学位論文要旨



No 118597
著者(漢字)
著者(英字) VINOD,PURAYATH ROBERT
著者(カナ) ビノド,プラヤット ロバート
標題(和) 太陽電池反射防止膜用水素窒素含有非晶質炭素薄膜の製造とその特性
標題(洋) Fabrication and Properties of Amorphous-carbon Thin Films Containing Hydrogen and Nitrogen as Anti-reflecting Coating for Solar Cells
報告番号 118597
報告番号 甲18597
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5616号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 阿部,弘亨
 物質材料研究機構   北島,正弘
内容要旨 要旨を表示する

将来、宇宙空間での大規模な太陽光発電が月や地球やその他の惑星に電力を送り、化石エネルギーに対する依存性を減少させることが期待される。研究者たちは次世代太陽光発電を研究しており、太陽光発電システムを地球周回軌道に乗せるための技術について研究を行い、また軽くて薄くて高効率の太陽電池の研究開発を行っている。この太陽電池は薄膜装置であり、量子ドットとして知られる半導体結晶やカーボンナノチューブをサンドイッチ構造にしたものである。

太陽電池の効率が著しく改良されてもなお、それらの光学的特性に影響を与える因子がある。多くの因子が太陽電池の効率を制限している。たとえば、シリコンは安価であるが、光を電気に変換する場合にはそのエネルギーの大部分を熱として消耗してしまう。太陽電池の効率におけるもっとも本質的な制約はその表面における光の反射である。そのため、反射防止膜が重要となり、これが太陽電池の振舞いを決定することになる。いくつかの材料がこれまでに研究され、反射防止用として有望であると考えられてきたが、低密着性・低硬度・低化学安定性などの制約があった。

本研究では、高密着性・高機械強度・光化学的安定性を有するa-C:H:N薄膜の反射防止膜への適用可能性について検討し、いくつかの興味ある結果を報告する。反射防止膜のゴールはできるだけ広い波長域においてできるだけ小さな反射率を持つ薄膜を作製することである。反射防止膜は2つの光学媒体の界面における反射を低下させる。屈折率1.5のガラス表面の反射率は4%であり、その透光係数は92.3%である。屈折率4.1を持つゲルマニウムの赤外領域で反射率は36.9%であり、屈折率3.88のシリコンのそれは30%である。太陽電池などへの応用を考える場合には、もし30%以上の入射光を反射によってロスすると量子効率が著しく低下することになる。従って、これまでに多くの反射防止膜の研究開発が行われてきた。今日では、インジウムスズ酸化物(ITO)膜や酸化亜鉛(ZnO)膜が太陽電池用反射防止膜として広く用いられている。本研究では、a-C:H:N薄膜の反射防止膜への適用可能性について検討した。これらの薄膜は非常に硬く、機械的化学的安定性においてITO薄膜やZnO薄膜に比べて優れていると考えられる。

種々の化学組成を持つ非晶質C:H:N薄膜をRFマグネトロンスパッタリング法によりn-Si基板上やシリカ基板上に成膜した。その際にターゲットにグラファイト(99.999%)を用い、プラズマガスとしてアルゴン・水素・窒素の混合ガスを用いた。調製された薄膜の構造特性および光学特性を分析した。XPS分析より、適当なガウシアン分布を用いることによりC1sおよびN1sスペクトルを分離することができた。それらのピーク強度から計算したN/C比はプラズマガス中の窒素ガスの増加にともなって増加することが見いだされた。また、窒素割合の増加とともにsp2CN結合が優勢になった。さらに、sp2CN結合はピリジンのような芳香族環を形成することがわかった。基板温度の増加は同様の傾向を与えた。これらの結果はFT-IRやラマン分光法により確認された。IRスペクトルを1000-4000 cm-1の範囲で測定した結果、1300-1500 cm-1に観測された幅の広い振動モードを2つのピーク(1300-1400 cm-1に存在するsp3CN結合と1400-1500 cm-1に存在するsp2C=N結合やピリジンのような芳香族構造)に分離することができた。また、spCN伸縮振動バンド(2100-2250 cm-1)を発見した。これは、これまでXPSにおいてsp2CN結合から明確に分離できなかったものである。このバンドはイソニトリル基とニトリル基(CN三重結合)の存在を示唆するものである。DLCにおいてふつうに見いだされるC-H伸縮振動モード(2800-3000 cm-1)は低窒素含有薄膜で観測され、これはsp3結合炭素の存在を示唆するものである。バンドの同定はいくつかの文献値を用いて行った。IR測定は透過型の測定であるので、生成した薄膜のバルク特性を測定することができ、高成膜温度では薄膜の組成や構造は均質であった。熱処理により、spCHやspCN結合の低下が見いだされた。sp2CNやspCNの割合も熱処理により低下した。一方、sp3CN結合の割合には大きな変化は見られなかった。熱処理によりsp3/sp2割合の増加およびN/C割合の減少が見いだされたが、これは熱処理により主にsp2結合窒素が取り除かれたためと考えられる。熱処理によりsp2CN結合が減少し、薄膜中に残存する窒素は炭素と正四面体的(sp3)に結合しているものと考えられる。熱処理においてsp3CH結合が切れたところで局部的な黒鉛化が進行したということができる。上記の構造変化が薄膜の光学特性に影響を及ぼしていると考えられる。

