学位論文要旨



No 118572
著者(漢字) 古賀,誉章
著者(英字)
著者(カナ) コガ,タカアキ
標題(和) 定型自由記述を用いた利用者による生活環境の評価手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 118572
報告番号 甲18572
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5591号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 西出,和彦
内容要旨 要旨を表示する

研究の位置づけ

昨今の都市や施設の計画においては、人々の要望の多様化・個性化、計画策定への利用者の参画、完成後の継続的な改善などの流れを背景として、個々の現場で実際の利用者が生活環境の評価を行うことの必要性・重要性は増してきていると考えられる。評価に際しては、いかに本音に近い評価をくみ取るか、また実施した調査や収集した評価をいかに分析し活かすかが問題となっている。

そこで本研究では、評価者の立場に立って考えることによって、より本音に近い評価を得て、同時に評価者自身にも利益になるような評価手法について提案・考察を行った。

定型自由記述式調査の有効性

既存の調査を概観すると調査は、調査条件によって「実態調査型」「選定調査型」「実験計画型」に、またデータの取り方によって「観察型」「聴取型」「記述型」に分けることができた。一方調査データの形式は「数量データ」「評定データ」「自由記述データ」に分けられた。考察の結果、本研究が課題とする計画・運営現場での調査は「実態調査型」の調査であり、できる限り本音に近い評価を得ようとする場合には「自由記述式」が最も適した形式であるということが整理された。

さらに、既存の自由記述式調査を概観すると「聴取型-記述型」「単純回答型-作業付随型」「非定型-定型」の3つの方法的な違いで整理できることがわかった。「作業付随型」は評価者が何らかの作業を行うことで、意識を活性化させたり作業結果を言質としたりして評価を得やすくするもので、データの取り方は「聴取型」になる。「三個組法」や「箱庭手法」がこれにあたり、作業によっては「楽しく調査が行える」というメリットもある。一方「記述型」では、ただ自由記述させる「非定型自由記述式」だけでなく、ある型をはめることによってデータの質を揃えたり向上させる「定型自由記述式」が行われている。「定義法」や「文章完成法(のでから法)」がこれにあたる。そして「聴取型」でも「ラダーリング」という手法を用いて定型化を試みているのが「評価グリッド法」である。

このように自由記述式調査には「調査に多少手間をかけてでも、より多くの・より本音に近い意見や評価を収集する」方向と、「分析の手間を省くために、データの質を揃えたり向上させる」方向の2つの流れがあることがわかった。前者は現場での定性的な評価に有効なアプローチ、後者はより論理的・定量的に考察し知見を蓄積していく研究的なアプローチであり、両者は「評価グリッド法」のように両立可能である。そこで本研究においてもこの考え方に沿って、作業付随型+定型自由記述式の調査手法を模索していくこととした。

評価センテンスモデルの考案

本研究では、既存の評価構造モデルの考え方を踏まえて「評価センテンスモデル」を考案した。「評価センテンスモデル」は、自由記述式データの内容を余すところなく捉えて、定量的分析に耐えられるようデータ化するために、評価文を構文に即して以下の4成分に分割した「評価センテンス」として構造的に表現したものである。また、収集された「評価センテンス」をデータベース化することで、検索・抽出しネットワーク図を描き、問題点・改善法などを明らかにすることも狙っている。

・【評価対象】となった事象

【要素】:概念・観点ではなく、実在する「もの」や「ところ」が原則【特徴】:要素の特筆すべき特徴・事柄  概念・観点や状態など

・評価対象に対する【評価】

【印象】:【評価対象】に対してどう思ったか 印象や感想、感情も含める【判断】:受けた【印象】に対する総合評価 「良し悪し」「好き嫌い」など(実際には「○」「×」「!?(その他)」の選択式回答にしている)

さらに、以下の手順の「評価センテンス」を定量的に分析する方法を開発した。

1)出現した語句を分類し、キーワードと分類カテゴリーを導出するなお、ここでは複数人の個別の分類を多変量解析を用いて統合するという妥当性を考慮した分類手法を開発している2)分類カテゴリーにしたがって、評価センテンスのデータベースを構築し、キーワードにしたがって、各語句にアフターコーディングを行う3)コードを用いてデータベースから検索・抽出を行い、種々の分析を行う

「評価センテンスモデル」にもとづいた定型自由記述は、モデルが柔軟な構造ため、他の定型自由記述に比べ記述の困難さが緩和されていることが示唆された。またその分析法においては、妥当性を考慮した分類手法によって、各人の分類からは見えなかった構造を表出させることができた。

キャプション評価法の提案

続いて「評価センテンスモデル」を利用した定型自由記述式調査法として「キャプション評価法」を提案した。「キャプション評価法」は、調査の参加者自身が歩き回って調査を行う手法で、その基本的な手順は次の通りである。

