学位論文要旨



No 118590
著者(漢字) 吉富,大
著者(英字)
著者(カナ) ヨシトミ,ダイ
標題(和) 適応型波面制御による高次高調波の高出力化の研究
標題(洋)
報告番号 118590
報告番号 甲18590
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5609号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,俊太郎
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 助教授 香取,秀俊
 東京大学 助教授 志村,努
 東京大学 助教授 三尾,典克
内容要旨 要旨を表示する

近年,高強度レーザーと媒質の相互作用によって発生する高次高調波は,真空紫外・軟X線領域で超短パルス性・小規模・高繰返し性・波長可変性など数多くの優位な性質をもつコヒーレント光源として,固体や分子における時間分解分光・プラズマ物理・アト秒パルス生成などの多岐にわたる応用が期待されている.また,その高ピーク強度性から,極端紫外・軟X線非線形分光という未知なる分野に可能性を開く最も有望な光源であり,高出力化が急務である.

本研究では,まず,励起源として,KrF/Ti:sapphire(TiS)レーザーを開発し,繰返し200Hz,パルス幅480fsで平均出力50Wの紫外光を得た.この平均出力は,フェムト秒増幅光では世界最高である.次に,その5次高調波として,200Hzで平均出力0.1mW,10Hzでは, 1μJを超えるパルスエネルギーの50nm極端紫外光を発生した.これらの値は,50nm以下の高調波としては,最高である.また,Sc/Si多層膜ミラーを用いて2μmまで集光し,0.5TW/cm2という極端紫外域では過去最高の集光強度を達成した.この光源は,極端紫外域での非線形光学という未知の分野に道を開くだけでなく,時間分解内殻励起分光や時間分解光電子分光などにも応用できる.スポットサイズの測定においては,極端紫外域で適用可能なシングルショットで線形なその場の測定法を新たに考案し,実証した.

次に,デフォーマブルミラー(DM)を用いた多自由度な適応型波面制御をTiSレーザーに対して行い,位相整合を実現することによって,高次高調波の高出力化を行った.従来の位相整合の手法は,いずれも自由度が低いものであった.基本波の波面に対して適応型制御を行うことによって,多自由度に焦点近傍での強度・位相を同時にコントロールし,効率よく位相整合条件を満足することができる.制御には,遺伝的アルゴリズムを用い,先見的知識を用いず,自動的に最適化することができた.その結果,17-28nmの軟X線領域で,目的次数近傍の次数を選択的に1桁程度,光量を増大することに成功した.

高平均出力KrF/Ti:sapphireハイブリッドレーザーの開発

超短パルス高平均出力レーザーとして,TiSレーザーを用いる場合,出力が励起レーザーによって制限される上に,熱レンズが大きな問題となる.KrFレーザーは,一次ソースであり,また熱レンズの問題がないので有利である.特に,紫外光を必要とする場合には,波長変換による損失がない分,さらに有利である.しかしながら,KrFレーザーは,単独では超短パルスを得ることができないため,TiSレーザーの3倍波をKrFで増幅するという手法を用いたハイブリッドレーザーを開発した.

KrFレーザーで超短パルスを増幅する場合,飽和フルーエンスが小さく,上準位寿命が短いことによるASE(Amplified Spontaneous Emission)の発生を抑制することが重要な課題となる.本研究では,シードパルスを利得回復時間よりも短い間隔を持った複数のパルス列に分割して,ASEを効果的に抑制するゲートゲイン増幅法を用いた.

チャープパルス増幅によるTi:sapphire増幅器から得られた180fs, 5.2mJのパルスをLBOとBBOによって波長変換し,0.7mJの3倍波(248nm)パルスを得た.次に,45°イメージ回転器と薄膜偏光子の組み合わせで2.5ns間隔の4連パルスに分割する.これをKrF増幅器で4パス増幅した.

結果,放電電圧36kV以下では,ASEを5%程度に抑えることができ,その時のネットパワーで50Wを達成した.パルス幅は,480fsであった.得られた50Wという平均出力は,フェムト秒領域では,発表当時世界最高値であった.フェムト秒の増幅光においては,今なお最高値である(図1).

