学位論文要旨



No 118587
著者(漢字) 柳,善鉄
著者(英字)
著者(カナ) ユー,ソンチョル
標題(和) 複数自律型水中ロボットによる局所領域の知的調査行動に関する研究
標題(洋)
報告番号 118587
報告番号 甲18587
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5606号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浦,環
 東京大学 教授 浅田,昭
 東京大学 教授 鈴木,英之
 東京大学 助教授 白山,晋
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
内容要旨 要旨を表示する

研究目的

ダムや橋や港などの水中構造物は社会的に重要であるのみならず,その安全は社会性の安全に直結するものとして極めて重要である.しかし,現在,水中構造物の修理や補修作業は主に潜水士や有索遠隔操縦ロボットによってマニュアルで行われており,そのため様々な難点を抱いている.特に水中構造物の安全状態を調べるための定期的な調査任務は,調査対象面積が広大であり,複雑な構造物中の移動は人身事故をおこし易く,有索遠隔操縦ロボットではケーブルが絡まり易いなど多くの問題が生じている.

本研究では自律型水中ロボット(AUV:Autonomous Underwater Vehicle)を水中構造物の調査任務に導入し,水中構造物の調査任務を自動化することを提案する.移動能力が優れた自律型水中ロボットは複雑な水中構造物中を自由に移動することが可能で,移動範囲が広いことから大型構造物の調査に適している.

Hand-in-hand Systemの導入

水中構造物の調査任務は,特定対象物のある地点まで移動してその対象物を調査する「点到達任務」と対象物の全面を画像などによってくまなくスキャンする「面被覆任務」に大別される.従来の自律型水中ロボットのセンシング方法では水中構造物付近の位置同定が難しく,自律型水中ロボットによる点到達任遂行は困難である.また,水中構造物は港やダムなど公共施設物が多く,常時稼動させる必要があるので極力短時間で調査を行わなければならないが,従来の自律型水中ロボットのスキャン方法では時間がかかることや対象面をくまなくスキャンすることが難しいなど面被覆任務についても問題がある.

本研究ではこのような自律型水中ロボットよる点到達任務と面被覆任務に関する問題を克服し,水中構造物の調査を自動化できる群ロボットシステムによるHand-in-hand Systemを提案する.

まず,Hand-in-hand Systemでは以下のような方法で位置同定と移動を行うことにより,自律型水中ロボットによる点到達任務遂行の問題を克服できる.ロボットA, Bが既知のa点から既知のb点まで移動する場合,長さがa点からb点までの距離と等しい索の両端にロボットAとロボットBを連結する.ロボットAがa点の保持を行っている間,ロボットBが索の長さ分離れたb点を探索する.索が張っていればb点はa点を中心にした円上あり,b点の位置は既知なのでロボットBは容易にb点を発見できる.ロボットBがb点を発見すれば,ロボットAとロボットBは互いに役割を替わって,ロボットBはb点の定点保持を行っている間,ロボットAは索の長さ分離れた新たな目標点を向かって移動できる.

しかし,水中で索は障害物に絡んだり,潮流に流されるなど,その長さが保証されない場合がある.この解決策としてスマート索を導入する.スマート索の中には角度が計れる光ファイバーセンサーが内蔵されており,その角度を積分して索の3次元の模様を計測している.この索の導入により,索の形状が分かるのでロボットは障害物に引っ掛かってもそれをほどくことが可能であり,索の両端の相対位置,即ち二つのロボットの位置関係が明確になり,前述のような索を利用した移動が容易になる.また,スマート索にロボット間の通信機能をもたらせることによって,ロボット間の水中通信の問題とロボット間の位置把握の問題が同時に解決できる.

水中構造物には防食用犠牲陽極のように一定間隔おきに設置されたロボット移動用のランドマークとして用いることができる対象物が多数存在する.このランドマークの設置間隔以上の長さを持つスマート索の両端に複数のロボットを結びこれを利用すれば,片端のロボットが対象物を画像で認識しながら定点保持を行う場合,その定点を原点にするスマート索の半径内の空間ではスマート索による位置特定が可能になる.そして,他端のロボットはスマート索による自己位置特定が可能である.スマート索の長さはランドマーク間の距離より長いので,ロボットはランドマーク等を移動しながら,水中構造物内の全ての対象物の調査を行うことができる.

次に,Hand-in-hand Systemでは,以下のような方法で水中構造物の表面スキャンを行うことにより,自律型水中ロボットによる面被覆達任務遂行の問題を克服できる.スマート索で結ばれた複数のロボットが一列に並び,それぞれ自分の画角の端にLaserの反射点を発射する.それぞれのロボットはそのLaserの反射点をTied Pointとして,隣り合うロボットの画角を認識して自分の画角が隣り合うロボットと重なるように調節することによって,ロボット全体が一つのパノラマ画像を作るようにFormationを作ることが可能になる.

