学位論文要旨



No 118569
著者(漢字) 謝,榕
著者(英字) Xie,Rong
著者(カナ) シェ,ロング
標題(和) 移動オブジェクトの管理と分散シミュレーションのためのデータモデリングに関する研究
標題(洋) A Study on Data Modeling for Mobile Object Management and Distributed Simulation
報告番号 118569
報告番号 甲18569
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5588号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 助教授 有川,正俊
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨 要旨を表示する

近年、移動オブジェクトに関する位置情報サービスは、前方自動車との距離測定、歩行者の誘導システム、交通需要の予測や評価、ITS (Intelligent Transportation Systems: 高度道路交通 システム) の最適化と制御、危機管理、軍事訓練など多岐にわたる情報に依存した応用分野において飛躍的に需要が拡大している。

時空間データベース、GPS (Global Positioning Systems: 全地球測位システム)、 PHS (Personal Handyphone System : 簡易型携帯電話) などの空間データ収集システムや空間情報科学の分野における高速かつ継続的な進歩が、最新のエレクトロニクス、ネットワーク、無線通信や測位技術などの通信技術と相まって、オンラインでの移動オブジェクトのリアルタイム管理をより実現可能なものとすると予想されます。その結果、オンラインで位置が既知となる移動オブジェクトが多量に出現します。この移動オブジェクトの例には、携帯電話端末、種々のPDA、電子衣類、様々な乗り物が含まれます。この試みにおいて、これらの移動オブジェクトを伴った新しいアプリケーションがソフトウェア開発にもたらすものはデータ管理の問題です。

データモデルの研究における試みのいくつかが、移動オブジェクトのデータ管理のために提案されています。しかし、移動オブジェクトの特徴表現とデータモデリングにおいて、未解決の深刻な問題が未だに残されています。したがって、この研究の目的は、移動オブジェクトに関する現実世界の応用物のハイレベルな抽象概念を提供すること、すなわち、移動オブジェクト管理のためのデータモデリングの提供にあります。また、モデリングとシミュレーションに共通なフレームワークを開発するため、特に、(1) 広範囲に分布した移動オブジェクトや多数の移動オブジェクトを含めた、様々な時間発展をする移動オブジェクトの管理; (2) 位置について非常に頻繁かつ連続的な更新の管理; (3) 追跡シミュレーションのサポー; (4) 空間、時間、時空間での検索のサポートを加味します。

本論文では、移動オブジェクト表現のために、時空間スキーマと階層的位置スキーマを統合したデータモデルのフレームワークを提案します ( 図1 )。時空間スキーマは移動オブジェクトの空間的・時間的特長を表すために概念モデルを記述し、一方で階層的位置スキーマは分散コンピューティング環境下での移動オブジェクト管理の方法を記述します。

また本論文では、移動オブジェクトの効率的な検索のために、新しく時空間上の索引をつける構造とアルゴリズムを提案 実装します。この手法は移動オブジェクトの大規模なモデリングとシミュレーションに適したものです。また、分散した移動オブジェクトの効率的な管理のための新しい索引付け構造とアルゴリズムを提案 実装します。この構造とアルゴリズムは移動オブジェクトの大規模なモデリングとシミュレーションか可能となります。

さらに本論文では、ISO / TC211 地理情報 / 地球数学仕様に準拠する移動オブジェクトのモデリングのためのスキーマ群を提案します。また、FIPA標準98仕様に準拠する自由移動エージェントを基に、移動オブジェクトの分散データ管理の実装方法を提案し、またそのようなデータモデルを実装するためのJavaクラスライブラリを開発しています。

上記のデータモデルに基づいて、JRの駅での事例研究へのプロトタイプアプリケーションを開発し、10,000人の移動のシミュレーション ( 図2 ) と解析を行いました。この事例研究によって、提案された理論モデルおよび方法論の正当性が証明されます。