KrFレーザーの5次高調波による高平均出力50nm光の発生と集光

波長50nmの極端紫外光を生成する場合,TiSレーザーの高調波に比べて,KrFを用いると,低次摂動領域で発生することが出来,高変換効率が期待できる.本研究では,まず,上記のKrFレーザーの5次高調波を用いて,波長50nmで高平均出力な極端紫外光を生成した.

上記のKrFレーザーを球面鏡で希ガス中に集光し,発生した高調波を分光器で分光集光して,XUVフォトダイオードで測定し,発生時のパルスエネルギーを見積もった.次に,グレーティングによるパルス幅広がりと斜入射系の収差を避けるため,多層膜ミラーを用いて直入射で5次高調波のみを選択的に集光する配置での実験を行い,ターゲットでのパルスエネルギーを測定した.この配置では,高調波発生後,ビームスプリッターで基本波を除去し,残留基本波と3次高調波をアルミフィルターで取り除き,Sc/Si多層膜球面鏡で5次高調波を選択し,XUVフォトダイオードに集光した.

結果,発生時で1.2μJ(10Hz)のパルスを得た.このとき4x10-5という高い変換効率を得た.200Hzでは,0.1mWの平均出力を得た.このパルスエネルギー及び平均出力は,50nm以下の高調波では最高値である.また,ターゲットでは,10Hzでは,7nJ,200Hzでは平均出力0.3μWを得た.

次に,集光スポットサイズを測定した.極端紫外域でのスポットサイズ測定法としては,これまで,ナイフエッジを用いる方法とアブレーションを用いる方法が報告されているが,前者では,シングルショット計測が不可能であり,ポイント不安定性が混じる恐れがある.また,後者は,線形応答ではないため,スポットサイズの正確な測定は不可能であり,さらにその場測定ではない.本研究では,極端紫外光のスポットを近紫外の自己束縛励起子発光に変換し,拡大して測定するという新しい方法で,シングルショットで線形なその場の測定を行うことを提案し,実証した.

集光点に小さなBaF2サンプルを置いた.25eVの5次高調波によって,価電子帯電子が1光子励起され,励起子が生成し,格子歪と共に,局在安定状態に束縛され,近紫外発光が起きる.この発光スポットをSchwarzschild対物鏡で拡大し,ICCDで観測した結果,スポット径は,2μmであった(図2).この結果,集光強度は,0.5TW/cm2と見積もられた.この集光強度は,極端紫外域でこれまで得られていない最高値であり,希ガスの2光子イオン化や表面高調波発生など,極端紫外非線形分光という全く新しい分野に道を開くものである.

遺伝的アルゴリズムを用いた適応型波面制御による高次高調波の高出力化

近年,位相整合を用いた高次高調波の高出力化の研究が盛んに行われている.高次高調波発生における位相不整合は,集光による幾何学的位相,原子双極子位相,中性原子分散,イオン化による自由電子によって生じる. 従来の方法では,いくつかの実験パラメータを調整することによって,これらの位相不整合を打ち消す方法であったが,このような最適化には,多自由度で先見的知識を要さない適応型制御が優れている.本研究では,DMを用いて適応型波面制御を行うことによって,多自由度に焦点近傍の強度・位相を制御し,効率よく位相整合を実現させ,高次高調波の高出力化を行った.

59チャンネルのDMを用いて,TiSレーザーの波面を整形した後,Neガスに集光し,高調波を発生させ, XUV分光器で次数選択して,電子増倍管で光量を測定し,コンピューターにフィードバックした.最適化後の波面は,Shack-Hartmann型波面センサーで測定した.

波面制御には,多自由度制御に適している遺伝的アルゴリズムを用いた. DMは,高次の振動的な波面を再現することはできないので,制御の収束性を早めるために,各チャンネルの値をZernike多項式で結合させ,低次のZernikeモード係数だけを制御した.これによって,典型的に10〜20分で収束するようになった.

27次(28nm),31次(24nm),39次(19nm),45次(17nm)の各次数に対して最適化を行った結果, ターゲットの次数とその近傍を選択的に増大させることに成功した(図3).27次で6倍,31次で4倍,39次で2倍,45次で13倍の増大が見られた.最適波面は,39次と45次に最適化したものは,平坦化していることが分かった.これより,カットオフ近傍の最適化においては,波面平坦化による集光強度増大の効果が関与していることが分かる.