水中では見失った対象物の再発見が極めて難しいが,ロボット群が他のロボットのLaserの反射点を見失っても,スマート索によって全てのロボット群の位置情報が共有されているのでLaserの反射点の再発見が容易である.群ロボットによりパノラマ画像が作られると,スキャンする画像の幅がロボットの台数に比例して増加するので,その分表面調査が高速化される.

要素技術の開発

本研究では,Hand-in-hand Systemに必要な要素技術の研究開発を行った.具体的にはスマート索による水中位置計測技術,照明活用によって画像認識の信頼確度を向上させる方法,パノラマ画像形成のためのLaserの反射点を作る方法とそのLaserの反射点による対象物までの距離計測方法の研究開発である.以下,要素技術について説明する.

スマート索による水中位置計測技術開発のために,ロボットに搭載するスマート索を設計製作して水中位置測定のための水中精度測定実験を行ったの結果,索の位置測定精度は長さに対して約5%で,索の精度は水圧や水温とは関係なく,主に索の形状に依存することが明らかになり,水中ロボットの新たな位置計測センシングとして活用可能という結論を得た.

照明活用により画像認識の信頼性を向上させる方法を考案し,その具体的な例として犠牲陽極の認識実験を行った.犠牲陽極は防食のため殆どの水中施設物や船舶に設置されている重要な定期検査の対象物の一つである.犠牲陽極は高さが僅か8〜15センチしかなく,また,海洋生物に覆われた場合には,認識が難しい.この犠牲陽極に指向性が強い平行光線を低高度から照らすと犠牲陽極の後ろに四角い大きな影が現れ,通常の照明に比べ,認識が容易になる.本法は,海洋生物の高さは不規則だが犠牲陽極は海洋生物に覆われてもある程度一定の高さになること,水中は光の吸収が激しいのでコントラストが強く影を作りやすいという水中の光学特性を利用することで認識の柔軟性を向上させている.Mega-Floatでの実海域実験の結果,本法による犠牲陽極の認識実験に成功し,その有効性が証明された.

Laserの反射点によるパノラマ画像形成方法と距離計測方法の開発では,複数のロボットがパノラマ画像を生成するためのFormationの運営方法として中央集中的な運営方法を導入し,問題の対処方法としては,ロボット群を最寄の既知点まで復帰させシステムを再起動させるReset Policyを考案した.Laserの反射点を利用した距離測定方法としては,汎用Laserの反射点と自律型水中ロボットの内部に搭載されたカメラを利用したCCD方式の距離測定方法による距離測定システムを採用,水中実験の結果,水中構造物の調査を行うのに妥当な1〜2mの距離で1cm以下の距離計測精度を得た.

協調行動の実験

最後に,本論では本研究で提案したHand-in-hand Systemの有効性を証明するために,前方にカメラを設置した2台の自律型水中ロボットを利用した三種類の協調行動に関する水槽実験を行った.実験は次のようなものである.

点到達実験:水槽の壁に六つの既知位置の対象物を設置し,2台のロボットのうち一台は画像認識による対象物の定点保持を行い,他のロボットは異なる対象物までスマート索による移動を行うHand-in-hand Systemによる位置同定と移動実験であり,六つの対象物を巡回しながら全ての対象物を調査することに成功した.

障害物回避実験:水槽の壁に突出障害物を設置し,スマート索がその障害物に引っ掛かった場合,引っ掛かったスマート索の模様から障害物を探知して回避行動に移る実験である.スマート索が棒に引っ掛かった時,ロボットはその状況を認識して索を解くための移動を行った後,索が引っ掛かった障害物の位置を記憶して,障害物を回避するための経路計画を立て直した.そしてロボットは索が障害物に引っ掛からない経路へ移動し,目標点まで到達することに成功した.

面被覆実験:2台のロボットがLaserの反射点によりパノラマ画像を作りながら一斉に潜航し,水槽の壁をスキャンするという実験を行う.一台のロボットの時に比べ,画角が倍近く広くなったパノラマ画像が利用でき,水槽の壁を高速でスキャンすることに成功した.

上記実験結果に基づき,以下のことが結論される.

本研究で提案するHand-in-hand Systemによって水中構造物中の任意の既知点をスマート索の長さを半径とする既知のローカル空間にまで拡張させることが可能になり,水中構造物内の既知空間の拡張が実現できる.それぞれの既知点から索によって生成されたそれぞれ既知のローカル空間がすべて重なる面を持つように索の長さを調節することによって,水中構造物の内部の既知空間が拡張され,ロボットの移動信頼度が向上し,自律型水中ロボットによる点到達任務を実現する.

本研究のHand-in-hand Systemに人造的Tied Pointを使用する方法は,ロボットがパノラマ画像の生成に必要な自分のカメラの位置情報を自分の横のロボットにLaserの反射点によって,横のロボットの画像に自分のカメラの位置情報を直接「書き込む」方法を使用し,追加的なRedundancyが必要なく,常に一定条件の特徴点を作ることによって画像認識の計算負担を大幅に削減する上,信頼性を向上させる.そして,複数ロボットによるパノラマ画像を生成し,対象物を高速でスキャンすることによって前述した自律型水中ロボットによる面被覆任務を実現した.

以上のように,本研究で提案するHand-in-hand Systemの導入により,水中構造物の調査任務の大半を占めている点到達任務と面被覆任務の自律型水中ロボットによる遂行が可能なり,調査の自動化への道が拓かれたといえよう.

審査要旨 要旨を表示する

本論文では水中構造物の調査任務を自動化するために移動能力が優れた自律型水中ロボット(AUV : Autonomous Underwater Vehicle)に着目し、それを協調して展開するAUVシステムについての研究をおこない、Hand-in-hand System を開発して複数AUVシステムの構築を提案している。

第1章では、水中構造物の調査任務について概観し、そこに展開すべきAUVの形式について議論をおこない、また、AUVを導入することの利害得失について検討している。

第2章では、AUVの任務を、1)特定対象物のある地点まで移動してその対象物を調査する「点到達任務」、2)対象物の全面を画像などによってくまなくスキャンする「面被覆任務」に大別し、それぞれの任務におけるAUV展開の問題点を詳細に検討している。水中構造物付近の位置同定が難しいこと、公共施設物では常時稼動させる必要があるので極力短時間で調査を行わなければならないこと、対象面をくまなくスキャンすることが難しいことなどを指摘して、この考察の上に立って、点到達任務と面被覆任務に関する問題を克服し、水中構造物の調査を自動化する手法としてHand-in-hand Systemを持った複数AUVシステムを提案している。

Hand-in-hand Systemでは、AUV間を形状がリアルタイムで計測できるスマート索により繋ぎ、これを介したAUV間相対位置の決定と通信をおこなうとしている。

第3章では、Hand-in-hand Systemを持った複数AUVシステムを構築するための基礎技術として、スマート索の利用方法、多面的な位置測定システム、および犠牲陽極のように調査の対象となる物体の画像による同定手法について議論をおこない、照明方法の提案などをおこなっている。また、Laser Pointerを利用して、AUVが一部共有する画面に位置決めのTied Pointを設定して、これを参照することにより、AUV間の相対位置の精度およびそれぞれの画像の位置精度を向上させ、高速表面スキャニングの提案をおこなっている。

第4章では、画像を利用したAUVの運動制御方法を研究史、複数AUVの展開戦略について提案している。これは、スマート索が障害物に引っかかることの対策をも含んでいる。

第5章では、提案するシステムを、テストベッドAUV「Twin-Burger 2」と「Tri-Dog 1」とに搭載し、これをスマート索で結び、実際に水中で実験をおこなうことにより、その機能の優位性を示している。具体的には、

点到達実験:壁に六つの既知位置の対象物を設置し、2台のAUVのうち一台は画像認識による対象物の定点保持を行い、他のAUVは異なる対象物までスマート索による移動を行う位置同定と移動実験。六つの対象物を巡回しながら全ての対象物の水中画像を取得することに成功している。

障害物回避実験:壁に突出する障害物を設置し、スマート索がその障害物に引っ掛かった場合、障害物を索の形状から探知して回避行動に移る実験。索が引っ掛かった障害物の位置を記憶して、障害物を回避するための経路計画を立て直し、目標点まで到達することに成功している。

面被覆実験:Laserの反射点をTied Pointとすることにより、パノラマ画像を作りながら同時に移動し潜航し、水槽の壁をスキャンする実験。一台のAUVの時に比べ、画角が倍近く広くなったパノラマ画像が利用でき、水槽の壁を高速でスキャンすることに成功している。

第6章では、研究を総括して、次のように結論している。

Hand-in-hand Systemによって水中構造物中の任意の既知点をスマート索の長さを半径とするローカル空間にまで拡張させることが可能になり、水中構造物内の既知空間の拡張が実現できる。

それぞれの既知点から索によって生成されたそれぞれ既知のローカル空間がすべて重なる面を持つように索の長さを調節することによって、水中構造物の内部の既知空間が拡張され、AUVの移動信頼度が向上し、AUVによる点到達任務を確実に実現することができる。

Hand-in-hand Systemに人造的Tied Pointを導入すれば、AUVがパノラマ画像の生成に必要な自分のカメラの位置情報を隣接するAUVの画像内に自分のカメラの位置情報を直接「書き込む」ことができ、常に一定条件の特徴点を作ることによって画像認識のための計算負担を大幅に削減し、かつ信頼性を向上させることができる。これにより、対象物を高速でスキャンする面被覆任務を実現した。

Hand-in-hand Systemの導入により、水中構造物の調査任務の大半を占めている点到達任務と面被覆任務がAUVによって遂行が可能となる。

以上のように、複数AUVの新しい接続方法「Hand-in-hand System」を導入することにより、AUVではこれまでには実行できなかったような広範囲な調査活動を可能とし、これにより海中ロボット学研究において新しい知見と方向性とを示した。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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