呼ぶ)を積み上げた構造の建物で生活をしている。

過去に発生した多くの地震は、無補強の組積造構造物の地震に対する脆弱性を露呈させてきた。20世紀に発生した地震による犠牲者の60%以上が、組積造構造物の崩壊が原因で亡くなっている。このような状況を踏まえ、組積造構造物の耐震性向上に向けた提案が、これまでも度々なされてきたが、それらは貧困な人々や、十分な教育を受けていない人々には、受け入れられてこなかった。このままでは途上国における人口の増加を背景として、地震に弱い無補強の組積造構造物に住む人々は、今後も後を絶たないと考えられる。根強い習慣となっている不適格な住宅の建設と、資金不足や材料の制限などにより、耐震性に欠けた構造物が、住宅ストックに加わっていき、将来の地震時にこれらの構造物が数多く崩壊し、多くの人命が奪われる可能性がますます高くなる。このような脆弱な無補強組積造構造物の耐震性を向上していくことが、この問題の本質的な解決策であるが、これを実現するには、技術的な問題と社会的な問題の二つの問題を解決する必要がある。

これまで組積造の補強は、主に歴史的価値のある文化財的な構造物の外壁などの非構造部材に限られてきた。しかしながら、防災上の観点からは一般住宅を対象とした耐震補強が重要であり、これを実現するには、現地で入手可能な材料と現地の労働者によって施工できる安価な補強法が求められている。

組積造は、世界中において様々な材料と工法でつくられている。現存する全ての組積造に対する補強策が実験的に検討されることが望ましいが、技術的・経済的な理由から現実的には不可能である。そこで重要となってくるのが、様々な組積造の挙動を効率的にモデル化できる数値解析ツールの開発である。

従来行われてきた活動から、実際に耐震補強を推進するには、技術的な問題の解決を目指すアプローチだけでは、不十分であることが明らかである。安価な工法は耐震補強推進の原動力の一つにはなり得るが、人々の地震リスクに対する意識が低ければ、それが実際に普及するには至らない。耐震補強の重要性の理解を広めるために、自分たちの住居を補強する効果がいかに高いかを理解してもらう教育活動が求められる。これらの活動では、補強による構造物の耐震性向上をわかりやすく提示できる数値シミュレーションは、大きな効果を持っている。

本研究は上記のような背景を踏まえて生まれたものである。本研究の最終目標は、組積造構造物を対象とし、現地で入手可能な材料と技術によって、現地の人々の手によって施工可能な経済的な補強法を提案し、さらにこれを広く普及させるための環境整備を行い、耐震性の低い多くの組積造の耐震補強を実現することである。この目標を達成するために、研究プロジェクト全体としては、以下の四つの課題を挙げているが、博士論文の中では、研究のコアとなるIとIIに焦点を当てて検討した。なお、本研究は防災上の観点から、経済的余裕のない地域の1〜2階建ての組積造住宅建物を対象に研究を行った。

I)無補強の組積造構造物のための数値解析ツールの構築

II)また、構築したツールの補強された組積造構造物への拡張

III)組積造構造物の耐震補強指針の考案

IV)インターネットを利用した組積造構造物の耐震補強促進策の提案

上記のIとIIの目的は、無補強組積造建物はもちろん、補強した建物に対しても適用できる、有効な解析ツールの構築である。この解析ツールにより、異なる材料特性や形状を有する構造物に対して、補強効果の定量的な評価と、それぞれの状況に応じた最適な補強法の提示が可能になり、一般の人々に対して、補強の重要性を明示することができる。IIIとIVは、無補強組積造構造物の補強に関する技術的問題、および社会的問題の解決につながるものである。

IとIIに関しては、数値解析および実験の二つのアプローチ法で取り組んでいる。数値解析手法としては、ポストピーク挙動とクラックの進展の追跡が可能で、組積造の異方性の考慮が容易である応用要素法(Applied Element Method: AEM)を用いた。そしてまず、AEMによる解析結果と、文献から得られた既往の実験データとの比較を行った。組積造のモデル化に際しては、brick-mortal結合バネや新しい弾塑性構成則を、従来のAEMに新たに導入した。新しい材料モデルの詳細については後述する。

効果的な補強法を提案するために、既存の補強法の詳しい調査を行った上で、荷物の梱包によく用いられるポリプロピレン製のバンド(PP-band)を使用する新しい補強法を提案した。この方法の利点は、世界中でPP-bandが安価に入手可能であること、施工が容易であることが挙げられる。

提案した補強法の効果を確認し、さらに本研究で開発した数値解析ツールの適用性を検証するための実験を行った。まず解析に必要なパラメーターを決定するため、材料の圧縮強度、引張強度、粘着力などの材料試験を行った。組積造構造物の破壊実験として、無補強の組積造壁、およびPP-bandによって補強された壁について、一面載荷実験を実施した。補強による耐力の上昇は見られなかったが、構造物の変形能の向上と脆性破壊の回避、さらにポストピーク挙動についての効果が確認された。具体的には補強されていない供試体では、最大耐力以降は急激な耐力の低下が見られたのに対し、PP-bandによって補強された供試体では、急激な耐力低下は見られなかった。これらの実験結果から、提案した補強法により組積造建物の耐震性が大きく向上することが確認された。

組積造構造物に関する耐震補強指針の詳細については、本論文では言及していないが、各パラメーターの違いによる補強の効果については、評価できる環境を整備した。本研究の成果は、組積造構造物の耐震補強指針の礎となるものと位置づけられる。

審査要旨 要旨を表示する

地震に弱い代表的な構造タイプに,レンガやブロック,石などを積み上げて構造物とする組積造がある.引っ張り抵抗力に乏しいレンガやブロック,石などを主たる構造材料として利用するために,構造体として変形能力が低く,地震で脆性的に崩壊する被害が続出する.中でも特に釜で焼かずに天日に干しただけのレンガ(アドベと呼ぶ)を積み上げた構造や無補強の組積造構造物の耐震性は著しく低い.世界規模で地震防災を考える上での最大の課題は,このような組積造構造物が地震の多発する国や地域で数多く建設され,広く一般的に利用されていることである.

