学位論文要旨



No 118583
著者(漢字) 古川,慈之
著者(英字)
著者(カナ) フルカワ,ヨシユキ
標題(和) 自由曲面形状の生成と再利用に関する研究
標題(洋)
報告番号 118583
報告番号 甲18583
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5602号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 増田,宏
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 助教授 白山,晋
 東京大学 助教授 村上,存
 横浜国立大学 教授 前川,卓
内容要旨 要旨を表示する

近年,製造業では3 次元CAD を利用した製品設計が普及し,CAD によって作成された形状データを利用した生産(CAM) や数値解析(CAE) が広く行われるようになった.CAD で形状データを作成することによる利点は多いが,複雑な形状データを作成することには多くの労力を要し,データの共有と再利用に対する要求は強い.本研究では,自由曲面形状を対象として,データの作成(モデリング),共有と再利用に関する支援を行うことを考え,以下の3つを研究対象とする.

曲面データ圧縮 自由形状のカットアンドペースト編集 曲面形状の生成とフェアリング

曲面データ圧縮では,CAD で作成された曲面データをネットワーク経由で交換する際に重要となるデータ圧縮技術について述べる.データ交換する際の交換形式の標準化は進んでいるが,データ量が多い場合には標準化された中間ファイルのデータ量が膨大になってしまうという問題があるため,データの利用目的に応じた許容精度を設定してデータの軽減を実現する.本研究では,NURBS 曲面を対象としたデータ圧縮手法を構築した.構築した圧縮手法によって,曲面データは境界曲線ネットワークと,曲線ネットワークから得られる補間曲面との差分データの組合せで表現される.差分データの形式は要求される精度と品質から3 種類定義し,利用目的に応じて使い分ける.さらに,境界曲線と差分データはそれぞれ個別に圧縮操作を施される.伸長時には,圧縮時に指定した許容誤差の範囲内で,NURBS 曲面が復元される.これによって,利用目的に応じたデータ量と品質の指定が可能で,かつ既存のシステムで直接利用可能なデータ交換を実現する.

自由形状のカットアンドペースト編集では,自由形状のモデリングを支援する編集手法の研究を行う.この手法では,滑らかな曲面上に存在する詳細な形状を取り出し,ベースとなる形状と詳細な形状を独立に編集できるようにすることで,形状設計を直観的で容易にし,形状データの再利用を支援する.本研究では,3 角形メッシュモデルを対象に,制約付きB-spline ボリュームフィッティングに基づく自由形状の切り取りと貼り付け手法を構築した.構築した手法は,詳細な形状の切り取りと貼り付けによって形状の位相が変化する編集を可能とし,かつ貼り付けによって生じる形状の自己交差を抑制することを可能とした.これによって,従来より複雑な形状の編集を可能とし,詳細な形状の部分的な再利用を促進する.

曲面形状の生成とフェアリングでは,CAD による形状設計の中でユーザへの負担が大きい曲面形状設計の支援を行う.複雑な曲面形状を一から設計する作業は,設計対象に関する知識とCAD によるモデリング操作に関する知識の両方が必要となる.これを既存形状の参照による曲面生成や,既存形状の特徴を利用した形状修正を取り入れることでコストの軽減を実現する.本研究では,船型設計における曲線群からの曲面パッチモデル生成を対象としたパッチ分割法を提案する.提案するパッチ分割法は,曲面生成における高品質の基準(フェアネス) を元に対象形状を再帰的に分割する.これによって,対象形状の品質を保つパラメータ化を実現し,曲面フェアリングによる品質と精度を保証する.

利用目的に応じたデータ圧縮,複雑な自由形状の再利用を可能とする切り取りと貼り付け操作,参照形状を利用した曲面形状の生成とフェアリングという3つの技術の各々について実装と評価を行い,それぞれの有効性を示した.