1)調査参加者は、カメラ・図面(地図)を持って自由に歩き回る2)「いいな/いやだな/何か気になる」と思う空間・場面・部分などがあったら、それを撮影する3)撮影場所を図面(地図)上に記録する(必要に応じてメモをとる)4)撮影した写真に対して以下の内容を記入したキャプションを付ける・この場面が「いい」のか「いや」なのかの【判断】を選択する・この場面の「何【要素】」の「どんなところ【特徴】」が「どう感じられる【印象】」のかの3点を自由記述形式で明記する5)写真とキャプションを1つの書式にまとめ、回収する

「キャプション評価法」の基本的な考え方は、様々な人のできるだけ制約のない自由な意見・評価を抽出することであり、そのために「現場で実物・実空間を評価する」「評価する対象を限定しない」「評価する観点を限定しない」ことを大原則としている。またこの手法は「写真投影法」を参考にし、写真撮影をきっかけとして評価を行う「作業付随型」の調査でもある。

キャプションの収集方法は事例ごとに改良を重ねており、事例間の差異を比較することで、キャプション記述欄は1欄より2欄のほうが望ましいこと、撮影場所を記入する欄はあったほうがよくキャプションの一部とも考えられること、記述欄はあまり大きくしないほうが記述・分析双方の負荷が減ること、判断の選択肢には「その他」の項目があるほうがよいこと、教示と説明資料が大切なこと、などの知見が得られた。また、調査形式・記述の時期・カメラや写真の扱いなど実施方法別の特徴を整理した。調査の適用範囲としては、都市景観から建築物の内部空間まで生活環境全般を評価できること、子どもからお年寄りまで実行可能な手法であることが確認された。ただし施設入居高齢者の中には警戒感が強く、評価に消極的な人も見られた。

一方、調査の参加者の多くは、調査を楽しみ、環境を改めて見直すことができたと語り、調査が参加者の意識を高めていることを伺わせた。調査報告のワークショップでは他人の意見を知ることで意見が変化する学習効果もみられ、高齢者の調査ではリハビリ効果への可能性も示唆された。これらから、データを得るだけでない調査の「啓発効果」という別の効用と、「参加型調査」という概念が明らかになった。

碁石法の開発

さらに「評価センテンスモデル」を利用したもうひとつの定型自由記述式調査法として「碁石法」を開発した。その基本的な手順は次の通りである。

1)調査対象の様々な場所の写真を使用頻度によって4つに分類するよく使う/時々使う/たまに使う/自分とは無関係2)無関係以外の場所に対し2種類の碁石かチップで点数をつけるチップはそれぞれ「いい点」と「改善したい点」に対応し、そう思う程度に応じて各々0〜3枚置くことができる3)置かれたチップおよび利用頻度について、その理由を口頭で質問する

「碁石法」は、施設入所高齢者など警戒心を強い人から本音に近い評価を聞き出すこと、身体不自由・痴呆症などで調査に耐えられないと思われる人からも意見や評価を聞くことを目的としたものである。そのため記述が困難な人にも対応するように、面接によって行う「聴取型」の調査とし、調査側が発話の中から「評価センテンス」を抽出していくこととした。碁石・チップで得点をつけさせるのは「作業付随型」の考え方であり、得点を言質にして評価を聞き出すことを狙ったものである。その上、話がうまく聞けなかったとしても、得点という評価は少なくとも得ることができる。この碁石・チップを使う方法は心理測定法である「恒常和法」や社会調査の「おはじき法」を参考にしたものであるが、2種類の碁石・チップで別々に得点を付けさせることや、使用頻度を聞くことで、3元の評定データから「重要度」「満足度」「使用頻度」の評価を一挙に得ることを意図したものである。

「碁石法」の実施においては、面接には細心の注意が必要なこと、碁石よりチップのほうが評価の抵抗が少ないこと、調査の道具立てが評価を促していることなどが示唆された。

「碁石法」の適用は1例のみであるが、予想以上に短時間で調査を済ますことができ、要介護度5や中程度の痴呆の人も含め全員から評価を抽出することができた。また、キャプション評価法に比べ不満点を多く収集できたことや、評価者の発言内容から、本音を引き出していることが確認できた。

総括

本研究では、より本音に近い評価を得るために定型自由記述式調査に着目し、「評価センテンスモデルとその分析法」「キャプション評価法」「碁石法」と「妥当性を考慮した分類手法」の4つの新しい手法を開発・提案し、その有効性を示した。また調査の「啓発効果」の重要性を明らかにした。

