学位論文要旨



No 118598
著者(漢字) 舒,羽非
著者(英字)
著者(カナ) シユ,ユフェ
標題(和) 相互認識に基く協調作業におけるチーム状況認識推論に関する研究
標題(洋) A Method for Defining and Inferring Team Situation Awareness in Cooperative Activity Based upon Mutual Awareness
報告番号 118598
報告番号 甲18598
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5617号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 教授 大和,裕幸
内容要旨 要旨を表示する

序論

近年、チーム状況認識(TSA)の概念がチーム−機械相互作用の設計・評価における重要概念と認識されるようになるにつれ、TSAに関する多くの研究が行われてきた(Salas, 1995)。従来研究においては、チーム成員が所有する状況認識(SA)の共通部分としてTSAを扱うことが多い。しかし精緻で互恵的なチーム過程を考えると、共通部分的TSA概念はその特徴をとらえるには単純すぎる。現実のチーム過程では、チーム成員間に個人SAと相互認識の重層構造が存在し、TSAのモデル化においては個人SAの共通部分を越える概念が必要であり、特に相互認識の理解が不可欠である。さらに、チーム成員間あるいはチーム−機械間に協調的関係を確立するためには、相互認識の推論能力が重要な意味を持つ。

本研究の目的は、まず個人SAと相互信念に還元可能なTSAの新概念を提案することにある。さらに、この新しいTSAの枠組みの上にチーム−機械協調活動におけるTSA推論の手法を開発し、人間のTSA構築能力について検討する。

TSAに関する概念的枠組み

本研究では、ヒューマンファクター分野における従来のSA研究(Endsley, 1995; Adams, 1995)を踏襲し、SAは人間と環境との相互作用によって生成されるある知識であり、TSAはチーム成員間で部分的に共有あるいは分散所有される状況理解である(Bratman, 1992)と考える。

ここで、TSAを以下のように定義する。

2人以上の個人が、共通の環境、環境の最新状況に関する理解、他人の協調タスクへの関与に関する理解などを共有していること。

TSAはチームが置かれた情況とそれがチーム内でどう変化するかに対する認識であり、また、TSAはチーム成員そのものと、彼らが各自が置かれた情況とどう相互作用するかに対する認識である。TSAは、相互認識(MA)と個人の状況認識(ISA)の2つの基本要素で構成される。

TSAの定義

厳密な論理表現を用いてTSAを定義することを試みる。BEL、EBEL、MBELを個人の信念、チームにおける個人の信念の連結、チームにおける相互信念を表す様相論理記号、Hold、State、Symptomをシステム状態に関する述語とする。Endsleyの提案に従い、SAが知覚、理解、予測の3レベルで構成されるとすると、各レベルのSAは以下の論理式で定義される。

これに対応するTSAの定義は以下のようになる。

ここで、Pi={P|SA(m,Pi)}、P=〓m〓gPiである。

TSA評価手法の枠組み

いま、チームがA、B、2人で構成されると仮定する。定義から、TSA(g, p)はAの心理状態を記述する成分

と、これに対応するBの心理状態を記述する成分

とで構成される。ここで、TSA1、TSA2ではt = now、TSA3ではt = after(now)である。AのTSAは、自分自身のISA(SaPa, SaCa, SaFa)、BのISAに対する信念(BaPb, BaCb, BaFb)、自分自身のISAに対するBの信念に対する信念(BaBbPa, BaBbCa, BaBbFa)で構成される。ここで、Pa/PbはA/Bの知覚(SA1)を、Ca/CbはA/Bの理解(SA2)を、Fa/FbはA/Bの予測(SA3)を表し、Ba/BbはA/Bの信念を表す。後2者はチーム相互信念(Tuomela & Miller, 1987)を表す。

Aの信念の内容はそれと対応するBの信念とは必ずしも一致しない。たとえば、上記でPaは3箇所に出現し、各々が次に示すPaの別バージョンを定義する。

これら3バージョンが全て一致する場合に限り、チームは健全で完全なTSAを有するが、誰かの真のSAとそれに対する仲間の信念の相違がTSAの完全性、健全性を評価する余地を与える。TSAの健全性は推論されたSAがどれだけ真のSAに対応しているか示す尺度として、TSAの完全性は真のSAがどれだけ推論されたSAに対応しているか示す尺度として定義される。たとえば、AのSA1に対するBの信念の健全性、完全性は、次のように評価される。

同様の評価が、PbおよびSA2、SA3に関して全く同様に可能である。このように、Pa、Pa'、Pa"の相違を評価することによって、チーム協調活動におけるTSAの適切さを評価できる。

