学位論文要旨



No 118584
著者(漢字) 吉田,基樹
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,モトキ
標題(和) 波浪中加速度運動浮体に働く非線形相互作用流体力について
標題(洋)
報告番号 118584
報告番号 甲18584
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5603号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木下,健
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 教授 山口,一
 大阪大学 教授 内藤,林
 九州大学 教授 柏木,正
内容要旨 要旨を表示する

係留された船舶や海洋構造物の長周期動揺運動は、船舶海洋工学の最も重要な課題の一つである。長周期動揺運動は緩やかに変動する2次(波振幅に対し)流体力により励起され、それが係留系の固有周期と共鳴した場合大振幅水平運動が誘起されるので、係留系の設計には値は小さくともこの2次流体力を正確に推定する必要がある。この場合の2次流体力とは、いわゆる波漂流減衰係数並びに波漂流付加質量を含む長周期流体力を意味する。

2次流体力のうち波漂流減衰係数については、従来より理論と実験の両面から多くの研究がなされてきた。これらの大半は、理論面では波漂流減衰係数を定常波漂流力の漂流速度に対する速度=0での微分係数として解釈し、実験面でも規則波中の小さな定常漂流速度に対する付加抵抗として定常波漂流力から測定するという、いずれも準定常法的な手法であった。

しかしながら、実際の長周期動揺運動は変位と共に速度、加速度が周期変動する振動運動であり、従来の準定常法では速度比例項の波漂流減衰係数は取扱えても、加速度比例項である波漂流付加質量については全くこれを導出できず、波漂流付加質量を波漂流減衰係数と共に入射波と長周期動揺運動との相互作用に起因する一対の物理量として取扱える理論及び実験が必要となっていた。

そこで、本論文では、準定常法ではなく動的な手法にもとづいた理論と実験法を用いて波漂流付加質量に関する検討を行い、海洋波2次オーダー現象と考えられる長周期動揺運動を総合的に理解するための基礎特性把握を試みた。

まず、理論面では、ポテンシャル流れの仮定にもとづいたNewmanの摂動法を拡張し、直接に入射規則波と浮体低周波数運動との非線形相互作用をシミュレートするため、2つの時間スケール及び2つの微小パラメーターを使った摂動法による理論計算法を開発した。即ち、浮体低周波数運動に追従して動く移動座標系を導入し、速度ポテンシャルを波振幅のオーダーと低周波数運動振動数のオーダー毎に調和時間依存性を考え合せて摂動展開し、それぞれのポテンシャルの境界値問題を設定した上でそれらを解き、その結果、波漂流付加質量の定式化を初めて達成した。

本論文で考えるべきポテンシャルとしては、オーダーを(波振幅, 低周波数運動振動数)の次数で表すことにして、「基本的ポテンシャル」の(1,0)次オーダー線形ポテンシャル及び(0,1)次オーダー撹乱ポテンシャルに加え、「従来準定常法で既に解けているポテンシャル」の(1,1)次及び(2,0)次オーダー・ポテンシャル、並びに、「本論文で解かなければならない高次オーダー・ポテンシャル」の(1,2)次及び(2,1)次オーダー・ポテンシャルが挙げられる。

本論文においては、「高次オーダー・ポテンシャル」をまず従来法の拡張によって解くことを試み、この方法では(1)解くことのできた解に遠場での発散つまりsecular性が見られること、(2)自由表面上積分における被積分関数の非収束、(3)自由表面上積分における積分の発散という3つの課題が生じる事を示した。そして、それらの課題を以下のように検討し解決した。

そもそも本摂動法におけるポテンシャル解の有効性は、入射波の波長又は浮体の代表長さに比べると同程度であるが浮体低周波数運動による放射波に比べると極めて小さい距離の範囲内の浮体近傍領域「near-field」に限定される。浮体表面圧力(ポテンシャル)の積分によって流体力(波漂流付加質量)を求める本論文のような場合には、secularなポテンシャル解を用いても特に問題はない。本論文では課題(1)に関し、「従来準定常法で既に解けている」(1,1)次オーダー・ポテンシャルに対してmulti-scale摂動法の応用によって遠場でのsecularityのないnon-secular理想解を求め、浮体表面上ではsecular解もnon-secular理想解も同じ値をとることを証明し、流体力の「near-field」計算にsecular解を用いても問題がないことを確認した。

