学位論文要旨



No 118575
著者(漢字) 尹,在男
著者(英字)
著者(カナ) ユン,ゼーナム
標題(和) 地域環境評価における認知の空間的把握に関する研究
標題(洋)
報告番号 118575
報告番号 甲18575
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5594号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 佐久間,哲哉
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

地域イメージとは地域に関する印象であり、かつ住民や生活者が長い時間地域を心理的に判断した結果とも言える。地域のイメージに関しては、地域印象の骨格の把握、都市の物理的な要素や景観などとイメージとの関連性の把握という意味で数多くの研究が行われてきた。また、近来では地域の主体である住民の意見を積極的に取り入れた、住民参加型まちづくりが一般的に行われるようになったおり、住民による地域の居住環境を把握する上で、地域的な特質や地域イメージを反映した分析は、欠かせない重要な段階であると言る。

しかしながら、地域イメージに基づいたまちづくり計画といっても、実際の計画段階まで持ち込むためには地域イメージ把握の方法論の問題が少なくない。具体的には、既存の住民の意見や認知を収集・分析する際、統計的な安定性に依存する傾向が強いこと、計画者にとって解析が困難なこと、場所や空間構成に柔軟に対応できないこと、などが挙げられる。更に、空間的な相互関係を考えながら都市や地域の現状を把握することは非常に重要なことであり、その際、環境心理学分野は計画の妥当性や理解度を高める役割を果たさなければならない。

そこで本研究は、認知の空間的な分布把握とその手法を提案と、住民の地域に対する印象評価を構造化し、それに従う空間的な指摘との関係を明らかにすることを目的とすることで、住民が持つ地域の空間的な見方を把握する手法を提案した。また、空間的な分布と印象評価との関係を具体的な場を通して把握し、計画的な活用について考察を行った。

調査の概要

本研究は、地域に居住している住民へのアンケート及び地図記入式設問の実施を通して、地域に関する印象評価と、印象の空間的な分布を把握する方法に関して研究したものである。また、本方法に基づいて、印象評価と指摘の空間要因との関連性を探ることで、まちづくり計画に役立つ結果が得られた。

まず、予備調査であるキャプション調査の結果をもとに、地域の印象を評価する評価語を抽出し、住民アンケート設計の材料とした。また、キャプション調査の地図上の指摘を分布として捉え、地域評価の空間的分布の把握のため地図記入式設問を用いて、東京都内の5地域を対象事例地にして居住者アンケートを実施した。アンケート項目は、フェイス項目、環境評価、意見・行動として作成し、2001年9月〜2001年12月、2002年9月〜2002年11月にかけて調査を実施した。なお、対象にした5地区は、住宅と歴史、商業、オフィス、工場が混在している地区として、港区港南・芝浦、台東区根岸、世田谷区三軒茶屋、港区白金、荒川区西日暮里地区を選定した。

印象評価の空間的分布パターン把握

アンケートの地図記入式設問に基づき、印象評価の空間的な分布パターンを把握した。空間的自己相関(Moran's I)を用いて印象評価の群集性を分析し、その結果、いい評価については、地域全般に高い群集性を見せ、悪い評価については、比較的低い空間的自己相関を見せることがわかった。また、Moranscatter Plotを用いて分布の形状の把握やバリオグラムによる分布のスケールを把握できた。また、分布と眺望(被視頻度)や建物の密度との回帰分析の残差を用いて分布の中心エリアを分析し、地域イメージの中心エリアとして解釈ができた。

分布の形状は、「さびしい」「不潔」などが面的な分布を、「美しい」などが、局地的な分布を見せた。分布のスケールに関しては、「くつろげる」「景観がよい」「さびしい」が相対的に大きく、「美しい」「危険」「不潔」は相対的に小さい規模として把握された。

意識構造の把握と場所の検討

環境評価の地域差を検討した上で、アンケートの環境評価と意見・行動に関する項目に対して因子分析を行い、意識傾向を把握した。その結果、環境評価(印象評価)では「美観・視覚的因子」「活動性因子」「定住性因子」「情緒的因子」を各地域ごとに抽出した。

住民の意識構造を把握するためグラフィカルモデルを用いたが、まず偏相関係数の希薄化を回避するため、因子分析の結果に基づき相関の高い変数を合成変数化した。合成された変数を用いて、意識構造を4つのレベル(フェイス項目、不満、印象評価、意見・行動)に分け、グラフィカルモデル分析を行い、意識構造をモデル化した。

