学位論文要旨



No 118574
著者(漢字) 張,惠雲
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,エウン
標題(和) 中低層鉄骨ラーメン構造の耐震性評価における構造モデルと入力地震動の研究
標題(洋)
報告番号 118574
報告番号 甲18574
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5593号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 高田,毅士
 東京大学 講師 伊山,潤
内容要旨 要旨を表示する

中低層鉄骨ラーメン構造は日本の住宅建築と小規

模商業建築として多く使用されているが、1995年兵庫県南部地震のような大地震に対して要求される耐震性の評価方法は現在でも不明な点が多い。それは、通常の設計業務では中低層鉄骨ラーメン構造に対する応答解析を行わないためである。また、応答解析を行うとしても、その耐震性評価の結果が構造モデルと入力地震動によって大きく変わる可能性も否定できない。中低層鉄骨ラーメン構造の広汎な普及を考えると、その耐震性評価に及ぼす構造モデルと入力地震動の影響をすみやかに究明すべきである。本論は上述の観点に立ち、中低層鉄骨ラーメン構造の耐震性評価に対し一連の検討を展開した。

中低層鉄骨ラーメン構造の損傷形態は、それに使用される冷間成形角形鋼管柱の局部座屈劣化に深く関わる。また、床スラブの合成効果によって梁の強度が高まり、柱が先に降伏して破壊する可能性が出てくる。これらの実情を考え、本論は弱柱型骨組を検討対象とし、冷間成形角形鋼管柱の局部座屈劣化を応答解析に反映することにした。そして、検討対象とする単層骨組と五層骨組それぞれをフレームモデルと質点系モデルにモデル化して、構造物への総入力エネルギーを固定して時間軸上の波形分布が異なる模擬地震動の限界加速度倍率を応答解析により求めた。解析結果の比較により、(1)中低層鉄骨ラーメン構造のフレームモデルと質点系モデルによる耐震性評価の相違、(2)弾性限界、劣化限界および倒壊限界に至らせる地震動の強さや波形などの入力特性をさらに究明した。上述の検討から得られた結果を学位論文として以下のようにまとめた。

本論文は全六章および付録A、付録Bより構成されている。

第一章「序章」では、研究の背景と目的、既往の研究および本論の構成について記述している。

第二章「構造モデルの設定と応答解析の方法」では、構造モデルの設計条件をはじめ、冷間成形角形鋼管柱の局部座屈劣化挙動を追跡できる解析プログラムの作成まで説明している。

具体的に、現行の建築設計法を満たすような一般的な設計条件をまず述べ、これらの設計条件を用いて対象構造物を設定した。続いて、材端に塑性回転バネを有する部材モデルを採用し、冷間成形角形鋼管柱の曲げ降伏や局部座屈劣化の弾塑性挙動を追跡できる部材モデルを作成した。そして、中低層鉄骨ラーメン構造の弾性限界、劣化限界および倒壊限界を定義し、それぞれの判定基準を記述した。最後に、研究の目的に応じて作成した平面骨組の解析プログラムのフローチャートを参考として提示した。

第三章「入力地震動の設定」では、入力地震動の考えをはじめ、模擬地震動の作成法、作成した模擬地震動の特性を記述している。

時間関数である地震動の波形記録はフーリエ変換により、周波数領域での振幅スペクトルおよび位相スペクトルに展開できる。地震動のフーリエ特性を利用して研究に必要な模擬地震動の作成がしばしば行われている。地震動のフーリエ振幅に関しては従来から多く研究され、地震動のフーリエ振幅スペクトルと構造物への総入力エネルギー換算速度との対応関係は既に示されている。それとは対照的に、地震動の位相特性とその非定常性との関連性が注目されたのは比較的最近のことであり、それが構造物の応答性状に与える影響はまだ十分研究されていない。本論はこの点について追究した。ここではフーリエ振幅スペクトルを固定して位相差分を五段階に変化させ、直下型から海洋型までの複数の模擬地震動を作成した。これらの模擬地震動を第四章と第五章の応答解析に用いられ、入力地震動が中低層鉄骨ラーメン構造の耐震性評価に及ぼす影響を探究した。

第四章「単層多スパン骨組の地震応答性状」では、層せん断力と層間変形の関係を同じに設定した単層フレームモデルと一質点系モデルの応答解析を行い、模擬地震動の限界加速度倍率とそれに対応する総入力エネルギー換算速度を求めた。この検討から得られた研究結果を以下に整理する。

簡単な一質点系モデルを用いて構造物の耐震性を評価する例は少なくない。しかし、その耐震性評価の結果は、精密な単層フレームモデルと異なる可能性がある。本章ではこの点について検討した。応答解析の結果から、適切に置換されれば、簡単な一質点系モデルを用いて単層骨組の耐震性を弾性限界、劣化限界、倒壊限界のいずれにおいても精度よく評価できることが分かった。

