学位論文要旨



No 118577
著者(漢字)
著者(英字) RUPAK KUMAR,ARYAL
著者(カナ) ルパク クマール,アリアル
標題(和) 高速道路雨天時流出水におけるSSおよび微量汚染物質の挙動
標題(洋) Dynamic Behavior of Suspended Solids and Particle-Associated Micropollutants in Highway Runoff
報告番号 118577
報告番号 甲18577
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5596号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 助教授 酒井,康行
 東京大学 講師 荒巻,俊也
 東京大学 講師 中島,典之
内容要旨 要旨を表示する

面的汚染源は重要な汚染源の一つと考えられている。識別あるいは測定しやすい従来の点的汚染源とは異なり、汚染物質が分散して存在する面的汚染源については、その汚濁現象の特性化や定量化は困難である。そして、この面的汚染源由来の汚濁現象は、降雨と密接な関係があり、断続的で広範囲な地表面汚濁流出として発生する。

多数ある潜在的な面的汚染源の中で、交通量の多い幹線道路や高速道路からの流出水は最も危惧されている汚染源の一つである。道路・高速道路における活発な交通活動に伴って、重金属、炭化水素類といったさまざまな有害な微量汚染物質が環境中に放出される。重金属は自動車本体などの磨耗や浸食によって放出される一方、毒性のある炭化水素類は化石燃料の不完全燃焼によって生成される。また、タイヤ・トレッドの消耗、アスファルトからの浸出、舗装の磨耗粉塵からも顕著な寄与がある。これらの微量汚染物質は粒子に付着して存在する。粒子を含む汚濁流出過程には、複雑な輸送および変換形態を含んでいることが想定される。

本研究では、多数ある汚染物質の内、最も危惧される汚染物質として浮遊懸濁物質(SS)に伴って存在する重金属、多環芳香族炭化水素類(PAHs)を取り上げた。SSは最も主要な水質測定項目の一つであり、重金属とPAHsを含む汚濁流出水はさまざまなルートを通って水系に入り、受水域の水棲生物に対して化学的、生物的、生態学的ストレスの観点から悪影響を及ぼしていると考えられる。

スイスの高速道路の雨水排水システム(排水面積8.4ha)を対象として、現場調査を行った試料を対象に研究を進めた。なお、この高速道路の平均1日交通量は25,300-73,700台であった。まず、パイロットプラントとして設置された雨水排水の処理施設の流入地点において、流出水の長期的なモニタリングを行った。また、高速道路塵埃を異なる交通量を有する高速道路の2区域から回収した。回収された道路塵埃試料は>45、45-106、106-250、250-400、<400μmの粒径ごとに分画された。一方、流出水は初期流出水に微量汚染物質が高濃度に存在することを考慮して、約3mmの初期雨水による流出水に着目した。9つの降雨について観測を行い、採取した流出水試料を用いて、SS、粒径分布、懸濁態微量汚染物質を測定した。2つの主要な画分として、微粒子(>45μm)および粗粒子(<45μm)が粒径分析に用いられた。

本研究では、重金属(Cr、Ni、Zn、Cu、Pb)およびUSEPAで指定された16PAHsを2つの主要な微量汚染物質として分析対象とした。懸濁態重金属はマイクロウェーブを用いて希硝酸中でSSから抽出し、ICP/MSを用いて定量した。PAHsはジクロロメタンとメタノール混合液(5:1)を用いて試料から超音波抽出し、GC/MSのSIMモードを用いて定量化した。

