学位論文要旨



No 118599
著者(漢字) 楊,運民
著者(英字)
著者(カナ) ヤン,ユンミン
標題(和) 被照射金属内の欠陥クラスタの応力挙動
標題(洋) Behaviors of Defect Clusters in Irradiated Metals during Deformation
報告番号 118599
報告番号 甲18599
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5618号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 助教授 奥田,洋司
 東京大学 助教授 阿部,弘亨
内容要旨 要旨を表示する

導入

ステンレス鋼のようなFCC金属は、核分裂炉の構造材として広く用いられており、更に将来その実現が期待されている核融合炉の構造材として期待される物質である。これらの材料の特徴は中性子をはじめとした放射線照射場におかれるという点であり、この条件下では種々の照射欠陥が材料中に形成されることが知られている。このような照射欠陥は、巨視的には比較的低温で脆くなる、すなわち照射脆化と呼ばれる現象を引き起こし、降伏応力が上昇し加工硬化率が下降する。このとき微視的には転位の運動に起因した塑性変形が狭い領域に限定されるという、転位チャネリング現象が観察されることが多々ある。この現象は材料の均一伸びを阻害するという点で有害であり、チャネリング変形のメカニズムと、これに主たる寄与を及ぼすと予測される照射誘起欠陥の変形挙動は正確に解明されなければならない。しかし、現在の知識では満足する理解が得られてはいない。例えば、フランクループ(積層欠陥を持った転位ループ、b=1/3<111>、bはBurguers Vector)は転位との交差によって完全転位ループ(b=1/2<110>)にアンフォールトし、プリズム面(111面)においてすべり運動し消滅すると考えられてきた。しかし、プロトン照射されたステンレス鋼のその場TEM観察実験により、プリズム面での滑り運動は観察されず、一方フランクループは転位との交差によっても安定であるということが報告されている。この矛盾は、今までの考え方には無い新しい機構の存在を示唆している。注意すべきことは、この分野においては欠陥と転位の相互作用についてのみ関心がもたれており、転位との相互作用を含まない欠陥自身の挙動が常に見落とされてきたということである。もし仮に欠陥での原子配置変化が転位との交差前後で無視できるならば、どの地点においても転位は等しい密度の障害物と交差しなければならず、金属は降伏応力を示さないという間違った結論に至ってしまう。一方で、転位との相互作用を調べる前に、応力付加環境下での欠陥挙動の解析は、手順的に正しいということである。本研究では、まず変形の基礎過程を原子レベルで解明するために、分子動力学(MD)手法を用いたシミュレーション手法を開発した。そして照射誘起欠陥(フランクループ、完全転位ループ、SFT)の応力負荷環境下における変形挙動と、可動店との相互作用を解析した。更に模擬計算結果に基づき、転位チャネリングの形成メカニズムを提案する。

手順

ステンレス鋼は原子力工学における実用材料として主要な金属だが、正確な原子間ポテンシャルは与えられていない。一方、銅はステンレスと同じ結晶構造であり、積層欠陥エネルギーが同程度で、正確な原子間ポテンシャルが求められている。以上の理由から、本研究では銅を模擬材料とした。現在提案されている複数のポテンシャルのうち、ローズ状態方程式とFCC-HCP構造安定性の双方を再現できることから長距離EAMポテンシャル(LRFS、Mishin)を用いた。MD計算は、図1に示すように(ここでa0は格子定数)のサイズの結晶(原子数約120,000個)を構築し、速度スケーリング法を用いて温度10Kにて実行した。低温でシミュレーションは計算コストを減らすため、より長い相互作用の時間刻みを用いることが可能で、また温度揺らぎを制限することによって解析をより簡単にする。leapflog Verlet アルゴリズムを用いて、時間刻み5fsで時間積分した。応力負荷は圧縮試験とし、応力方向は図1中の軸2に平行とし、δ面とBC方向が最もすべり変形を生じやすいようにとった。ここで、図中のトンプソン記号は結晶面と方向の指数付けを簡単にするために用いた。固定境界条件を軸2を法線ベクトルとする表面に適用し、他の表面には自由境界条件を適用した。欠陥と転位は結晶の中心に挿入し、ポテンシャルエネルギーを最小化するために20,000ステップの事前緩和を行った。圧縮試験は変異性漁法で実行した。すなわち、ある計算ステップで束縛原子面を一定量(0.1、0.2%)変位させ、その後格子を5,000ステップの間緩和し、これを総変形量5ないし10%まで変形した。圧縮応力は束縛原子面と変形領域間の相互作用を積分して得た。欠陥の原子配列とその変形挙動は、ポテンシャルエネルギーによるスクリーニングと原子面の積層解析を行うことで可視化した。