無減衰弾性構造物の地震最大応答と地震終了後の自由振動の振幅とは高い相関があるため、地震動のフーリエ振幅スペクトルを固定すれば、弾性限界加速度倍率は地震動の波形によらずほぼ同じになる。

直下型地震動を受けると構造物は単調的挙動をし、小さなエネルギー入力で劣化限界に至る。それとは対照的に、海洋型地震動を受けると、構造物が小さな振幅の塑性変形を繰り返すので、劣化限界に至らせるには大きなエネルギー入力が必要となる。このため、地震動の波形が海洋型に近づくと、劣化限界加速度倍率は著しく上昇する。

構造物への総入力エネルギー換算速度は、構造物の一次固有周期に対応する地震動のフーリエ振幅で近似できる。この理論値と比較した結果、劣化度合いが緩やかである構造物に対する直下型地震動のエネルギー入力は低減することのに対し、海洋型地震動のエネルギー入力はやや増加する。

地震動の波形が直下型に近づくと、構造物は倒壊限界に対するエネルギー吸収が減少する。また、(4)で述べたように劣化度合いが緩やかである構造物に対する直下型地震動の総入力エネルギーが低減する。この二つが相殺することにより、地震動の波形が直下型から海洋型まで変化しても、倒壊限界加速度倍率はあまり変わらない。

第五章「多層多スパン骨組の地震応答性状」では、構造系の弾性一次固有変形で比例載荷したときの各層の層せん断力-層間変形がほぼ同じである五層フレームモデルと五質点系モデルを用いて応答解析を行い、模擬地震動の限界加速度倍率とそれに対応する総入力エネルギー換算速度を求めた。この検討から得られた結果を以下に整理する。

これまでの研究では、簡単な多質点系モデルを用いて多層骨組の耐震性を評価する例は少なくない。しかし、その耐震性評価の結果は、精密な多層フレームモデルと異なる可能性がある。本章ではこの点について検討した。応答解析の結果から、適切に置換されれば、簡単な多質点系モデルを用いて多層骨組の耐震性を弾性限界、劣化限界、倒壊限界のいずれにおいても精度よく評価できることが分かった。

研究対象とする五層骨組は通常の構造設計と同じに設定し、その部材断面を二、三層ごとに変化させている。部材断面の不連続的な変化によって五層骨組の第一層と第三層が比較的弱くなる。応答解析では、これらの弱層に損傷が集中し、しかも、構造系全体の限界性能はこれらの弱層の弾塑性挙動によってほぼ決まる。結果的に、五層骨組の地震応答性状は単層骨組と大差がないことが分かった。

無減衰弾性構造物の地震最大応答値と地震終了後の自由振動の振幅とは高い相関があるため、地震動のフーリエ振幅スペクトルを固定すれば、五層骨組の弾性限界加速度倍率に及ぼす地震動の位相特性の影響が小さい。

五層骨組は直下型地震動を受けると単調載荷的挙動をし、小さなエネルギー入力で劣化限界に至る。それとは対照的に、海洋型地震動を受けると、各層が小さな振幅の塑性変形を繰り返すので、倒壊限界に至らせるには多くのエネルギー入力が必要となる。このために、地震動の波形が海洋型に近づくにつれ、五層骨組の劣化限界加速度倍率が著しく上昇する。

地震動の波形が直下型から海洋型まで変化すると、五層骨組の倒壊限界加速度倍率はあまり変わらないのに対し、それに対応する総入力エネルギー換算速度は増加する。この結果は、第四章で述べた劣化度合いが緩やかな構造物に対する直下型地震動の総入力エネルギーの低減によるものと考えられる。

直下型地震動の一撃入力によって複数の層がほぼ同時に降伏や耐力劣化をするため、構造系全体の損傷が単一の層に集中しにくい。一方、海洋型地震動は繰り返し荷重と同様に、先に降伏した層への損傷集中を促進する。多層構造物において弱層への損傷集中は、直下型地震動よりも海洋型地震動のほうが上述の荷重効果によってより激しくなる。

第六章「結論」では、各章において得られた結果をまとめて記している。

付録A「冷間成形角形鋼管柱の局部座屈性状に関する文献調査結果」では、これまでの参考文献にある冷間成形角形鋼管柱の曲げ圧縮による局部座屈の実験を整理した。これらの実験結果を参考にして、柱の座屈劣化モデルを第二章で作成した。