TSAの推論法

TSAの良否を評価することを目的にTSAの推論アルゴリズムを提案する。人間は他人のSAを外見的行動とその人に関する知識に基いて推論すると考えられるので、ここでは共有知識に基く実現可能なTSA推論手法を検討した。

あらかじめ定められたシナリオにおける運転員A、B、2人チームの行動を想定した場合、Aが対象システムからある徴候を観測したならば、Aは共有知識を用いて同僚の知覚内容を推論する(ISAの推論)。まず、Aは自分が観測した徴候から可能性のあるシステムの現在状態を同定する。本研究ではこの過程を前向き類似性照合としてモデル化する。つぎに、同定されたシステム状態からシステム挙動に関する因果知識を用いて、観測される可能性のある徴候を数え上げる。この過程は後ろ向き類似性照合と考えられる。最後に、これらの徴候の観測行動を行動計画から想起し、観測行動と観測されるはずの徴候との関係を予測する。他人の観測行動を目撃した場合には、この関係を用いてその人が取得すると期待される知覚(SA1)を推論する。この推論過程において、ある徴候に対応するシステム状態が一意に決るとは限らないので、徴候パターンと観測パターンの類似の度合を評価してこれをその状態に関する信念の確信度と見なし、確信度が最大の状態仮説を採用するものとする。

SA1の推論結果が作業記憶に書き込まれると、これを用いてSA2の推論が行われる。ここで、AがBはPbを所有していると信じていることに加え、BがPbを解釈するための知識を所有していると信じていること、Aがその知識の内容を知っていることを想定する。そして、AはBのSA1の推論結果(BaPb)とBが所有していると信じる知識を使って、類似性照合によってBのSA2(BaCb)を推論する。TSAの第3成分であるAのSAに対するBの信念を推論するためには、A自身のSAにとってAが推論したBのSAが応答的あるいは支持的であるか否かを評価すればよい。

ISAの推論と信念の推論は同時平行に行われる心的過程であるが、信念推論はISA推論の結果に依存する。本研究では、両者をファジ集合論に基く徴候解釈と、徴候パターンの類似性照合に基く状態同定でモデル化しており、これに用いる領域知識は長期記憶に用意する。

テスト例題への適用

提案したTSA推論の手法をDURESS (Vicente & Rasmussen, 1990)の運転に適用し、ISAとMAを推論した。DURESSの目標は、要求された温度と流量で下流の2系統に温水を供給することで、運転員の仕事はプラントを監視し、プラントで何が起きているかを認識することと、他のチーム成員が何を観測し、何を考えているかを推定することである。

TSAのシミュレーションモデルは、互いに密結合されたTSA推論エンジンと知識ベースの2つのモジュールで構成される。推論に必要な徴候や観測行動に関する知識は知識ベースに格納され、それを基に推論エンジンがISAとMAを推論して出力する。推論エンジンの開発には、論理プログラミング言語のPrologを用いた。

開発されたTSAシミュレータを用いて、TSAの良否を左右する様々な因子を変えながら、健全性、完全性の2つの観点からTSAを動的に評価した。その結果、ISAの共通部分として定義される従来型のTSA概念に比較して、本研究で提案したTSAモデルはチームの相互協調的なプロセスをより適切に反映するものであることを確認した。また、共有知識に加え共通の情報提示画面を設置するなどの手段によってチームに共有情報を提供することが、望ましいTSAの形成を促進するという従来の仮説を検証した。しかし、共通の情報提示画面がなくとも他のコミュニケーション手段を用いることによって、良好なTSAが維持できることも示された。

結論

本研究では、協調活動におけるTSA概念を記述、評価するための概念的、理論的枠組みを提供した。まず、哲学、人工知能、人間機械系などの分野でこれまでに実施されたSA、意図、信念、共同活動などに関する研究の成果に基き、新しいTSA概念の定義とその定式化を行った。つぎに、TSAの適切さを評価するための基準と、TSAを推論する具体的手法を提案した。TSAシミュレータとTSA評価基準を組合わせることによって、新型インタフェースの開発などに際してチーム−機械相互作用におけるTSAへの影響を動的に評価することが可能であることを示した。

Adams M., Tenney,Y. (1995). Situation awareness and the cognitive management of complex systems. Human factors, 37(1), 85-194.Bratman M. (1992). Shared cooperative activity. The philosophical review 101(2), P327-341Endsley M.R. (1995). Towards theory of situation awareness in dynamic system. Human factors, 37(1), 32-64Salas E., Prince C. (1995). Situation awareness in team performance. Human factors, 37(1), 123-136Tuomela R., Miller K. (1988). We intentions. Philosophical studies, 53, P367−398Vicente K., Rasmussen J. (1990) The Ecology of Human Machine Systems: II. Ecological Psychology, 207-249
審査要旨 要旨を表示する