次に,焦点近傍の位相不整合量の分布を数値計算によって求めた.まず,測定波面からフレネル回折により,焦点近傍の強度・位相分布を求める.幾何学的位相については,これより直接求められる.原子双極子位相については,Lewensteinモデルによって求めた.中性原子分散とイオン化についても考慮した.その結果,27次, 31次, 39次については,波面の最適化によって,位相整合領域が著しく拡大していることが示された.

結論

本研究により,極端紫外・軟X線領域で高次高調波の高出力化を行った.これにより,極端紫外・軟X線領域における非線形分光という未知の分野への展望が開けたと言える.

これまでに得られた超短パルス高平均出力レーザー増幅光

自己束縛励起子発光スポットの水平(左)鉛直(右)プロファイル

最適化後の高調波スペクトル.(a)27次 (b)31次 (c)39次 (d)45次に最適化したもの.

審査要旨 要旨を表示する

超短パルスレーザーを希ガスなどの媒質に集光することによって発生する高次高調波は,極端紫外・軟X線領域で超短パルス性を有する優れたコヒーレント光源として,この波長域での超高速時間分解分光や非線形分光への応用上,注目されている.このような応用に供するためには,高次高調波の高出力化が急務である.本論文は,高次高調波の高出力化を主目的に,(1)励起レーザーとしての高平均出力KrF/Ti:sapphireハイブリッドレーザーシステムの開発,(2)KrFレーザーの5次高調波によるマイクロジュール級,サブミリワット級の50nm光パルスの発生及び集光,(3)適応型波面制御による高次高調波の高出力化の3項目について,研究を行ったものである.本論文は,以下の6章から成る.

第1章は序論であり,本論文の背景として,高次高調波の研究の歴史的経緯および現在の主な研究動向が述べられている.また,高次高調波の光源としての価値が明らかにされ,本論文の意義を明確にしている.

第2章では,高次高調波発生過程の理論について述べている.前半部は,微視的な原子応答について, SFA理論を中心に述べ,後半部では,巨視的伝搬効果について述べている.これらは,後の章における解析において必要となる基礎知識となっている.

第3章では,励起レーザーとして開発された高平均出力KrF/Ti:sapphireハイブリッドレーザーシステムについて述べている.ゲート利得増幅法を用いて効果的にASEの発生を抑制し,平均出力50Wを達成している.得られた50Wという平均出力値は,発表当時フェムト秒領域で世界最高の値であり,現在でも高強度物理に応用可能な高強度レーザーにおいては,フェムト秒領域でなお最高値である.また,紫外領域においても,フェムト秒では最高値である.開発されたレーザーは,本論文における高次高調波発生の励起レーザーとして意味があるのみならず,プラズマ軟X線発生の励起源などにも応用可能であると考えられ,価値のあるものである.

第4章では,このレーザーを用いて,5次高調波によって,波長50nmの高平均出力極端紫外光を発生させ,選択的に集光した研究について述べている.得られたパルスエネルギーと平均出力の値は,どちらもこの波長域の高調波ではこれまで得られていなかった値で価値のあるものである.また,分光などの実用的応用を目し,Sc/Si多層膜鏡による実用的な集光配置で実験を行っている.スポットサイズ測定では,従来になかったシングルショットで線形性,その場性をもつ画期的な手法を提案し,実証している.この方法により見積もられた集光強度の値は,高調波のみならず,光源によらず世界最高の値であり,極端紫外域における非線形分光への期待に大きく道を開くものであると考えられる.

第5章では,デフォーマブルミラーと遺伝的アルゴリズムを組み合わせた適応型波面制御により高次高調波の最適化を行った研究について述べている.軟X線領域で,最大1桁以上の増大を行っており,実用的に有効であることが示されている.また,最適化後の実際の波面を測定し,数値計算によって位相整合の解析を行い,プラトー領域では,位相整合により高調波の出力が増大し,カットオフ領域では,主に集光強度の増大により出力が増大しているという明確な物理的描像を与えている.

第6章は,結論である.

以上,本論文は,極端紫外・軟X線域での超高速時間分解分光や非線形分光などに期待されているコヒーレント光源としての高次高調波の高出力化に大いに貢献するものである.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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