学位論文要旨



No 118586
著者(漢字) 姜,成洙
著者(英字)
著者(カナ) カン,ソンス
標題(和) 多孔固体およびイオン導電性高分子材料の計算モデリングに関する研究
標題(洋)
報告番号 118586
報告番号 甲18586
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5605号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
内容要旨 要旨を表示する

近年、新素材開発の機運が高まる中で様々な機能を持つ材料が生まれつつあり、多孔質材料(Porous materials)または発砲金属(Porous metals)がその一つとして注目されている。多孔質材料の用途は一口に言えないほど多様であるが、中でも多孔質セラミックス材は閉気孔性の多孔体のものが多く、断熱材や防音材、軽量壁材などの建築材料、排ガス浄化用フィルタ、熱交換機の部品、電解隔膜、バイオリアクター用担体などの機能用として広く使われている。機能性の確報のためには、材料中の気孔の存在が不可欠であるが、このため低強度となり、機能と強度のバランスが必要となり、使用条件の多様化とともに一定の機械的強度が要求されている。これらの素材の機械的強度に大きな影響を与える、微小介在物あるいは微小空孔を含む固体の巨視的力学挙動を記述する際に、それらの量とマクロ弾性定数あるいはマクロ降伏応力などの関係が必要となる。特に、材料内部の微視的空孔の影響はボイド間の距離、方向あるいは位置によって様々に異なるため、ボイドを規則配列した平板の塑性変形においては顕著な巨視的異方性が現れる。一般の延性材料において、材料内部の微視的空孔が材料の巨視的力学特性に与える影響の把握は重要な課題であり、実験的にこれらの微視的情報を得ることも、現状では困難である。また、多孔固体における延性破壊過程では、まず荷重方向に伸びたボイドのリガメント部分における塑性変形の局所化が起こった後、ボイドが成長、合体する現象が見られる。特に、複数のボイドを有する固体のボイド結合を伴う破壊機構について、様々な実験的、解析的研究が行われているが、多数のボイドを含む固体の破壊機構を直接数値的にシミュレートした研究は見られない。これらの微視損傷を含む固体の巨視的力学特性に関する議論において、メソスケールにおける材料の変形過程や破壊挙動の解明は重要な課題である。

一方、ロボット用の電気駆動アクチュエータあるいは人工筋肉、MEMSへの応用の観点から、イオン導電性高分子・金属複合材料(Ionic conducting Polymer-Metal Composites;IPMC)が注目を集めている。パーフルオロスルフォン酸膜の両面に白金電極をめっきしたイオン導電性高分子ゲル膜アクチュエータの屈曲運動が、1992年に小黒により発見されており、その後デュポン社製のNafion膜の両面に白金板を装着したIPMCアクチュエータの動作に関する実験的、理論的研究が行なわれている。電場によるクーロン力によって水和した移動性陽イオンが陰極側に引き寄せられ、陰極側が膨潤、陽極側が収縮することにより、IPMCはりの曲げ変形が起こる。高分子アクチュエータには、現状では出力や耐久性の面で人体の持つ筋肉に及ばないが、近年の急速な研究開発は間もなくその溝を埋めつつあり、日常生活中の駆動装置の多くがこのアクチュエータに置き換わる大きな可能性を秘めている。また、筋肉のような材料を人工的につくりだすことができるならば、機械における動力部を生物と同じ動きをする柔らかいアクチュエータで構成することができ、工学や医療分野への寄与は大きい。IPMCアクチュエータの動作に関する電気・化学・力学的モデリングについて幾つの研究例が見られるが、IPMCアクチュエータの設計に有用な、一般的な計算モデリングは未だ存在しない現状である。

本論文は多孔固体およびイオン導電性高分子材料などの先端材料を用いたデバイスの設計に役立つ計算モデリングに関する研究の成果をまとめたものであり、まず自然要素法による二次元メソスケール解析手法を、多数のインクルージョンやボイドを含む二次元固体の巨視的力学特性の解析に拡張適用し、微視損傷とマクロ弾性定数との関係および微視損傷分布形態とマクロ降伏応力との関係について数値的に検討した。なお、マイクロボイドからのクラック進展、ボイドの結合などを含む延性固体の弾塑性損傷破壊解析に拡張適用した。さらに、IPMCアクチュエータの動作に関する電気・化学・力学的モデリングを一般化することを目的に、電気化学反応の支配方程式に対する有限要素定式化を行い、IPMCはりおよび平板の電界下における三次元変形応答解析を行なった。

本論文では以下のことを目的とし、その具体的内容について述べる。

微小インクルージョンやボイドの面積率とマクロ弾性定数との関係を検討することで、マイクロクラッキング脆性固体に対し著者らにより提案された、自然要素法によるメソ解析手法を、多数のインクルージョンやボイドを含む二次元固体の巨視的力学特性の解析に拡張適用し、Self-consistent法やMori-Tanaka法などの理論解法との比較を行う。

