学位論文要旨



No 118600
著者(漢字)
著者(英字) FAROUK,EL KASHIF EMAD
著者(カナ) ファルウク,エルカシフ エマド
標題(和) 鋼中ボロンの挙動と諸性質に及ぼす影響
標題(洋) Behavior of Boron in Steels and its Effects on Properties
報告番号 118600
報告番号 甲18600
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5619号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 小関,敏彦
内容要旨 要旨を表示する

ボロン(B)は極微量でも鋼中に存在すると鉄鋼材料の諸性質を変化させる。そのため多くの鉄鋼材料において利用されている。また、Bは循環性元素(精錬で除去しにくい元素)ではないので、リサイクルの面からみても好ましい元素である。しかし、鉄鋼材料におけるBの挙動と性質に及ぼす影響の詳細に関しては、明らかになっていない点が多く残されている。そこで本論文では、Bの利用をさらに促進させるため、フェライト系耐熱鋼、IF (interstitial free)鋼、フェライト系ステンレス鋼における微量Bの挙動と性質について、とくに他元素との相互作用に注目して詳しく調べた。全体で6章より成る。

第1章は緒論で、従来の研究を総括して本研究の目的を述べている。

第2章では、 9Cr-3W-3Co フェライト系耐熱鋼におけるBについて調べている。これまでの多くの研究により、B添加により9〜12%Crフェライト系耐熱鋼のクリープ強度が向上することが分かっている。しかし、その理由とりわけ窒素(N)量が多くなると、このBの効果が減少する理由について明らかとなっていない。そこで、9Cr-3W-3Co フェライト系耐熱鋼におけるBの挙動におよぼすNの影響について、クリープ試験、アルファ線トラックエッチング(ATE)法、走査型電子顕微鏡観察(SEM)、透過型電子顕微鏡観察(TEM)などによって調べた。その結果、N量を少なくするとB添加によってクリープ破断寿命が大きく延びることが再確認され、B添加により析出物の安定性が向上して成長しにくくなること、N量が少ないとB添加によりマトリックス(基地)の回復が遅れるのに対して、N量が多いとBを添加しても回復が遅れないことが明らかになった。また、ATEにより、マルテンサイト組織のパケット境界とブロック境界に偏析しているB、およびマトリックスに固溶しているBは、M23C6型炭化物の中に含まれているBよりもクリープ強度向上に寄与していることが明らかになった。さらに、多くない適量のNを含む鋼においては、BはVNのような微小析出物の安定度を増すことによってもクリープ強度を上げることが示唆された。N量が多い鋼では、BNの析出が認められたことから、BNの形成によりこれらのBの効果が減少するものと考えられる。

第3章では、成形性にすぐれ自動車用薄鋼板として用いられているIF鋼の2次加工脆化に及ぼすBの効果について調べている。IF鋼では炭素(C)量がきわめて少ないことと、強化目的でりん(P)が添加されるため、2次加工された製品が粒界脆化しやすい。これまでの研究から、Bを添加するとこの粒界脆化が抑制されることが分かっているが、それがBによる粒界強化によるのかPの粒界偏析抑制によるのか、Bの効果を最大限発揮させる条件など、不明な点が残されている。そこで、BとPの量を変化させたIF鋼を用いて、ATE、低温引張試験、オージエ分光分析(AES)、SEMなどにより、Bの粒界偏析に及ぼすPおよび冷却速度の影響、これら元素の粒界偏析挙動と粒界脆化との関係を調べた。その結果、Bの粒界偏析の程度は、P添加鋼のほうがP無添加鋼より大きく、P添加鋼では再結晶温度からの冷却速度がおよそ1500℃/sのところでBの粒界偏析の程度がもっとも顕著になるが、P無添加鋼ではおよそ10℃/sのところでもっとも顕著になることが分かった。すなわち、Bの効果を最大限に発揮させるためには、冷却速度を最適化することが必要である。また、B添加鋼ではB無添加鋼にくらべてPの粒界偏析量が少ないことも認められた。BとPのこうした偏析出挙動は平衡偏析出理論とBの非平衡偏析出理論から説明できる。Bの粒界脆化抑制効果は、Bが結晶粒界に偏析することに加えて、Bの粒界偏析によりPの粒界偏析量が減少することによっても生じると考察される。

5章では、耐食性に優れる極低C・N18Crフェライト系ステンレス鋼の結晶粒成長に及ぼすB、ニオブ(Nb)、チタン(Ti)の効果について、ATE、抽出レプリカのTEMなどによって調べている。18Crフェライト系ステンレス鋼を極低C・N化すると耐食性は向上するが、熱処理中により結晶粒が粗大化し、靱性などの機械的性質や冷間加工後の表面性状が劣化するなどの弊害が生じる。そのため、極微量B添加による結晶粒成長抑制効果、BとNb、Tiとの複合効果について調べた。その結果、B単独添加は結晶粒成長抑制に効果があるが、BとNbおよびTiとの複合添加の効果はさらに大きいことが分かった。しかし、BとTiの複合添加の効果はTi単独添加の効果より小さい。Ti添加鋼にBを添加すると、TiN上にM23(C,B)6が析出すること、M23(C,B)6の析出によりCが枯渇してTiCの析出が減少することが観察された。そのため、Ti添加鋼にBを添加すると結晶粒の成長がTi単独添加鋼より促進されるのは、析出物によるピンニング効果が減少するためと考えられる。他方、Nb添加鋼にBを添加すると、NbCの成長が抑制され微細な析出物の数密度が上昇することが観察された。そのため、Nb添加鋼にBを添加すると結晶粒の成長が抑制されることに、ピンニングの効果の向上も寄与していることが考えられる。