SS、懸濁態重金属、懸濁態PAHsの雨天時流出挙動を調査した。サンプリングの序盤において流出水のSS濃度が高い降雨もあれば、サンプリングの中盤や終盤において高濃度のピークが見られる例もあった。これは、高濃度のSSは流出水のどの段階においても見られ、降雨特性(降雨強度や先行晴天日数)に依存することを示唆している。どの段階においても高いSS濃度が生じうるということは、その雨天時流出挙動を理解する重要性を示唆している。微量汚染物質において、重金属及びPAHs濃度はSS濃度とともに変動することがわかった。これは、重金属及びPAHsがSSに付着して挙動することを示唆している。重金属の濃度は、Cr:4〜36、Zn:94〜512、Cu:7〜79、Pb:5〜50μg/lの範囲であった。PAHs濃度は1〜16μg/lの範囲であった。PAHs含有率は重金属含有率よりも変動性が低かった。これらの濃度範囲は、過去に報告されている高速道路や市街地幹線道路の観測値と同程度であった。

流出水のSS中の重金属は、その濃度が低いときに逆に含有率が高いことがわかった。そして、その含有率の変動範囲は4から5倍に及ぶことから、この重金属含有率を用いて各重金属間の相関関係を調べた結果、多くの場合、重金属間の決定係数(R2)は0.7以上であった。これは、重金属の道路塵埃への蓄積傾向は類似していることを示唆している。一方、PAHs含有率プロファイルは重金属と比較して変動性が低く、その含有率は、3〜107μg/gの範囲であった。

SS全体だけでなく、懸濁物の粒径ごとの汚染物質濃度の相違を理解することは、汚濁物流出現象が粒径に依存することから汚染物質制御の観点から重要である。2つの主要な画分である微粒子(<45μm)及び粗粒子(>45μm)とそのPAHsの流出挙動を4降雨において調査した。5分画(<20、20-45、45-106、106-250、>250μm)した試料の詳細調査も11月14日の降雨を対象に実施した。その結果、微粒子と粗粒子では、その流出挙動が異なり、全SS濃度及び流速とともにそれらの画分SS濃度が変動することがわかった。定量的に相関関係を導いて、粒子の流出挙動の説明を試みた。全SS濃度の増加に対して、微粒子画分は飽和型の式 に従って変化することがわかった。一方、粗粒子画分は全SS濃度の増加に伴って累乗的に増加し、Y=mXnで表現された(m、n:定数)。

微粒子と粗粒子のPAHs濃度の時間変化は、それぞれの粒子画分SS濃度変化と類似する傾向を示した。また、微粒子のPAHs含有率は粗粒子と比べてより変動が少なかった。一降雨平均の微粒子PAHs含有率は各降雨間でほぼ変化は少なかったものの、粗粒子では、4倍程度まで変動があった。

汚染対策の観点から汚染物質の流出挙動を予測することは、重要な課題である。代表的な堆積負荷流出モデルであるSartor and Boydモデルの式(P=Po*exp(-kQ) 、P:地表面堆積負荷量、Po:初期地表面堆積負荷量、k:負荷流出係数、Q:累積雨水流出量)を用いて、全SSおよび分画されたSSの負荷挙動を調べた。初期堆積負荷量とある累積流出量時点での堆積負荷量の差(Po- P)が流出負荷量となるが、全SSおよび粗粒子のSS流出負荷量はこのモデルを用いることでうまく説明することが可能であった。一方、微粒子では、累積雨水流出量に対して線形的に増加する傾向が見られ、累積雨水量が増加してくると流出負荷量を過大評価する可能性が示唆された。したがって、微粒子流出負荷量の予測にはこのモデルの適用性は低いと判断された。

2つの道路塵埃および流出試料を用いて、重金属とPAHsのプロファイルとの関係を調べた。流出水試料の重金属プロファイルは微粒子堆積塵埃のそれと類似していたが、流出水試料よりも塵埃のPAHs含有率が高めの傾向にあった。しかしながら、含有率はともに、10〜50μg/gと同程度の範囲であった。微粒子塵埃(<50, 50-125, and 125-250μm)のPAHsプロファイルは、<50μm画分において流出試料よりもB(a)Anが高い含有割合だったことを除けば、類似していた。それに対して、250-400μmの画分は、流出試料よりもIpyとB(ghi)Peが高含有割合であるという異なる特徴を有していた。一回の降雨期間中では、粒径分布や試料を回収した時間が異なるにもかかわらず、PAHsプロファイルは非常に類似していた。異なる降雨間のプロファイルを比較すると、降雨ごとにプロファイルが異なる傾向が見られた。