AFMにより、プラズマ中の窒素含有量が増加するに従って、薄膜の表面がよりラフになることが見いだされた。これは、窒素含有量の増加が結晶粒の粗粒化をもたらすことによる。この事実は薄膜の結晶粒サイズを測定することにより確認された。300 nmの範囲にわたり薄膜の輪郭を測定し、プラズマ中の窒素濃度が10%の時に平均表面荒さが0.16 nmであったものが、プラズマ中の窒素濃度が50%の時には2.0 nmに増加した。さらに、結晶粒サイズもプラズマ中の窒素濃度の増加に伴って増加した。表面荒さは基板温度には依存しなかった。薄膜表面は比較的平坦で反射防止膜の要件を満たすのに十分であった。

これらの薄膜の光学的特性を理解するためにエリプソメトリーを行い、反射角を70°に固定し、反射率(n)と減衰係数(k)の2つの光学定数を測定した。N/C比の増加はこれらの光学定数の増加をもたらすが、これはsp2CN結合によるものである。基板温度の増加も同様の結果をもたらした。熱処理はnとkを減少させた。これはsp2CN結合が取り除かれたことに起因すると考えられる。また、a-C:H薄膜中に存在した欠陥が熱処理によって取り除かれたこともその1つの理由であると考えられる。熱処理によって薄膜の厚さは減少した。これが、薄膜の光吸収低下の1つの原因である。熱処理に伴う薄膜の構造変化や厚さ変化が減衰係数の大幅な低下をもたらし、熱処理は薄膜の光学的特性の改善のためにきわめて有効であると認識される。それ故、熱処理に伴う黒鉛化は全く(あるいはほとんど)起こっていないと考えられる。薄膜が良好な反射防止特性を示すためには反射率がなるべく小さい必要があるが、これは薄膜の屈折率(nf)が基板の屈折率(ns)の平方根と等しいという条件を満足することにより達成される。Si基板についてはns = 3.88であるので、直角入射の際にnd = λ/4によって与えられる波長に関してnf = 1.97となる薄膜が反射防止膜として望ましい。光学特性測定の結果から、N/C = 0.3の薄膜が1073 Kで熱処理したときに、n = 1.987、k = 0.10という値を示した。

これらの薄膜の紫外および可視領域における光学的透明性を決定するために、熱処理前後における吸収を紫外可視分光計により測定した。その結果、これらの薄膜は反射防止膜として十分に透明であることを確認した。市販のITO薄膜やZnO薄膜を紫外線領域での反射防止膜に応用することは、これらの物質が紫外領域において大きな光吸収を持つため制限される。本研究で作製されたN/C = 0 - 0.3の薄膜はITO薄膜やZnOの薄膜と比べて紫外領域においても良好な透明性を有する。薄膜中の窒素含有率が増加するに伴い透明性は大きく低下することが見いだされたが、これは極限的にはCNx薄膜では紫外光に対して不透明になることにつながる。薄膜の光学特性に及ぼす熱処理の効果を理解するために熱処理前後の吸光度測定を行った。吸光度の現象はエリプソメトリーの結果と類似の結果を示した。かなり大きな吸光度の現象が紫外領域において観測された。この理由としては、薄膜内部の欠陥の減少とXPSやFT-IR測定で観測されたsp2結合水素の除去の2つが考えられる。

薄膜生成時にその光学的特性を望みの値に制御するために薄膜のin-situエリプソメトリーを実施し、2つのパラメータψとΔを測定した。これらのパラメータはフレネルの関係式を用いて光学定数nおよびkと関係づけることができる。こうして望みのnおよびkの値が得られたときに成膜を停止させることができるようになった。

以上のことから、本研究で得られた成果は、a-C:N:H薄膜の反射防止膜などへの応用を検討する際に有益な知見を与えるものであるといえる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、水素窒素含有非晶質炭素薄膜(a-C:H:N薄膜)の太陽電池反射防止膜への応用を念頭に置き、その製造と光学的特性に関する研究を行ったものであり、全6章で構成されている。