このような状況を踏まえ,これまでも組積造構造物の耐震性向上に向けた提案が度々なされてきたが,それらは経済的に窮する人々や十分な教育を受けていない人々には受け入れられてこなかった.このままでは途上国における人口の増加,根強い習慣となっている不適格な住宅の建設,資金不足や材料の制限などにより,耐震性に欠けた構造物がさらに住宅ストックに加わっていく.そして将来の地震時にこれらの構造物が多数崩壊し,多くの人命が奪われる.

本研究の最終目標は上記のような問題を踏まえた上で,脆弱な無補強組積造構造物の耐震性向上を実現することである.この目標の達成には,技術的な問題と社会的な問題の二つの問題を解決する必要があるが,本研究ではまず技術的な課題の解決を目指す.すなわち,様々な組積造の挙動を効率的にモデル化できる数値解析ツールの開発と,各地で安い価格で入手可能な材料と工法で効率的に耐震性を向上させる手法の提案である.理由は,これらの研究成果が耐震補強活動を推進させるための原動力になる制度やシステム設計などの環境整備に大いに役立つからである.

本論文は上記のような点を背景として,地震多発地域の無補強組積造建物の耐震補強対策法に関して研究するものであり,本編(全6章)と付録(論文提出者による地震被害調査報告と実験の詳細報告)から構成されている.以下に本編の各章の内容について要約する.

第1章では,上で述べたような研究全体の目的や背景,既往の研究と本研究の構成を説明している.

第2章では,無補強の組積造構造物の破壊挙動を解析する数値解析法を提案している.まず現時点における各種の数値解析法をレヴューするとともに,組積造構造物の破壊解析法として必要な性質や機能をまとめている.そして組積造建物を解析する上で必要な弾塑性理論について検討した上で,無補強組積造建物対応版の応用要素法(Applied Element Method, AEM)を紹介した.次に過去に実施された無補強組積造壁構造の破壊実験を対象として,提案したAEMを用いた解析結果との比較を行った.

第3章では,効果的な補強法を提案するために,既存の補強法の詳しい調査を行った.すなわち,エポキシ樹脂をはじめとするグラウト材の注入による補強,表面コーティングによる補強,構造部材を付加させる補講法などに関してそれぞれの長所と短所,適用性などをまとめた上で,本論文の研究成果の1つの柱である新しい補強法を提案している.提案手法とは,荷物の梱包によく用いられるポリプロピレン製のバンド(PPバンド)を使用する新しい補強法である.この方法の利点としては,世界中でPPバンドが安価に入手可能であること,施工が容易であること,さらに材料強度の経年劣化が少ないなどが挙げられる.なお本章では,提案する補強法で用いる材料や工程などに関しても詳細な説明を行っている.

第4章では,前の第3章で提案した補強法の適用性の確認と,後の第5章で数値解析を用いてキャリブレーションを行うのに必要なデータを入手するために実施した実験を詳しく紹介している.行った実験は,用いる各種材料の材料特性を知るための実験と,壁構造のせん断破壊に対する提案手法の補強効果を確認する実験に分けられる.さらに後者の実験では,本研究で提案する補強法を用いた場合と用いない場合での比較実験も行っている.

第5章では,本研究で提案した補強法によって耐震性の高まった組積造壁の破壊挙動を追跡するための新しい数値解析法を提案している.すなわち,補強材として用いるPPバンドメッシュの効果を解析に取り込むための新しいアイデアを提案し,これを第2章で提案した無補強組積造構造物解析プログラムに組み込む方法について説明している.本章で提案した数値解析法によって,前章で行った破壊実験の結果が高精度に再現できることを確認した上で,各種の材料特性や境界条件が組積造構造物の破壊挙動にどのような影響を与えるのかを,それぞれの材料パラメータや境界条件を変化させた数値シミュレーションによって確認している.

最終章の第6章では各章でのポイントをまとめるとともに論文全体の結論を述べている.そしてさらに今後の研究の方向性や課題について整理している.

以上のように本研究は,世界規模で地震被害を軽減する上での最重要課題であるにもかかわらず,一向に進んでいない無補強組積造構造物の耐震補強の進展を目標に,これを妨げている現状の問題点を分析した上で,各地で容易に入手できる材料と技術で耐震性を向上させる耐震補強法とこれを数値解析的に追跡できるモデルを提案するものである.提案の耐震補強策によって,構造物の変形能の向上と脆性破壊の回避,さらにポストピーク挙動の改善が確認された.具体的には,補強されていない供試体では,最大耐力以降は急激な耐力の低下が見られたのに対し,PPバンドによって補強された供試体では,急激な耐力低下は見られなかった.これらの実験結果から,提案した補強法により組積造建物の耐震性が大きく向上することが確認された。

本研究によって得られた成果は,これまで決め手となる耐震補強法がなかった無補強組積造構造物の耐震補強の進展に大きく貢献するものである.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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