学位論文要旨



No 118566
著者(漢字)
著者(英字) PIPITSUPAPHOL,TIRACHAI
著者(カナ) ピピツパホル,チラチャイ
標題(和) 自己流習得(ヒューリスティックス)とその特定の傾向(バイアス)が建設作業員の不安全行動に及ぼす効果に関する研究
標題(洋) Understanding Effects of Heuristics and Biases on At-Risk Behavior of Construction Workers
報告番号 118566
報告番号 甲18566
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5585号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 助教授 湊,隆幸
 東京大学 助教授 小澤,一雅
 東京大学 助教授 堀田,昌英
 他機関 助教授 渡邊,法美
 他機関  花安,繁郎
内容要旨 要旨を表示する

 これまで多くの研究が、建設事故の事故原因を特定し、事故防止のための安全プログラムを提案することによって事故の発生を最小化することを目的として行われてきたしかし・現在まで実際の事故発生率は、わずかな減少に止まっている。事故原因は、不安全状態と不安全行動とに大別することができるが、そのおよそ8割を不安全行動が占めている。

 不安全行動の原因に関する研究は数多くあるものの、ヒューリスティックスおよびバイアスをその一つとして扱ったものは稀である。本論文においては、ヒューリスティックスおよびバイアスによって建設作業員の判断が合理性から乖離し、結果として不安全行動を引き起こすものであるとした。本論文の目的は、建設作業員の不安全行動の原因となるヒューリスティックスおよびバイアスのメカニズム、およびそれらが不安全行動を引き起こす過程を明らかにするとともに、それらを除去する方法を提案することである。

 タイにおける建設事業で働く52人の建設作業員を対象に直接面接形式の聞き取り調査を行った。仮想事例における事故リスクの評価、および回答者本人がその場合に不安全行動を行うかどうかについての聞き取りを行い、引続いて詳細なインタビェー(in-depthinteMew)を行った。リスク認知と不安全行動との相関についてはt検定を用いて分析を行った。インタビューデータの分析にはグランデッド・セオリー(GmundedTheory)を用いて、建設作業員の非合理的な判断において頻繁に現れるヒ.ユーリスティックスおよびバイアスを特定するとともに・これらのヒューリスティックスおよびバイアスの発生過程を構造化した。

 その結果、建設作業員のリスク認知と不安全行動の間に有意な相関が見られ、リスク認知が低いほど不安全行動を行う可能性が高いことが分かった。また、17種類のヒューリスティックスおよびバイアスが建設作業員の非合理的な判断に頻繁に現れることが分かった。これらのヒューリスティックスおよびバイアスのうち、最も中心的なカテゴリーは自信過剰であった。

 自信過剰のメカニズムを分析したところ、1)活動の成果について誤った解釈がなされる場合、2)確信バイアス(confirmationbias)が生じる場合、3)知識の欠如がある場合、等に建設作業員が自信過剰な状態となることが分かった。そこで、予測のズレを修正する方法(calibrationmethod)として反事実思考法(coumerfac伽1thinking)および比較法(comparison)の2つを提案した。これらを報酬システムと組み合わせて自信の程度を測定することの妥当性を検証するために、ダーツゲームによる実証実験を行った。その結果、報酬によって動機付けられた比較法のグループが、予測のズレの修正(calibration)について優れた結果を示した。

 最後に、ダーツゲームの実験結果に基づいて建設産業における訓練および修正(calibration)のための認識修正プログラム(calibrationpackageprogram)を構築した。このプログラムの目的は、建設現場における模擬実験から建設作業員に彼らの自信のレベルを正しく評価させる教育および訓練を行うことである。これに加えて、修正をうまく行える建設作業員に報酬を与え、建設現場で自信過剰になっている作業員にはペナルティーを与えるような報酬システムも提唱した。

Much research has been done to minimize the number of construction accidents by identifying causes and proposing safety programs for prevention. However, accident rates in practice have only slightly decreased. Causes of accidents have been clarified as being twofold : unsafe conditions and at-risk behavior, in relative proportion of approximately 1:4 in common.

Several causes of at-risk behavior have been studied; however, no work has addressed heuristics and biases as causes of accidents. This dissertation argues that heuristics and biases induce judgments which deviate from rationality, resulting in at-risk behavior. This dissertation aims to determine heuristics and biases and the processes by which they lead construction workers to commit at-risk behavior and then to propose some practical debiasing methods.

Data were collected from 52 construction workers in a construction project in Thailand. Simulation cases, which asked construction workers to evaluate accident risk (risk perception) and decide whether to commit at-risk behavior (risk behavior), are used and followed by in-depth interviews. The relationship between risk perception and risk behavior was tested by employing student t-test. Grounded Theory was employed to analyze interview data in order to first determine the heuristics and biases prevalent in the construction workers' irrational judgment and then to structure the processes generating those heuristics and biases.

