学位論文要旨



No 118565
著者(漢字)
著者(英字) Kameal Mitry,Mina
著者(カナ) カミール ミトリー,ミナ
標題(和) 二相流理論に基づくシートフロー輸送モデル
標題(洋) A Transport Model for the Sheetflow Based on the Two-Phase Flow Concept
報告番号 118565
報告番号 甲18565
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5584号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 教授 渡辺,晃
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 助教授 楊,大文
 東京大学 講師 鯉渕,幸生
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,シートフロー移動層の流体と底質を力学的観点から扱う.ここでは,連続式および運動方程式を満足する固相(底質)と液相(流体)の二相モデルの概念を用いる.流体は流速成分や圧力について連続式を満足する.底質はひとつひとつの微小粒子が団塊を形成しているため,これらは移動可能な固体境界として取扱う.圧力だけでなく固液間力・粒子間力・乱流応力・乱流拡散も同様に考慮した.また,砂粒子の分離機構は乱流における混合距離理論に基づいている.

単位体積当りの固液間力は,流体と砂粒子の相対運動から生じる抗力と揚力で表される.粒子間力は,固液相の平均運動において接線方向および法線方向に作用する砂粒子間の応力で表される.乱流応力は,流体間の応力である.分子拡散は空間的な濃度勾配により発生する流体粒子の輸送と定義でき,砂粒子を含む固相では分子拡散は発生しない.一方,シートフロー状態では乱流拡散が顕著に現れる.

底質は粒径が一様で非粘着性とし,沿岸付近の線形および非線形の非砕波の波に対して,漂砂量を算定する.実際の海岸は一般に底面勾配を有するが,本研究で提案するモデルは水平床で行われた実験結果を用いて検証する.そのため勾配に起因する重力が及ぼす影響は,ここでは除外する.本モデルは波浪条件および漂砂特性の広範な条件下で検討した.実際の振動流は不規則で,特に岸付近ではその非線形性が顕著となるため,流体粒子の任意変位量を組み込んだモデルを提案する必要がある.振動流速波形や加速度非対称度は,第1次近似のクノイド波理論または第2次近似のストークス波理論により求められる.さらに振動流と定常流が重合する場も想定した.

連続式および運動方程式を固液二相に適用すると,6つの未知数に対して,固液相の水平・鉛直成分,漂砂濃度,液相中の圧力に関する6つの式が導出される。この基礎方程式は流体の連続性から導出されたナビエ・ストークス方程式である.しかしながら,二相モデルに適用する場合そして二相のうちの一相が固相である場合,ナビエ・ストークス方程式では連続性が成立しない.しかし底質の体積濃度に改良を加えることで,固液間力のような剛体に作用する項を式中に含めた.基礎方程式は非線形微分方程式であるため,数値計算で解く必要がある.シートフロー層は岸沖方向に無限にとり,水深方向には上方境界・下方境界を設けた.上方境界は流体運動が支配的で漂砂濃度がゼロとなる境界である.下方境界は漂砂濃度が最大となる境界で,ここでは流体・底質ともに静止している.また,実際には浸透流が見られるが,これは主な流体運動の0.1%のオーダーであるため,本モデルでは無視する.底面境界条件を満足させるため,鉛直方向の方程式については砂粒子の運動を,水平方向の方程式については流体および砂粒子の運動を改良した.これまでの砂粒子に対する鉛直方向の方程式は,沈降粒子を支持し沈降を収束させるため移動床底面への沈降粒子の運動を記述している.この式に部分垂直抗力を付加することで,そのバランスは保持される.つまり重力は固定床からの部分垂直抗力と均衡し,砂粒子が低濃度領域に移動するにつれその均衡状態は徐々に相対抗力へと移行する.静水圧に一定の水平勾配を設ける古典的な仮定は粗面に対しては妥当であるが,浮遊砂により流体や底質が静止している最高濃度領域ではこの仮定は成立しない.

本研究では,物理機構・数理モデル・数値計算の3段階から構成される.第1段階ではシートフロー現象について既往の研究をまとめ,室内実験結果との検討を行った.室内実験は,底質に細砂を用い加速度非対称流速条件下で,漂砂特性の把握や漂砂量の測定,またハイスピードカメラで得られた輝度分布を基に時空間的な漂砂濃度分布が示されている.シートフローの発生限界に関する実験も行った.

第2段階では,連続式および運動方程式を固液相へ適用することで物理現象を数学的に表現した.流体の単位体積当りの固液間力,粒子間力成分,乱流応力,乱流拡散過程を数学的に記述した.初期条件および境界条件についても数学的に記述している.第3段階では偏微分方程式を数値解析手法により解くが,これは拡散項を含むため陰解法を用いた.数値モデル結果は,これまで多くの研究者により広範な波浪条件や漂砂特性の下で行われた実験結果を用いて検証する.計算結果は安定性・整合性がともに良好で,流体が底面境界層内を流下することを確認した.

