学位論文要旨



No 118595
著者(漢字) 藤田,薫
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,カオル
標題(和) 光ファイバによる原子炉機器モニタリングの研究
標題(洋)
報告番号 118595
報告番号 甲18595
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5614号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 石川,顕一
 東京大学 助教授 高橋,浩之
内容要旨 要旨を表示する

緒言

近年、原子力分野への不信感をもたらすような事件が相次いでいることによって、原子力の安全性への社会的な関心がますます寄せられるようになっている。このため、更に安全性を高め、より大きな安心が得られるようにする努力が必要であり、新しいモニタリングシステムの構築を模索することは意義深いと考えられる。一方で、光ファイバセンサをセンシング要素とする光計測技術には従来使用されてきた電気式センサにはない優れた特長をもつものが数多くあり、分野によっては既に置き換わりつつある。しかしながら、プラントの状態監視において異常の早期発見につながる振動状態の測定システムは現在のところ開発が行われていない。そこで本研究では近年長足の進歩を遂げている光ファイバブラッググレーティングを用いた測定に注目し、放射線場において振動状態監視を行うことのできる光ファイバセンシングシステムの構成を考案し、その基本特性の測定を行うことを目的とした。そのためにFBGに対する照射効果の実験的な評価、及び核燃料サイクル開発機構所有の高速増殖炉「常陽」の1次系冷却配管近傍における実証を行い、光ファイバセンシングの適用可能性について検討した。

光ファイバブラッググレーティング(FBG)

通常、光ファイバの構成材料として用いられるGeをドープした石英ガラスは紫外光の照射により屈折率が変化するフォトリフラクティブ効果を示す。このため、紫外域のレーザーの干渉縞を光ファイバ上で形成することにより、周期的な屈折率変化を付与することができる。

光ファイバのコアに数千から数万層の周期Λの屈折率の変化を与えることによりBragg条件λB = 2 neffΛ (neff : 実効屈折率),を満たす波長λBの光を反射させる光ファイバブラッググレーティング(FBG)が開発され、すでに実用化されている(図1)。通信分野においては大容量伝送方式の一種である波長分割多重方式の波長選択フィルタとして、センサ分野では多点のマルチパラメータが測定可能なデバイスとしてFBGは大いに注目されている。温度や歪みなどによるneffもしくはΛの変化は反射波長の変化となって現れる。よって情報が光の強度ではなく波長に含まれるため、放射線誘起伝送損失が問題となる原子力プラントにおいても伝送による情報の劣化が生じにくいという特長を有している。

さらにFBGは一本の光ファイバ上に複数個配置することが可能であるため、多点におけるマルチパラメータの取得を単一の光ファイバで行うことができる電源不要なインラインセンサとして期待されている。漏電による事故を危倶する必要もなく、従来は困難であった狭隘部での測定が可能であることから、FBGを設置し監視を行えればプラントの安全性の向上させることができると考えられる。

FBGのγ線照射効果

実験体系

被覆のない状態および紫外線硬化型樹脂をリコートした状態のFBG(試料1-4)を、それぞれ線量率300Gy/h及び600Gy/hで照射した。線量率は60Co線源からの距離を変えることによって変化させた。照射は室温で断続的に行い、反射波長は照射中に取得した。実験体系を図3に示す。スーパールミネッセントダイオード(SLD) からの半値幅が約50nmの広帯域光を2×2カプラを通してFBG部に入射させ、反射光を再び2×2カプラを通して光スペクトラムアナライザへと導き反射スペクトルを取得した。また、照射室の外に参照用のFBGを設置して測定系に由来する誤差の補正を試みた。

実験結果および考察

図3に示されるように1MGyまでの線量範囲ではすべての試料において温度換算で±2℃の範囲内に収まっている。このように有為な反射波長λBの変化がないことから、積算線量で1MGyまでの範囲であれば放射線照射に起因する誤差はほとんどないと言える。さらに被覆をリコートしたことによる影響や、600Gy/hの線量率までの範囲では線量率依存性がないことが確認された。

また、試料3及び試料4の積算線量が1.4MGyに到達した時点で照射施設から取り出し、照射後の温度感度を測定した結果、1.4MGyまでのγ線照射後でも一定であることが分かった。

被覆材の有無による影響は確認されなかったことから、以降の実験で使用するFBGはより強度を増すために被覆材を除去せずに紫外レーザーを被覆材を透過させて照射して作製されたものを使用することとした。

γ線環境下における振動測定

60Co照射装置を使用してFBGセンサによるγ線照射下での振動センシングの可能性を調査した。FBGがマルチパラメータに感度があるため、測定対象を限定した場合にそれ以外の物理量が誤差要因となってしまう。このため、温度が変化する状況下でも振動測定が可能なシステムを構築した。このシステムの概略図を図4に示す。