付録B「劣化構造物に対する直下型地震動のエネルギー入力の低減について」では、弾性剛性の塑性化によって構造物が長周期化し、直下型地震動がそのフーリエ振幅スペクトルの設定どおりにエネルギー入力しないことを数値解析により検証した。これにより、第四章と第五章の倒壊限界に対する地震応答がいっそう解明された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、住宅や事務所ビルなどに供される中低層建築物の構造形態として普及している鉄骨ラーメン構造の耐震性能の評価技術について論じたものである。耐震性能の評価において構造モデルの設定の仕方および入力地震動の位相特性が及ぼす影響を弾塑性地震応答解析によって明らかにした点が本論文の特筆すべき成果である。

本論文は、本文6章と付録から構成されている。

第1章では、中低層鉄骨ラーメン構造が多くの被害を受けた1995年兵庫県南部地震の被害状況を既往の調査に基づいて分析し、角形鋼管柱の局部座屈が支配的な被害要因であることを明らかにしている。

第2章では、一般的な中低層ラーメンを代表する構造モデルを作成している。この中で、局部座屈を伴う柱の弾塑性履歴モデル、およびラーメン骨組から縮約される簡便な質点系モデルの設定がなされている。また、性能設計に着目した3つの限界状態、すなわち弾性限界、劣化限界、倒壊限界を設定し、これらの限界状態を超える入力地震動の強さに基づいて耐震性能への各種要因を分析する方法を提案している。

第3章では、応答解析に用いる入力地震動を作成している。本論では実地震の記録波形を用いないで要因分析が明快となる模擬地震動を入力地震動としている。すなわち、フーリエ振幅スペクトルを固定し、フーリエ位相スペクトルを操作することによって、直下型地震動から海洋型地震動まで5段階の模擬地震動を作成している。

第4章では、第2、第3章でそれぞれ設定した構造モデルと入力地震動を用いて、単層ラーメン構造の耐震性能に及ぼす構造モデルと入力地震動の影響を具体的に調べている。その結果、精緻なフレームモデルとそれを縮約した1質点系モデルでは3種類の限界状態に到達する地震動加速度倍率(基準となる模擬地震動波形に乗じる倍率)すなわち限界加速度倍率がほぼ同じであることを見い出し、従来から行われている質点系置換が正当であることを初めて定量的に明らかにした。一方、地震動特性の影響は顕著で、フーリエ位相スペクトルの位相差分布の標準偏差が小さくなるほど、すなわち海洋型地震動から直下型地震動になるにつれて、弾性限界に関する限界加速度倍率は変化しないものの、劣化限界に関する限界加速度倍率が著しく低下することを明らかにし、直下型地震の代表と言われる1995年兵庫県南部で鉄骨ラーメンに建物の傾斜などの大きな被害が発生した理由を説明した。これは、直下型地震動の一撃入力が単調載荷的効果を生むため、構造物の履歴吸収エネルギー能力が発揮できないことが原因であることが突き止められた。ただし、倒壊限界に関する限界加速度倍率については、付録で詳細が示されるように、劣化後の負剛性域での入力エネルギーが直下型地震動ほど小さくなる傾向があるため、これが一撃入力効果と相殺して、倒壊限界加速度倍率については直下型と海洋型であまり大きな差が出ないことが示されている。

第5章では、第4章の結果をさらに一般化するために、多層ラーメンについて同様の検討を行っている。ここでは、質点系への置換法として、多層ラーメンフレームの1次固有モードでの変位制御によるプッシュオーバー解析から得られる各層の荷重-変形曲線を質点系の層バネに当てはめることによって、動的応答挙動に関して等価な多質点系が得られることを明らかにしている。これにより、多層ラーメンにおいても質点系置換が正当化されることが示された。地震動特性の影響に関しては、第4章の単層ラーメンで得られたのと同様の傾向が見い出されたことが示されている。すなわち、劣化限界加速度倍率は海洋型地震動よりも直下型地震動のほうが小さく、両者が同じフーリエ振幅スペクトルを持っている場合、直下型地震動のほうがより大きな破壊力を構造物にもたらすことを多層ラーメンについても明らかにした。

第6章では、論文全体のまとめと今後の課題が示されている。

本論に添付された2つの付録のうち、付録Aでは角形鋼管柱の座屈劣化モデルを作成するに当たって参照した既往の実験データが整理されている。付録Bでは、劣化構造物に対する地震入力エネルギーの低減効果について詳細な検討が行われており、本論第4章と第5章の知見を補強している。

以上のように、本論文は構造解析モデルと入力地震動特性が耐震性能評価に及ぼす影響を定量的に明らかにした点において画期的な成果が導かれており、地震に強い建築構造物を構築する耐震設計技術に重要な知見をもたらすものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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