シートフロー状態で水平方向に振動する場合,実際には「倍周波数」で変化する鉛直方向の漂砂過程が見られる.これは,水平方向に1周期間運動する間に鉛直方向に2周期分運動することを意味する.漂砂の鉛直流速は,流体が加速する場合は上向き,流体が減速する場合は下向きとなる.漂砂濃度についても,倍周波数について同様のことが言える.

乱流拡散は渦粘性係数と同手法により定式化されるが,倍周波数を考慮するとこれに改良が必要となる.乱流拡散は,波浪条件や漂砂特性を考慮した実験結果を用いて決定した.これには波と流れの相互作用も含まれている.底質の粒径,波の周期,加速度非対称流条件下での最大流速時に特に顕著となる砂粒子比重の影響も,同様に考慮されている.乱流拡散の倍周波数による影響は動的成分にある係数を乗じ,静的成分は静水中を沈降する砂粒子から求めた.

固定床から漂砂濃度がゼロとなる点まで全ての砂粒子運動を考慮し,仮想代表移動層厚を提案した.このモデルは流速非対称振動流に対して行われたDibajniaら(2001)の算定式と比較したところ,沖向き漂砂量の変化予測が可能となった.

正の定常流は正弦波に付加され,これに対する漂砂量が求められ,負の定常流に対しても同様に漂砂量が求められる.よって,本モデルは座標系の取り方には依存しない.本研究で構築した数値モデルを用いて感度分析を実施した.感度分析は,波の周期,底質の中央粒径および比重を考慮して行った.流速非対称条件および加速度非対称条件に対して正味の漂砂量を評価した結果,どちらの条件でも粒径が大きくなると漂砂量が小さくなることが確かめられた.しかしながら,流速非対称条件では,細かな底質については,正味の漂砂量が沖向きとなることがわかった.沖向き漂砂量は,周期が短くなるほど,また,流速振幅が大きくなるほど大きくなる傾向が確認された.加速度非対称条件では漂砂量の向きに変化は見られず,常に岸向きであった.底質の比重は沈降速度を介してモデル化されている.軽い底質ほど沖向きへ輸送されやすくなる傾向があり,その輸送量は流速振幅の増加とともに増加した.加速度非対称条件では,重い底質に対して漂砂量が減少する傾向があったが,その向きはすべて岸向きであった.これらの感度分析の結果はすべてこれまでの実験における観察結果と整合するものであり,この点でも本研究で構築したモデルの妥当性が確かめられた.

審査要旨 要旨を表示する

本研究では,シートフロー移動層の流体と底質を力学的観点から扱う.ここでは,連続式および運動方程式を満足する固相(底質)と液相(流体)の二相モデルの概念を用いる.流体は流速成分や圧力について連続式を満足する.底質はひとつひとつの微小粒子が団塊を形成しているため,これらは移動可能な固体境界として取扱う.圧力だけでなく固液間力・粒子間力・乱流応力・乱流拡散も同様に考慮した.また,砂粒子の分離機構は乱流における混合距離理論に基づいている.

単位体積当りの固液間力は,流体と砂粒子の相対運動から生じる抗力と揚力で表される.粒子間力は,固液相の平均運動において接線方向および法線方向に作用する砂粒子間の応力で表される.乱流応力は,流体間の応力である.分子拡散は空間的な濃度勾配により発生する流体粒子の輸送と定義でき,砂粒子を含む固相では分子拡散は発生しない.一方,シートフロー状態では乱流拡散が顕著に現れる.

底質は粒径が一様で非粘着性とし,沿岸付近の線形および非線形の非砕波の波に対して,漂砂量を算定する.実際の海岸は一般に底面勾配を有するが,本研究で提案するモデルは水平床で行われた実験結果を用いて検証する.そのため勾配に起因する重力が及ぼす影響は,ここでは除外する.本モデルは波浪条件および漂砂特性の広範な条件下で検討した.実際の振動流は不規則で,特に岸付近ではその非線形性が顕著となるため,流体粒子の任意変位量を組み込んだモデルを提案する必要がある.振動流速波形や加速度非対称度は,第1次近似のクノイド波理論または第2次近似のストークス波理論により求められる.さらに振動流と定常流が重合する場も想定した.