直列に繋いだ2つのFBGを厚さ0.2mmの鉄板に貼り付け、スピーカーで強制的に振動を与える。光源からの光はFBG(1)を通過したあとでFBG(2)に入射する。もし、FBG(1)と(2)は反射波長が同じものを選択すると、FBG(1)によって反射されているためFBG(2)には光が届かず、歪みが加わった場合には場合にはそれぞれから反射光が戻ってくるようになるためフォトダイオード(PD)で受光する光量は大きくなる。このようにセンサとフィルタを同じ場所に置くことによって、環境温度が変化しても常に反射波長が重なるようにした。

60Co照射施設において50Gy/hの線量率でγ線照射をしながら振動の測定を行った。照射開始から約100日経過した時点(積算線量 124kGy)でPDからの出力及びスピーカーへ与える電圧の信号をオシロスコープに入力し、FFTプログラムを使用して得られた周波数スペクトルを図5、6にそれぞれ示す。スピーカーの駆動電圧を変化させても入力信号と出力信号のピーク周波数が一致し、γ線環境下でも振動周波数の測定可能性が実証できた。

高速中性子源炉「弥生」冷却系の振動測定

振動測定原理

本節の実験ではλBの変化を光強度の変化へと変換する方法として、反射波長がほぼ同じである2つのFBGをセンサおよびフィルタとして使用する方法を試みた。この方法の概念図を図7に示す。この中でSLDからの広帯域光をセンサ用FBGおよびフィルタ用FBGで2回反射させ、その光をPDで受光する。この場合、センサ用およびフィルタ用FBGの反射スペクトルの一部が重なるようなものを選択しており、振動によってセンサ用FBGの反射波長がシフトするとその重なり部分の大きさが変化する。シフトによって完全に重なった場合には最大の光量が入射し、重なりがなくなった場合には光は入射しない。その結果、スペクトルを取得してλを測定することなしに反射波長の変化を光量の多寡に変換することができる。

実験体系

実機レベルの大型の構造物における適用性を検証するため、東京大学の高速中性子源炉「弥生」の冷却系排気ブロワ近傍にFBGを設置し振動の測定を行った。実験体系を図8に示す。ここでもセンサ用及びフィルタ用FBGは常温でほぼ同じ反射波長のものを選択したが、ブロワ近傍は運転中に温度が上昇するため、センサ用FBGとフィルタ用FBGの反射波長が離れてしまい振動の測定が不可能になる。このためフィルタ用FBGの温度を調節するによって、常に重なり合いを持たせてある程度の反射光がPDに入射するようにした。

測定は5.1節で示した測定体系で行い、PDで電気信号に変換した後、増幅した信号をFFTアナライザで処理してパワースペクトルを算出した。また、比較のために電気式加速度計による測定も平行して行い、信号は前述と同様のFFTアナライザで処理された。

FBGは両端をエポキシ系接着剤によって固定し、さらにその上にアルミテープを貼付けるという方法で直径約1mの消音器の胴体部分に設置した。また、消音器を床に固定している支柱への設置を試みた。この位置の測定はFBGを埋め込んだ歪みゲージなどに使用されるポリイミド箔を瞬間接着剤で貼付けて行った。

実験結果

ブロワの起動前後の支柱に貼付けたFBGセンサのパワースペクトルを図9に示す。ブロワの起動によって消音器に振動が発生するが、図9からそれを捕捉できていることが確認できる。

FBGを設置した位置に加速度計を設置し、周波数パワースペクトルを取得した。消音器胴体、及び支柱における結果をそれぞれ図10、11に示す。ピークとなっている周波数はほぼ一致し、さらに強度も傾向としてはほぼ同じであるスペクトルが得られた。このように実際に原子炉で使用されている機器の振動状態がFBGセンサによって取得できることが証明できた。

高速実験炉「常陽」1次系冷却配管への適用実験

実験概要

これまでの成果を踏まえ、より商業炉に近い規模をもつ核燃料サイクル開発機構の高速実験炉「常陽」の1次系配管へ設置し検証を行っている。「常陽」一次系配管へ敷設時の系統図を図12に示す。外装板の上もしくは配管の重みを支えるハンガー部など6箇所にに合計15個のFBGを設置した。FBGは温度、歪みに感度があるため温度や歪みのモニタリングの可能性を調査も行う予定であるが、現在「常陽」は炉心の改造を行っており、雰囲気が室温程度で保たれているため温度や熱膨張などの測定は不可能である。その一方で、1次系配管のポンプは運転を開始しているため配管に生じる振動の測定を行った。

振動の測定はセンサとなるFBGによって反射された光を約1nmの透過ピークをもつフィルタを通すことによって、波長のシフトを強度の変化へと変換した。

実験結果

ポンプの出力を上昇させる試験運転が行われた時に取得した2-A位置のFBGセンサによる周波数パワースペクトルを図13に示した。ポンプの出力(流量と比例)が60%及び100%のときの比較では800-1000Hzの周波数領域に明らかな変化が生じていることが分かる。これは流量の変化による配管近傍の振動状態の変化を捕捉したと考えられ、FBGによる異常モニタリングの可能性が示されたと言える。