評価センテンスの例

キャプション評価法の調査のイメージ

碁石法の調査のイメージ

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「定型自由記述を用いた利用者による生活環境の評価手法に関する研究」という題目で,実際の利用者が生活環境の評価を行うことの必要性・重要性が増しているとの背景から,利用者の立場に立って考えることによってより本音に近い評価を得て同時に利用者自身にも利益になるような定型自由記述を用いた評価手法について提案・考察を行ったものである。

まず,第1章で,研究の位置づけを行ったあと,第2章では,定型自由記述式調査について述べている。まず,本研究が課題とする計画・運営現場での調査は「実態調査型」の調査であり,できる限り本音に近い評価を得ようとする場合には「自由記述式」が最も適した形式であるということ。さらに,既存の自由記述式調査をの3つの方法的な違いで整理し,自由記述式調査には「調査に多少手間をかけてでも,より多くの・より本音に近い意見や評価を収集する」方向と,「分析の手間を省くために,データの質を揃えたり向上させる」方向の2つの流れがあることを導いている。そして,定性的な評価に有効なアプローチと論理的・定量的に考察し知見を蓄積していく研究的なアプローチとの両立が可能で,評価者が何らかの作業を行うことで意識を活性化させたり作業結果を言質としたりして評価を得やすくなる「作業付随型」と「定型自由記述式」を組み合わせた調査手法を検討することを本研究の方針としている。

次に,第3章では,既存の評価構造モデルの考え方を踏まえて,自由記述式データの内容を定量的分析に耐えられるようデータ化するために,評価文を構文に即して「要素」「特徴」「印象」「判断」の4成分に分割した「評価センテンス」として構造的に表現する「評価センテンスモデル」について説明している。さらに,(1)語句の分類,キーワードと分類カテゴリーの導出,(2)評価センテンスのデータベース構築,各語句へのアフターコーディング,(3)データベースから検索・抽出,種々の分析,という手順で「評価センテンス」を定量的に分析する方法を開発している。

第4章では,「評価センテンスモデル」を利用した定型自由記述式調査法として「キャプション評価法」を提案てしている。「キャプション評価法」は,調査の参加者自身が歩き回って調査を行う手法で,(1)調査参加者が,カメラ・図面(地図)を持って自由に歩き回る,(2)「いいな/いやだな/気になる」と思う空間・場面・部分などがあったら撮影,(3)撮影場所を図面上に記録,(4)撮影した写真に対してキャプションを付ける,(5)写真とキャプションを1つの書式にまとめ回収,という基本的な手順,また,様々な人の制約のない自由な意見・評価を抽出するために「現場で実物・実空間を評価する」「評価する対象を限定しない」「評価する観点を限定しない」原則を策定している。キャプションの収集方法は事例ごとに改良を重ね,実施方法別の特徴を整理している。適用範囲としては,都市景観から建築物の内部空間まで生活環境全般を評価でき,子どもからお年寄りまで実行可能な手法であることを確認している。調査報告のワークショップでは他人の意見を知ることで意見が変化する学習効果もみられ,高齢者の調査ではリハビリ効果への可能性も示唆されたとしている。これらから,データを得るだけでない調査の「啓発効果」という別の効用と,「参加型調査」という概念を明らかにしている。

第5章では,「評価センテンスモデル」を利用したもうひとつの定型自由記述式調査法として「碁石法」を開発している。(1)調査対象の様々な場所の写真を使用頻度によって4つに分類,(2)無関係以外の場所に対し2種類のチップで点数づけ,(3)置かれたチップおよび利用頻度についての理由を口頭で質問,という手順を策定し,施設入所高齢者など警戒心を強い人から本音に近い評価を聞き出すこと,身体不自由・痴呆症などで調査が難しい人からも意見や評価を聞くことを試みている。そのため,面接によって行う「聴取型」の調査とし,調査側が発話の中から「評価センテンス」を抽出していくこととし,得点を言質にして評価を聞き出すことを狙い,「作業付随型」の考え方により碁石・チップで得点をつけさせる方法を採用している。「碁石法」の実施における知見を整理し,予想以上に短時間での調査の完了,介護度の高い人や中程度の痴呆の人も含め全員からの評価の抽出,また,キャプション評価法に比べ不満点を多く収集できたこと,本音が引き出されていることなどを確認している。

以上に示したように,本論文では,より本音に近い評価を得るために定型自由記述式調査に着目し,「評価センテンスモデルとその分析法」「キャプション評価法」「碁石法」と「妥当性を考慮した分類手法」の4つの新しい手法を開発・提案し,その有効性を示し,また調査の「啓発効果」の重要性を明らかにしている。これは,建築学,特に建築環境心理学分野にとって有用な研究であり,工学に対する寄与は大きいと判断できる。

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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