学位論文要旨



No 118585
著者(漢字) 金,岡秀
著者(英字)
著者(カナ) キム,カンスー
標題(和) 自律型海中ロボットの環境外乱中における最適誘導法及び追従制御
標題(洋) Optimal Guidance and Tracking Control of Autonomous Underwater Vehicle under Environmental Disturbances
報告番号 118585
報告番号 甲18585
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5604号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浦,環
 東京大学 教授 浅田,昭
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 鈴木,英之
 東京大学 助教授 林,昌奎
内容要旨 要旨を表示する

本研究では自律型海中ロボットの動力学・制御及び誘導の問題を中心的なテーマとして取り扱っている。自律型海中ロボット(Autonomous Underwater Vehicle)とは人間やケーブルを用いた遠隔操縦などによらず,自律的に外部環境に対する判断や適切な行動を行う無索無人潜水機のことを指す。未知の海中環境下で自律型海中ロボットが安全かつ有効な行動を行う為には,外部環境に対する優れた認知能力及び判断能力,また適切な対応能力が必要不可欠である。認知や判断能力の向上の為にはセンサー性能の高度化及び視聴覚認知における知能化が要求される。適切な対応能力の為には周りの状況に対する正確な判断能力及び対応決定の最適化が必要であり,この実現のための必須な要素の一つとして本研究では最適誘導及び制御の問題を取り扱った。

本研究は大きく分けて三つの柱から構成される。まずは運動制御システムの設計及び構築において必要となるダイナミック・モデルの導出及びこれを用いたロボットの動力学的特性解析(運動シミュレーション)に関する研究であるが,これは他の研究のベースとなるものであり,初めに行った。研究対象の海中ロボットとしては,生産技術研究所海中工学研究センターが開発した実用機“R-Oneロボット”を選んだ。ある力学システムのダイナミック・モデルは運動方程式としての微分方程式で記述するのが一般的であるが,この場合モデルの完成の為には,何らかの手法で方程式の各係数を求めなければならない。航空力学の分野ではこれらを‘安定微係数 (stability derivative)'というが,水中ロボットや船舶,航空機などのように外力を周りの流体との相互作用によって受けるものの場合,その値はシステムの流体力学的特性によって決定される。本研究では外力としての流体力とそのモーメントを計算流体力学 (CFD)的手法による数値解析によって求めることにした。そして,求めた流体力とモーメントの数値微分によって安定微係数を計算し,ダイナミック・モデルを完成した。航空機や潜水艇など流体中で3次元運動を行う移動体の場合,各運動モード間の連成効果の大きさを考慮し,横と縦方向の個別運動で分離して全体の運動を取り扱う場合が多い。本研究でもこのような手法に従い,各運動モードに対するシミュレーションを行い,導出したダイナミック・モデルの精度を確認した。横方向に対しては旋回,縦方向に対しては潜水運動を計算してみたが,どちらも実験による結果と極めて高い精度での一致が得られ,計算流体力学的解析を用いたダイナミック・モデリングが有効であることを確認した。

次の研究の柱は運動制御システムの設計及び応用に関するものである。海中ロボットの望ましい行動は運動制御によって具体化されるものであるため,適切な行動を導出することが可能な運動制御システムの設計は,海中ロボットの運用上極めて重要な事項である。運動制御システムのコントローラ・モデルとしてはPIDコントローラを選択し,目標値追従性,迅速性及びロバスト性の観点から最適のゲインを求めた。極端に厳しい環境条件下では,PIDコントローラでは対応力を失なってしまうという報告もあるが,海中ロボット自体が持っているアクチュエーション力と比べると,相当大きい減衰力及び慣性力が海中ロボットの動力学的環境下では作用することを考慮すると,PIDコントローラはほとんどの範囲で有効な対応が可能と思われる。

海底地形の調査や海中人工物の検査,管理など海中ロボットには特定の既定経路を追従しなければならない場合がしばしばある。しかし海中環境には様々な原因で潮流などの環境外乱が存在する場合が多く,これに対する適切な対応なしには経路追従は難しい。このような観点から本研究では目標方位の補正をおこなうことにより目標経路に垂直した外乱速度成分の相殺を図り,外乱影響の中でも目標経路の追従が出来る制御法を提案した。本制御法の基本原理は極めて単純だが,一般の方位制御コントローラ・モデルの簡単な修正により実現できるものであり,実用の面においてはかなり有益と思われる。