PAH成分の組成に関しては、全ての降雨において4環PAHsの寄与が大きく、ついで5、6、3環であった。寄与の大きな4環のPAHに属する各PAH成分が全て似たような割合を持つ降雨もあれば、その内の特定の成分だけが高い割合を持つ降雨もあった。一降雨間でのPAHsプロファイルが類似し、異なる降雨間のプロファイルが異なることは、道路塵埃堆積期間中の温度や湿度といった気象条件によってPAH成分ごとの蓄積傾向が変化して、その結果として流出水のPAHプロファイルに影響を及ぼしている可能性が示唆された。

高速道路の雨水排水システムにおけるSS流出挙動の調査結果は、過去の調査事例報告内容と整合性のあるものであった。本研究においては、さらに粒径分布に着目して懸濁態微量汚染物質流出の調査を行い、微粒子と粗粒子それぞれに堆積負荷流出モデルによる解析した。そして、負荷量推定に重要となる負荷流出係数を粗粒子画分については算定できるものの、微粒子については降雨ごとに大きく変化することが明らかとなった。特に初期雨水において汚染物質濃度や負荷量の変動が数倍の範囲で起こり、高速道路の雨天時流出水において、汚濁負荷量の観測や予測、汚染物質管理の観点からは、非定常な流出挙動を理解することが必要不可欠であることが結論づけられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、都市ノンポイント汚染現象のうち、高速道路における活発な交通活動に伴って排出される重金属、多環芳香族炭化水素類 (PAHs) などの有害な微量汚染物質が雨天時に水環境中に流出する動的な過程を研究した成果を報告している。特に、初期雨水流出に関する現場調査結果をもとに、流出水中の懸濁物の粒径サイズに着冒して、45μmを境に細粒分と粗粒分に分画して両者の流出挙動の違いを検討している点、懸濁粒子に付着している重金属と多環芳香族炭化水素類の両者の挙動特性について考察を行っている点に新規性がある。また、道路塵挨および流出水懸濁試料の粒径分布、重金属やPAHsの成分組成の類似性を議論することから道路塵挨の雨天時流出特性を評価するとともに、汚濁流出負荷量を推定するために Sartor and Boyd モデル式が適用可能かどうかについても考察を行った研究論文である。論文は、9章より構成されている。

第1章では、研究の背景と目的、および論文構成を述べている。

第2章では、既存知見として、高速道路雨天時流出水中で取り扱うべき汚染物質の特性とその発生源、既存の道路堆積塵挨や雨天時汚濁負荷流出調査に関する研究成果などを取りまとめている。そして、汚濁負荷流出過程を定量化するためのモデルに関して整理を行っている。

第3章では、本研究の調査対象である高速道路の雨水排水システム(排水面積8。4ha)について概要を説明し、調査期間中の降雨特性、道路塵挨や流出水の採取方法、試料の前処理方法、粒径分布測定、懸濁態微量汚染物質の分析方法などを説明している。

第4章では、1ヶ月以上にわたる連続モニタリング結果に基づき、初期雨水流出水の採取を実施した9降雨に関して、SSと微量汚染物質の動的な流出挙動を降雨特性と関連づけて考察している。その結果、懸濁態重金属及び懸濁態PAHs濃度はSS濃度に概ね連動して変化すること、重金属の濃度レベルは、Cr:4〜36、Zn:94〜512、Cu:7〜79、Pb:5〜50μg/1の範囲であり、PAHs濃度は1〜16μg/1の範囲であることを報告している。これらの濃度範囲は、過去に報告されている高速道路や市街地幹線道路の観測値と同程度であり、当該高速道路においても微量汚染物質の雨天時流出に伴う汚染が深刻であることを確認している。また、懸濁物中PAHs含有量は重金属のそれと比較して変動性が低いこと、またPAHs含有量は3〜107μ/gの範囲であり、初期雨水中に高PAHs含有率の懸濁物が存在していることを明らかにしている。

