学位論文要旨



No 118601
著者(漢字) 呉,豪振
著者(英字)
著者(カナ) オ,ホジン
標題(和) マルチスケール解析を用いたInP/GaAs MOVPEプロセスの高度化
標題(洋) A Study on InP/GaAs MOVPE Process optimization by Multiscale Anlaysis
報告番号 118601
報告番号 甲18601
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5620号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 助教授 近藤,高志
 東京大学 助教授 渡邉,聡
 東京大学 教授 中野,義昭
内容要旨 要旨を表示する

緒言

InP/GaAs系MOVPEプロセスの高度化のためにはCVDプロセス中の様々な化学反応と物理現象を理解することが重要である。そのためにはCVDプロセスをマルチスケールで総括的に解析するのが前提である。化合物半導体の選択MOVPE成長はマスク形状および面積を調整することにより成長速度や組成が制御でき,導波路や能動素子を1回の成長でモノリシック集積することが可能であるため, OEICs実現に重要な技術である。本研究では、反応器スケールの解析から選択成長した膜の成長速度分布の解析という手法までのマルチスケールを用いてMOVPEを解析した。この研究の成果はCVD反応器の設計やスケールアップなどの化学工学分野、面積選択成長のためのマスク設計などのデバイスプロセス分野に寄与することが予想される。本論分では第1章では概要を、第2章、第3章ではマクロスケール解析、ミクロスケール解析の結果をそれぞれ述べ、第4章に成果の応用を説明している。

第1章にはこれまでのCVD解析の手法を分析し、InP/GaAs系MOVPEの解析に適切な手法を議論する。次の内容を議論する。MOVPEでは気相反応の研究に比べ、表面反応の研究はその適切な方法が少なかったためあまり進んでいなかった。本研究では反応器スケールでの研究とミクロスケールでの選択MOVPEした薄膜の膜厚分布解析を用いて表面での反応速度に関する情報を調べた。このマルチスケール方法によって 気相拡散定数(D)をマクロ解析から、D/kをマイクロ解析から求め、結果的により正確な表面反応定数が得られた。この結果はMOVPEプロセスのTCADの元になる。

第2章には反応器スケールでの解析を用いたマルチスケール解析が行われた。この解析を用いて反応モデルの構築、原料分解速度の測定、拡散定数Dの計算が可能になった。このDはミクロスケール解析に使われる。

第3章にはミクロスケール解析を議論した。その手法は左と右にそれぞれ50μmの幅を持つマスクがあり,その二つのマスク間の380μmの成長領域の成長増加比率(Growth Enhancement Ratio,製膜速度をマスクが無い部分での製膜速度にて規格化した値)を検討した。温度、全圧、V族の分圧、滞留時間等の様々な条件を変えて実験を行い表面反応速度定数を調べた。GaAs製膜については、883K付近で活性化エネルギーの変化が見られ、表面反応機構がこの温度を境に変化しているものと思われる。気相拡散支配領域を用いる広幅3元及び4元系選択成長(WIDE−GAP SAG)によってIn/Ga比はIn製膜種とGa製膜種の表面付着確率の差によって異なる。InとGaは1より小さい付着確率を持ち、温度、V/族分圧、V族原料の種類に依存することが最近報告された。本研究ではV族の原料として有機系(TBP,TBAs)及びHYDRIDE系(PH3、AsH3)原料が使われた場合のIn/Gaプロファイル変化を議論する。

選択成長解析手法を用いてInP製膜種(TBP、PH3)、GaAs製膜種(TBAs、AsH3)の表面付着率が求められた。その結果、成長温度873Kの場合、GaAsの場合はV族原料によって付着確率の変化があまり見られなかったが、InPの場合はPH3を用いた場合がTBPを使った場合の2.3倍弱の付着確率を持つことが確認された。この結果によってHYDRIDE系原料を使った3原系成長の場合、有機系に比べIn-richの領域が広くなる。この結果は選択成長の場合、V族の原料の選択も重要なプロセス制御因子であることを意味する。

上に述べられたこと以外に、この選択成長を実際のプロセスで活用する時の問題点の一つはマスク上の核発生である。これまでの報告ではマスク上の核発生を表面拡散で説明したものが主流だったが、本発表はマスク上のIII族原料の濃度分布と深く関係があることを報告する。

実験は、製膜種のパターン直上での気相濃度分布を決定するD(気相拡散定数)/k(表面反応速度定数)を求めるためのパターン、1mmと2mmの幅のマスクを含む核発生観察用のパターンに同時に成長した。成長温度は873K、原料分圧を一定に保ちながら全圧100mbarと50mbarの条件で成長した。その結果、マスク上に核が発生したのは、100 mbar、2mm幅マスクの場合のみだった。マスク上の表面拡散が支配要因であれば、全圧に依存せずに2 mm幅マスクの上には核が発生するはずである。一方、測定したD/kを用いて計算したマスク直上の製膜種の濃度分布を比較すると、マスクがない部分に対する相対濃度が閾値を超えると核が発生すると考えることで、実験結果を説明できた。これより、核発生の支配要因は気相の製膜種濃度分布であり、実験で各製膜条件に対する核発生の閾値を求めておけば、任意のマスク形状に対して核の発生を予測できる可能性が示唆された。核が発生し始まるTHRESHOLDは□族製膜種の濃度及び[□族製膜種の濃度]*[□族製膜種]に関連する。このTHRESHOLDの変化を温度、V/III比と関連して考察した。温度によってはTHRESHOLDが高くなることが確認された。

