学位論文要旨



No 118581
著者(漢字) 武,海濱
著者(英字)
著者(カナ) ウ,ヘイビン
標題(和) 任意方向軸周りに回転するチャネル乱流における運動量・熱輸送に関する研究
標題(洋) Momentum and Heat Transfer in Turbulent Channel Flow with Arbitrary Directional System Rotation
報告番号 118581
報告番号 甲18581
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5600号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 鈴木,雄二
 東京大学 助教授 鹿園,直毅
 東京大学 助教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

近年のエネルギー問題に対して,マイクロガスタービンを用いた分散エネルギーシステムの構築が注目を集めている.小型化の要請から圧縮機・タービンの構成要素であるインペラの流れは強い回転の影響を受けることになるが,マイクロガスタービンの性能向上の観点からも,回転を伴う壁面せん断乱流の物理機構の解明及び予測は非常に重要である.

スパン方向座標軸周りに回転する発達したチャネル乱流は,コリオリ力が重要な役割を演じる壁面乱流の典型として長く研究されて来た.Johnstonら (1) の実験,Launder ら (2) のモデル予測,Kristoffersen & Andersson (3) 及びElsamni (4) の直接数値シミュレーション(DNS)をその代表として挙げることができる.これら一連の研究では,回転数の増大に伴い,正圧側(不安定側)における乱流強度が増大し,また負圧側(安定側)における乱流強度が減少することが示された.最近,Oberlackら (5) は流れ方向座標軸周りに回転するチャネルがコリオリ力影響下のもう一つの規範的な流れであることを指摘し,これに対して理論解析,DNS,LES及び応力方程式モデルによる予測を行った.また,Elsamni (4) は壁面垂直方向座標軸周りに回転するチャネルのDNSも行った.流れ方向及び壁面垂直方向回転のケースではスパン方向にも平均流速を生じ,特に壁面垂直方向回転ではコリオリ力はスパン方向に対する直接の駆動力として作用するため,スパン方向に大きな正味の流量を持つ.

上記のように,過去の研究においては流れ方向に平行あるいは垂直な方向軸をもつ回転についての考察が行われたが,現実のマイクロガスタービン内部では,回転軸が流れ方向に対し様々な角度を持つ可能性がある.従って実機内部での運動量・熱輸送を正しく予測するためには,チャネル乱流等の規範的な流れに任意方向軸周りの回転が加わった場合の乱流構造及び乱流輸送機構の解明が必要不可欠である.そこで本研究では,流れ方向,スパン方向,壁垂直方向といった三つの軸方向ベクトル成分のうち,同時に二軸成分を有して回転する場合について,その回転数をパラメータとして直接数値シミュレーションを行った.また,ラージ・エディ・シミュレーション(LES)における既存の三種類のサブグリッド・スケール(SGS)モデルの評価を,得られたDNSデータベースを用いて行った.

まず,流れ方向とスパン方向に同時回転するチャネル乱流を対象として,二つのケースを考えた.第一のケースでは回転数絶対値(RO=(ROi ROi)1/2= 5, 7.5 and 11)を一定として回転軸と流れ方向の角を0から90度に変化させ(Case I),第二のケースではスパン方向の回転数を一定(RO2=2Ωzδ/uτο=2.5 )として流れ方向の回転数を変化させた(ROχ=2Ωχδ/uτο=2.5〜15 )(Case II).スパン方向と流れ方向の回転数が同程度の場合(Case I),スパン方向の回転は両壁面近傍での運動量・熱輸送を支配し,流れ方向の回転は負圧側のみで乱流強度の若干の回復を誘起することが認められた.一方,流れ方向回転がスパン方向回転よりも強い場合(Case II),正圧側ではスパン方向回転の効果が依然として卓越し,負圧側では流れ方向回転の効果により乱流強度は増加した.このため,負圧側における摩擦係数及び乱流応力は顕著に増大する一方,正圧側における変化は僅かであった.また,スパン方向回転によって誘起されたロールセルの規則的な分布が流れ方向回転の影響を受けることが確認された.具体的には,流れに対して反対方向回転を持つロールセルが減衰し,ロールセルより小さな渦が特に負圧側で出現した.この二次流れの変化によって平均温度及び温度変動の分布は変化し,両壁面におけるヌセルト数及びその近傍における乱流伝熱は増加した.またこの時,両壁面近傍の乱流伝熱の比較より,負圧側における増大がより顕著であった.流れ方向回転によって両壁面近傍における縦渦構造も同様に変化し,流れに対して正方向の回転を持つ渦は強められ増加する一方,反方向に回転の渦は弱められ減少した.

