学位論文要旨



No 118591
著者(漢字) 関谷,毅
著者(英字)
著者(カナ) セキタニ,ツヨシ
標題(和) 酸化物高温超伝導体の強磁場下常伝導特性と上部臨界磁場
標題(洋)
報告番号 118591
報告番号 甲18591
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5610号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 長田,俊人
 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 元教授 三浦,登
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、酸化物高温超伝導体の臨界磁場が非常に高いために未解決とされてきた二つの問題に注目し、研究を行った。一つは「電子系超伝導体の低温強磁場における異常な輸送特性の起源解明」に取り組み、強磁場中で新たな知見を得た。もう一方では「500T超強磁場中で伝導測定が可能な非接触型高周波磁気透過測定技術の開発とそれを用いた最適ドープYBCOの上部臨界磁場Hc2の測定」に取り組み、広い温度領域でT-Hc2磁気相図を作成した。

低温強磁場における異常な輸送特性

銅酸化物高温超伝導体の発見当初から、高温超伝導体の常伝導状態は「異常」であると指摘されてきた。現在でも多くの研究者が、その常伝導状態における異常現象の物性の機構解明に取り組んでいる。異常物性の代表例は、たとえば「擬ギャップ」現象である。この擬ギャップ現象は、電気伝導測定のみならず帯磁率、光電子分光でも観測されており、高温超伝導の発現機構とかかわっている可能性があるため重要な研究のひとつである。しかし、異常な振る舞いは擬ギャップのみに留まらない。

本研究では、低温強磁場における常伝導状態での輸送特性に注目した。そもそも超伝導を磁場により抑制したときの常伝導の基底状態(T=0 K)は、金属であるか、絶縁体であるかは、未だに多くの研究が行われ議論されている。このことは超伝導の発現機構に密接にかかわっているため非常に重要であると考えられている。これまで常伝導における基底状態(T=0 K)を明らかにするために、強磁場を用いた低温常伝導輸送特性の研究が、様々な銅酸化物超伝導体において行われている。BoebingerやAndoらは、ホールドープ系La2-xSrxCuO4 (LSCO)やBi2Sr2-xLaxCuO6+yで磁場により超伝導を抑制し常伝導輸送特性の研究を行った。そこで、彼等は、異常な抵抗率増加、絶縁体的振る舞い(upturn)を観測し、それはアンダードープ領域の低温常伝導では、一般的な振る舞いであると報告した。Upturnは、ホール系のみならず、Tokura, Takagi, Uchidaが世界で初めて報告した電子系超伝導体でも同様に報告されている。最近では、Fournier等がPr2-xCexCuO4(PCCO)の常伝導輸送特性を研究し、同様のupturnを観測したことなど、ホール系LSCOとの類似性を指摘している。上記の結果は、ホールドープや電子ドープというキャリアの違いにはよらず共通の振る舞いであるように思われ、銅酸化物の基底状態は、ドーピングレベルによって“絶縁体-金属クロスオーバー”していることが示唆されている。アンダードープ領域では、抵抗率は低温で絶縁体的なupturn(dr/dT<0)を示し、多くの場合それはlog T依存した抵抗増加である。銅酸化物高温超伝導体の場合、伝導を担っているのはCuO2平面であるため、二次元自由電子モデルにより、系の乱れや伝導性を確認できる。このkFl<1である場合、系は非常に乱れており、upturnは多くの乱れによる散乱として自然に理解することができる。しかし、ここで報告されているupturnはkFlが10を遥かに超えた非常にきれいな系(本来なら金属的な伝導を示す系)でも確認されており、異常なupturnといえる。このupturnの起源に関しては、多くの議論と憶測があるにも関わらず、はっきりとしたことは判っていない。