チーム状況認識(TSA)は、円滑なチーム協調にとってきわめて重要な概念である。本論文は、人間集団と人工物との間に効果的な協調関係を構築することに資するために、TSAの計算モデルの構築を行うとともに、計算機シミュレーションを用いてこのTSAの評価が可能であることを示したものである。

第1章は序論で、TSAに関する従来研究を概観して研究目的を述べている。すなわち、TSA概念は従来、個人の状況認識(SA)の共有部分として定義されることが多いが、この考え方は相互信念の重層的構造を有するチームの行動過程をとらえるには不十分であり、チーム成員の間、あるいはチームと人工物の間に協調的関係を確立するためには、さらに相互信念をも考慮することが不可欠であるとして、チーム行動を支援する観点からチーム−機械系を設計し、評価するために有効で包括的なTSAの計算モデルを提案することを目的とするとしている。

第2章は、現実の協調プロセスにより即したTSA概念を構築するために、共同行動、チーム意図などに関して哲学や人工知能などの分野で従来行われた研究を紹介している。そして、協調プロセスにおいては、重層的な相互信念や相互反応性の成立が必要であることを論じている。また、従来研究における相互信念の論理的な定式化について解説している。

第3章はチーム協調の重層的構造を反映したTSAの新しい概念定義を行っている。チーム協調行動に関する哲学的理論は、個人SAの共有部分として定義されるTSA概念とかなり異なっているとして、SA、人工知能、あるいは協同意図や協同行為に関する哲学的研究の成果を参考に、TSAの新しい概念的枠組みを提案している。この枠組みは、TSAが個人SAと相互信念に還元できるとするものであり、これに基づいて、個人SAに関する従来研究に倣ってTSAも感覚、解釈、予測の3レベルで構成されるとし、様相論理を用いてTSAを明確に定式化し、TSAの基本構造を明らかにし、ある人にとってのTSAは自分自身のSA、同僚のSAに対する信念、自分自身のSAに対する同僚の信念に対する自分の信念の3成分で構成されるとして定式化している。

第4章は、TSAの評価基準を提案している。TSAの定義よりTSAは信念要素を含んでいるので、この評価ではある人のSAとそれに対する同僚の信念との差異に着目するべきとし、TSAの適切さを評価するために、信念がどれだけ誤り無く実際のSAをとらえているかを表す健全性と、信念がどれだけ網羅的に実際のSAをとらえているかを表す完全性の2つの指標を用いることを提案している。

第5章は、協調過程における相互理解がどのようにして確立できるのかについて検討し、TSAの推論法を論じている。具体的には、人間には他人の外面的行動と相手についての知識とからその人のSAを推論する能力があると考え、共有知識からTSAを推論でき、SAの推論と信念の推論は平行的な心的プロセスであり、信念推論はSA推論の結果に依存するとし、さらに、SA推論、信念推論ともに、ファジィ集合に基くデータ解釈とパターン照合に基く状態認識としてモデル化する手法を体系化している。

第6章は、提案手法に基いてDURESSプラントを対象とするTSAシミュレータを作成し、手法の有効性確認を行っているもので、シミュレータは個人SAと相互信念を推論するために、DURESSの運転操作におけるチーム行動の認知プロセスのシミュレーションを実行するものとし、提案したTSA評価手法をTSAのシミュレーション結果に適用したところ、TSAを経時的に評価できること、チーム−機械系に関するさまざまな因子がTSAの良否に与える影響を評価することが可能であることを確認できたとしている。また、個人SAの共有部分と考える従来型TSAを想定した評価と比較し、ここで提案されたものはチーム協調行動に対する影響因子をより適切に評価することができたとしている。

第7章は結論であり、本論文は、協調行動におけるTSA概念を記述・評価するための概念的、理論的枠組みを提供し、TSAを推論する具体的手法を提案し、TSAシミュレータとTSA評価基準を組合わせることによって、新型インタフェースの開発などに際して、チーム−機械相互作用におけるTSAへの影響を動的に評価することが可能であることを示したとしている。

以上を要すれば、本論文は、TSA概念を記述・評価するための新しい枠組みと具体的評価手法を提案して、その有用性を示すことによってヒューマンマシンインタフェースの評価のための基礎技術となるものを生み出しており、システム量子工学に貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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