また、地図記入アンケートの指摘と印象評価語との関係を対応分析を行い把握し、空間的な分布を具体化した。良い評価では、地域を問わず同じ対象が同じ評価をされていることが分かった。一方、悪い評価はある評価対象が同じ評価語で指摘されるような共通の傾向は見られない。

意識構造と指摘の空間的要因との関係

印象評価と空間的な指摘との関係を把握するため、正準相関分析を行った。従属変数として、「美観・視覚的」「活動性」「定住性」「情緒的」の印象評価を、独立変数として「指摘間の距離」「評価の多様性」「指摘面積」「駅からの接近性」「道路からの接近性」「人口密度」の空間的な要因を用いた。

正準相関分析の結果、根岸の第1正準変量は、<生活の安定感>と<物・人の密集地区>の関係として把握された。三軒茶屋の第1正準変量は、<活動性優先>と<評価の多様性・人の密集地区>として、白金の場合は、<活動性>と<駅からの接近性>として把握された。また、正準相関分析の解釈のため、多次元データのグラフィカル表示法であるバイプロットを用いて視覚的な把握を試みた。各地域の第I・II正準変量を軸としてバイプロットを作成し、個体と変量のそれぞれの関連性を同時に視覚的に表示させた。

地域特性の把握

空間的な分布、意識構造、印象評価と空間的要因との関係の結果から、地域の特徴を把握した。具体的には、地図記入式設問をもとに得られた印象評価の空間分布の空間的自己相関の比較を行った。根岸の場合、他のところに比べ「歴史や情緒がある」「個性がある」との分布の群集性が高く、ある場所に指摘が集中したことがわかった。白金は、「活気がある」「不潔」の自己相関が非常に低いことから、地域全般的にランダムに指摘しているか、ある地域を広い範囲で指摘した場合が多いと考えられた。三軒茶屋は、他の地域とは空間的な分布の差が大きく、特にいい評価においては、他の地域で高い空間的自己相関を見せた「美しい」や「くつろげる」「景観がよい」が非常に低い自己相関を示した。中心的大規模緑地の不在、駅周辺に広く広がる商店街が空間的な原因として把握された。

また、印象分布のスケールをバリオグラムを用いて検討することで印象の広がりを比較し、印象の同質地域やその大きさとして解釈することで、計画の手掛かりとして考えた。印象分布の規模に関する検討の結果、三軒茶屋を除いて、いい評価より悪い評価の方が局地的な傾向を見せていることが把握され、地域の悪い評価は、主に局地的で空間的にランダムに指摘される傾向があると把握された。三軒茶屋の場合は空間的自己相関と同様、他の地域とは異なる傾向を見せた。大きいスケールとして「活気がある」「便利」が把握され、その原因として、商店街や駅周辺の影響力が考えられた。しかし、悪い評価では、他の地域の傾向と大きく変わらなく、目立つ特徴は見られなかった。

印象構造と指摘の空間要因との関係を正準相関分析の結果をもとに重ね合わせ、印象構造と空間要因との関係性を明らかにした。印象評価と空間要因の関係に基づき地域を4つの類型で分類し地図化を行い、まちづくり計画のためのベースマップとしての活用ができるよう提示した。

総括及び意義

実際に環境心理学で扱っているデータは空間と密接な関係を持ち、認知地図をもとに多様な展開も見られるものの、基礎的な認知レベルとしての把握に留まっており、計画のプロセスには依然として距離感を感じるのが現実である。一方実計画においては、ボトムアップ形式のまちづくりが速い速度で一般化されてきた。まちづくりは、基本的に住民の意識に基づいていることが前提になる場合が多く、住民を対象にした調査や分析方法が多様に開発されるなか、住民の意識の空間的な分布に関する研究は、その発展速度が遅れていると思われる。このような問題が、環境心理の分析家と計画家の不具合を起こす原因のひとつだと考えられる。

そこで本研究は、空間的観点から住民の地域に関する評価を扱うことで、住民の評価や考えが計画の段階に充分反映されるための分析・提示方法を提案した。地域に関する印象評価項目を空間分布として表現し、評価ごとの比較を行ったことは、住民の印象評価を視覚的に把握し、計画の基礎資料として役立つデータを得るという意味で意義があると言える。また、印象の同質圏域として印象分布のスケールを把握しようとした試みは、計画の配置や規模設定に深く関わる結果だと考えられる。

印象評価と空間要因との関連性を把握することで、印象評価の空間的な予測が可能になり、「定住性」「活動性」など印象評価による地域の空間的なパターン化ができた。これによって印象と空間要因の関係を地図上で把握することが可能になり、本論文の地図化手法がまちづくり計画のベースマップのひとつとしての活用を期待できると考えられる。