連続式および運動方程式を固液二相に適用すると,6つの未知数に対して,固液相の水平・鉛直成分,漂砂濃度,液相中の圧力に関する6つの式が導出される。この基礎方程式は流体の連続性から導出されたナビエ・ストークス方程式である.しかしながら,二相モデルに適用する場合そして二相のうちの一相が固相である場合,ナビエ・ストークス方程式では連続性が成立しない.しかし底質の体積濃度に改良を加えることで,固液間力のような剛体に作用する項を式中に含めた.基礎方程式は非線形微分方程式であるため,数値計算で解く必要がある.シートフロー層は岸沖方向に無限にとり,水深方向には上方境界・下方境界を設けた.上方境界は流体運動が支配的で漂砂濃度がゼロとなる境界である.下方境界は漂砂濃度が最大となる境界で,ここでは流体・底質ともに静止している.また,実際には浸透流が見られるが,これは主な流体運動の0.1%のオーダーであるため,本モデルでは無視する.底面境界条件を満足させるため,鉛直方向の方程式については砂粒子の運動を,水平方向の方程式については流体および砂粒子の運動を改良した.これまでの砂粒子に対する鉛直方向の方程式は,沈降粒子を支持し沈降を収束させるため移動床底面への沈降粒子の運動を記述している.この式に部分垂直抗力を付加することで,そのバランスは保持される.つまり重力は固定床からの部分垂直抗力と均衡し,砂粒子が低濃度領域に移動するにつれその均衡状態は徐々に相対抗力へと移行する.静水圧に一定の水平勾配を設ける古典的な仮定は粗面に対しては妥当であるが,浮遊砂により流体や底質が静止している最高濃度領域ではこの仮定は成立しない.

本研究では,物理機構・数理モデル・数値計算の3段階から構成される.第1段階ではシートフロー現象について既往の研究をまとめ,室内実験結果との検討を行った.室内実験は,底質に細砂を用い加速度非対称流速条件下で,漂砂特性の把握や漂砂量の測定,またハイスピードカメラで得られた輝度分布を基に時空間的な漂砂濃度分布が示されている.シートフローの発生限界に関する実験も行った.

第2段階では,連続式および運動方程式を固液相へ適用することで物理現象を数学的に表現した.流体の単位体積当りの固液間力,粒子間力成分,乱流応力,乱流拡散過程を数学的に記述した.初期条件および境界条件についても数学的に記述している.第3段階では偏微分方程式を数値解析手法により解くが,これは拡散項を含むため陰解法を用いた.数値モデル結果は,これまで多くの研究者により広範な波浪条件や漂砂特性の下で行われた実験結果を用いて検証する.計算結果は安定性・整合性がともに良好で,流体が底面境界層内を流下することを確認した.

シートフロー状態で水平方向に振動する場合,実際には「倍周波数」で変化する鉛直方向の漂砂過程が見られる.これは,水平方向に1周期間運動する間に鉛直方向に2周期分運動することを意味する.漂砂の鉛直流速は,流体が加速する場合は上向き,流体が減速する場合は下向きとなる.漂砂濃度についても,倍周波数について同様のことが言える.

乱流拡散は渦粘性係数と同手法により定式化されるが,倍周波数を考慮するとこれに改良が必要となる.乱流拡散は,波浪条件や漂砂特性を考慮した実験結果を用いて決定した.これには波と流れの相互作用も含まれている.底質の粒径,波の周期,加速度非対称流条件下での最大流速時に特に顕著となる砂粒子比重の影響も,同様に考慮されている.乱流拡散の倍周波数による影響は動的成分にある係数を乗じ,静的成分は静水中を沈降する砂粒子から求めた.

固定床から漂砂濃度がゼロとなる点まで全ての砂粒子運動を考慮し,仮想代表移動層厚を提案した.このモデルは流速非対称振動流に対して行われたDibajniaら(2001)の算定式と比較したところ,沖向き漂砂量の変化予測が可能となった.

正の定常流は正弦波に付加され,これに対する漂砂量が求められ,負の定常流に対しても同様に漂砂量が求められる.よって,本モデルは座標系の取り方には依存しない.本研究で構築した数値モデルを用いて感度分析を実施した.感度分析は,波の周期,底質の中央粒径および比重を考慮して行った.流速非対称条件および加速度非対称条件に対して正味の漂砂量を評価した結果,どちらの条件でも粒径が大きくなると漂砂量が小さくなることが確かめられた.しかしながら,流速非対称条件では,細かな底質については,正味の漂砂量が沖向きとなることがわかった.沖向き漂砂量は,周期が短くなるほど,また,流速振幅が大きくなるほど大きくなる傾向が確認された.加速度非対称条件では漂砂量の向きに変化は見られず,常に岸向きであった.底質の比重は沈降速度を介してモデル化されている.軽い底質ほど沖向きへ輸送されやすくなる傾向があり,その輸送量は流速振幅の増加とともに増加した.加速度非対称条件では,重い底質に対して漂砂量が減少する傾向があったが,その向きはすべて岸向きであった.これらの感度分析の結果はすべてこれまでの実験における観察結果と整合するものであり,この点でも本研究で構築したモデルの妥当性が確かめられた.

以上,要するに,本研究は計測が困難なシートフロー漂砂現象について,画像解析に基づく実験と二層流理論による数値モデルを開発し,シートフロー条件での底質の総輸送量に対して精度の高いモデルを提案することに成功した.これらのモデルは現地海岸条件でも適用可能なものであり,広い適用範囲を持つものであるため,実用性が高い.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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