学位論文要旨



No 118602
著者(漢字) 孫,相漢
著者(英字)
著者(カナ) ソン,サンハン
標題(和) オキシクロライド化合物の熱力学的研究
標題(洋)
報告番号 118602
報告番号 甲18602
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5621号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 助教授 森田,一樹
 東京大学 助教授 岡部,徹
内容要旨 要旨を表示する

ダストなどは主に乾式プロセスで処理されており、このプロセスでは金属ハロゲン化物の形成が重金属とハロゲン元素のスラグ、またはダスト中における挙動と性状に大きく影響する。そのため、反応炉内の化学反応を検討する上で、酸塩化物系融体の熱力学的性質を知ることは非常に重要である。しかし、ダスト処理プロセスにおいてオキシクロライド融体は非常に複雑な系であり、低沸点であるため熱力学的な測定は難しい。重金属オキシクロライドの熱力学的性質など、これまで明らかになっていないものが多く、ダスト処理プロセスでのオキシクロライド蒸気発生挙動などの熱力学的な予測、検討はほとんど行われていない。本研究では鉄、亜鉛、鉛などの塩化物を含むダストおよび焼却灰、飛灰などの乾式処理プロセスにおけるハロゲンの挙動を熱力学的に明らかにするために、FeCl2−ZnCl2系での蒸気圧と活量の測定を行った。 また、高酸素分圧下でZnCl2とPbCl2の蒸気圧を測定し、亜鉛と鉛のオキシクロライド蒸気生成挙動について検討した。

第1章では鉄鋼業、廃棄物処理過程で発生するダスト、焼却灰、飛灰などと廃プラスチックの発生量と処理の現状についてまとめた。また、ダストなどの乾式処理プロセスおよび特に処理プロセスにおけるハロゲンの挙動に関する既往の研究について調査し、効率的なダスト処理プロセスのためにはダスト中に含まれる難溶性ハロゲン類の挙動と分離が非常に重要であることを明確にした。乾式処理プロセスにおける塩素の挙動を理解するためにはオキシクロライドの熱力学デ−タが必要であるが、オキシクロライド蒸気生成に関する熱力学測定は極めて少ないことを指摘し、高温プロセスに関する金属オキシクロライド化合物の熱力学デ−タを測定し、ダスト、飛灰などの処理プロセスの最適化を図ることを目的とすることを述べた。

第2章では塩化鉄および塩化亜鉛を用いて純物質の蒸気圧を流動法により測定し、この結果と文献値との比較によって、以降の研究において流動法が適用できることを確認した。

第3章では流動法により873K、917KでFeCl2−ZnCl2二元系融体の試料重量減少量の測定を行い、この結果から各蒸気種の重量減少量を求め、二元系でのFeCl2の重量減少量が純物質の重量減少量より高くなる結果を得た。そこで、二元系での各蒸気種の蒸気圧を求めるため、ガス中FeZnCl4の錯体化合物の形成を仮定し、FeCl2およびZnCl2の蒸気圧を求めた。ガス中FeZnCl4の形成を仮定して計算したFeCl2−ZnCl2系の活量はRaoult則から負の偏倚を示した。また、a 関数を用いてFeCl2−ZnCl2二元系融体の中間生成物について見積もりを行い、融体中FeZnCl4化合物形成を提案した。

第4章では等圧法により917KでFeCl2−ZnCl2二元系融体の蒸気と平衡する金属Bi中FeCl2およびZnCl2の溶解度測定を行い、FeCl2−ZnCl2系各成分の活量を得た。この活量と第3章で得た流動法の結果からガス中にFeZnCl4の形成を仮定して計算した活量と比較し、よく一致する結果を得た。この結果からFeCl2−ZnCl2系融体の熱力学的性質を明らかにした。