照射誘起欠陥の変形挙動

可動格子間原子クラスタ(可動Iクラスタ)

格子間原子(SIA)を7、37、517個含む可動Iクラスタの応力下変形挙動を解析し、以下の結果を得た。A.小さい可動I クラスタ(37個以下のSIA)は通常の完全転位ループとは異なる挙動を示し、古典的な転位論で示される相互作用の方程式を適用できない。B.7個のSIAを持った小さなIクラスタは弾性限定度の高い応力(5Gpa)でクラウディオン・バンドル化し110方向に一次元運動した。このクラウディオンバンドルの塑性変形への寄与は小さい。C.517個のSIA を含んだIクラスタは低応力(500MPa)でプリズム面すべりが可能で、その高い移動性と大きなサイズのため大きな塑性変形に寄与する。D.サイズの大きい六角形の完全ループ(517個のSIA)はその辺のうちの一対が不動であり、他の偏の運動の弱い障害物となっている。変形のよってそれらはループの他の可動成分とともに滑る。その結果、完全ループは引き伸ばされ、一対のらせん転位プリズム面に生成される。E.転位からのスタンドオフ距離(クラスタが安定でいられる最小距離)は、I クラスタがちょうど7個のSIAを含む時には、クラスタのサイズと対応している。クラスタがより大きくなると、クラスタはより安定なり、スタンドオフ距離はゼロに向かって鋭く減少する。F.Iクラスタのバーガーズベクトルは転位に対するシンク強度を決定する。転位は同じバーガーズベクトルを持ったクラスタと強く相互作用する。G.Iクラスタ(37個以下のSIA)同士の相互作用は、サイズと相対位置に依存する。古典的な転位論ではこのような反応を説明することが出来ない。H.転位と結合した後、Iクラスタ(7個のSIA)は転位に沿って自由表面へすばやく移動できる。しかし、比較的大きいクラスタ(37個のSIA)は転位の障害物として振る舞い、硬化を誘起する

格子間原子型フランクループ(I型フランクループ)

格子間原子を7、61、187と517個含むI 型フランクループの変形挙動を解析し、以下の結果を導いた。A.7個のSIAからなるフランクループは高い圧力レベル下で<100>方向に沿って可動なクラウディオン・バンドルに変形するが、これは塑性変形に対して主要な寄与を与えるものではない。B.7個のSIAからなるフランクループは転位との交差によって容易に可動クラウディオン・バンドルに変形し、転位によって掃去される。C.フランクループのサイズ増加に伴い、転位に対して安定化する。61個以上のSIAからなるループでは初期地点にとどまり、転位はループに若干トラップされた後通過する。187個以上のSIAからなるループでは転位との交差によってアンフォールトしない。D.ループと転位間の角度はその相互作用過程に影響するそれぞれのバーガーズベクトルが互いに垂直であれば、一つの転位による交差ではループを二つに分けることが出来ず、ループは転位による交差に対して最も安定である。それ以外の場合には、一つの転位はループを2つにせん断することができ、このような転位との交差を繰り返すことによってループは小さく分けられる。E.十分な圧力下では、517以上のSIAからなる大きなループは転位源となり、ループ自身は変形の間にアンフォールトし可動となる。このときの臨界応力はループサイズの増加とともに減少する。

空孔欠陥(V型欠陥)

V型欠陥にはV型フランクループと積層欠陥四面体(SFT)の2種類があり、これらの変形挙動には以下の特徴があった。A.V型フランクループやSFTは転位との相互作用に対して安定で、分解したり吸収されにくい。B.転位のトラップ効果はV型フランクループ、I型、SFTの順に高くなる。C.比較的大きなV型フランクループとSFTは、高応力で転位源となる。

