学位論文要旨



No 118573
著者(漢字) 崔,宰赫
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ジェヒョク
標題(和) 2軸曲げを受ける鉄骨露出型柱脚の弾塑性挙動に関する研究
標題(洋) A Study on Inelastic Behavior of Exposed-type Steel Column Bases Under Bi-axial Bending
報告番号 118573
報告番号 甲18573
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5592号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 中埜,良昭
 東京大学 助教授 川口,健一
 東京大学 講師 伊山,潤
内容要旨 要旨を表示する

阪神淡路大震災では、倒壊・崩壊に至る鉄骨造建築物の甚大な被災例が数多く報告され、著しい破壊性状を呈した柱脚部の被災例も多数観察されている。これらの柱脚部における被害は、主として柱脚部の施工不良やアンカーボルトの伸び能力不足が原因と考えられる。一方、角形鋼管柱を用い、柱脚部に露出型柱脚の接合形式を採用した両方向ラーメン構造の鉄骨造建築物が震災前から数多く建設されている。任意方向入力の地震動を受ける場合、露出型柱脚部では軸力・2方向の曲げなどを受け、非常に複雑な応力状況にあると考えられる。露出型柱脚部に関連した既往の研究では、主として一方向入力を対象としたケースのみであり、2方向入力を対象とした露出型柱脚部の研究は皆無である。そのため、多方向入力の地震動を受ける場合、露出型柱脚部の非線形挙動、塑性変形能力、終局耐力、終局限界状態などを解明し、耐震性能評価法を確立することが必要である。

そこで本研究では、ベースプレートを介し、アンカーボルトによって角形鋼管柱を基礎に接合する柱脚部を対象とし、柱脚部に2軸曲げを与える載荷実験を実施し、耐力相関を考慮した終局耐力や弾塑性挙動を実証的に検討する。また柱脚部を適切な力学モデルで近似し、極限解析によって2軸曲げの耐力相関面を算定し、実験結果との適合性を検討する。さらに、実際の柱脚部の非線形挙動を設計計算に反映させるためには、露出型柱脚部を半剛接・部分強度の接合部の一種としてモデル化するべきである。ここでは、接合部の強度・変形能力をモデル化する手法と柱脚の各崩壊型に対して2軸曲げの耐力相関を予測する手法の提案を目的としている。

第1章「Chapter 1 Introduction (序章)」では、本研究の背景、目的、研究範囲と方法をまとめ、本論文の研究内容を概観している。

第2章「Chapter 2 Literature Review(既往の研究)」では、過去に行われた軸力、あるいは軸力と曲げの複合荷重を受ける露出型柱脚部の非弾性挙動や終局限界状態に関する研究を概観し、終局耐力の評価法、変形特性の解明、終局限界状態あるいは柱脚部の復元力特性などの実験的・解析的研究を紹介している。しかし、これらの大半の研究では単軸曲げを受ける場合に限られており、2軸曲げを受ける柱脚部の弾塑性挙動や2軸曲げの耐力相関面に関する研究は報告されていない。そこで、2軸曲げを受ける露出型柱脚の弾塑性挙動に関する本研究の必要性と目的を述べた。

第3章「Cyclic loading test under bi-axial bending (2軸曲げを受ける露出型柱脚の繰り返し載荷実験)」では、2方向入力の地震動に対する構造物の安全性を議論する上で不可欠な繰り返し弾塑性挙動に及ぼす水平2方向載荷の影響を実証的に調べるため、ベースプレートを介し、アンカーボルトによって角形鋼管柱を基礎に接合する典型的な正方形露出型柱脚部に対し、単軸と2軸直線、2軸円形の2軸曲げを与える繰り返し載荷実験を行った。実験結果より、柱脚部の履歴挙動、塑性変形能力および2軸曲げ耐力相関面の検討を行った。結果として、比較的板厚のあるベースプレートを採用する場合、崩壊モードはアンカーボルトの降伏が先行し、復元力の履歴曲線は典型的な進行スリップ型の性状を示した。また2軸直線、2軸円形の振幅0.03 radの時にボルトの破断が観察された。一方、比較的薄いベースプレートの場合、崩壊モードはベースプレートの降伏が先行し、各振幅2回目の繰り返しからわずかなピンチングが観察されたが、安定的な紡錘型に近い履歴形状を示した。そして柱脚の崩壊形式の違いによって、履歴挙動におけるピンチングの現れ方と2軸曲げ耐力相関面の形状(円形ないし菱形と矩形)が大きく異なることが判明した。

第4章「Limit analysis on interacted bi-axial ultimate strength (2軸曲げを受ける露出型柱脚の終局耐力評価) 」では、繰り返し載荷で観察された2軸曲げの耐力相関面の基本的な形状・最大耐力値の説明を試みる。観察結果に基づき、柱脚部の崩壊モードをアンカーボルト崩壊型とベースプレート崩壊型とに分け、これらの崩壊モードに対応した柱脚部の簡単な力学モデルを作成して極限解析を行い、2軸曲げの耐力相関面を算定する。アンカーボルト降伏型モデルは、箱型断面柱のフランジ中央直下に圧縮のみ負担する支点(浮き上がり変形に対して拘束なし)を設け、またボルト位置に引張のみに抵抗するバネを配置する。一方、ベースプレート降伏型モデルは、箱型断面柱の隅角部とフランジ外側からボルト位置までのプレート部を剛域とみなした剛梁を仮定し、両端に塑性化する回転バネを設け、柱の隅角部4箇所、各隅角部の中間部の柱フランジ外側とボルトを剛梁で連結したモデルを作成した。繰り返し載荷実験結果で得られた復元力の軌跡は、アンカーボルト降伏型の場合、円形ないし菱形に近い形状を示し、ベースプレート降伏型の場合、矩形に近い形状を示した。本研究で想定した2つの力学モデルに対して極限解析を行い、その結果得られた耐力相関面の形状も同様の傾向となる。またアンカーボルト降伏型モデルの極限解析結果において、その単軸曲げの最大耐力値は、建築学会LSD指針の柱脚耐力式をボルトの引張強さσu に基づいて計算した耐力値とほぼ一致した。露出型柱脚の崩壊形式の違いによる2軸曲げ耐力相関面の形状の相違については、柱脚部の簡単な力学モデルを仮定すれば極限解析で説明できることを示した。

第5章「Identification of dynamic characteristics(露出型柱脚部の動特性同定)」では、動的荷重を受ける露出型柱脚部の固有振動数や減衰定数などの動特性を、実証的に把握することを目的としている。前章までの研究では、主として静的荷重下における柱脚部の挙動を対象としたものであるが、本章では動的荷重下における露出型柱脚部の振動性能の解明を試みるため、建物要素の耐震性能観測装置(スチール・スウィング)を用いて自由振動実験、起振機共振実験、そして実地震観測を行い、柱脚部の動特性を把握する。自由振動実験ならびに起振機共振実験では、ベースプレートの厚さとボルト本数との組み合わせを4ケース設定し、パラメトリック・スタディーを行った。 まず、自由振動実験結果から各試験体の固有周期と減衰定数を求めた。柱脚部の剛性は、実験より得られた周期に適合する各試験体の剛性を算定し、得られた試験体全体の剛性から、柱の剛性の計算値を除き、残りを柱脚の剛性とみなして算定した。柱脚部分の計算剛性は、ベースプレートの曲げ変形を考慮して導いた弾性回転剛性式と鋼構造限界状態設計指針の露出型柱脚の回転剛性評価式を準用して求めた。実験結果と計算結果を比較すると、両者とも若干の予測誤差が確認されるが、ベースプレートの面外変形を考慮して算定した剛性値の方が、より実験値に近づくことを確認した。振動周期は、アンカーボルトの配置とベースプレートの厚さの相違により若干の違いが観察されたが、減衰振動の包絡形状には大きな変化が認められず、両者とも減衰定数で0.4%程度となり、ほぼ同じ減衰性能を示した。さらに、同装置による観測データの加速度成分に対してスペクトル解析を行い、地盤・錘の間の伝達特性を同定し、それに適合する簡単なモデルによって、応答波形が再現できることを示した。

第6章 「A proposal of design process (露出型柱脚部のモデル化と耐力相関面の予測)」では、実際の柱脚部の挙動を骨組の設計計算に反映するため、i) 接合部の強度・変形能力をM-θ関係でモデル化する手法とii) 柱脚の各崩壊型に基づいて提案した単軸方向の復元力特性モデルを2軸に拡張し、2軸曲げ繰り返し載荷時の弾塑性挙動を追跡する手法について考察している。露出型柱脚部を、ある程度塑性変形能力を有する半剛接・部分強度の接合部の一種として、柱脚部の挙動を標準的な区分線形モデルで提案した。1)プレート崩壊型の露出型柱脚に関する標準M-θ曲線については、まず、第4章で行われた極限解析より柱脚部の最大曲げ耐力を計算する。通常、耐力と初期剛性とは互いに大きな相関をもつことから、回転角1/25での曲げ耐力を基準にして、それに至る各参照回転角(1/1000、1/500、1/250、…)での曲げ耐力の標準的な比率を経験的に抽出するものとし、(θ: M/Mbase u)= (1/250: 0.3)、 (1/125: 0.55)、 と(1/25: 1.0)のスケルトン標準折線を提案する。2)アンカーボルト崩壊型に関しては、最大曲げ耐力Mbase u以外にアンカーボルトの伸び能力から柱脚部の回転能力θbase uを予測して最終限界点とする。そして、鋼構造限界状態設計指針の露出型柱脚の回転剛性評価式を初期剛性とし、第一折れ点を最大耐力の0.6倍とした。また、ほぼ最大耐力に達する第2折れ点の回転角として、2/3θbase uを設定した。すなわち(θ:M/Mbase u)=(340(dt+dc)/lbolt:0.6)、(2/3θbase u: 1.0)、(θbase u: 1.0)の標準スケルトン折線を提案する。また、提案した標準M-θ関係モデルに対し、一軸での復元力特性モデルを2軸に拡張して、2軸曲げ繰り返し載荷時の弾塑性挙動を追跡する手法を提案している。1)ベースプレート崩壊型に関しては、柱脚部の極限解析から得られた耐力相関面の分析から、単軸での復元力特性を持つ独立バネを、柱脚断面軸上にそれぞれ直角に配置するモデルを提案する。2)アンカーボルト崩壊型に関しては、極限解析から得られた耐力相関面の分析より、単軸での復元力特性を持つ独立バネを45°回転させて配置するモデルを提案する。なお、45度方向に配置されたバネの成分の重ね合わせによって、単軸方向の剛性と耐力を過大評価することになるため、耐力軸・回転軸ともに1/√2倍したバネを配置する。第3章の任意方向の繰り返し実験結果と比較により、提案した手法の適用性について検討した。単軸での復元力特性を持つバネを柱脚断面軸上に配置(直角と45°)する簡単な解析モデルによって、2軸曲げ載荷時の弾塑性履歴追跡するのは、大略的な形状の傾向把握が可能であることが判明した。

第7章「Conclusion and further researches(結論)」では、第3章から6章まで得られた知見をまとめ、さらに今後の課題について展望している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、A Study on Inelastic Behavior of Exposed-type Steel Column Bases Under Bi-axial Bending(2軸曲げを受ける鉄骨露出型柱脚の弾塑性挙動に関する研究)と題する英文の論文であり、建築構造物においてベースプレートを介してアンカーボルトによって角形鋼管柱を基礎に接合する形式の柱脚部を対象とし、2軸曲げを与える載荷実験を実施し終局耐力や弾塑性挙動について実証的に検討し、設計計算において柱脚部の強度・変形能力をモデル化する手法を提案することを目的としたものである。本論文は、本文7章ならびに図表から構成されている。