第4章では第2章、第3章の内容をもとにモデルを作り、それをマクロスケール、ミクロスケールそれぞれに適用した。その結果、マクロスケールでは予測が精密になり、ミクロスケールではマスクの形状による組成の予測が3次元シミュレーションを用いて可能になった。

第5章では現段階の問題点と今後の研究の展開方向を示している。

審査要旨 要旨を表示する

有機金属ガスを原料として用いるMOVPE(有機金属気相エピタキシー)法による化合物半導体の単結晶薄膜合成は,良質な単結晶を大面積基板上に一括して成長できることから,半導体レーザや光スイッチなどの光電子デバイス量産に不可欠な技術となっている。一方,GaAsやInPなどのIII-V族系化合物半導体単結晶ウェハは大口径化が進み,6インチウェハでの操業が行われるようになってきた。このようなウェハ大口径化に対して組成や膜厚の均一性を保障するにはMOVPEの反応機構を良く理解し,原理原則に基づく反応器設計やプロセス開発が求められているが,そのような反応機構解析方法および装置設計方法はまだ確立されておらず,試行錯誤的な開発が行われているのが現状である。

本論文は“A study on InP/GaAs MOVPE process optimization by multiscale analysis”(マルチスケール解析を用いたInP/GaAs MOVPEプロセスの高度化)と題し,上記課題に対して選択成長を活用したプロセス解析・設計手法に関しての研究成果をまとめたものであり,全部で5章からなる。

第1章ではMOVPE技術の概要と反応機構解析手法に関する既往の研究を取りまとめ,本研究にて提唱するマルチスケール解析の概要,ミクロスケールおよびマクロスケール解析の有用性などを説明している。

第2章ではMOVPE反応器内の製膜速度分布,組成分布を熱流体解析ソフトによるシミュレーションにより解析した結果をまとめている。通常のMOVPE反応条件では,製膜分子種の基板への拡散輸送が律速となること着目し,MOVPE反応器内での成長速度分布から実際の製膜種の拡散係数を抽出可能なことを示している。これにより,GaAs,InPなどの成長速度分布からGaやIn分子種の拡散係数を実操業条件下で初めて定量的に評価することに成功している。また,得られた拡散係数の値は,分子径を適切に見積もればChapman-Enskogの式にて予測される値とほぼ一致することを確認した。これにより,MOVPEプロセスにおける主要なプロセスパラメータである拡散係数の妥当な値を明確にした。

第3章では,面積選択MOVPE成長の解析により,表面反応速度定数を評価する手法についてまとめ,実際にGaAsやInPの合成系に適応した結果をまとめている。まず,選択成長領域を数十ミクロン以上の大きさに設定する広幅面積選択成長では,選択成長領域における製膜速度分布は表面拡散の影響が無視でき,気相拡散係数Dと表面反応速度ksの比(D/ks)によって分布が決定されることを示している。従って,広幅面積選択成長の分布を2次元シミュレーションを用いて評価検討すると,D/ksを得ることができ,さらにDの値を基にksが推算可能になることを提案している。このとき, Dに関しては前章にて実験的に求めた値を用いることにより,精度の良い解析が可能となっている。Dはマクロスケールの解析,D/ksはミクロスケールの解析に基づくことから,これをマルチスケール解析と呼んでいる。本手法を基に,GaAsおよびInP合成系を解析した結果,Ga製膜種およびIn製膜種の表面反応速度ksを定量的に精密に評価すること成功した。ksの温度依存性,原料濃度依存性,V族原料依存性,成長面方位依存性などを広範に検討した結果,In製膜種は一般にGa製膜種よりも反応確率が大きいこと,その結果,InGaPなどの混晶成長では成長領域内にてIn/Ga組成比の分布がついてしまうこと,その解決策として,V族原料に有機V族ガスを用いると良いことなどを提唱している。さらに,マスク上の核発生現象にも着目し,核発生がマスク上の製膜種濃度がある一定の過飽和度を満たすときに起こることを見出し,気相拡散による製膜種濃度の局所的高濃度化が核発生の主要因である可能性を指摘している。

第4章では,上記の解析結果を実際の反応器最適条件設計や選択成長マスクのパターン最適化にフィードバックした結果についてまとめている。例えば,熱流体解析ソフトによる反応器内製膜速度シミュレーションに関しては,得られた表面反応速度の温度依存性をもとに,より精密な予測が可能であること,選択成長マスクパターンの設計においては,組成の急峻な切り替わりを実現するマスクパターンの設計などを実際に行い,得られたモデルや反応速度の妥当性をまとめている。さらに,これらの成果を基に,選択成長を利用した光集積回路作製におけるTCAD構築を試み,簡単な導波路構造設計試作における有用性を実証している。化合物半導体デバイスは単結晶状態を利用するがゆえ,エッチングなどに伴うダメージが蓄積すると物性劣化が著しく,デバイス製造歩留まりを引き下げる。従って,面積選択MOVPEプロセスを活用し,極力少ない回数の薄膜堆積・エッチング(微細加工)の繰り返しによって各種デバイスをモノリシックインテグレーションした光集積回路作製はこのような問題を打破する有効な解決策であり,そのプロセスを論理的に設計できる指針を打ち立てたことが本章の成果と評価できる。

第5章はこれらの検討結果をまとめ,今後の研究の発展に関して展望を述べている。

このように,本論文は光集積回路のモノリシックインテグレーションを実現する選択成長プロセスや,MOVPEリアクター設計など,マテリアルプロセスへの高度な要求に対し,その最適化方法論を構築したものであり,マテリアル工学の発展に多大な寄与をなしている。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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