第1章は序論であり、本論文の目的と構成について述べている。将来、宇宙空間での大規模な太陽光発電が月や地球やその他の惑星に電力を送り、化石エネルギーに対する依存性を減少させることが期待される。太陽電池の光学的特性に影響を与える多くの因子が太陽電池の効率を制限しているが、その1つが太陽電池表面における光の反射である。そのため、反射防止膜が重要となり、これが太陽電池の振舞いを決定することになる。いくつかの材料がこれまでに研究され、反射防止用として有望であると考えられてきたが、低密着性・低硬度・低化学安定性などの制約があった。これらの状況の下で、本研究では、高密着性・高機械強度・光化学的安定性を有するa-C:H:N薄膜の反射防止膜への適用可能性について検討した結果を報告するとともに、今後の研究開発課題をとりまとめている。

第2章では本研究の理論的背景について述べるとともに、これまでの研究結果をレビューしている。非晶質炭素薄膜の生成とその構造モデルや電子構造について詳述するとともに、太陽電池用反射防止膜に要求される諸性質、特にその光学的特性に関する理論とこれまでの研究状況について述べている。

第3章では非晶質炭素薄膜の製造に関して、その原理・装置などについて述べている。本研究では、種々の化学組成を持つa-C:H:N薄膜をRFマグネトロンスパッタリング法によりn-Si基板上やシリカ基板上に作製した。その際にターゲットにグラファイト(99.999%)を用い、プラズマガスとしてアルゴン・水素・窒素の混合ガスを用い、これらの成分割合を制御することにより、薄膜中の組成を制御することに成功している。

第4章は本論文の中心部分であり、作製した薄膜の組成・構造・光学特性について、XPS、FT-IR、AFM、エリプソメトリーによる測定などの結果について述べるとともに、詳細な検討を行っている。室温におけるa-C:H:N薄膜の作製、基板温度を上昇させたときの影響、成膜後の熱処理の影響等について系統的に検討を行うとともに、光学測定を行いながら成膜を行うことができる装置を製作し、リアルタイムに光学特性を測定しながら、最適条件になるように成膜を行った結果を報告している。

薄膜中のN/C比がプラズマガス中の窒素ガス割合の増加にともなって増加するに従って、sp2CN結合が優勢になることが見いだされた。基板温度の増加は同様の結果を与えた。同時に、屈折率nや消光係数kが増加したが、この結果は薄膜中のsp2CN結合に由来すると考えられる。AFMにより、プラズマ中の窒素含有量が増加するに従って、薄膜の表面がよりラフになることが見いだされた。これは、窒素含有量の増加が結晶粒の粗粒化をもたらすことによる。ただし表面荒さは基板温度には依存せず、薄膜表面は比較的平坦で反射防止膜の要件を満たすのに十分であった。

本薄膜試料に対する熱処理の影響を調べるため、熱処理実験を実施した。その結果、熱処理にともない、sp2CN結合として薄膜中に存在している窒素原子が大量に除去される事がわかった。光学的特性に関しては、sp2CN結合の除去は良い影響を及ぼすが、sp3CH結合の除去は悪い影響を及ぼし、両者のトレードオフで全体としての影響が決定される。これらのうち、前者の影響がより大きく、全体への影響として光学的特性の改善に有利に働くことがわかった。また、紫外可視吸収測定により、熱処理によって薄膜試料の透明性が増加し、光学特性を改善できることがわかった。市販の反射防止コーティングの透過スペクトルと比べて、N/C比が0-0.3の薄膜が宇宙太陽光発電用反射防止膜として極めて優れた特性を有していることが明らかになった。

成膜時の薄膜の特性を改善する目的で、成膜下その場光学特性測定装置を製作した。リアルタイムでのモニタリングは、薄膜の光学特性の制御や希望する光学特性を持つ薄膜の作製に極めて有効である。本手法を用いて、反射防止膜に用いることができる極めて優れた光学特性を有する薄膜を作製した。本手法は、多層反射防止膜の作製にも有効であり、その場合には、N/C比が0-0.3の薄膜を連続的に組成傾斜させた状態で成膜することができるとされている。

第5章では、本研究で得られた結果をもとに総合的な観点からの議論を行うとともに、今後の研究課題を整理している。第6章は結論である。

以上を要するに、本研究は、水素窒素含有非晶質炭素薄膜(a-C:H:N薄膜)の太陽電池反射防止膜への応用を念頭に置き、その製造・構造・光学的特性に関して総合的に検討を行ったものであり、本研究で得られた成果は、a-C:N:H薄膜の反射防止膜などへの応用を検討する際に有益な知見を与えるものであるのみならず、プラズマ材料工学およびシステム量子工学に寄与するところが大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク