学位論文要旨



No 118588
著者(漢字) 田中,宏明
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヒロアキ
標題(和) セルフセンシング形状可変アンテナシステムとその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 118588
報告番号 甲18588
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5607号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 青木,隆平
内容要旨 要旨を表示する

IT化が急速に進みつつある近年,小型の端末に対して、広範囲での通信が行えるよう,人工衛星を用いた通信技術が発展している.そして,より小型の携帯端末により,音声・データ通信をより広い範囲で行えるよう,より大型の,そしてより高精度のアンテナが要求されてきている.また,宇宙観測の分野においても,より精度の高い観測を行うため,大型で高精度のアンテナが要求されている.その一方,軌道上への搬送能力の制限から,アンテナを展開構造・柔軟構造にする必要がある.そのため,大型化に伴いアンテナの形状・指向性などに対する外的擾乱の影響が大きくなる.そこで,アンテナを高周波帯で利用することへの要求(高精度化)をあわせて満足させるためには,軌道上におけるアンテナの形状制御が重要となる.

本研究は自律的に形状可変鏡状を制御して,高いアンテナ性能をアクティブに達成する衛星搭載用アンテナシステムの提案と,その応用に関する研究である.本システムでは,測定精度に問題を有するが,軌道上での使用に適した簡便な方法であるフェーズ・リトリーバル法を用いて,外乱によるアンテナ鏡面の変形形状を測定する.その測定誤差を補うような制御方法を用いて鏡面形状の制御を行う.このようなアンテナシステムをセルフセンシング形状可変アンテナシステムと呼ぶ.このアンテナシステムに対し,軌道上における放射特性解析に基づく形状測定と構造的な制御を合わせた,トータルなアンテナシステムとしてのアンテナ制御に関する検討を行う.フェーズ・リトリーバル法の検討だけでは,あるいは構造的な形状制御に関する検討だけでは分からなかった効果や問題点を明らかにする.

図1に提案するセルフセンシング形状可変アンテナシステムの概要を示す.このシステムではアンテナの放射特性情報を用いてアンテナの形状制御を行う.このアンテナシステムでは,本アンテナシステム自体を用いて測定したデフォーカス放射特性(図中ブロックa))から,フェーズ・リトリーバル・ホログラフィ法 (図中ブロックb))を用いてアンテナ開口面の電界特性を推定し(図中ブロックc)),その開口面特性よりアンテナ鏡面の理想パラボラ面からの偏差を算出する.その算出された偏差と,既知である初期釣合状態での理想パラボラ面からの偏差の差から,アンテナ鏡面の変形を算出する(図中ブロックd)).そして,その算出された変形量を補正するような制御入力をコントローラで作成する(図中ブロックe)).その制御入力に基づいてアンテナ鏡面の形状調整機構により,アンテナ鏡面の形状制御を行うことで,高いアンテナの鏡面精度を得るものである.本システムでは将来の自律的な高精度アンテナシステムへの足がかりとするために,これらのフェーズ・リトリーバル・ホログラフィ法および,アンテナ鏡面の形状制御のための計算は衛星内で行う.

制御方法としては,感度マトリクスの一般逆行列を用いる方法(以下,"直接法"と呼ぶ)を考える.また,あらかじめ規定された制御モードの組み合わせで制御入力の決定を行う方法(以下,"モード法"と呼ぶ)を提案し,この方法についても検討を行う.

制御を行う場合,制御の目的となる形状が必要となる.本来,パラボラアンテナでは放物面が理想的な鏡面となっていおり,この放物面を制御目的とする場合が多い.しかし,成形ビームアンテナなどの場合は,アンテナの理想的な鏡面形状は放物面とは異なった形状をしている.また,パラボラアンテナの場合でも,ケーブルネットワーク型アンテナやインフレータブルアンテナなどでは,ファセットやシーム部の存在のため,理想的な放物面を達成することは難しい.そのような本来達成が難しいアンテナ鏡面を制御目標として制御を行った場合,アンテナ鏡面や鏡面制御機構に力学的な無理が生じてしまう可能性がある.そこで本研究では,初期ノミナル状態でのアンテナ鏡面形状を制御目標として,制御を行うこととする.このノミナル状態のアンテナ鏡面は,使用する種類のアンテナ構成で形成可能な鏡面で,アンテナ性能の要求精度を満足するように設定したものである.

制御結果に関する評価は,通常のパラボラアンテナの場合,アンテナの鏡面精度に基づいて行われる.これは,アンテナの指向方向のゲインが鏡面精度と関連して決まってくるためである.しかし成形ビームアンテナなどの場合,望まれている方向へのゲインを一般の鏡面精度だけで見積もることはできず,鏡面精度だけではアンテナ性能の評価を行うことはできない.そこで本研究では目的に応じたアンテナ性能の評価方法をもとに,アンテナ形状の制御結果の評価を行っていくものとする.