最後に,本研究中最も中心的な柱である最適誘導法に関して述べる。前述のとおり海中環境に多く存在する潮流などの外乱は,海中ロボットの動作に障碍を与える望ましくない存在であるが,発想を転換してそれらの持つ運動量をロボットの移動において積極的に利用し,所要時間の短縮や燃料消費の節減などを図ろうとするものが最適誘導研究の核心的な考え方である。潮流中における船の最短時間操縦(誘導)の問題は既にBrysonとHoによって変分法で定式化され,微分方程式としての最適誘導則も導出されている。しかし,この微分方程式は方位角を制御入力にする初期値問題であるのに正しい(すなわち最適解が得られる)初期値が未知なため,実際の適用は困難である。本研究ではこのような難点を克服し,与えられた潮流分布に対して常に最適の誘導則を数値的に求めることのできる手法を開発した。この手法ではまず最適でない任意の誘導でロボットを目的の位置まで移動させる。その時の所要時間は誘導が最適でなかったため,未知の最適誘導の所要時間よりは必ず長くなる。従ってこの所要時間を参照にして,0から360度範囲の方位角に対して最適誘導則を適応してみると,試している初期方位が正しい初期方位であれば,参照時間に達する以前に目標点に着いているはずである。これが本研究において開発した任意分布外乱に対応可能な最適誘導則であり,様々な潮流分布に対して適用できるものであり,常に最適の誘導則が得られることを確認した。導出した最適誘導則はHamiltonianの時間非依存性によって,潮汐のように時間変動する潮流分布にも対応が可能であり,実際に最適誘導が行われることをシミュレーションによって確認した。

以上のように本研究によって自律型海中ロボットが様々な外的環境に対応し、最適な行動を実現していくための方法を確立した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、航行型の自律型海中ロボット (AUV : Autonomous Underwater Vehicle) の動力学、制御及び誘導の問題を中心的なテーマとして取り扱い、流れのある環境で目的地点まで最小エネルギで到達する手法を提案している。

第1章では、航行型のAUVの開発状況と制御の問題を概観している。

第2章では、誘導問題の基礎となるロボット動力学についての基礎的な解析手法について述べ、東京大学生産技術研究所で開発した航行型AUVのR-One Robotを対象として、CFDによる流体力微係数の解析、ロボットのモデリング、および運動の分析をおこなっている。

第3章では、前章の解析結果を基にして下位の制御手法について古典的なPID制御について述べ、R-One Robotの制御則を導き、シミュレーションによりPID制御の有効性を示している。

第4章では、流れのある海域で目標地点に最小エネルギで到達するための最適誘導法について研究をおこなっている。海中環境において常に存在する潮流などの外乱は望ましいものではないが、これの持つ運動量をロボットの移動において積極的に利用し、所要時間の短縮や燃料消費の節減などを図ることができる。Bryson とHoによって、潮流中における船の最短時間操縦の問題は変分法で定式化されており、微分方程式としての最適誘導則も導出されている。しかし、この微分方程式は方位角を制御入力とする初期値問題であり、実際は初期値が未知なため、一般的な問題に対して適用は困難である。これに対し本研究では、与えられた潮流分布に対して常に最適な誘導経路を数値的に求めることのできる数値解法AREN (Arbitrar Reference Navigation) を開発した。この手法では、まず任意の誘導でロボットを目的の位置まで移動させる。この所要時間を参照にして、0から360度範囲の方位角に対して最適誘導則を適応する。試している初期方位が正しい初期方位であれば、参照時間に達する以前に目標点に着くことになる。ARENではこれを利用して最適誘導経路を導くのである。本手法は、様々な潮流分布に対して適用できるものであり、常に最適の誘導則が得られることをシミュレーションによって確認した。

さらに、導出した最適誘導則はHamiltonianの時間非依存性によって、潮汐のように潮流分布が時間変動する場合にも対応が可能であることを示した。また、実際に最適誘導が行われることをシミュレーションによって確認した。

第5章では、本研究の3本の柱である、1)運動制御システムの設計及び構築において必要となるダイナミック・モデルの導出及びこれを用いたロボットの動力学的特性解析(運動シミュレーション)に関する研究、2)運動制御システムの設計及び応用、および3)最適誘導法についての検討を総合的におこなっている。

第6章では、研究をまとめ、本研究で提案したARENがAUVが様々な外的環境に対応し、最適な行動を実現していくための方法を確立したと結論づけている。

以上のように、本論文は、AUVの最適誘導法を求めるための新しい手法ARENを提案し、AUVの展開をより有効に行うことを可能とし、これにより海中ロボット学の分野において新しい知見をもたらした。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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