第5章では、4降雨の流出水試料に関して、懸濁成分を45μmメッシュで細粒分と粗粒分に分画して、画分ごとの流出挙動の違いを検討している。そして、細粒分と粗粒分では流出挙動が異なり、全SS濃度及び流速の変化とともに各画分SS濃度がある特徴を有して変動することを明らかにしている。具体的には、全SS濃度として100mg/1程度を超えると、細粒画分濃度に飽和傾向がある一方で、その濃度以上では粗粒画分が急激に増加することを示している。このような細粒画分と粗粒画分の流出挙動の違いにより、雨天時汚濁現象が複雑となる可能性を示唆している。

第6章では、2つの道路塵挨および流出試料に関して、重金属とPAHsの成分組成のパターン(以下プロファイルという)を調べている。流出水懸濁試料の重金属プロファイルは堆積塵挨の細粒分のそれと類似していた。道路塵挨3画分(<50、50-125、and 125-250μm)のPAHsプロファイルについては、<50μm画分において流出懸濁試料よりもB(a)Anが高い含有率であったことを除けば、ほぼ類似していた。それに対して、250〜400μmの比較的粗粒な画分は、流出試料よりもIpyとB(ghi)Peが高含有率であるという異なる特徴を有していた。

同一の降雨期間中では、試料の採取時間の違いやその細粒や粗粒の違いにかかわらず、PAHsプロファイルは類似している一方で、異なる降雨ではプロファイルに相違が見られた。これは、塵挨堆積期間中の気温や湿度といった気象条件によってPAH成分ごとの蓄積傾向が変化する可能性があること、そしてそれに連動して流出水の毒性も変化することを示唆している。また、一降雨平均の流出水試料PAHs含有量は、道路塵挨とともに10〜50μg/g程度の範囲にあった。

第7章では、代表的な堆積負荷流出モデノレである Sartor and Boyd モデルを用いて、全SSおよび分画されたSSの負荷挙動の定量評価への適用可能性を検討している。その結果、負荷量推定に重要となる負荷流出係数を粗粒画分については算定できるものの、細粒画分については降雨ごとに大きく変化することが明らかとなった。つまり、全SSおよび粗粒画分のSS流出負荷量は本モデルで説明することが可能である一方で、細粒画分では、累積雨水流出量に対して線形的に増加する傾向が見られ、累積雨水量が3mmを超えて適用すると流出負荷量を過大評価する可能性が示唆された。

第8章では、雨水流出解析用の分布型モデルソフトウエア (InfoWorks) を活用して、対象排水区内の管路ネットワーク情報を考慮した雨水流出解析を行っている。その結果、降雨強度の高い降雨を除き、再現性の高いハイドログラフを得ることに成功している。そして、その水理計算結果のもとで堆積負荷流出モデルを組み込みSS負荷流出についてモデル解析した結果、初期雨水における流量変化に伴う汚濁負荷流出量のダイナミックな変化を再現可能であることを確認している。

第9章では、各章で述べた本研究の成果の取りまとめと今後の課題や展望を整理している。

以上の成果は、微量汚染物質の発生源となりうる高速道路からの初期雨水流出現象に関して、懸濁粒子サイズ別に汚染物質濃度や負荷量が数倍の範囲で変動するという貴重な環境モニタリングデータを提供しているだけでなく、その汚濁負荷量の観測や予測、汚染物質管理の観点からは、非定常な流出挙動を理解することが必要不可欠であることを示すものである。これらの知見は、都市ノンポイント汚染現象の解明やその対策を検討する上で非常に有用な知見を提供しており、都市環境工学の学術の進展に大きく寄与するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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