この形状可変アンテナシステムの有効性を検証するために,アンテナの放射特性解析面、構造解析の両面を合わせた検討を行う.放射特性誤差が制御効率に与える影響を明らかにするとともに,誤差を有する場合においても有効な制御方法の検討を行う.対象としたアンテナ形式および検討の方法は以下の(1)-(5)に示すとおりである.

(1)小型(φ1.5m)インフレータブルアンテナの形状制御シミュレーション−3章

(2)大型(φ15m)インフレータブルアンテナの形状制御シミュレーション−3章

(3)小型(φ1.2m)インフレータブルアンテナ試作モデルを用いた検証試験−4章

4)ケーブルネットワーク型アンテナの形状制御シミュレーション−5,6章

(5)ケーブルネットワーク型成形ビームアンテナの形状制御シミュレーション−7章

これらのシミュレーション、試験を通して次のような結果・知見を得ている.

・フェーズ・リトリーバル法は,運用上簡便な方法ではあるが,高次の推定誤差を生じやすく,感度マトリクスの一般逆行列を用いる従来の制御方法(直接法)では,その誤差が制御結果に影響を及ぼし,要求精度を満足する制御とならない場合がある.

・フェーズ・リトリーバル法の推定誤差の影響を受けづらい,新たな制御方法(モード法)を提案した.

・高次の変形が現れづらい,剛性の高いアンテナ鏡面では.制御機構を協調的に用いるモード法による制御が有効であり,高次の変形が現れるような,剛性の低いアンテナ鏡面では,制御自由度が大きくなる直接法による制御が有効であることを明らかにした.

・周辺ケーブルの張力を調整することによりアンテナの形状を制御する機構を有するインフレータブル形状可変アンテナの概念検討モデルを作成した.その試作モデルを用いて検証を行い,周辺ケーブルを用いた直接法によりアンテナの形状制御が可能であることを明らかとした.

・大型のインフレータブルアンテナの形状制御では,周辺ケーブルを用いたモード法によりアンテナの形状制御が可能である.しかし,直接法ではアンテナの形状制御を行うことはできない.(表1)

・ケーブルネットワーク型アンテナシステムにおいて,タイケーブルの張力制御によりアンテナ鏡面形状の制御を行う場合,鏡面に生じた誤差が,拡大されてしまうことを明らかにした.さらに,この誤差の拡大のメカニズムを明らかにした.(図2)

・ケーブルネットワーク型アクティブンテナシステムの有効性検討を行った.(表2) その結果, アクティブンテナシステムとして以下の2つが有効であることを明らかにした.

1)高剛性の鏡面ケーブルを用いて,アンテナの面外変形を抑制し,低次の変形を,境界ケーブルを用いて制御するアンテナシステム.

2)剛性の低い鏡面ケーブルのネットワークを用いてタイケーブルの張力制御による誤差の拡大を抑制しながらアンテナ鏡面の高次の変形を含めた変形を制御するアンテナシステム.

・成形ビームアンテナでは鏡面精度だけではアンテナの性能評価を行うことができない.そのため,アンテナの性能評価には要求方向の放射特性自体を評価する必要があることを明らかにした.

・ケーブルネットワーク型の成形ビームアンテナにおいても,ケーブルネットワーク型パラボラアンテナと同様に,上記のようなアンテナシステムが形状可変アンテナシステムとして有効であることを明らかにした.

以上,本研究は将来の,より大型で,より高精度なアンテナの達成に有効なアンテナシステムの提案とその有効性の検討を行ったものである.本論文ではセルフセンシング形状可変アンテナシステムを提案し,現在・将来の大型衛星搭載用アンテナとして期待されている,インフレータブルアンテナおよびケーブルネットワーク型アンテナに適用したシステムについて検討を行った.鏡面形状の測定には,測定精度に問題を有するが,軌道上での使用に適した簡便な方法であるフェーズ・リトリーバル法を用い,その測定誤差の影響を受けづらい制御方法と合わせたシステムとし,アンテナ形状の制御を行った.この形状可変アンテナシステムにより,軌道上で自律的に鏡面形状を制御して,高いアンテナ性能を達成することができる.