課題(2)及び(3)は、最も重要な問題であるが、従来法の拡張では解決が不可能であり、本論文では、「高次オーダー・ポテンシャル」に対する新しい解法の開発に取組みそれを完成させた。即ち、ポテンシャル境界値問題がGreenの公式による積分方程式に帰着されることの原点にもどり、積分方程式の唯一解の存在条件としてのポテンシャル無限遠境界条件を論じ、新たに各高次オーダー・ポテンシャルに対する無限遠境界条件を得ると共に各高次オーダー・ポテンシャル解の定式化を達成した。同時に、高次オーダー・ポテンシャル毎の自由表面条件forcing項並びに無限遠におけるポテンシャル挙動を提示した。この結果、加速度に比例する物理量である波漂流付加質量を高次オーダー・ポテンシャルの含まれた完全な形として定式化した上その具体的計算結果も示し、従来は不可能であったその理論計算を可能とした。但し、本論文における波漂流付加質量の理論計算は、海底に接した鉛直円柱の低周波数surge運動ディフラクション問題におけるsurge方向流体力という最も簡単な場合に対しての例である。しかしながら、この簡単な例を実機又は実験条件に適合したディフラクション及びラディエーション問題或いは他の水平低周波数運動も含めた浮遊円柱又は円柱列問題に一般化することは、計算は複雑にはなるが、原理上の困難さはない。

次に、実験面では、幾何学的相似則とFroude相似則とを前提とし、実機海洋構造物の船舶、SPAR、Semi-sub型をシミュレートするため浮遊円柱又は円柱列模型を用い、更に振り子式強制動揺実験装置を工夫すること並びに自由減衰実験を併用することにより、波漂流付加質量を系統的かつ広範囲に精度よく計測した。その工夫内容は、柔かいばねを通して線形応答運動を許しかつ1次波強制力を吸収しつつ模型をゆっくり強制動揺させ、強制動揺振動数を振り子システム固有振動数より若干高めに設定することで小さな2次オーダー量を精密に取出せるようにした点である。これらの実験結果と得られた知見を以下に述べる。即ち、

本研究の実験により、入射波と浮体低周波数運動との非線形相互作用の結果である波漂流付加質量という流体力が確かに存在することを確認した。また、(1,1)次オーダー・ポテンシャルまでを含んだ理論計算結果は、実験結果と全体的傾向としてかなり良く一致した。

強制動揺実験結果と自由減衰実験結果とは、非常に良く一致した。自由減衰実験では広範で系統的な実験は不可能であるが、その反面極めて単純な実験であるため、自由減衰実験値が強制動揺実験値と一致するという事実は強制動揺実験結果の精度を強固に裏付けることになる。

浮遊円柱列模型の実験より、波漂流付加質量は波数に対してhump and hollow(山と谷)を持った依存性を示すことが認められた。この依存性は、円柱間の干渉による効果であるが、本論文による理論計算によっておおよそ説明できた。また、波漂流付加質量の実験値は、入射波振幅の2乗にほぼ比例することが分った。

波漂流付加質量の実験値には、浮体の喫水の影響が認められなかった。この事実より、波漂流付加質量は自由表面近傍で決定される物理現象であると結論できる。さらに、波漂流付加質量の低周波数運動振動数及び低周波数運動振幅に対する依存性は、大きくないことが示された。

本論文の実験結果から実際の海洋構造物に対する波漂流付加質量の影響を推量すると、特に複数column間の波干渉を誘起するSemi-sub型海洋構造物の場合、波漂流付加質量の浮体長周期運動振幅への影響が6%程度(波高/波長比=1/26~1/22)から波が急峻な時には30%程度(波高/波長比=1/13~1/11)にもなることが試算された。即ち、波漂流付加質量は、波高/波長比が1/20程度の海洋において、もはや無視できない物理量であると認識すべきである。

更に、本研究の結果、一連の海洋2次オーダー物理量である定常波漂流力、波漂流付加質量及び波漂流減衰係数の実験値の確定と理論計算値との総合的比較、特に、高次(1,2)、(2,1)次オーダー・ポテンシャル或いは線形ラディエーション運動の影響の検討が可能となった。

審査要旨 要旨を表示する

船舶海洋工学の最重要課題の一つである係留された船舶や海洋構造物の長周期動揺運動は、緩やかに変動する、波振幅に対して2次の流体力により励起され、それが係留系の固有周期と共振した場合大振幅水平運動が誘起されるので、係留系の設計にはこの2次流体力を正確に推定する必要がある。

2次流体力のうち波漂流減衰係数に対しては、理論面では波漂流減衰係数を定常波漂流力の漂流速度に対する速度零での微分係数として解釈し、実験面でも規則波中の遅い定常漂流速度に対する付加抵抗として定常波漂流力から測定するという、いずれも準定常法的な手法が用いられていた。しかしながら、実際の長周期動揺運動は変位と共に速度、加速度が周期変動する振動運動であり、従来の準定常法では速度比例項の波漂流減衰係数は取扱えても加速度比例項である波漂流付加質量は導出できず、これを取扱える理論及び実験が必要となっていた。