チャネリング変形メカニズムの提案

上記の結果とそれが意味するロジックを要約することにより、以下のチャネリング変形メカニズムを導き出した。

(1)転位源の形成

重照射されたFCC金属は高密度の欠陥によって照射硬化し、応力集中することで不動な欠陥のうち比較的大きなものが転位に変化する、あるいは転位を放出する。これが変形過程における転位の起源となる

(2)欠陥掃去の機構

大きい欠陥が上記のように転位に遷移し、一方で比較的小さな欠陥は、転位との交差によって掃去される。中程度のサイズの欠陥は、転位への遷移には不十分で、また転位による掃去も難しい。しかし、それらは転位との相互作用によりループの晶壁面が一原子面ずれ、小さなものに分割される。そして最終的には小さな欠陥と同様に転位によって掃去される。

(3)変形の局在化

転位の局在化には三つの理由がある。まず、欠陥は十分高い圧力レベル下でのみ転位に遷移することが出来るので、転位は本質的に応力集中点からのみ生成される。次に、生成された転位の運動により小欠陥の密度は減少し、転位の運動が生じた面近傍では応力が低下する。この応力低下領域には転位源が形成されていることから、変形はその領域で優先的となり、他の領域における転位の生成を抑制する。更に、応力低下領域にある高密度の欠陥によって十分な転位が供給され、転位のチャンネルが形成される。この領域での転位形成が終了すると他の領域において新たに(1)の過程が進行し別の転位チャンネルが形成される。

(4)本研究で提唱する新しい転位チャネリングの形成機構とその特性について

この研究で提案された転位チャネリングの形成機構とそれに基づく変形メカニズムは、既存の転位論で展開されてきたメカニズムとは明確な違いがある。多くの研究者が、転位源を見つけるためにネットワーク転位のみを考慮してきています。しかし、転位であって、不動欠陥である大きい照射誘起欠陥に、もっと注意を払うべきです。なぜなら、転位チャンネルが存在する高い応力環境がそれらを可動転位に変形させることができるからです。

本研究で提唱するメカニズムは欠陥の密度とサイズ分布の双方の重要性を高めます。照射誘起欠陥の高い密度は、高い応力レベル環境を保障するのに必要です。一方、欠陥のサイズが大きいほどより低い応力下で自己不動−可動変形をすることができます。両方の条件を満足しているなら、チャネリング変形が起こり、転位は単に他の機構から生成された転位の障害物として振舞います。

チャネリング変形内の転位源は枯渇しうるもので、それらは変形の間供給されることはありません。したがって、チャンネル内の連続した塑性変形は、有用な欠陥によって継続的に供給されるしかありません。もし欠陥がチャンネル内で枯渇したならば、新しいチャンネルが継続した変形を供給するために生成されなければいけません。

まとめ

本研究において、FCC銅の応力下での欠陥挙動機構を分子動力学シミュレーションによって明らかにし、以下の結果を導いた。1)転位チャンネル内の転位は既存の転位から生成されず、高い応力下で不動から可動へ遷移する照射誘起欠陥によって生成される。2)大きい欠陥は、比較的低い応力で可動転位になるため、転位チャネリングの源となる。3)転位チャンネル内の転位の掃去は欠陥のサイズと方位性の2つに依存する。しかし、分子動力学法におけるサイズや境界条件などの制約のために、この結果は定量的なものとはいえない。チャネリングに対する臨界条件を定量的に評価するために、この機構を三次元転位動力学シミュレーションのような連続モデルに組み込む更なる研究が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

高い損傷量までの照射を受ける構造用材料の変形・破断挙動は、一般的な加工硬化を伴う応力歪み関係とは大きく異なり、塑性歪が局所的に集中するチャネリング変形が現れることが知られるようになってきた。しかし、チャネリング変形をミクロな機構に基づいて明らかにして、長期間にわたる構造健全性確保のための評価手法として活用する試みはほとんどなされてこなかった。