6章は、総括であり、以上述べた研究成果をまとめている。

審査要旨 要旨を表示する

ボロン(B)は極微量でも鋼中に存在すると鉄鋼材料の諸性質を変化させる。そのため多くの鉄鋼材料において利用されている。また、Bは循環性元素(精錬で除去しにくい元素)ではないので、リサイクルの面からみても好ましい元素である。しかし、鉄鋼材料におけるBの挙動と性質に及ぼす影響の詳細に関しては、明らかになっていない点が多く残されている。そこで本論文では、Bの利用をさらに促進させるため、フェライト系耐熱鋼、IF (interstitial free)鋼、フェライト系ステンレス鋼における微量Bの挙動と性質について、とくに他元素との相互作用に注目して詳しく調べている。全体で6章より成る。

第1章は緒論で、従来の研究を総括して本研究の目的を述べている。

第2章では、 9Cr-3W-3Co フェライト系耐熱鋼におけるBについて調べている。これまでの多くの研究により、B添加により9〜12%Crフェライト系耐熱鋼のクリープ強度が向上することが分かっている。しかし、その理由とりわけ窒素(N)量が多くなると、このBの効果が減少する理由について明らかとなっていない。そこで、9Cr-3W-3Co フェライト系耐熱鋼におけるBの挙動におよぼすNの影響について、クリープ試験、アルファ線トラックエッチング(ATE)法、走査型電子顕微鏡観察(SEM)、透過型電子顕微鏡観察(TEM)などによって調べている。その結果、N量を少なくするとB添加によってクリープ破断寿命が大きく延びることが再確認され、B添加により析出物の安定性が向上して成長しにくくなること、N量が少ないとB添加によりマトリックス(基地)の回復が遅れるのに対して、N量が多いとBを添加しても回復が遅れないことが明らかになった。また、ATEにより、マルテンサイト組織のパケット境界とブロック境界に偏析しているB、およびマトリックスに固溶しているBは、M23C6型炭化物の中に含まれているBよりもクリープ強度向上に寄与していることが明らかになった。さらに、多くない適量のNを含む鋼においては、BはVNのような微小析出物の安定度を増すことによってもクリープ強度を上げることが示唆された。N量が多い鋼では、BNの析出が認められたことから、BNの形成によりこれらのBの効果が減少するものとしている。

第3章では、成形性にすぐれ自動車用薄鋼板として用いられているIF鋼の2次加工脆化に及ぼすBの効果について調べている。IF鋼では炭素(C)量がきわめて少ないことと、強化目的でりん(P)が添加されるため、2次加工された製品が粒界脆化しやすい。これまでの研究から、Bを添加するとこの粒界脆化が抑制されることが分かっているが、それがBによる粒界強化によるのかPの粒界偏析抑制によるのか、Bの効果を最大限発揮させる条件など、不明な点が残されている。そこで、BとPの量を変化させたIF鋼を用いて、ATE、低温引張試験、オージエ分光分析(AES)、SEMなどにより、Bの粒界偏析に及ぼすPおよび冷却速度の影響、これら元素の粒界偏析挙動と粒界脆化との関係を調べている。その結果、Bの粒界偏析の程度は、P添加鋼のほうがP無添加鋼より大きく、P添加鋼では再結晶温度からの冷却速度がおよそ1500℃/sのところでBの粒界偏析の程度がもっとも顕著になるが、P無添加鋼ではおよそ10℃/sのところでもっとも顕著になることを明らかにしている。すなわち、Bの効果を最大限に発揮させるためには、冷却速度を最適化することが必要である。また、B添加鋼ではB無添加鋼にくらべてPの粒界偏析量が少ないことも認められた。BとPのこうした偏析出挙動は平衡偏析出理論とBの非平衡偏析出理論から説明でき、Bの粒界脆化抑制効果は、Bが結晶粒界に偏析することに加えて、Bの粒界偏析によりPの粒界偏析量が減少することによっても生じるとしている。

5章では、耐食性に優れる極低C・N18Crフェライト系ステンレス鋼の結晶粒成長に及ぼすB、ニオブ(Nb)、チタン(Ti)の効果について、ATE、抽出レプリカのTEMなどによって調べている。18Crフェライト系ステンレス鋼を極低C・N化すると耐食性は向上するが、熱処理中により結晶粒が粗大化し、靱性などの機械的性質や冷間加工後の表面性状が劣化するなどの弊害が生じる。そのため、極微量B添加による結晶粒成長抑制効果、BとNb、Tiとの複合効果について調べている。その結果、B単独添加は結晶粒成長抑制に効果があるが、BとNbおよびTiとの複合添加の効果はさらに大きいことを明らかにしている。しかし、BとTiの複合添加の効果はTi単独添加の効果より小さい。Ti添加鋼にBを添加すると、TiN上にM23(C,B)6が析出すること、M23(C,B)6の析出によりCが枯渇してTiCの析出が減少することが観察された。そのため、Ti添加鋼にBを添加すると結晶粒の成長がTi単独添加鋼より促進されるのは、析出物によるピンニング効果が減少するためとしている。他方、Nb添加鋼にBを添加すると、NbCの成長が抑制され微細な析出物の数密度が上昇することが観察された。そのため、Nb添加鋼にBを添加すると結晶粒の成長が抑制されることに、微細NbCのピンニングの効果も寄与していることが推察される。

6章は、総括であり、以上述べた研究成果をまとめている。

以上を要するに、本論文は鉄鋼材料の組織制御、特性向上に関する多くの有益な知見を提示している。よって本論文は博士(工学)の学位論文請求論文として合格と認められる。

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