そこで本研究では、このlog T依存する抵抗率増加(upturn)の起源を明確にするため、ドープ量を非常に広い範囲で変えた3種類の電子系超伝導体Nd2-xCexCuO4(NCCO) (x=0.086〜0.227), PCCO(x=0.098,0.150), La2-xCexCuO4(LCCO) (x=0.045〜0.230)と基板からエピタキシャル歪をかけたの2種類(面内圧縮歪と面内伸張歪)のホール系超伝導体LSCO(x=0.11〜0.190)の系統的な磁気抵抗測定を行った。その結果、低温強磁場における常伝導抵抗率は、ある条件のもとでlogT依存した抵抗増加(upturn)を示し、最低温領域では飽和することがわかった。またupturnは、磁場により抑制される傾向を持ち、この負の磁気抵抗は温度が低いほど強くみられ、logB依存した特徴的な振る舞いであった。負の磁気抵抗の性質をさらに調べるため、磁場の入る角度をさまざまに変えて負の磁気抵抗の異方性を測定した。これにより負の磁気抵抗は“弱い異方性”を持つことが分かった。つまりupturnの振る舞いは温度、磁場、磁場の侵入角度、ドープ量、格子の歪などの条件を変えると、特徴的に変化することが新たに分かった。本研究では、特に電子系超伝導体で見られたupturnの起源を、多くの研究者が支持している二次元弱局在、近藤効果、ホール系で注目を集めているストライプ秩序や相分離の可能性から議論した。その結果、電子系超伝導体でのupturnは二次元弱局在ではなく、むしろ近藤効果から予測される振る舞いに近いことが分かった。そのため、近藤効果の可能性を理論的な予測、局在磁性不純物の候補やその量、おかれた状況など様々な側面から検証した。

最適ドープYBa2Cu3O7-δの上部臨界磁場

近年、高温超伝導体の実用化に向けた動きが世界的規模で進められている。特に最適ドープされたYBa2Cu3O7-δ(YBCO)は90K以上の超伝導転移温度(Tc)を持ち、安価に利用できる液体窒素で冷却することが可能であることから、多くの研究者により高温での実用化に向けた研究が行われている。高温超伝導体は、高いTcを持つという最大の特徴を有するが、それと肩を並べるもう一つの特徴は、非常に高い上部臨界磁場(Hc2)である。そのため、より強い磁場を発生することが可能なマグネット線材として期待されている。この特徴は、非常に短いコヒーレンス長に起因しており、低温においてYBCOの超伝導を抑制するためには、100Tのオーダーの磁場を必要とする。また、特に高温超伝導体の二次元性を反映して、CuO2面に平行に磁場をかけた場合は、CuO2面に垂直に磁場をかける場合に比べて、遥かに強い磁場をかけなければ超伝導を抑制することはできない。CuO2面に垂直に磁場をかけた場合の上部臨界磁場Hc2B┴CuO2は、Nakagawaらによって一巻きコイル法で実験がなされ、Hc2B┴CuO2 (0 K)=120T程度であることや広い温度領域でのT-Hc2B┴CuO2磁気相図が報告されている。しかし、CuO2面に平行に磁場をかけた場合の上部臨界磁場Hc2B//CuO2はさらに高く、1.6Kと4.2Kの低温において過去に2回、測定が行われただけである。このような背景からT-Hc2B//CuO2磁気相図の全貌は、未だまったく明らかになっていない。

Hc2は、クーパー対の空間的広がり(コヒーレンス長)や超伝導凝縮エネルギーの強さなどを直接的に決定できるので非常に重要な物理量である。しかし、最近ではHc2は磁束液体から常伝導へのクロスオーバーであり、磁場中では揺らぎなどの効果によりはっきりとした相転移ではなくなっていると考えられている。Hc2の物理的な定義そのものは、非常に難しい問題の一つではある。しかし超伝導体が磁場中で「何テスラまで超伝導としての性質を保持するのか」はっきりさせることは、実用化という側面においては極めて重要である。