審査要旨 要旨を表示する

製造業ではデジタルエンジニアリングの普及により、多くの場面で3次元形状データが使われるようになってきた。その結果、形状モデルが容易に生成でき、共有・再利用ができる環境の構築に対する要求が強くなっている。本論文は自由曲面形状を対象とし、データの作成(モデリング)・共有・再利用を支援するための研究について述べられており、5つの章で構成されている。

第1章では、自由曲面形状のモデリング・共有・再利用に関する研究の重要性について、その背景と目的が述べられている。本論文では、3つの研究テーマを取り上げている。その内容は、曲面データ圧縮、自由形状のカットアンドペースト編集、曲線群からの曲面生成とフェアリングである。これらの研究は、自由曲面形状のモデリング・共有・再利用を達成するために非常に有用であるものの、現時点で入手可能な商用システムでは実現が困難なものである。

第2章では、ネットワークを介した曲面形状データの共有を支援するための研究として、曲面データ圧縮について述べられている。ここでは機械系CADで汎用的に使われているNURBS曲面のデータ圧縮を行う手法を提案している。従来の圧縮手法では、多くの場合、3角形メッシュや他の曲面形式への変換が必要であった。また、NURBS曲面を対象とした圧縮手法も提案されていたものの、圧縮によって個々の曲面パッチ間に隙間が生じるため、品質が劣化するという問題があった。これに対して、本論文では、境界曲線を内挿して近似曲面を生成し、元の曲面との差分を符号化する手法を提案した。さらに、差分の符号化の際に、制御点座標の高周波成分の解像度を落とす損失のある圧縮を施すことで、圧縮率と品質のトレードオフを制御できることを示した。それにより、圧縮率を大きくしたときもパッチ間の隙間が生じない、効率的な圧縮が実現できた。本研究の成果によって、ほとんどの形状処理システムが扱える形式でのデータ共有と再利用を促進できる曲面データ圧縮が可能となった。

第3章では、自由形状の再利用によるモデリングを支援するための研究として、自由形状のカットアンドペースト編集について述べられている。自由形状のカットアンドペースト編集とは、滑らかで平坦な形状の上に存在する詳細な形状を対象として、形状の切り取りと貼り付けを実現する形状編集手法である。ベースとなる形状と詳細な形状を独立に管理して再利用することが可能なため、再利用における柔軟性が高いという特徴がある。この編集手法は近年盛んに研究がなされているが、2つの大きな問題点が存在する。ひとつは、詳細な形状を貼り付けた後の形状に自己交差が生じる可能性があることである。もうひとつは、ベース形状と詳細形状が位相同型でない場合には適用が難しいことである。これに対して、本研究では、R3 から R3 への空間的な写像に基づくカットアンドペースト編集手法を提案し、それによって上記の問題点を解決できることを示している。空間的な写像は、制約付きのパラメトリックボリュームフィッティングとして定式化し、ボリュームの平滑さの指標を含む目的関数の最適化によって算出できることが示されている。以上のような手法の提案により、再利用することが可能な自由形状の定義域が拡大し、形状データの再利用に大きく貢献したといえる。

第4章では、過去に設計したワイヤフレームデータを再利用して高品質な曲面を生成するための研究として、曲線群からの曲面生成とフェアリングについて述べられている。このような曲線群からの曲面生成は船型設計においてよく用いられるものであるが、従来手法では、生成された曲面に無視できないうねりが生じ、手作業による修正が必要となることが多かった。そこで、本研究では、曲率分布に応じた拘束点の配置を導入した曲面生成を導入することで、微小な曲面の歪みと比較的大きな歪みを同時に除去する方法を示した。ただし、この場合においても、曲面の滑らかさと精度の間に存在するトレードオフが問題となりうることがわかった。この問題は曲面を複数のパッチに分割することで軽減できることが知られているが、その分割基準は明らかではなかった。そこで、本研究では、曲面の品質基準を定式化した指標を用いて曲面の分割線の決定を支援する手法を提案している。

第5章では、自由曲面形状のモデリング・共有・再利用に対して、研究によって得られた成果をまとめ、今後の課題と展望を述べている。

以上、本論文は自由曲面形状のモデリング・共有・再利用を促進するために解決すべき要素技術を示し、それぞれの実現手法とその効果を示した。それによって、製品設計支援技術に関する重要な知見が多数得られている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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