高セルフセンシング形状可変アンテナシステム

タイケーブル張力制御時 変形拡大のメカニズム概要

インフレータブル型形状可変アンテナシステムによるケーブル張力不正制御

ケーブルネットワーク型形状可変アンテナシステムの評価

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)田中 宏明 提出の論文は「セルフセンシング形状可変アンテナシステムとその応用に関する研究」と題し、8章と1項目の補遺とからなっている。

人工衛星を用いた通信や宇宙観測の分野では、衛星搭載用の大型で高精度なアンテナが要求される。大型化に伴い、軌道上への搬送能力の制限から、アンテナは展開構造や柔軟構造になる。そのため、アンテナの形状や指向性に対する熱入力などの外的擾乱の影響が大きくなり、高精度化の要求をあわせて満足させるためには、軌道上におけるアンテナ鏡面の形状制御が重要な課題である。本論文は、外的擾乱を受けて変形した鏡面の形状をアンテナの放射特性より推定して、制御目標の鏡面に形状を制御するアクティブなアンテナシステムの概念を提案し、このシステムを将来の有力な衛星搭載用アンテナと考えられているインフレータブルアンテナや近年急速に普及しつつあるケーブルネットワーク型アンテナに応用した場合のさまざまな問題点を検討して、その有効性について述べたものである。従来、衛星搭載用アンテナに関する研究は電気的特性に関する研究と構造的特性に関する研究に分かれて行われていたが、本研究は両者を一体にした初めての試みであり、軌道上での自律的な鏡面形状制御による高性能アンテナシステムの実現を可能にする意義を持つ。

第1章は序論であり、衛星搭載用アンテナおよびアンテナの形状制御について今までの研究を紹介し、本論文の目的を述べている。

第2章では、形状測定方法の比較を行い、軌道上での鏡面変形量のセルフセンシングにフェーズ・リトリーバル・ホログラフィ法が適していることを明らかにしている。また、シーム部やファセットの存在のため完全に理想的な放物面を達成することが難しいインフレータブルアンテナやケーブルネットワーク型アンテナ、あるいは鏡面形状が放物面とは異なる成形ビームアンテナなどの形状制御には初期ノミナル状態の鏡面形状を目標形状とすることが適切であることを指摘して、アンテナの放射特性自体を評価基準とする鏡面の形状制御に関する基本的な考え方を示している。さらに、感度マトリクスの一般逆行列を用いる従来の制御方法(直接法)のほかに、あらかじめ規定した幾つかの次数の制御モードを重ね合わせて制御入力とする新たな制御方法(モード法)を提案し、それらをふまえてセルフセンシング形状可変アンテナシステムの提案を行っている。

第3章では、セルフセンシング形状可変アンテナシステムをインフレータブルアンテナに応用した場合の数値シミュレーションを行っている。鏡面の制御は周辺フレームに接続された周辺ケーブルの張力を調整することにより行い、システムが有効に機能することを示している。大型アンテナの鏡面はモード法によらなければ制御できないこと、そしてそれが直接法では局所的な変形を制御しようとするためであることを指摘している。

第4章では、インフレータブル型形状可変アンテナシステムの概念モデルの作成とそれを用いた制御実験について述べている。鏡面形状とアンテナ放射特性において、制御による改善が見られたことを示し、システムが有効であることを検証している。

第5章では、セルフセンシング形状可変アンテナシステムをケーブルネットワーク型アンテナに応用したシステムに関し、ケーブル張力制御を評価できるように改良した Force Density Method を用いて、タイケーブルにより鏡面の面外方向張力を制御する場合と鏡面周辺の境界ケーブル張力を制御する場合について、数値シミュレーションを行っている。その結果、軌道上での運用が簡便になる方法として選んだフェーズ・リトリーバル・ホログラフィ法には高次の推定誤差が生じやすく、直接法では、それが制御結果に影響を及ぼして要求精度を満足する制御とならない場合が多いこと、また、特にモード法はそのような推定誤差の影響を受けにくく、有効なことを明らかにしている。

第6章では、ケーブルネットワーク型形状可変アンテナに関し、ケーブル剛性の影響を検討し、高次の変形が現れにくい剛性の高いアンテナ鏡面では、境界ケーブルを用いるモード法による制御が有効であり、高次の変形が現れる剛性の低いアンテナ鏡面では、制御自由度が大きくなる直接法による制御が有効であることを示している。また、タイケーブルの張力制御では、近傍のタイケーブルとの相互作用のため、システムが変形を拡大するメカニズムとなっていることを明らかにしている。さらに、張力制御に代わるケーブルの巻き取り・巻き出し制御についても検討を行っているが、本研究で扱ったケーブル剛性の範囲内では形状制御を行うことができなかったことを述べている。

第7章では、セルフセンシング形状可変アンテナシステムを成形ビームアンテナに応用している。この場合、アンテナの性能評価には要求方向の放射特性そのものを評価する必要があり、そのさい本研究のシステムは特に有効で、境界ケーブルを用いたモード法による制御が推奨できることを示している。

第8章は結論であり本研究の成果を要約している。

以上要するに本論文は、アンテナ鏡面の変形状態を放射特性より推定して制御目標の鏡面に形状を制御するアクティブな衛星搭載用アンテナシステムの概念を提案し、その有効性を明らかにした研究で、航空宇宙工学およびアンテナ工学上貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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