本研究では、600テスラ領域までのYBCOの輸送特性解明を目的とし、測定技術の開発および測定を行った。磁場発生には、非破壊型長時間マグネット(〜50T)、一巻きコイル法(〜200T)及び電磁濃縮法超強磁場(〜600T)を用いた。また超短パルス磁場による電磁誘導雑音及び試料の発熱を除去し、精度の高い測定を行うため、高周波透過測定原理を応用した測定技術を開発した。具体的には、微細加工技術により作製された直径500mm以下のマイクロコイルを互いに向き合わせ、その間に薄いYBCO単結晶試料をはさみこむ。一方のコイルに60 MHzの高周波をかけ、発生した高周波磁場(1mT以下程度)の試料の透過強度を、もう一方のコイルで観測する。YBCO試料は、ワニスにより二つのマイクロコイルと電気的、熱的に完全に分離されおり、電極を必要としない。外部磁場は、試料面に対して平行、高周波磁場に対して垂直に加えるため、磁場に対する試料の有効断面積はほとんどなくなる。この手法により導線の誘導起電力と試料や電極の渦電流による発熱は原理的除去することに成功した。このようにして超強磁場発生装置と非接触型高周波磁気透過測定技術を組み合わせることにより500Tという過去に例のない超強磁場領域まで実験を行い、Tc直下から4.2Kという広い温度領域でT-Hc2B//CuO2磁気相図を作成することに成功した(図1)。磁場をCuO2面に平行にかけた場合のHc2は、理論的に600T程度と予測されていたが、実験結果ではHc2B//CuO2(0 K)=250T付近となることが分かった。

上述した通りHc2の定義そのものは依然として難しい問題の一つであり、本研究で定義したHc2がどのような物理量に対応するのかは、慎重に検討しなければならない。しかしながら、ここでの“Hc2”は、「超伝導としての性質を保持している」ことは明らかであるため、低温では200T以上でも超伝導として振舞うことが本研究で確認された。

本論文は第六章によって構成されており、内訳は以下のとおりである。

第一章:序論

第二章:銅酸化物高温超伝導体の基本物性と過去の研究、本研究に至る研究背景

第三章:強磁場発生技術および、強磁場下での上部臨界磁場と磁気抵抗の測定技術

第四章:電子系超伝導[Ln2-xCexCuO4,(Ln=La,Pr,Nd)]およびエピタキシャル歪をかけたホール系超伝導体La2-xSrxCuO4の低温常伝導輸送特性の実験結果と異常な常伝導特性の議論

第五章:最適ドープ組成YBCOの上部臨界磁場測定の実験結果と議論

第六章:研究全体の総括と本論文のまとめ

審査要旨 要旨を表示する

酸化物高温超伝導体において、「超伝導がどれ位の磁場で破れるのか?」そして「超伝導が破れた後の電子状態はどうなっているのか?」という問題は、基本的かつ重要な問題であるが、高温超伝導体の臨界磁場が高いが故に実験的研究が困難な問題でもあった。本論文は、「酸化物高温超伝導体の強磁場下常伝導特性と上部臨界磁場」と題し、必要なだけの強磁場を用いて「低温常伝導状態で見られる異常な輸送特性」と「最適ドープYBa2Cu3O7-δの上部臨界磁場」を実験的に研究したものである。

超伝導を磁場で抑制して実現される「低温常伝導状態」の物性を理解することは、超伝導を起こす母体電子系自体の性質と超伝導発現機構を解明するために重要である。また酸化物超伝導体の低温での上部臨界磁場を実測し、超伝導磁気相図を全温度領域にわたって決定することは基礎物理学的興味に加えて、工学的応用の面からも極めて重要である。

第1章「序論」では、研究の背景、目的、構成について述べられている。

第2章「高温超伝導体の基礎物性と研究背景」では、高温超伝導体の結晶構造、磁気相図などの基礎物性と、ホールドープ系および電子ドープ系超伝導体の低温強磁場における常伝導輸送特性のこれまでの研究報告、最適ドープYBa2Cu3O7-δの上部臨界磁場のこれまでの研究報告など、本研究の背景となる概念や報告が詳細に説明されている。