The results indicated that risk perception of construction workers was significantly correlated with their risk behavior ; the lower the risk is perceived, the more probability the at-risk behavior is committed. In?@addition, 17heuristics and biases prevalent in construction workers?f irrational judgment were identified and the processes generating them were determined. Among those heuristics and biases, overconfidence was determined to be the central category in accordance with the proposed criteria, the mechanism of which was then explored.

The mechanism of overconfidence showed that construction workers became overconfident when they : 1) incorrectly interpret outcome knowledge ; 2) employ confirmation bias ; and 3) lack of knowledge. Subsequently, two calibration methods, counterfactual thinking and comparison, associated with reward system were proposed and tested by using an experiment which employed a dart game to measure the confidence level. The result portrayed that subjects in the comparison associated with reward group showed significant improvement in calibration.

Finally, a calibration package program built on the dart game was proposed as a training and ca1ibration process for the construction industry. This program aims to teach and train construction workers to estimate their confidence level correctly from an experiment test. In addition, a reward scheme was proposed to reward the construction workers who are calibrated well and punish those who are overconfidence on the construction site.

審査要旨 要旨を表示する

建設事故に関するこれまでの研究の多くが、事故原因を特定し、事故防止のための安全プログラムを提案することによって事故の発生を最小化することを目的として行われてきた。しかし、現在まで実際の事故発生率は、わずかな減少に止まっていることが指摘できる。

建設事故の事故原因は、不安全状態と不安全行動とに大別することができ、そのおよそ8割を不安全行動が占めている。不安全行動の原因に関する研究は数多くあるものの、ヒューリスティックスおよびバイアスをその一つとして扱ったものは稀である。

本論文は、ヒューリスティックスおよびバイアスによって建設作業員の判断が合理性から乖離し、結果として不安全行動を引き起こすものであるとの立場から、建設作業員の不安全行動の原因となるヒューリスティックスおよびバイアス、そしてそれらが不安全行動を引き起こす過程を明らかにし、それらを除去する方法を提案することを目的としている。

本論文では、タイにおける建設事業で働く52人の建設作業員を対象に直接面接形式の聞き取り調査を行っている。仮想事例における事故リスクの評価、および回答者本人がその場合に不安全行動を行うかどうかについての回答を得た後で、引続いて詳細なインタビュー(in-depth interview)を行っている。リスク認知と不安全行動との相関についてはt検定を用いて分析しており、インタビューデータの分析にはグランデッド・セオリー(Grounded Theory)を用いて、建設作業員の非合理的な判断において頻繁に現れるヒューリスティックスおよびバイアスを特定するとともに、これらのヒューリスティックスおよびバイアスの発生過程を構造化している。

その結果、建設作業員のリスク認知と不安全行動の間に有意な相関が見られることを指摘し、リスク認知が低いほど不安全行動を行う可能性が高いということを示すとともに、17種類のヒューリスティックスおよびバイアスが建設作業員の非合理的な判断に頻繁に現れることを明らかにしている。そして、これらのヒューリスティックスおよびバイアスのうち、最も中心的なカテゴリーは自信過剰であることを論証している。

自信過剰のメカニズムを分析し、1)活動の成果について誤った解釈がなされる場合、2)確信バイアス(confirmation bias)が生じる場合、3)知識の欠如がある場合、等に建設作業員が自信過剰な状態となることを明らかにしている。そして、本論文では予測のズレを修正する方法(calibration method)として反事実思考法(counterfactual thinking)および比較法(comparison)の2つを提案し、報酬システムと組み合わせて自信の程度を測定することの妥当性を検証するために、ダーツゲームによる実証実験を行っている。その結果、報酬によって動機付けられた比較法のグループが、予測のズレの修正(calibration)について優れた結果となることを示している。

最後に、ダーツゲームの結果に基づき、建設作業員に彼らの自信のレベルを正しく評価させる教育および訓練を行うことを目的とした認識修正プログラム(calibration package program)を提案している。これに加えて、修正をうまく行える建設作業員に報酬を与え、建設現場で自信過剰になっている作業員にはペナルティーを与えるような報酬システムも提案している。

本論文では建設現場における不安全行動の原因としてのヒューリスティックスおよびバイアスに着目し、その中心的なカテゴリーが自信過剰であること、および自信過剰の生じるメカニズムを明らかにすることに成功している。また、本論文において実験に基づき提案された認識修正プログラムはヒューリスティックスおよびバイアスを原因とする不安全行動の削減に役立つものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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