流れと壁垂直方向に同時回転のチャネル乱流については,壁垂直方向の回転数を一定(ROχ=2Ωψδ/uτο=0.04 )として流れ方向の回転数を変化させた(ROχ=2.5〜15 ).壁垂直方向の回転が強いスパン方向の平均速度を誘起し,絶対速度はスパン正方向に傾いた.これにより,スパン方向回転が存在しないにもかかわらず,スパン方向回転と同様な効果が確認された.正圧側では乱流運動量・熱輸送を強くなるが,負圧側では乱流強度が抑制された.このため,摩擦係数とヌセルト数は負圧側で減少,及び正圧側で増大した.さらに,正圧側での大きなスケールの渦の発生もあり,この渦はおおよそ絶対速度方向に伸長していた.流れとスパン方向同時回転のCase IIと同様に,流れ正方向に回転する大きな渦は卓越し,流れと反対方向に回転する渦はさらに小さく弱められた.また,正圧側における渦構造及び縞状構造の増加,負圧側における乱流構造の減少を示した.

壁垂直とスパン方向に同時回転のチャネル乱流に関しては,壁垂直方向の回転数を一定(ROψ=0.04 )とし,スパン方向の回転数を変化させた(ROζ=2.5〜15 ).スパン方向回転の効果は依然としてチャネルの両側で運動量・熱輸送を支配していた.しかし,壁垂直方向回転によって絶対速度はスパン方向に傾くため,有効な“スパン”方向回転は弱められた.ここで,“スパン”方向というのはx-z平面における絶対速度垂直方向である.この結果,同じ回転数のスパン方向回転チャネルと比べ,正圧側における乱流の増大,及び負圧側における乱流の減少傾向が小さくなることを示した。

三軸方向の回転が同時に存在する場合では,回転数を適当に定めることにより(本研究でROχ=15 ,ROψ=0.04 とROζ=7.1 ),絶対平均速度,温度及び絶対乱流応力と熱流束の分布はチャネル中心に対称あるいは反対称となる場合がある.このケースでは,スパン方向回転の効果によりチャネル下壁面近傍の乱流強度は増大し,一方流れ方向と壁垂直方向回転の効果によって上壁面近傍の乱流強度が増大した.結果として乱流強度は両側において同程度となり,壁垂直回転からスパン方向回転のような効果の生じることが確認された.しかし,乱流構造は両壁面近傍において異なり,これら回転の効果の本質的な相違を示した.

最後に,一連の DNSより得られたデータ-ベースを用いてLESにおける既存の三つのSGSモデルの評価を非回転と回転チャネル乱流で行った.これら三つのモデルは Smagorinsky モデル(DSM) (6),Dynamic Mixedモデル(DMM)(7)及びDynamic Clarkモデル(DCM) (8) である.DSMとスペクトル・カットオフフイルタを同時に用いた場合,非回転および垂直方向回転チャネル乱流における予測はこれら三つのモデルの中で最も優れていることが分かった.また,他の回転チャネル乱流による結果を全て考慮すると,DMMの予測が最良であることを示した.モデル計算に必要なCPU時間を考えると,DSMのモデル式はその単純さ故にCPU時間が最短であり,DMMはスケール相似部分の計算量が多いためCPU時間が最長であった.

以上をまとめると,本論文では,小型回転機械中で回転効果を受ける壁乱流の基本的な力学機構及び熱輸送機構を解明するため,流れ方向に対して任意方向の軸周りに回転を伴うチャネル乱流のDNSを行った.多様な条件下でのシミュレーション結果より,基本的にはスパン方向の回転効果が最も著しいこと,しかし,他の回転成分が強くなると,乱れの再増幅・乱流渦の回転方向の選択性・スパン方向平均流の誘起による乱流構造の歪みなどの特徴が現れることも明らかにした.これらのシミュレーションで得られたデータベースは,三つのLESモデルの検証に用いられ,モデルとフイルタの選択によってより良い予測が得られること,また,総じてDMMによる予測は回転チャネル乱流においては最良であることを示した.