第3章「実験方法と測定技術」では、まず非破壊型ソレノイドコイルを用いた50 T級および80 T級長時間パルス磁場の発生技術と、一巻きコイル直接放電法による200T級短パルス超強磁場および電磁濃縮法による600 T級短パルス超強磁場の発生技術について説明されている。続いて長時間パルス磁場における直流四端子法による磁気抵抗測定など本研究で用いられた測定技術について説明されている。特に本研究において新たに開発された非接触型高周波磁気透過測定技術(以下、RF法と呼ぶ)について詳細に述べられている。これはパルス幅数マイクロ秒、放電電流数MAという過酷な短パルス超強磁場環境下で上部臨界磁場の高精度測定を可能にした実験技術で、技術的側面における本研究の主要な成果である。ここで上部臨界磁場は、超伝導状態の透過強度が外部磁場により常伝導状態の値まで回復する磁場の値として定義されている。渦電流による発熱の有無や試料の角度精度などを、一巻きコイル法を用いて評価する方法についても詳細に説明されている。

第4章、第5章が本論文の中心をなす部分であり、各主題について行った実験結果とそれに対する考察が議論されている。

第4章「常伝導輸送特性」では、磁場により低温で超伝導を抑制した常伝導輸送特性で見られる降温に伴う異常な抵抗率の増加、いわゆる upturn についての研究結果が述べられている。4. 1節では3種類の電子ドープ系超伝導体Nd2-xCexCuO4、Pr2-xCexCuO4、La2-xCexCuO4の単結晶薄膜試料についての低温常伝導輸送特性の実験結果がまとめられている。特に upturn の磁場依存性を明瞭にするため、磁場のかわりにドープ量を減らして超伝導を抑制した薄膜試料を準備して実験を行った点に特徴がある。4. 2節では基板との格子定数の差を利用してエピタキシャル歪を導入した2種類(面内圧縮および伸張歪)のホールドープ系超伝導体La2-xSrxCuO4単結晶薄膜の低温常伝導輸送特性の実験結果がまとめられている。4. 3節では以上の実験結果から、電子系超伝導体で見られる異常な upturn の起源について二次元弱局在、相分離とストライプ、近藤効果の可能性を比較・検討している。

本論文では、観測された upturn の振舞いが、従来から有力な仮説である二次元弱局在的というより、むしろ近藤効果的であると結論されている。そのために、この系で近藤効果が何故起こるのか、それは反強磁性相内でも起こり得るのかについて考察がなされている。結論として、電子系超伝導体のCuO2面上の残留頂点酸素が直下の Cuサイトに実効的な局在スピンを誘起し、この局在スピンにより伝導電子が近藤散乱を受けるシナリオが提案されている。一方、ホール系超伝導体La2-xSrxCuO4単結晶薄膜にエピタキシャル歪を導入した実験では、upturn が歪に顕著に依存することを初めて見出しているが、upturn の振舞いは電子系のそれとは異なるため、近藤効果以外の機構が upturn に関与している可能性があると論じている。

第5章「最適ドープYBa2Cu3O7-δの上部臨界磁場(β//CuO2)」では、超伝導転移温度が極めて高い最適ドープYBa2Cu3O7-δのCuO2面に平行に磁場を加えた (β//CuO2) 場合の上部臨界磁場を、3種類のパルス強磁場発生装置と本研究で開発されたRF法を組み合わせ、500Tまで超強磁場領域で詳細に調べた結果について述べられている。すなわち最も代表的な高温超伝導体であるYBa2Cu3O7-δの温度-上部臨界磁場(β//CuO2)の磁気相図を、過去例のない超強磁場領域まで拡張し、世界に先駆けてその全貌を明らかにしている。β//CuO2の場合の0 Kにおける上部臨界磁場は250 T程度であることが確認されている。また磁場による超伝導の破壊機構についても考察しており、転移温度近傍では軌道効果が、低温ではスピンゼーマン効果が超伝導の破壊に主要な機構となることを示唆している。

第6章「本論文のまとめと総括」では、以上の研究の概要がまとめられている。

以上を要約すると、本研究は磁場中で見られる高温超伝導体の低温における常伝導輸送特性を扱い、これまで未解決とされてきた二つの問題に対して多くの新しい知見を見出したものであり、物性物理学、物理工学の発展に寄与するところがきわめて大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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