第5章では823K、873Kで0.1〜0.6atmの酸素分圧におけるZnCl2の蒸気圧測定を行い、亜鉛オキシクロライド蒸気の生成挙動について検討した。酸素分圧の増加とともにZnCl2の蒸気圧は著しく減少し、ZnCl2融体中酸素濃度は増加した。塩素分圧測定値と融体中酸素濃度から計算した塩素分圧を比較することによって、ZnCl2融体および気体中の亜鉛オキシクロライドの生成反応としてZnCl2(l,g) + 1/2O2(g) = ZnOCl(l,g) + 1/2Cl2(g)を提案した。また、ZnCl2(g)より生成するZnOCl(g)の標準Gibbs自由エネルギ−変化とZnOCl(g)の標準生成Gibbs自由エネルギ−を以下のように求めた。酸化性雰囲気下でZnCl2融体は亜鉛オキシクロライド融体になり、ZnCl2の蒸発挙動に大きな影響を与えることがわかった。

第6章では923K、973K、1023Kで0.021〜0.3atmの酸素分圧におけるPbCl2の蒸気圧測定を行い、鉛オキシクロライド蒸気生成について検討した。酸素分圧の増加とともにPbCl2の蒸気圧は著しく減少し、PbCl2融体中酸素濃度は増加した。塩素分圧測定値と融体中酸素濃度から計算した塩素分圧を比較することによって、PbCl2融体および気体中の鉛オキシクロライドの生成反応としてPbCl2(l,g) + 1/2O2(g) = PbOCl(l,g) + 1/2Cl2(g)を提案した。また、PbCl2(g)より生成するPbOCl(g)の標準Gibbs自由エネルギ−変化とPbOCl(g)の標準生成Gibbs自由エネルギ−を以下のように求めた。酸化性雰囲気下でPbCl2融体は鉛オキシクロライド融体になり、塩化鉛の蒸発挙動に大きな影響を与えることがわかった。

第7章では、第3章から第6章で得られた結果をもとにして、高温での塩化物およびオキシクロライドの挙動に関する熱力学的検討を行い、種々のダスト処理プロセスにおける重金属と塩素の挙動について考察した。還元揮発プロセスにおける亜鉛はZnOおよびZnOCl、鉛はPbCl2およびPbOClとしてガス中に共存することを示した。また、温度の増加とともにダスト中ZnOClとZnCl2の量比WZnOCl/WZnCl2は減少し、PbOClとPbCl2の量比WPbOCl/WPbCl2は増加することを示した。塩化揮発プロセスでは塩素ガス共存下でZnCl2(g)によって酸化鉄が塩化され、FeZnCl4化合物を形成し、酸化鉄の揮発に影響を及ぼすことを示した。塩化揮発プロセスではFe(s)−ZnCl2(g)が共存する領域での亜鉛回収プロセスが有利であると結論した。また、高炉内への廃プラスチック吹き込みでは鉄の揮発を防止するため重金属不純物の除去および重金属塩化物生成の抑制が必要であることがわかった。

第8章では本研究を総括して述べた。

以上のように、本論文ではダストなどの乾式処理プロセスにおける塩化物およびオキシクロライドの蒸気生成挙動に関する熱力学的性質を明らかにし、ダスト処理プロセスでのオキシクロライドの生成挙動について熱力学的な知見を得た。

審査要旨 要旨を表示する

金属製造プロセス、廃棄物処理プロセスなどで発生するダスト、飛灰等は乾式プロセスで処理されており、処理炉中での反応挙動を検討する上で、オキシクロライド化合物融体の熱力学的性質を知ることは必要である。しかし、処理プロセスでオキシクロライドを含む融体は複雑な系であり、その熱力学的性質の測定は難しいため明らかになっていないことが多く、処理プロセスでのオキシクロライド化合物の生成機構の熱力学的検討はほとんど行われていない。本研究では、ダストなどの処理プロセスでその挙動が重要となる亜鉛、鉛のオキシクロライド化合物の生成反応について熱力学的に調べ、処理プロセスにおける重金属と塩素間の反応機構について検討している。

論文は8章からなる。

第1章は序論であり、金属製造プロセス、廃棄物処理プロセスなどで発生するダスト、飛灰等の処理の現状など既往の研究について説明し、本研究の研究の背景、目的について述べている。