多数の円孔の配列構造と巨視的降伏関数との関係を検討することで、マイクロボイドを含む二次元固体のモデルとして多数の円孔を格子状に規則配列した多孔平板を想定し、解析結果を既存の理論解および実験結果と比較する。

ボイドの結合を対象とした複雑な弾塑性損傷破壊解析手法の開発することで、自然要素法による二次元メソスケール損傷解析手法を、マイクロボイドからのクラック進展、ボイドの結合などを対象とした複雑な弾塑性損傷破壊解析に拡張適用する。多数の円孔を不規則的に配列した多孔平板に対し、単軸引張りおよび二軸引張りの強制変位を与えた場合のボイド結合を含む計算結果を、円孔の大きさやひずみ硬化指数および円孔間距離などを考慮したGeltmacherらによる実験結果と比較する。

IPMC材を利用した電気駆動アクチュエータの設計を支援する計算手法の開発することで、PopovicとTayaおよびTadokoroらが提案した電気化学反応の支配方程式に対し、Galerkin法に基づく有限要素定式化を行い、解析結果を差分法による計算結果と比較し、その定式化を検証する。さらに、その結果から得られる固有ひずみを三次元固体の有限要素解析に入力することにより、NafionベースIPMCはりおよび平板、FlemionベースIPMCはりの電界下における三次元変形応答を計算し、合理的な結果が得られることを確認する。

本論文は全7章で構成されており、その内容は以下のようになっている。第1章では、本論文の背景、目的、位置付けおよびその概要について述べる。第2章では、自然要素法による二次元メソスケール解析手法を、多数のインクルージョンやボイドを含む二次元固体に対し、微視損傷とマクロ弾性定数および微視損傷分布形態とマクロ降伏応力、弾塑性損傷破壊解析などについて拡張適用するために、NEMの形状関数であるNatural Neighbor Interpolantsの構成や特性、平衡方程式などの数値計算過程について述べる。さらに、本論文で行なったメソスケール損傷解析手法について簡潔に述べる。第3章では、新しく提案された自然要素法による二次元メソスケール解析手法を、多数のマイクロインクルージョンやボイドを含む二次元固体の巨視的力学特性の解析に拡張適用し、マイクロインクルージョンあるいはボイドの面積率とマクロ弾性定数の関係を求める。さらに、マイクロボイドを含む二次元固体モデルとして多数の円孔を格子状に規則配列した多孔平板を想定し、ボイドの配列構造と降伏関数における巨視的異方性との関係について数値的に検討する。第4章では、自然要素法による二次元メソスケール解析手法を、マイクロボイドからのクラック進展、ボイドの結合などを対象とした複雑な弾塑性損傷破壊解析に拡張適用する。マイクロボイドを含む二次元多孔固体モデルとして、多数の円孔を不規則的に配列した多孔平板を想定し、単軸引張りおよび二軸引張りの強制変位を与えた場合のボイド結合を含む計算結果をGeltmacherらによる実験結果と比較する。弾塑性変形とボイド結合を伴うメソスケール破壊解析例を通じ、この種の問題に対する提案手法の有用性を論ずる。第5章では、有限要素法の立場からPopovicとTayaの研究を一般化することを目的に、まず、PopovicとTayaの一次元電気化学反応の支配方程式に対し、Galerkin法に基づく有限要素定式化を行い、解析結果を差分法による計算結果と比較し、本定式化を検証する。すなわち、Nafion膜・白金板に、単位ステップ電圧を加えると順次に現れる、「前方運動」と「後方運動」のプロセスを支配する方程式の有限要素定式化について述べる。さらに、その結果から得られる固有ひずみを三次元固体の有限要素解析に入力することにより、IPMCはりおよび平板の電界下における三次元変形応答を計算し、合理的な結果が得られることを確認する。第6章では、Tadokoroらの研究を一般化することを目的に、Tadokoroらの一次元電気化学反応の支配方程式に対し、Galerkin法に基づく有限要素定式化を行い、同時に現れる「水和陽イオンの運動」および「自由水分子の運動」に関する解析結果を差分法による計算結果と比較し、本定式化を検証する。さらに、その結果から得られる固有ひずみを三次元固体の有限要素解析に入力することにより、NafionベースIPMCはりの電界下における三次元変形応答を計算し、合理的な結果が得られることを確認する。なお、拡散係数を調整することで、もう一つのIPMC材として注目を集めているFlemionベースモデルの応答解析を行なう。第7章では、本論文全体のまとめであり、結論について述べる。

審査要旨 要旨を表示する

近年、新素材開発の機運が高まる中で様々な機能を持つ材料が生まれつつあり、多孔質材料 (Porous materials) または発泡金属 (Porous metals) がその一つとして注目されている。一般の延性材料において、材料内部の微視的空孔が材料の巨視的力学特性に与える影響の把握は重要な課題であり、実験的にこれらの微視的情報を得ることも、現状では困難である。また、多孔固体における延性破壊過程では、まず荷重方向に伸びたボイドのリガメント部分における塑性変形の局所化が起こった後、ボイドが成長、合体する現象が見られる。特に、複数のボイドを有する固体のボイド結合を伴う破壊機構について、様々な実験的、解析的研究が行われているが、多数のボイドを含む固体の破壊機構を直接数値的にシミュレートした研究は見られない。これらの微視損傷を含む固体の巨視的力学特性に関する議論において、メソスケールにおける材料の変形過程や破壊挙動の解明は重要な課題である。