結論

光ファイバセンサの一種である光ファイバブラッググレーティングを用いた放射線環境下における振動モニタリングシステムの構築を目指し、γ線照射効果の調査、測定システムの構築、原子炉における実証を行った。その結果、実際に振動状態の変化を捕捉でき、多点分布型の異常監視システムなどへの応用の可能性が示された。

光ファイバブラッググレーティングの概念図

γ線照射実験概要

γ線吸収線量とブラッグ反射波長の関係(エラーバーは±2℃の範囲を示す)

γ線環境下における温度補償型振動測定体系

積算線量124kGyにおけるFBGセンサとスピーカー駆動電圧の周波数スペクトル(1)

積算線量124kGyにおけるFBGセンサとスピーカー駆動電圧の周波数スペクトル(2)

2つのFBGの反射光の重ね合わせを利用した振動測定体系

弥生冷却系の振動測定系統図

FBGセンサで測定したブロワ起動前後の周波数パワースペクトル

消音器胴体の周波数パワースペクトル

消音器支柱の周波数パワースペクトル

「常陽」一次系配管へのFBGの敷設系統図

ポンプ出力による周波数スペクトルの変化

審査要旨 要旨を表示する

光ファイバの計測への利用は、近年光ファイバセンシングと呼ばれており、医学・理工学・農学分野等へと広く利用され始めている。

例えば、インテリジェントビルディングと総称されて建物一体としての変形、歪み、ストレスの測定監視に用いたり、橋や大型構造物などの鋼材やコンクリート材のストレス測定・安全管理等に用いられている。

このような光ファイバセンシングの最大の特徴は、1本の光ファイバを用いるだけで、そのファイバ中の理工学量の多点同時測定(温度、ストレス、放射線等)を連続的にあるいは離散的に測定できることである。この光ファイバセンシングの特徴を活用して、大型構造物である原子炉計装系に用いようとするのが本研究の最大の目標である。

既に、普通の光ファイバを用いたラマン散乱方式と呼ばれる方法による原子炉への適用を試みた例はあるが、本研究論文では、放射線に強いと考えられるFiber Bragg Grating(以下FBGと略)方式といって、光ファイバ中でのブラック散乱による結晶間隔距離の変化を実測しようというものであり、独創的な観点に立っての応用といえる点に特徴がある。

本論文の第1章は序章で、本研究の目的を説明している。

第2章は、FBG方式についてのクラマース・クロニッヒモデルによる原理的説明、その構造や作成方法、FBGを用いた測定法のあらましについて紹介している。

第3章は標準的な手法を用いた特性測定結果の例で、高速中性子及びγ線照射下においてもFBGが温度センサーとして動作可能性があることを定量的に実証している、その特性を測定している。また同時に、同一条件下で試作したFBGについて、各種メーカーの組成・製法等に依らない形で温度計測などのばらつきの範囲を実験的に求め、その精度を明らかにしている。

第4章はモデル実験について示しており、鉄管表面につけたFBGによる振動測定の具体例である。併せて反射波長に対する透過率を変える方法を採用することにより、照射γ線量を変化させながらでも、FFTスペクトルを介して振動を測定できることを示し、この方法の放射線環境下での測定への有効性を示している。

第5章は、本論文の主目的とするところで、2つの原子炉の計装系に対して光ファイバの適用性について試験及び検証例を示したものである。そのうちの1つの原子炉は東大の高速中性子源炉「弥生」であり、その冷却排気系のブロアー部の振動分布の測定の結果を示している。

光ファイバの測定対象物への接着方法のちがいが結果に与える影響とか、1本のファイバ内での多点測定の可能性を調査し、いずれもまずまずの成果を得ている。具体的には対象物への光センサーの貼りつけ法は、センサーと対象物を密着してその上からテープでとめる方法がよいこと、それ以外の3種の方法、例えば両端固定、全体をテープで固定、ポリイミドフィルムによる固定などは望ましくないことを示している。また、1本のファイバから2ヶ所の振動データを取得できることを示している。

もう1つの原子炉は核燃料サイクル機構(JNC)の高速実験炉「常陽」の1次ナトリウム配管系の振動測定であり、このような測定が行なわれたのは国内外を通して最初の企みである。ガンマ線量も100Gy/h近くとのことであった。長い配管系と複雑な支持構造のため、固有振動数というものは見出せなかったが、大変複雑であるが変化にとんだデータが取られており、この振動データの解析は配管流量の変化に伴うものとして今後、原子炉配管における振動異常の検出系としての可能性を示していると考えられる。

本論文を通して、新しいFBG型光ファイバの原子炉計装系への利用という着想と実証を示しており、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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