第2章では、本研究で用いた蒸気圧測定法である流動法が塩化物の蒸気圧測定に適用できることを確認するため、純塩化亜鉛と純塩化鉄の蒸気圧測定を行った。測定結果は、従来、報告されている蒸気圧の値とよく一致していることから、塩化物系、オキシクロライド系化合物の蒸気圧測定法として流動法を用いることができるとしている。

第3章では、流動法により、873、917KでFeCl2−ZnCl2 二元系融体からの試料重量減少量の測定を行い、FeCl2およびZnCl2 の蒸気圧を求めた。FeCl2とZnCl2に加えて蒸気種としてFeZnCl4 化合物の生成を考慮すると、試料重量の減少挙動をよく説明できることから、FeCl2−ZnCl2 二元系融体中FeZnCl4化合物形成の可能性を提案しFeCl2、ZnCl2 の活量を計算した。

第4章では、第3章で流動法により測定したFeCl2−ZnCl2 二元系融体中FeCl2、ZnCl2 の活量値を確認するため、化学平衡法によりこれらの活量を求めた。917KでFeCl2−ZnCl2 二元系融体と溶融金属ビスマスを共存・平衡させ、ビスマス中のFeCl2およびZnCl2 の溶解度を測定した。この溶解度から、Belton-Fruehan の式を用いて求めたFeCl2、ZnCl2 の活量は、第3章で報告されているFeZnCl4化合物形成を仮定して求めた活量とよく一致しており、FeZnCl4化合物形成の可能性が示されたとしている。

第5章では、亜鉛オキシクロライドの生成と亜鉛の塩化蒸発過程について検討するため、高酸素分圧下で塩化亜鉛の蒸気圧を測定し、亜鉛オキシクロライドの生成反応について検討している。823、873Kで酸素分圧0.1〜0.6atm の範囲で、流動法によりZnCl2 の蒸気圧測定を行った。酸素分圧の増加とともにZnCl2 の蒸気圧は減少し、ZnCl2 中の酸素濃度は増加した。塩素分圧の測定値と、融体中の酸素濃度から計算した塩素分圧を比較することにより、生成するオキシクロライド化合物としてZnOCl と推定している。酸素分圧の高い雰囲気では亜鉛オキシクロライド融体となり、亜鉛の蒸発挙動に影響を与えるとしている。

第6章では、鉛オキシクロライドの生成と鉛の塩化蒸発過程について検討するため、高酸素分圧下で塩化鉛の蒸気圧を測定し、鉛オキシクロライドの生成反応について検討している。923、973、1023K、酸素分圧0.021〜0.3atm の範囲で、流動法によりPbCl2 の蒸気圧測定を行った。酸素分圧の増加とともにPbCl2 の蒸気圧は減少し、PbCl2 中の酸素濃度は増加した。塩素分圧の測定値と、融体中の酸素濃度から計算した塩素分圧を比較することにより、生成するオキシクロライド化合物としてPbOCl と推定している。酸素分圧の高い雰囲気では鉛オキシクロライド融体となり、鉛の蒸発挙動に影響を与えるとしている。

第7章では、第3章から第6章で得られた実験結果、知見に基づいて、高温での塩化物およびオキシクロライド化合物の生成挙動についての熱力学的検討を行い、種々のプロセスでの金属と塩素の間の反応挙動について考察した結果について述べている。ダスト処理における揮発還元処理プロセス、塩化揮発処理プロセス、鉄鋼製錬の溶鉱炉プロセスでの塩化物、オキシクロライド化合物生成に関する熱力学的検討結果から、各プロセスでの操業条件の考察を行っている。

第8章は本研究の総括である。

以上のように、本論文はダストなどの処理プロセスの検討を行うことを念頭に置き、金属塩化物およびオキシクロライド化合物の蒸発挙動を明らかにし、それらの熱力学的性質について検討を行い、反応プロセスについて考察したものである。本論文では、従来、測定の困難さから報告の少なかった金属塩化物およびオキシクロライド化合物の熱力学的性質について検討し、これらの生成反応機構について重要な知見を得ており、本研究の成果は金属プロセス工学への寄与が大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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