一方、ロボット用の電気駆動アクチュエータあるいは人工筋肉、MEMSへの応用の観点から、イオン導電性高分子・金属複合材料 (Ionic conducting Polymer Metal Composites ; IPMC) が注目を集めている。パーフルオロスルフォン酸膜の両面に白金電極をめっきしたイオン導電性高分子ゲル膜アクチュエータの屈曲運動が、1992年に小黒により発見されており、その後デュポン社製の Nafion 膜の両面に白金板を装着したIPMCアクチュエータの動作に関する実験的、理論的研究が行なわれている。電場によるクーロン力によって水和した移動性陽イオンが陰極側に引き寄せられ、陰極側が膨潤、陽極側が収縮することにより、IPMCはりの曲げ変形が起こる。IPMCアクチュエータの動作に関する電気・化学・力学的モデリングについて幾つの研究例が見られるが、IPMCアクチュエータの設計に有用な、一般的な計算モデリングは未だ存在しない現状である。

本論文は多孔固体およびイオン導電性高分子材料などの先端材料を用いたデバイスの設計に役立つ計算モデリングに関する研究の成果をまとめたものである。本論文は全7章で構成されており、その内容は以下のとおりである。第1章では、本論文の背景、目的、位置付けおよびその概要について述べている。第2章では、自然要素法による二次元メソスケール解析手法を、多数のインクルージョンやボイドを含む二次元固体における微視損傷とマクロ弾性定数の関係、微視損傷分布形態とマクロ降伏応力の関係、弾塑性損傷破壊挙動などの解析に拡張適用するために、NEM の形状関数である Natural Neighbor Interpolation の構成や特性、平衡方程式などの数値計算過程について述べている。さらに、本論文で行なったメソスケール損傷解析手法について簡潔に述べている。第3章では、新しく提案された自然要素法による二次元メソスケール解析手法を、多数のマイクロインクルージョンやボイドを含む二次元固体の巨視的力学特性の解析に拡張適用し、マイクロインクルージョンあるいはボイドの面積率とマクロ弾性定数の関係を計算している。さらに、マイクロボイドを含む二次元固体モデルとして多数の円孔を格子状に規則配列した多孔平板を想定し、ボイドの配列構造と降伏関数における巨視的異方性との関係について数値的に検討している。第4章では、自然要素法による二次元メソスケール解析手法を、マイクロボイドからのクラック進展、ボイドの結合などを対象とした複雑な弾塑性損傷破壊解析に拡張適用する。マイクロボイドを含む二次元多孔固体モデルとして、多数の円孔を不規則的に配列した多孔平板を想定し、単軸引張りおよび二軸引張りの強制変位を与えた場合のボイド結合を含む計算結果を Geltmacher らによる実験結果と比較している。弾塑性変形とボイド結合を伴うメソスケール破壊解析例を通じ、この種の問題に対する提案手法の有用性を論じている。第5章では、有限要素法の立場から Popovic と Taya の研究を一般化することを目的に、まず、Popovic と Taya の一次元電気化学反応の支配方程式に対し、Galerkin 法に基づく有限要素定式化を行い、解析結果を差分法による計算結果と比較し、本定式化を検証している。すなわち、Nafion 膜・白金板に、単位ステップ電圧を加えると順次に現れる、「前方運動」と「後方運動」のプロセスを支配する方程式の有限要素定式化について述べている。さらに、その結果から得られる固有ひずみを三次元固体の有限要素解析に入力することにより、IPMCはりおよび平板の電界下における三次元変形応答を計算し、合理的な結果が得られることを確認している。第6章では、Tadokoro らの研究を一般化することを自的に、Tadokoro らの一次元電気化学反応の支配方程式に対し、Galerkin 法に基づく有限要素定式化を行い、同時に現れる「水和陽イオンの運動」および「自由水分子の運動」に関する解析結果を差分法による計算結果と比較し、本定式化を検証している。さらに、その結果から得られる固有ひずみを三次元固体の有限要素解析に入力することにより、Nafion ベースIPMCはりの電界下における三次元変形応答を計算し、合理的な結果が得られることを確認した。なお、拡散係数を調整することで、もう一つのIPMC材として注目を集めている Flemion ベースモデルの応答解析を行なっている。第7章では、本論文全体のまとめであり、以上の成果を要約している。以上を要するに、本論文は多孔固体およびイオン導電性高分子材料などの先端材料に対する新しい計算モデリング手法を提案し、他の理論解および実験結果との比較により、その有用性を検証しており、高い工学的価値を有すると判断される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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