そこで、本論文では、準定常法ではなく動的な手法にもとづいた理論と実験法を用いて波漂流付加質量に関する検討を行った。

まず、理論面では、ポテンシャル流れの仮定にもとづいたNewmanの摂動法を拡張し、直接に入射規則波と浮体低周波数運動との非線形相互作用をシミュレートするため2つの時間スケール及び2つの微小パラメーターを使った摂動法による理論計算法を開発した。即ち、浮体の低周波数運動に追従して動く移動座標系を導入し、速度ポテンシャルを波振幅のオーダーと長周期運動振動数のオーダー毎に調和時間依存性を考え合せて摂動展開し、それぞれのポテンシャルの境界値問題を設定した上でそれらを解き、その結果、波漂流付加質量の定式化を初めて達成した。考えるべきポテンシャルとして、オーダーを(波振幅, 長周期運動振動数)の次数で表すことにして、「基本的ポテンシャル」の(1,0)次オーダー線形ポテンシャル及び(0,1)次オーダー撹乱ポテンシャルに加え、「従来準定常法で既に解けているポテンシャル」の(1,1)次及び(2,0)次オーダー・ポテンシャル、並びに、「本論文で解かなければならない高次オーダー・ポテンシャル」の(1,2)次及び(2,1)次オーダー・ポテンシャルを挙げた上で「高次オーダー・ポテンシャル」をまず従来法の拡張によって解くことを試み、主に自由表面上積分における積分の発散という課題が生じる事を示した。従来法の拡張ではこれを解決することは不可能であり、本論文では、ポテンシャル境界値問題がGreenの公式による積分方程式に帰着されることの原点にもどり、積分方程式の唯一解の存在条件としてのポテンシャル無限遠境界条件を論じ、新たに各高次オーダー・ポテンシャルに対する無限遠境界条件を得ると共に各高次オーダー・ポテンシャル解を定式化した。同時に、高次オーダー・ポテンシャル毎の自由表面条件非斉次項並びに無限遠におけるポテンシャル挙動を提示した。この結果、加速度に比例する物理量である波漂流付加質量を高次オーダー・ポテンシャルの含まれた完全な形として定式化した上その具体的計算結果も示し、従来は不可能であったその理論計算を可能とした。但し、本論文における波漂流付加質量の理論計算は、海底に接した鉛直円柱の低周波数前後揺れ運動ディフラクション問題における前後揺れ方向流体力という最も簡単な場合に対しての例である。しかしながら、この簡単な例を実機又は実験条件に適合したディフラクション及びラディエーション問題或いは他の水平低周波数運動も含めた浮遊円柱又は円柱列問題に一般化することは、計算は複雑にはなるが、原理上の困難さはない。

次に、実験面では、幾何学的相似則とFroude相似則とを前提とし、浮遊円柱又は円柱列模型を用い、更に振り子式強制動揺実験装置を工夫すること並びに自由減衰実験を併用することにより、波漂流付加質量を系統的かつ広範囲に精度よく計測した。その工夫内容は、柔かいばねを通して線形応答を許しかつ1次波強制力を吸収しつつ模型をゆっくり強制動揺させ、強制動揺振動数を振り子システム固有振動数より若干高めに設定することで小さな2次オーダー量を精密に取出せるようにした点である。実験結果は、(1,1)次オーダー・ポテンシャルまでを含んだ理論計算結果と全体的傾向としてかなり良く一致した。強制動揺実験結果と自由減衰実験結果とは、非常に良く一致した。次に、浮遊円柱列模型の実験結果より波漂流付加質量は波数に対してhump and hollow(山と谷)を持った依存性を示すことが認められた。この依存性は、円柱間の干渉による効果であるが、本論文による理論計算によっておおよそ説明できた。更に、波漂流付加質量の実験値は入射波振幅の2乗にほぼ比例することが分った。また、波漂流付加質量の値には浮体の喫水の影響が認められなかった。これより波漂流付加質量は自由表面近傍で決定される物理現象であると結論できる。

本論文の結果より、特に複数コラム間の波干渉を誘起するセミ・サブ型海洋構造物の場合、波漂流付加質量の浮体長周期運動振幅への影響が6%程度(波高/波長比=1/26~1/22)から波が急峻な時には30%程度(波高/波長比=1/13~1/11)にもなることが試算される。従って、実際の海洋構造物に対する波漂流付加質量は、波高/波長比が1/20程度の海洋において最早無視できない物理量であると言うことができる。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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