本論文においては、面心立方格子金属材料の応力下における照射誘起欠陥クラスタ挙動を、分子動力学を用いたシミュレーションによって系統的に評価して、照射損傷により硬化した材料のチャネリング変形ミクロ機構を解明することに成功している。特に、1)転位チャンネル内の転位は既存の転位からの増殖機構が働くのではなく、高い応力下で不動から可動へ遷移する照射誘起欠陥クラスタから生成されうること、2)大きい欠陥クラスタは、比較的低い応力で可動転位になるため、転位チャネリングの源となること、3)転位チャンネル内の欠陥クラスタ掃去はクラスタサイズと方位性の双方に依存することを明らかにし、総合的な変形モデルを提案している。

第1章は、照射を受ける構造用材料の変形・破断機構解明の課題をまとめるとともに、照射環境に置かれる材料特性の評価における計算機シミュレーションの有効性を明らかにし、研究の目的を述べている。

第2章は、本研究で用いた長距離EAMタイプの原子間ポテンシャルの有効性と変形シミュレーションに必要な境界条件について論じるとともに、欠陥導入の手法、変形応力負荷手法、及び欠陥の可視化手法について議論している。

第3章では、可動な格子間原子欠陥集合体の転位との相互作用及び高い応力環境での挙動を論じている。小さい可動格子間原子クラスタは、通常の完全転位ループとは異なる挙動を示し、古典的な転位論で示される相互作用様式を適用できないことを明らかにしている。また、この小さなクラスタは弾性限に近い高応力でクラウディオン・バンドルとなって一次元運動するが、塑性変形への寄与は小さいことを見いだしている。一方、多数の格子間原子を含むクラスタは、低応力でプリズム面すべりが可能で、その高い移動性と大きなサイズのため大きな塑性変形に寄与する。また、六角形の完全ループでは、変形よって引き伸ばされ、一対のらせん転位がプリズム面に生成されることを明らかにしている。

第4章では、積層欠陥を持った格子間原子型フランクループの変形挙動を解析し、小さなフランクループは高い圧力レベルで可動なクラウディオン・バンドルに変形するが、これは塑性変形に対して主要な寄与を与えるものではないことを明らかにしている。また、小さなフランクループは転位との交差によって容易に可動クラウディオン・バンドルに変化し、転位によって掃去されうることを示している。さらに、フランクループのサイズ増加に伴い、転位に対して安定化して、転位との交差によってアンフォールトしなくなることを見いだしている。このように照射された材料の主たる硬化要因であるフランクループは、十分な圧力下では変形中にアンフォールトし可動となって、変形下での転位源を提供しうることを明らかにした。

第5章では、空孔型欠陥クラスタの変形挙動について、シミュレーション結果を検討して、空孔型フランクループや積層欠陥四面体は転位との相互作用に対して安定で、分解吸収されにくいことを見いだしている。また転位のトラップ効果は、空孔型フランクループ、格子間原子型フランクループ、積層欠陥四面体の順に高くなることに加えて、比較的大きな空孔型フランクループと積層欠陥四面体は、高応力で転位源となることを明らかにしている。

第6章では、以上の結果をふまえて、チャネリング変形の機構を転位源の形成、欠陥クラスタの掃去の機構、及び変形の局在化の3つの観点から提示するとともに、様々な実験結果を説明している。

本研究で提案された転位チャネリングの形成機構とそれに基づく変形メカニズムは、既存の転位論によって展開されてきた機構とは明確な違いがある。即ち、従来の多くの研究では、転位源を見つけるためにネットワーク転位のみを考慮してきたが、本論文では、転位であって不動欠陥である照射誘起欠陥は、転位チャンネルが存在する高い応力環境においては、可動転位に変化することを初めて明らかにした。さらに、欠陥クラスタの密度とサイズ分布の双方が、チャネリング変形に影響し、従来説明できなかったチャネリング変形の温度依存性を説明することにも成功している。

以上を要するに、本研究は照射環境に置かれる構造用材料の局所変形機構を計算機シミュレーションに基づいた独自の手法で明らかにしており、照射材料工学並びにシステム量子工学に寄与するところが多大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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