Johnston, J. P., Halleen, R. M., Lezius, D.K. 1972 Effects of spanwise rotation on the structure of two-dimensional fully developed turbulent channel flow. J. Fluid Mech. 56, 533-557.Launder, B. E., Tselepidakis, D. P., Younis, B. A. 1987 A second-moment closure study of rotating channel flow. J. Fluid Mech. 183, 63-75.Kristoffersen, R., Andersson, H. I. 1993 Direct simulations of low-Reynolds-number turbulent flow in a rotating channel. J. Fluid Mech. 256, 163-197.Elsamni, O. 2001 Heat and momentum transfer in turbulent rotating channel flow. Ph.D. diss., The University of Tokyo.Oberlack, M., Cabot, W., Rogers, M. M., 1999. Turbulent Channel Flow with Streamwise Rotation; Lie Group Analysis, DNS and Modeling. In 1st Int. Symp. Turbulence & Shear Flow Phenomena, Santa Barbara, 85-90.Germano, M., Piomelli, U., Moin, P. & Cabot, W. H. 1991 A dynamic subgrid-scale eddy viscosity model. Phys. Fluids A3 (7), 1760-1765.Bardina, J., Ferziger, J. H. & Reynolds, W. C. 1980 Improved subgrid scale models for large eddy simulation. AIAA Pap.80, 1357.Clark, R. A., J. H. Ferziger, & W. C. Reynolds 1979 Evaluation of subgrid-scale models using an accurately simulated turbulent flow. J. Fluid Mech. 91, 1-16.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は,”Momentum and Heat Transfer in Turbulent Channel Flow with Arbitrary Directional System Rotation”(任意方向軸周りに回転するチャネル乱流における運動量・熱輸送に関する研究)と題し,7章より成っている

近年,地球温暖化防止やエネルギーの有効利用を目指した技術開発,さらには化石エネルギー社会から水素エネルギー社会への転換の必要性が叫ばれる中,マイクロガスタービン/燃料電池ハイブリッドシステムに代表される次世代小型分散エネルギーシステムが注目されている.エネルギーシステムの超小型化及び分散配置により,従来の大規模集中型発電とは対照的に,超高効率で多様なエネルギー利用が可能であるという利点に期待が膨らんでいる.このようなシステムの高効率実現のためには,その中核をなすマイクロガスタービンの運転条件の柔軟性と高効率の達成が必要であり,そのためにはタービンや圧縮器等の回転機内の熱流動を性格に予測する設計手法が基礎技術として重要な課題となる.本論文は,このような小型高速のタービン,圧縮機といった回転機に生じる,回転系の乱流熱流動に関して,計算力学による基礎研究を行ったものである.計算手法としてはナヴィエ・ストークス方程式を忠実に数値積分する直接数値シミュレーション(DNS)を用い,またDNSによって得られた詳細データを用い,実用計算のための手法として注目されているラージ・エディ・シミュレーション(LES)におけるサブグリッド・スケール(SGS)モデルの評価を行っている.

第一章は序論であり,工業機器における回転乱流及びその準秩序乱流構造に関する従来の知見を概観し,なかでもマイクロガスタービンを核とする小型分散エネルギーシステムについて述べている.マイクロガスタービンの効率はそれを構成する機器中の熱流動の状態に大きく依存し,回転機器における圧力損失の低減,タービン翼の効率的な冷却等が重要な課題となる.これらの流れは乱流であることが多く,従って回転を有する系における乱流熱流動に関する研究が必要であると述べている.また,回転乱流をコリオリ力の働く方向によって体系的に分類し,過去に報告された研究を整理することにより,実際の機器において出現する任意方向軸周りに回転する乱流における運動量・熱輸送に関する研究は皆無であることを指摘している.LESによる実用計算のためのSGSモデル構築のためには,現象の理解および詳細データベースの構築が不可欠であり,そのためには任意方向軸周りに回転するチャネル乱流のDNSを行うことが必要であると論じている.

第二章では,回転乱流熱流動を支配する基礎方程式及び数値計算手法について述べている.回転デカルト座標系を採用し,流れの基礎変数としては壁面垂直方向速度及び壁面垂直方向渦度を用いており,温度はパッシブスカラーとして扱っている.数値計算手法として,空間離散化には高精度のフーリエ/チェビシェフ・タウ擬スペクトル法を用い,時間積分には2次精度のアダムス・バッシュフォース/クランク・ニコルソン法を用いている.LESにおけるSGSモデルとしては,ダイナミック・スマゴリンスキーモデル,ダイナミック・ミックストモデル,ダイナミック・クラークモデルの3種を選定し,その理論的背景,仮定及びモデルの導出過程を紹介している.また,過去に実験及び計算が行われた流れ系を対象に,本研究において開発した数値計算コードの検証を行っている.

第三章では,まずスパン方向回転のみ,主流方向回転のみが重畳する場合を取り上げ,それぞれの場合における乱流構造の変化とその力学機構について論じている.スパン方向回転の場合,回転による垂直応力の変化により,負圧側では乱流強度が減少し,安定化され,逆に正圧側では乱流強度が増大する.主流方向回転のみの場合は,壁面近傍の縦渦強度の増大に伴い,全領域で乱流強度が増大する.次に,スパン方向回転及び主流方向回転が重畳した効果について,回転速度の絶対値を一定とし,スパン方向回転と主流方向回転の比を変化させた場合(Case 1),及びスパン方向回転速度を一定とし,異なる速度の主流方向回転を付加した場合(Case 2)の計算を行っている.どちらの場合も,スパン方向回転の影響が支配的ではあるものの,負圧側で顕著に乱流強度が増大する等,それぞれの効果の単純な重ね合わせとして予測できない,複雑な効果が出現する.平均速度,変動速度およびそれらの収支,乱流構造や二次流れ構造の変化等に対する詳細かつ包括的な考察より,これら複合的回転効果による摩擦係数のような平均特性,そして流れ構造の複雑な変化に関する機構を明らかにしている.また,温度場に対しても同様の解析が行われて,熱伝達率や乱流熱流束の変化に対する機構を示している.

第四章では,まず壁垂直方向回転のみの場合の乱流構造変化について論じている.壁垂直方向回転のみの場合,コリオリ力によりスパン方向に平均速度を生じ,実効的な主流方向及び壁面近傍準秩序構造の方向が傾くことが最大の特徴である.続いて主流方向回転及び壁垂直方向回転が重畳する場合のDNSを行っている.この場合,陽的にはスパン方向回転が存在しないにもかかわらず,乱流構造はスパン方向回転下のそれに類似したものが観察される.この興味深い現象は,壁垂直方向回転及びスパン方向回転それぞれのコリオリ力の和がスパン方向回転のコリオリ力の方向成分に類似となることより,説明されている.さらに,このスパン方向回転効果による構造変化を打ち消すべく陽的にスパン方向回転を加えた補足的なDNSを行い,その説明を確かなものにしている.

第五章では,壁垂直方向回転及びスパン方向回転の重畳する効果についての計算を行っている.この場合でも第三章の場合と同様,スパン方向回転の影響が卓越するが,若干その効果は抑制される.この原因を,渦構造及びストリーク構造の可視化等の手法を用いて分析することにより,壁垂直方向回転によって誘起されるスパン方向平均速度によって実効的なスパン方向回転効果が抑制されるためであることを明らかにしている.

第六章では,以上において得られたDNSデータを利用し,LESにおけるSGSモデルの精度評価を行っている.回転の無い場合,本論文で考慮した3つのSGSモデルの中では,ダイナミック・スマゴリンスキーモデルとスペクトル・カットオフフィルタの併用が最も高い予測精度を与えるが,回転のある場合にはダイナミック・ミックストモデルとガウシアン・フィルタの併用がより高精度であるとしている.また,実用計算においては,おおよそ相反関係にあるモデルの精緻さと計算負荷のバランスを工学的に配慮して,モデルやフィルタの選定をする必要があることを指摘している.

第七章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめている

以上,本論文では,基本的な壁乱流であるチャネル乱流を対象に,回転のない場合,一方向に回転軸を有する三種類の場合,及び二方向に同時回転する三種類の場合についてDNSを行い,その流動構造や統計データを体系的に整理し,任意の方向の軸周りに回転する壁乱流に生じる乱流現象の一般的な力学機構・輸送機構について新たな知見を加えている.また,得られたDNSデータベースを用いて,既存のSGS乱流モデルの系統的な評価も示している.これらのDNSデータは,今後とも工学的な乱流モデルの構築のうえで標準的なデータベースとして役立てられ,さらには回転熱流体機器の性能向上に資するものと言える.従って,本論文は,乱流物理,乱流工学について新たな知見を加え,熱流体工学をはじめ機械工学の学術の上で寄与するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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