第1章「Introduction (序章)」では、阪神淡路大震災における柱脚部の被害について言及し、本研究の目的、研究範囲と方法、研究内容について概観している。

第2章「Literature Review(既往の研究)」では、複合荷重を受ける露出型柱脚部の非弾性挙動や終局限界状態に関する既往の研究を概観している。また、これらの研究の多くは単軸曲げを受ける場合に限られており、2軸曲げを受ける柱脚部の弾塑性挙動や2軸曲げの耐力相関面に関する研究は報告されていないことを指摘している。

第3章「Cyclic loading test under bi-axial bending (2軸曲げを受ける露出型柱脚の繰り返し載荷実験)」では、柱脚部を含む柱に対する水平2方向載荷の影響を実証的に調べるため、ベースプレートを介しアンカーボルトによって角形鋼管柱を基礎に接合する正方形露出型柱脚部模型を試験体とし、単軸と2軸直線、2軸円形の3種類の載荷プログラムによる繰返し載荷実験の結果を報告している。柱脚部の履歴挙動、塑性変形能力および2軸曲げ耐力相関面の形状について、柱脚部の呈する崩壊形式(アンカーボルト崩壊型とベースプレート崩壊型の2種類)別に考察をおこなっている。そして柱脚の崩壊形式の違いによる履歴挙動におけるピンチングの現れ方の相違、2軸曲げ耐力相関面の形状の相違(円形ないし菱形と矩形)などについて指摘している。この種の2軸曲げ実験は少なく、基礎的であるが、従来着目されていない新しい実験的な知見を提供していることが評価できる。

第4章「Limit analysis on interacted bi-axial ultimate strength (2軸曲げを受ける露出型柱脚の終局耐力評価) 」では、第3章の繰返し載荷実験で観察された2軸曲げ耐力相関面の基本的な形状・最大耐力値について力学的な説明を試みている。柱脚部の崩壊形式に対応した柱脚部の力学モデルを作成して極限解析を行い、2軸曲げの耐力相関面を算定している。繰返し載荷実験結果で観察された復元力軌跡は、アンカーボルト崩壊型の場合、円形ないし菱形に近い形状、ベースプレート崩壊型の場合、矩形に近い形状を示しているが、極限解析の結果得られた耐力相関面の形状も同様の傾向となることを報告している。

またアンカーボルト崩壊型の力学モデルについては、その単軸曲げの最大耐力値は、日本建築学会鋼構造限界状態設計指針の柱脚降伏耐力式と整合した耐力値を与えることを指摘している。非常に簡単な力学モデルを提案し、定量的には十分とは言えないが、耐力相関面の形状などの定性的な性質については、崩壊形式による相違を良く説明していることが評価できる。

第5章「Identification of dynamic characteristics(露出型柱脚部の動特性同定)」では、動的荷重を受ける露出型柱脚部の固有振動数や減衰定数などの動特性を実証的に把握するため、「スチール・スウィング」と名付けた建物要素の耐震性能観測装置を開発するとともに、これを用いて柱脚部を含む柱模型の自由振動実験、起振機共振実験、そして実地震観測を行った結果を報告している。特に数例の自然地震動の観測に成功し、柱脚部を含む振動系の伝達特性を同定し、それに適合する線形1自由度系によって実応答波形が再現できることを示している。

第6章 「A proposal of design process (露出型柱脚部のモデル化と耐力相関面の予測)」では、実際の柱脚部の挙動を骨組の設計計算に反映するため、(1)柱脚部単軸曲げの強度・変形能力を表現する標準曲線、(2)柱脚部の単軸方向の復元力特性モデルを2軸に拡張する手法、について、柱脚部の崩壊形式別に提案している。いずれも構造設計実務において利用することのできる実用的な提案である。

第7章「Conclusion and further researches(結論)」では、第3章から6章まで得られた知見をまとめ、今後の課題について展望している。

以上のように、本論文においては、従来実験例の少ない柱脚部の2軸曲げ下での弾塑性挙動について載荷実験を用いて実証的に明らかにするとともに、弾性範囲内ではあるが自然地震時の実挙動観測にも成功している。また合わせて、設計計算に利用するための柱脚部の挙動モデルも提案している。これらの実証的な知見や挙動モデルは、この種の柱脚部を含む建築構造物の構造設計において、有用な新しい知見と設計手法を提供している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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