住民の意識構造のモデル化

印象評価と空間要因による地域の類型化(根岸)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「地域環境評価における認知の空間的把握に関する研究」という題目で,認知の空間的な分布把握とその手法の提案と住民の地域に対する印象評価を構造化し,それに従う空間的な指摘との関係を明らかにすることを目的し,住民が持つ地域の空間的な見方を把握する手法を提案し,空間的な分布と印象評価との関係を具体的な場所を通して把握し,計画的な活用について考察を行ったものである。

まず,第1章では,空間的な相互関係を考えながら都市や地域の現状を把握することは非常に重要で,環境心理学分野は計画の妥当性や理解度を高める役割を果たさなければならないという研究の背景などについて述べている。

次に,第2章では,予備調査であるキャプション調査の結果をもとに,地域の印象を評価する評価語を抽出し住民アンケート設計の材料とし,キャプション調査の地図上の指摘を分布として捉え,地域評価の空間的分布の把握のため地図記入式設問を設定し,東京都内の5地域を対象とした居住者へのアンケートによる調査の概要について述べている。

第3章では,調査の地図記入式設問に基づいた印象評価の空間的な分布パターンについて考察している。空間的自己相関を用いて印象評価の群集性を分析し,その結果,良い評価については地域全般に高い群集性を導き,悪い評価については比較的低い空間的自己相関を見せることを導いている。また,Moranscatter Plotを用いて分布の形状の把握やバリオグラムによる分布のスケールを把握,さらに,分布と眺望(被視頻度)や建物の密度との回帰分析の残差を用いて分布の中心エリアを分析し,地域イメージの中心エリアとして解釈している。

第4章では,意識構造の把握と場所の検討を行っている。環境評価の地域差を検討した上で,アンケートの環境評価と意見・行動に関する項目に対して因子分析を行い,意識傾向を把握している。また,住民の意識構造を把握するためグラフィカルモデルを用い,合成された変数を用いて,意識構造を4つのレベル(フェイス項目,不満,印象評価,意見・行動)に分け,意識構造をモデル化している。さらに,地図記入アンケートの指摘と印象評価語との関係を対応分析を行い,空間的な分布を具体化している。

第5章では,正準相関分析を用い,意識構造と指摘の空間的要因との関係づけを行っている。また,正準相関分析の解釈のため,多次元データのグラフィカル表示法であるバイプロットを用いて視覚的な把握を試みている。各地域の第I・II正準変量を軸としてバイプロットを作成し,個体と変量のそれぞれの関連性を同時に視覚的に表示させている。

第6章では,空間的な分布,意識構造,印象評価と空間的要因との関係の結果から,地域の特徴を把握している。すなわち,地図記入式設問をもとに得られた印象評価の空間分布の空間的自己相関の比較を行っている。また,印象分布のスケールをバリオグラムを用いて検討することで印象の広がりを比較し印象の同質地域やその大きさとして解釈することで,計画の手掛かりとなるとしている。さらに,印象構造と指摘の空間要因との関係を正準相関分析の結果をもとに重ね合わせ,印象構造と空間要因との関係性を明らかにしている。また,印象評価と空間要因の関係に基づき地域を4つの類型で分類し地図化を行い,まちづくり計画のためのベースマップとしての活用ができるよう提示している。

最後に,第7章では結論として総括及び今後の課題について述べている。

本論文は,空間的観点から住民の地域に関する評価を扱うことで,住民の評価や考えが計画の段階に充分反映されるための分析・提示方法を提案したものであり,地域に関する印象評価項目を空間分布として表現し,評価ごとの比較を行ったことは,住民の印象評価を視覚的に把握し,計画の基礎資料として役立つデータを得るという意味で意義があると言える。また,印象の同質圏域として印象分布のスケールを把握しようとした試みは,計画の配置や規模設定に深く関わる内容だと考えられ,また,印象評価と空間要因との関連性を把握することで,印象評価の空間的な予測が可能になり,「定住性」「活動性」など印象評価による地域の空間的なパターン化を可能にしている。さらに,これにより印象と空間要因の関係を地図上で把握することが可能になり,本論文の地図化手法がまちづくり計画のベースマップのひとつとしての活用を期待できると考えられる。以上のように,本論文は,建築学,特に建築環境心理学分野にとって画期的な研究であり,工学に対する寄与は大きいと考えられる。

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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