図1 統合した移動オブジェクト管理の概念データモデル

図2 Simulation of Snapshot on Passengers' Movement on JR Yamanote Line

審査要旨 要旨を表示する

GPS付き携帯電話に代表されるように誰でも容易に自分の位置や人の位置を決定できるようになってきた。その一方で、ITS(高度交通システム)向けサービスで渋滞予測サービスがキラーサービスとして期待されている。このように多数の移動車両や人に関するデータを効率的、網羅的に集積し、分析・加工する技術が強く求められている。データの収集から分析、加工、サービスの生成をつなぐためには、移動する車両や人間(以降、移動オブジェクトと呼ぶ)に関する情報を出来るだけ忠実の表現するモデルとそれをハンドリングする手法体系が必要である。これまでこうした地理情報を処理するシステムとしてGIS(地理情報システム)がよく用いられきているが、時間的な変化をイベント時刻ごとのスナップショットとして表現し、時々の時刻での不連続な変化しか表現されていないケースが大半である。また、連続的に移動するものを表現するためのデータモデルではMOST(Mobile Object Spatio-Temporal)モデルなどが提唱されているが、移動物を点として表現するモデルであり、線分やポリゴンなど点以外の図形を対象とした一般的な時空間データモデルではない。一方、移動体に関する情報は、さまざまな組織や基地局に別々に管理されることが多い。そのため、データを効率的に収集したり、問い合わせたりするためには、移動体データを管理する分散データベース群を想定し、それらを対象としたデータ検索方法を開発する必要もある。しかし、分散管理まで考慮し、移動オブジェクトデータのデータモデルを提案している例はこれまでない。そこで、本論文は分散環境下で移動オブジェクトデータの連続的な変化を忠実に表現し、同時に効率的な検索性能を提供できるデータモデルとその操作方法を体系的に提案し、実データを用いてその有効性を実証することを目的としている。

本論文は、8章からなっている。

第1章は序論であり、研究の背景、目的をのべ、既往の研究を整理している。

第2章はDMOSTモデルを提案している。DMOSTはDistributed Mobile Object Spatio-Temporalの略称である。DMOSTモデルは、データが地域的に分割された単位に分散管理されていることを前提に、移動オブジェクトの状況(過去の歴史(軌跡)と現在の位置など)を忠実に表現する全体モデルであり、二つの構成要素からなっている。一つは移動オブジェクトのための時空間スキーマである。これは点、線、面といった一般的な幾何オブジェクトを対象に時間的な移動や変化を表現できる。利用しやすさを考慮して、そのプロファイルとしてISO(国際標準化機構)が検討を進めている空間スキーマや時間スキーマを利用している。さらに既存のR-treeを移動オブジェクトデータ向けに改良し、検索効率が向上することも示した。二つめは、HLA(Hierarchal Location Schema)であり、地理的な地域にほぼ対応したサーバに移動オブジェクトデータを蓄積する際、検索や更新を容易にすることを目的としている。

第3章は、移動オブジェクトのための時空間スキーマを詳細に述べている。時空間スキーマでは、時間は瞬間的な時刻(Instance)と持続的な時間(Period)に分けられている。一方、空間スキーマは点、線、面、サーフェス、ソリッドの幾何オブジェクトからなっている。その両者を直行する軸として組み合わせることで、ある時間継続して存続するソリッドなどの時空間オブジェクトが定義されている。これらにより時間軸に沿って位置や形状を変化させるオブジェクトを表現できる。またこれらのオブジェクトをハンドリングするためのオペレーションの体系を整理し、さらにJavaオブジェクトクラスのライブラリーとして整備することで、実装を容易にしている。

第4章は軌跡データの内挿方法を提案している。これは連続的な軌跡情報も離散的な時空間データから表現されることから、その中間時刻に関しては値を内挿により生成する必要があるためである。

第5章は、HLAを詳細に説明している。HLAでは各データサーバがそれぞれ適当な地域単位を「守備範囲」として受け持っており(地域単位は互いに重複してもよい)、移動オブジェクトは地域から地域に移動するたびに管理するサーバが移り変わることを前提としている。HLAは二つのインデクスを持っている。一つは、ある地域に存在するすべてのオブジェクトを検索するために、各サーバの地理的な守備範囲を表現する階層的なインデクスである。もう一つは、ある特定のオブジェクトが分散サーバ群のどこに存在するかを見いだすための階層的なオブジェクトのインデクス構造である。これは比較的少数のオブジェクトを対象にする場合と、大量のオブジェクトを対象にする場合でもスケーラビリティの観点で問題が生じないような方式の二つを提案している。これらのインデクスにより必要な情報を管理している特定サーバ位置を素早く知ることができる。なお、オブジェクトインデクスのうち、後者に関しては、移動オブジェクトの最新の位置情報(それが存在するサーバの位置情報)を絶えず、オブジェクトのインデクスを更新するというモバイルIPと同様の構成を取っている。

第6章はモバイルエージェントを用いた分散データサーバへの検索方法の実装を述べている。モバイルエージェントはFIPA'98 Mobile Agent Reference Modelに基づいており、分散データサーバに対する検索を実行する。

第7章は、ケーススタディであり、JR東日本企画が調査した10,000人の移動者調査データを利用した。鉄道を利用する利用者のデータをDMOSTモデルのプロファイルとして表現し、路線別のサーバを立ち上げて、移動者データを管理することで、ここまで提案されたモデルやスキーマを実装し、その有効性をテストしている。

以上まとめると、分散環境下での移動オブジェクトデータ管理という新しい課題に対して、時空間スキーマ、時空間インデックス、分散データ管理のためのスキーマ(HLA)、分散データの検索エージェントなどを体系的に提案し、体系を示した上で、その有効性を実データの実装を通じて示したことは、空間情報工学の新しい分野を開拓するものとして高く評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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